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神社訪問記:走水神社|首相も霊能力者も参拝したパワースポット(神奈川県横須賀市)

走水神社(はしりみずじんじゃ)
神奈川県横須賀市走水2丁目12−5/駐車場無料・トイレあり
公式ホームページ(神奈川県神社庁):
https://www.kanagawa-jinja.or.jp/shrine/1205065-000/


■神社の由来となったオトタチバナヒメ悲話■

12代・景行天皇は息子のヤマトタケルに遠征を命じました。

ヤマトタケル(左)と景行天皇(右)。

これは東の方に遠征したときの話です。
三浦半島から、妻と仲間と船で海に漕ぎ出しました。
すると大嵐が一行を襲いました。

妻のオトタチバナヒメは、海の神が怒っているのだと考えました。
そして、自らがいけにえになれば海神の怒りは収まると思い、船から身を投げたのです。

身を投げるオトタチバナヒメ(右)。

海は鎮まりました。
そうしてヤマトタケル一行は無事に海を渡ることができたのです。
この献身的なオトタチバナヒメを祀ったのが走水神社です。

今回は chatGPT で作成したイラストを2枚使用しました。
この2枚を作るのに、どれくらい時間がかかったことか…。

■小泉純一郎・元首相なども参拝■

鳥居をくぐると境内。右が社務所。

この神社にはいろいろなものが安置されています。
たとえばこれ。社務所の向こう側、階段下にあります。
何に見えますか?

これは何?

私は最初見た時に、鉈(なた)かと思いました。
「なんて物騒なものを」と。
正解は船の舵(かじ)です。
なので「舵の碑(かじのひ)」と呼ばれています。

オトタチバナヒメの崇高な行為を顕彰するために、1975年(昭和50年)の国際婦人年に建立されました。
航海安全と平和を祈願するものです。

その隣には「針の碑」などというものもあります。
写真を取り損なったので、今度参拝したら撮ってきます。

さて参拝です。
階段を登り切れば拝殿です。

階段を登り切ったところにあるのが拝殿。

拝礼を済まして後ろを振り返ると、なかなかの絶景です。
海が見渡せ、晴れていればスカイツリーがはっきりと見えます。

拝殿の前からの眺望。

ここは小泉純一郎・元首相も尊崇していて、ここに参拝をしていたから首相になれたなどいう噂も。

他にも有名人が参拝しているようですが、ネット上では小泉元首相以外は具体名が出ていません。
支障があるのかもしれません。

なので、具体名を出さずにちょっとだけ触れておくと、某有名霊能力者(男性)の方も年に1回ここで正式参拝されるそうです。

なるほど、あのスピリチュアルパワーの源泉はこの神社だったのですね。

やはりヤマトタケルとオトタチバナヒメのパワーは侮れません。

■山の上の摂社にも参拝しよう■

拝殿の横からは、ちょっと足元の悪い道が上に向かって伸びています。

1分ほど歩くと、まず「弟橘媛命の記念碑」があります。
写真を撮り忘れたのですが、今回は chatGPT がイラスト頑張りました。

文字の再現性も高めのイラスト。

これは、日露戦争の日本海海戦勝利のときの司令官・東郷平八郎たちが発起人となった碑です。
1910年(明治43年)に建立・除幕されています。

この碑には、オトタチバナが海に飛び込むときに詠んだ歌が刻まれています。内容は次の通り。

さねさし さがむのをぬに もゆるひの
ほなかにたちて とひし きみはも

ひらがなだけだと、逆にわかりづらいので、少し漢字を混ぜてみます。

さねさし 相模(さがむ)の小野に 燃ゆる火の
火中(ほなか)に立ちて 問ひし君はも

まだ意味がわからないと思いますので、現代語訳と補足説明です。

相模の野が燃え広がったあのとき、
炎のただ中に立って私を気づかって声をかけてくれたあなたよ。

以前、相模の悪い役人の陰謀で、ヤマトタケル一行は草むらで火に囲まれてしまったのです。
そのとき、オトタチバナの身を案じながら、草薙の剣(くさなぎのつるぎ)で、草を薙ぎ払いました。
そして危機を脱出したのです。
最期に、そのときのことを思い出しているのですね。

