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仕方のないことだった

心がとても暗いので、明るくなるような写真を選んでみた。明るい色のお花、綺麗だな。

「あの子は貴族」という映画に、良家に嫁いだ女性が離婚の申し出をした際に義母にビンタされるシーンがあった。礼服を着て家族総出で謝罪に行き、全員で土下座をするシーンは、庶民の私には印象に残った。

それがつい1ヶ月前のこと。その映画を観ている時には、まさか来月には自分が離婚話になっているとは思わなかった。

元を辿れば、私が行きたくもない夫の勤務地近くに引っ越してしまったことが原因だった。私はずっと自分のことが分からなくて、その時は自分が行きたくないことが分からなかった。

育休中に余裕が出てきて、自分を見つめ始めて、少しずつ自分が分かるようになってきた時、今住む市区町村に居ることが「嫌」という感覚が浮き出てきた。

自分の職場まで往復4時間通勤するキャパも、その後に家事育児に取り組めるキャパもないことに気づいた。私が我慢すれば良いだけだと思っていたけれど、嫌なことが分かった時、我慢したくなくなってしまった。

浮き出てきたら、止まらなかった。無理になって、家を出てしまった。夫は激昂して、取り返しのつかないことになった。


仕方のないことだった。


私には、このようなトラブルを防ぐ力が備わってなかった。後から思い返した時、どうしてあの時...と、無かった未来を想定しないように残しておきたい。本当に、防ぎようが無かった。

昨日時点で、私は家庭を円満に運営するに至らない人間だった。冷静に手を打てる人間でもなかった。

昔、母は家を出て戻ってきた時、「戻らせてください」と義理父母に泣きながら土下座をしていたことがある。「あの子は貴族」の映画とは逆のパターン。私はその現場に立ち会って、過呼吸になった。小さな子どもの私には、強烈だった。

私も今、母と同じことをしたら、一昨日まで居た家庭に戻れるのかもしれない。けれど、私にはあのショッキングなシーンを再映することができない。しがみつけない。

仕方のないことだったと書き記し、振り返った時に過去を歪曲しないように対策をしようとすることしかできない。

本当に、仕方のないことだった。

そのような家庭で育ち、自分の嫌なことが分からなかった。取り組んできたつもりではあったけれど、私は家庭を持つまでに嫌なことを分かりきれるようになれなかった。間に合わなかったことが、招いてしまった。

嫌なことが分かるようになってきた時、私が責任取るからと家族全員を引き連れて、他の場所に引っ越す覚悟も持てない人間だった。一瞬一瞬、覚悟を続けていけば良いだけだったのかもしれないけれど、その決断ができなかった。

私の関わり方が下手ゆえに、夫が歩み寄ってくれるようにもできなかった。

ここまで書いてみて、眠れないくらいまで混乱していた思考が落ち着いてきた。

昨日の早朝、家を出た時に立ち寄ったショッピングモールの開店前の王将で、下準備をしながら大きな声で「よっしゃあ〜」と叫んでいるキッチンのおじさんがいた。小太りの人。

その人の声を聞いた時、あぁ、どうやってでも生きていけるなと思った。生きる気持ちがあれば。どんな仕事でもある。やる気さえあれば。

こんな最悪なことになっても、終わらそうとしなければ、人生は終わらないらしい。そんなことを考えた時、人間の意思ってすごいなと思う。

そんなことを、おじさんの独り言から感じた。

知らない人が、知らない人を救うこともあるんだね。知らない人から溢れてこぼれているものが、知らない人を救うこともあるんだね。

深呼吸をして、最悪な日の翌日を始めたいと思う。


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