「もう1トレードだけ」で、資金が消えていた
口座をまとめて溶かしてしまうのは、数週間かけた負けじゃなくて、たった一日、それも数時間の間に起きることが多かったです。
朝には確かにあった資金が、夜にはほとんど残っていない。画面を見て、しばらく何も考えられなくなる瞬間が、僕にも何度かありました。
冷静になった後は「なぜあんなことをしたのか」と自分を責めるんですが、その渦中にいるときは、正直、まともに判断できていませんでした。
回数を決めていなかったのが、そもそもの問題だった
一日に何回まで、と決めずにトレードしていた頃、僕の頭の中には「次で取り返せるかもしれない」という感覚がずっとありました。
負けているときほど、この感覚が強くなります。焦れば焦るほどエントリーが雑になって、また負ける。この繰り返しでした。
回数を決めることは、車にブレーキをつけるようなものだったんだと思います。「今日は3回負けたら終わり」という線がないと、感情のままアクセルを踏み続けてしまう。
僕はまだ、この回数制限を完璧に守れているとは言えません。でも、決めていなかった頃よりは、明らかにマシになったと感じています。
ルールを破るとき、いつも「自分は例外だ」と思っていた
「今日は2回まで」と決めていても、いざ負けると、「今のは運が悪かっただけだ」「次はさすがに勝てる」という声が頭の中に出てきます。
これが厄介で、自分の意志でどうにかできるはずだ、という謎の自信が、こういう瞬間に限って出てくるんです。
冷静なときに考えれば根拠のない話だと分かります。でも、その瞬間は、負けを認めることより、目の前の負けを帳消しにすることの方が、なぜか重要に感じてしまう。
まだ、この衝動を完全にコントロールできているわけではありません。
負けを認めるのが、なぜこんなに苦しいのか
回数の上限に達してトレードを止めるということは、その日の負けを確定させることでもあります。
これがなぜか、僕にとってはかなり抵抗のあることでした。単なる数字のはずなのに、まるで何か大事なものを失うような感覚がある。
だから、「もう一回だけやれば、この感覚を消せるかもしれない」という気持ちが、つい出てきてしまいます。
これを、意志の力だけで抑え込もうとしても、あまりうまくいきませんでした。
意志ではなく、仕組みで止めようとしている
回数を決めても守れないなら、自分の意志が入り込む隙をなくすしかないと思っています。
だから今は、決めた損失額に達したら、その日はもうログインしない、アプリを開かない、という物理的な制限を意識的に作るようにしています。
まだ完璧に実行できているとは言えません。それでも、意志に期待するより、こういう仕組みに頼る方が、今の自分には合っている気がしています。
「今日がすべて」だと思いすぎていた
一日で資金を溶かしていた頃の僕は、まるで今日が人生最後の日みたいな感覚でトレードしていました。
でも実際は、相場は明日も、来週も、ずっとそこにあります。
「今日の負けは、これから何百回とやるトレードの、たった一回にすぎない」
これを頭で分かっていても、感覚としてまだ完全には馴染んでいません。それでも、少しずつそう思えるようになってきた場面が増えている気がします。
回数上限に達したら、淡々と店を閉じる。そんな感覚を、これから育てていきたいと思っています。
まだ、途中です
一日で資金を溶かした経験は、正直、今でも思い出すと苦い記憶です。
でも、その経験があったから、今こうして回数を決めたり、仕組みを作ったりするようになりました。
回数を守り切れる自分に、まだ完全にはなれていません。それでも、次に負けたとき、静かにチャートを閉じられるかどうか。
そこを、これからも意識していきたいと思っています。
Life Shift Trader.
聖杯探し、卒業中。