そこから2分ほど登ると古い稲荷社があります。

写真右上が古稲荷社。

古稲荷社から、さらに3分ほど登ると三つの摂社(神社に付属する小さな社)があります左から諏訪神社、神明社、須賀神社です。

三つの摂社。鳥居の額束に三社の名前が書かれている。

御祭神は以下の通り。

諏訪神社…建御名方神(タケミナカタノカミ)
神明社…天照大御神(アマテラスオオミカミ)
須賀神社…須佐之男命(スサノオノミコト)

タケミナカタは大国主(オオクニヌシ)の子供です。
スサノオの7代後の子孫でもあります。
国譲りのときに、天からやってきた武甕雷命(タケミカヅチノミコト)に力比べで敗れて、諏訪湖まで逃げたという物語が『古事記』に書かれています。

アマテラスとスサノオについての簡単な説明は、この記事の上の方のリンク「参拝でまず覚えておきたい神々10選」をご覧ください。

■河童伝説と水神社■

頂上の三社から拝殿まで降りてきて、反対側へ行くと、裏手に水神社があります。

ここでは河童たちを水神として祀っています。
河童たちが村を守ってくれた伝説にちなみます。

崖に掘り込まれた水神社。

①昔、ここに住んでいた河童たちはいたずらをしては村人を困らせていた。でも、たぶん村人は温かい目で見ていた。
②あるとき、津波が押し寄せてきた。
③河童たちはふだんのお詫びとして、みんなで岩を運んで津波を防ごうとした。
④しかし、津波の威力には敵わず河童はみな死んでしまった。
⑤でも、河童たちが頑張っている間に村人は避難することができた。
⑥感謝し、悲しんだ村人たちは河童を神として祀ることにした。それがこの水神社である。

水神社のそばには、なぜかロシア製の機雷が置いてあります。
これは、先ほど記した「弟橘媛命の記念碑」の除幕と同じ日に設置されました。

日露戦争で海から引き上げたもののようです。
「弟橘媛命の記念碑」の発起人にも名を連ねている、上村彦之丞が納めたものです。
この人は横須賀鎮守府司令長官だった人です。

ロシア製の機械水雷(機雷)。

少々問題がありまして…。
機雷って、海中に設置されて、船が触れると爆発したりします。
つまりかなり危険な爆発物です。

で、この機雷、安全な処置がほどこされた記録が残っていないんですよ。
大丈夫なのでしょうか?

まあ、ヤマトタケルとオトタチバナヒメが守ってくれているのだから大丈夫と信じましょう。

他にも境内に湧水を汲める水道などがあり、なかなか参拝のしがいのある神社です。

■御祭神■

日本武尊(ヤマトタケルノミコト)
弟橘媛命(オトタチバナヒメノミコト)

下の記事の最後の方の系図でヤマトタケルは登場します。
また、私の自己紹介でも、ごく軽く触れています。

■御朱印■

■おまけ:今回生成に失敗したイラスト■

まだまだ、生成AIの作画機能は日本古代に関しては非常に弱いです。
せっかくなので失敗したイラストを載せておきます。

【chatGPTで作成したイラスト】
《内容》天皇がヤマトタケルに遠征を命じている場面。

いい感じだけど、上座に部下たちが座っている。
カラー化したら、勝手にセリフが。惜しいけど髪型が変。
髪型を「みずら」に指定してもダメ。サザエさん的な髪型に。
さきほど記載した「オトタチバナヒメが海に飛び込むイラスト」の構図と混同。
二人とも船のようなものに座っている。

【Google Geminiで作成したイラスト】
《内容》天皇がヤマトタケルに遠征を命じている場面。
※chatGPTと同じ指示を出しました。

なぜか武家風に。何回くりかえしても全く同じイラストが作成された。
やはり武家風。今度は勝手に白黒に。

《内容》オトタチバナヒメが海に身を投げる場面。

ヤマトタケルの服装が変。オトタチバナの体勢も表情も不自然。


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