私の思考はこうして作られてゆく
その日はすごく寒かった。
凍るように冷たい朝。
布団から起き上がる。
朝の5時10分。
毎朝のアラームを止める。
布団から出たくない。
でも出るのだ。
白湯を飲んで体を起こす。
メールには予約記事が投函されたと書いてあった。
noteを開いて、私が少し前に投函した記事がちゃんとアップされていることを確認する。
読みながら、直近の過去ではあるけれど、自分の思考をもう一度回顧する。
過去の思考から今の思考へ、そっとバトンを渡す。
そして、今の感情を味わう。
キッチンへ向かってお米を研ぐ。
炊飯器のスイッチを入れて、薬を飲む。
着替えてコンタクトをしたら、家を出る。
毎朝参る神社まで15分ほど歩く。
その途中で通るお地蔵さん二か所に線香をあげる。
「神さまとはご近所付き合いをするといい。」
そう聞いてから始めた習慣。
もう5年ほどになる。
その間に引っ越しもしたけれど、新しい場所でもちゃんと参る場所を見つけて、同じルーティンのままだ。
神社を通り過ぎたらコンビニに寄る。
セブンイレブンでホットコーヒーのLサイズを買う。
カップをセットして「濃いめ」を押す。
このブラックコーヒーを楽しみに、きっと私は起き上がっているのだと思う。
近くの公園のベンチでコーヒーを飲む。
まだ誰も遊んではいないけれど、犬の散歩をしている人が通り過ぎていく。
ホットコーヒーを片手にnoteを読む。
記事に反応があるのを確認したり、誰かの文章を読んだりする。
その思考にインスパイアされて、また私は思考をメモする。
今日のうちには忘れてしまうかもしれない感情や考えを、今のうちに残しておく。
ホットコーヒーを飲んで、ふぅーっと息を吐く。
身体から出ていく息は白い。
風を感じているわけではなかったのに、吐く息が右に流れていくのを見て、「今日は左側から風が吹いているんだなぁ」と思う。
すごく冷たい空気を感じながら、流れていく息を見ているとなぜか安堵する。
リラックスしているような気持ちになる。
始まる今日を面倒くさいなぁ、なんて思ってしまう自分も、許してみる。
通学通勤をしている人たちを横目に、「おつかれさま、えらいぞ」と心の中でエールを送る。
この時間が、わたしだけの時間だと改めて感じる。
ちゃんと癒されていることも、わかっている。
目はすっかり覚めて、身体も起きている。
今日のことを考える。
朝ごはん。
お弁当のおかず。
夜ご飯のメニュー。
昨夜少し考えてはいるけれど、やっぱり変更しようかな、なんて思ったりもする。
コーヒーがもうすぐなくなるのが、少し寂しい。
あぁ、また一日が始まってしまう、と思うのが正直なところ。
「さぁ、今日も頑張ろう!」と気合いが入ることは、ほとんどない。
それでも、今日いちにちを生きる。
そう決めるように、最後のひとくちを飲み干す。
カラスが鳴き始め、急かされるような気持ちで立ち上がる。
ポケットに入れているビニール袋を取り出し、帰り道にはゴミ拾いをする。
家に戻ったらカーテンを開けて、子どもに声をかける。
ベランダに出てなわとびを100回。「年齢を重ねるとジャンプができなくなる」と聞いて始めたのは半年前。
神棚の水を変えて手を合わせる。
さぁ、ドタバタな朝の始まりだ。
母に「おはよう」のLINEを送る。
ひとり暮らしの母への、毎朝の生存確認。
「おはよう、今日も元気によろしくお願いします。」
昨日の出来事を送ることもあるし、子どものお弁当の写真を送ることもある。母からはその日のスケジュールなどが送られてくる。健康で何より。
子どもの朝食、お弁当作りに、夕飯の仕込み。
鏡と洗面台、お風呂とトイレを掃除する。昨夜の食器を洗うのは帰ってきた時の自分のため。
自分の身支度を整え、隙間時間にまたnoteを開く。
子どもを送り出したらパソコンを開いて、気になっている仕事を確認する。
掃除機をざっとかけたらキッチンに戻り、立ったまま軽い朝食をとる。
さぁ、やるか。
やるしかないか。
そんなことを思いながら、身体にエネルギーをチャージする。
みんなそれぞれの場所で、いろんな思いを抱えながら一日をスタートしているのだと思う。
だから私も、私の場所で、今日やることをやろう。
凍るように冷たい朝も。
白い息も。
濃いブラックコーヒーも。
母への「おはよう」も。
ぜんぶ抱えたまま、今日が始まる。
これが、わたしの毎朝のルーティン。
気合いが入らなくてもいい。
前向きな言葉が浮かばなくてもいい。
それでも、今日を生きると決める。
どこかの誰かの朝も、こんなふうに静かに始まっているのだと思いながら。
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