モンゴルで出会った、カルピスの原点
4年前、私は仕事でモンゴルを訪れた。
モンゴルでまず驚いたのは、肉の多さだった。 羊肉やヤギ肉が当たり前のように食卓に並び、「もしかして主食は肉なのか?」と思うほどだった。
一度など、ヤギの頭をごちそうになったこともある。 食堂のおばちゃんは、ヤギの頭を素手で押さえながら、大きなナイフで豪快に肉を切り分けてくれた。 その様子を見ているだけで、日本とは違う大陸のダイナミックさを感じた。
肉、肉、また肉。
そんな食生活が続いていたある日、現地の方から「これを飲むといい」と勧められたのが酸乳だった。
後になって知ったのだが、それはカルピス誕生のきっかけになった飲み物のルーツでもある。
せっかくの機会なので飲んでみた。
正直に言うと、とても酸っぱかった。
子どものころから慣れ親しんできたカルピスを想像していた私にとって、その味はかなり衝撃的だった。
けれど、その酸味の奥にはどこか懐かしさもあった。
100年以上前、カルピスの生みの親である三島海雲も、この地で同じような味に出会った。 そして、その体験から「この飲み物を日本の人たちにも届けたい」と考えたという。
そんな歴史に思いを馳せながら、私は周囲を見渡した。
私が酸乳を飲んだ頃のモンゴルは、観光パンフレットで見るような鮮やかな緑ではなかった。 十一月の大地は一面が茶色く、乾いた風が吹き抜けていた。
それでも空だけは驚くほど青かった。
見渡す限り広がる大地の中に立つと、人間なんて本当に小さな存在だと思えてくる。
その場所で口にした酸乳が、子どもの頃から飲んできたカルピスのルーツだと思うと、不思議な縁を感じた。
まさか仕事で訪れたモンゴルで、自分が長年親しんできた飲み物の原点に出会うとは思ってもいなかった。
遠いモンゴルの地で生まれたひとつの出会いが、日本中で親しまれる飲み物へとつながっていったのである。
帰国してから、私は改めてカルピスの由来を調べてみた。
すると、「カル」はカルシウムから、「ピス」は仏教用語の「サルピス」から付けられた名前だと知った。
仏教では、乳を煮詰めていく過程で「生酥(しょうそ)」「熟酥(じゅくそ/サルピス)」「醍醐」と味が深まっていくという。 その最上の味が「醍醐味」と呼ばれる。
そんな話を知ってから、夏に飲むカルピスの味わいが少し変わった。
炎天下で汗をかき、家に帰る。 冷えたグラスに氷を入れ、カルピスを注ぐ。
白く濁った液体がゆっくりと広がっていく。
ひと口飲む。
甘さの中に、やさしい酸味が広がる。
すると不思議なことに、モンゴルで味わったあの酸乳を思い出す。
もちろん味はまったく違う。 あの酸乳は野性味あふれる力強い味だったし、カルピスは親しみやすく優しい味だ。
それでも、その二つは一本の線でつながっている。
そして私は思う。
日本の暑い夏に飲むカルピスは、きっと「サルピス」の名にふさわしい味なのだろうと。
いや、冷えたカルピスを飲むあの瞬間だけは、ひとつ手前どころか、もう十分に「醍醐味」そのものかもしれない。
飲み物には、喉の渇きを潤す以上の力がある。
遠い国での仕事の記憶を呼び起こし、子どものころの夏休みまで連れて帰ってくれる。
私にとってカルピスは、そんな時間を運んでくれる飲み物なのである。
