ゴミみたいな小説、かぁ…
パンチのあるタイトルで失礼します。これは、ずいぶん前の話です。
ある創作サイトで、毎日いろんな小説を読みまくっていた時期がありました。公募よりも近くて、小説だけが淡々と積み上がっていく世界。
あらゆるジャンルの作品を、あれやこれやと読むのが楽しくて、読んだ作品にはできるだけコメントを残していました。
そんなある日、ある作者さんから、こんな返信をいただきました。
「私なんかの、こんなゴミみたいな小説にコメントくださって申し訳ございません、ありがとうございました」
スマホを持つ手がふっと止まりました。一瞬、「え?」と声が漏れそうになりました。もちろん相手に悪意なんてまったくない。むしろ誠実で、丁寧で、照れ隠しかもしれません。
でもその一文を読んだ瞬間、沈んでいくような痛さがありました。わかる、なんとなく言わんとしたいことはわかる。
しばらく、何度か読み返して、思いました。
「 この世界では“これが普通”なのかもしれない。そう、このメンタルに追い込まれるんだよなぁ。」
メッセージは、彼女の心の“ほんとうのところ”がこぼれた言葉。たくさん書いて、挑戦して、挫折して、それでも書き続けて。その先に生まれた、深い疲れと自己否定が混ざった気持ち。
でもね。
私が作品にコメントしたのは、本当に涙が出た場面でした。彼女の“どうしようもない感情”がまっすぐで、私はむしろ憧れさえ感じていたのです。
彼女の作品を心から応援していたんです。
私はその先のコメント返信をしませんでした。一歩引いた位置から、その空気を眺めることしかできませんでした。
なぜなら、あの瞬間に強く思ったのです。
「この文化、しんどい」
創作サイトって、どこか戦場のようなところがあります。公募ももちろんしんどいけれど、公募は全貌が見えないぶんショックは薄い。でも創作サイトはあらゆることが可視化されてしまう。
その日から、私はその創作サイトの作品へのコメントを書くのをやめました。
あの言葉の奥には、彼女なりの「ありがとう」があったことは、よくわかっています。誰よりも読まれることを求めながらも、読まれることに怯えていた。
それに、そこまで疲弊してしまうほど書くというのは、確かにひとつの創作ルート。「そのレベルまで傷つきながら書き続けてこそ」という空気に触れたのです。
創作は心と時間と、痛みの積み重ねでできている。その現実を、私はあの一言で、強く目の当たりにしたのです。

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