体が教えてくれた、限界のサイン。
退職する2年ほど前から、私の体には、はっきりとした「異変」が起きていた。
寝る前になると、尿意が止まらなくなる。 布団に入ろうとすると不安が込み上げ、またトイレへ向かう。 でも、ほとんど出ない。 それでも「また行きたくなる気がする」という予感に支配され、一晩に4〜5回、トイレを往復することもあった。
不安で、トイレから出られない。 何度も流しすぎて、便器を詰まらせてしまったこともある。 今となっては少し笑い話だが、当時はこの「自分の体のコントロールが効かない恐怖」に、ただただ立ち尽くしていた。
15年間、組織の中で走り続けてきた。 責任があるのは当たり前、忙しいのは充実している証。 そう自分を納得させ、外側の数字や誰かの正解に向き合ってきたけれど、私の内側はとっくに悲鳴を上げていたのだ。
症状は、次第に日常生活を侵食していった。 ・夜、寝る前 ・電車に乗る前 ・目的地に向かう途中 「トイレに行けない環境」に置かれると、決まって心臓が波打つ。
泌尿器科での検査結果は「身体的な異常なし」。 ネットで辿り着いた「心因性」という言葉を画面で見つめたとき、ようやく気づいた。
体は、ずっと前から「もう無理だよ」とサインを出していたのだ。 私が、自分の感覚――いわば人生の“着心地”を無視し続けた代償だった。
私は、不安な自分に許可を出す練習から始めた。 「漏らしてもいい」 「大丈夫だよ」 「何が起きても、どうにかなる」
不安を消そうとするのではなく、ただ、震えている自分を宥めるような感覚。
この体験があったから会社を辞めた、という単純な話ではない。 けれど、辞めたいと頭で思うよりずっと前に、私の体は限界を超えていた。
会社を飛び出し、海外で過ごし、自分を「再編集」している今も、この症状が完全に消えたわけではない。 けれど今は、その尿意さえも、自分のコンディションを測る大切な「羅針盤」だと思えるようになった。
もし今、原因の分からない体の不調を抱えている人がいたら、伝えたい。 それは「甘え」でも「弱さ」でもない。 あなたの魂が、今の環境との「ズレ」を必死に知らせようとしている、誠実なサインだということを。
2026年。私は再び、歩き出す。 特定の肩書きに縛られるのではなく、この研ぎ澄まされた感覚を羅針盤にして、瞬間を味わいながら。
この記事は、「今も戦っている途中」の私から、かつての私のような誰かへ贈る、小さな記録。
