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金色の星(週記6/22-6/28)


2026/06/22(月)|読了の夜、かすむ視界

 昨日、ライブの興奮が沈まぬまま帰宅後音楽を聴いたり『洪水はわが魂に及び』を読んでいたら(ついに読了!)気づけば就寝時間をとうに迎えていて、おまけに『洪水はわが魂に及び』を読了したことへの興奮もさらに加わって、昨夜はなかなか寝つけなかった。本当はお酒を飲もうと思っていたくらいだからいい寝つきを望んでいたわけではないのだけれど、気づけば時間が経っていたということが、時間を軽く扱っていたように感じられてちょっとした後悔の気持ちなんかも出てきたりして、余計眠れなくなるのだった。

 別に眠れなければ眠れないでいいのだけれと、今朝オフィスまで歩いていると目がかすむような感覚があって、しかもそのかすみ方というのか、ぼやけた視覚が閃輝暗点発症の予兆のように感じられて、歩いている途中に閃輝暗点が発症するといささかまずいと思い、いつもよりも慎重に歩くこととなった。今年に入ってから短い間隔で発症していた閃輝暗点ではあるけれど、ここ3ヶ月くらいは発症しておらず、ただそろそろ出てきてもおかしくはないと思って、この2週間の4回のライブでもここで出てきてくれるなと祈りながらステージを見ていた。ステージは照明が派手に光り、その光の残像が閃輝暗点の出始めとあまり変わらないのも神経に障るところで、だから激しい照明のときには効き目があるかはわからなかったけれどステージを見ないようにしていた。いささか神経質になりすぎているのかもしれず、それもまた閃輝暗点の……とか考え始めるときりがない、とりあえず今日以降は睡眠をきちんと取るようにしていくしかない。

 今日は週頭ではあったが先週の金曜に引き続き平和な一日。欠勤がなく人数が揃っていることが大きいが、ずっと平和であればなぁと思う。先週の金曜は急に余裕ができた感じだったからどこから手をつけるべきか迷ったが、今日は最初から余裕があったので、整理したうえで夕方からがっつり改善タスクにしっかり時間を充てることができた。あとはこの改善をチーム内には浸透させるようにしないといけない。そこがまた一つのハードルでもあるのだけれど。

 さて、今日は野球がないからいつもよりも時間がある。文フリの出店ができるかも7月には決まるはずだが、出店できるかどうかにかかわらず7月の頭には少なくとも第1章くらいまでは進めておきたいところ。今日は少しでも時間をとることにしたい。

2026/06/23(火)|膝蹴りと、忘れられた凧

 昨夜、娘はただでさえ悪い寝相がいつも以上に悪く、しかもそれが僕に対して挑発的だった。昨夜は少しだけ早めに布団についたのだが、その時点で娘の体の半分以上は僕の布団にあった。寝る前は必ずポールに乗ることにしていることもあって娘の体を彼女自身の布団に移動させ、ポールに10分くらい乗ったあと、本を読みながら寝落ちした、いや寝落ちするところだった。寝落ちするまさにその瞬間に、腰のあたりに大きな衝撃が走った。大きく寝返ったときの娘の膝が腰にあたったらしい。結構勢いよく寝返ったようで、見てはいないけれど、膝が当たったというよりそれは膝蹴りだったと思う。その痛みでしばらく悶絶し、もちろんそれで眠気はどこかにいってしまった。一度起きてしまうとなかなか寝ることができない性質なので、そこから寝つくことができず、結局寝ついた感覚がないまま朝を迎えた。実際には寝ていたのだろうが、意識はずっと覚醒していたような感覚だった。この感覚はよくあることなのでまぁ仕方ないが、今夜は娘から少し離れて寝ようと思う。布団の端っこあたりに。

 ちょっと疲れが残った状態で家を出てエレベーターに乗ると、途中で女の子が乗ってきた。「こんにちは」と朝だったのに言われたから、そのまま「こんにちは」と返した。彼女は1年のときの娘の同級生で、僕も娘と公園に行った時に一度会って一緒に遊んだこともある。が、その子の顔を見るに僕のことを覚えていなさそうだった。とりあえず挨拶は返したのでそのまま会話を続けてもよかったのだけれど、娘の父親であることをわざわざ自分から言うのもなぁと思っていると、「おじさん、子どもいる?」と尋ねられた。

「うん、いるよ」
「あ、そうなの?」
「……あのね、おじさんはUのお父さんだよ。ほら、一度おじさんも混じってUと一緒に遊んだの覚えてる? 凧揚げしたの」
「あー、そうだったんだ」

とやはり僕は覚えられていなくて、エレベーターが1階に着いたので「いってらっしゃい」と言ってマンション下の玄関で別れた。

 彼女と娘は2年生に進級してクラスが分かれてしまったが、今でも娘とは仲良くしている。時々は一緒に帰ることもあるようだ。覚えられていなかったので不思議な会話になってしまったが、思いがけない娘の友達との会話で、昨夜寝られなかったことの疲れは吹っ飛んだ。

 外は結構雨が降っていたが、どしゃ降りではなかった。どしゃ降りでない限りは電車は使いたくない。雨が降っているときこそ電車に乗る人も増え、満員電車での不快度は上がる。というわけで今日も歩いたが、どしゃ降りではないとはいえ強めの雨ではあったからか歩いている人はいつも以上に少なく、すれ違う人の傘とぶつかることもなくて、オフィスまで不快な思いをすることはなかった。しかしあれはどしゃ降りだったのか。どしゃ降りと強い雨の違いがよくわからない。オフィスについたときには服も鞄もかなり濡れてはいたから、決して弱い雨ではなかったのだ。

 オフィスについたあとは雨も関係なし。今日も仕事はだいぶ余裕がある状態で必須のタスクは少なかったので、AIを活用して自動化を進めることができた。

2026/06/24(水)|Kindleを投げた夜、迷子の舌

 雨が続いているからか、もっとも天候が体調へどのくらい影響を与えているのかはっきりと医師から言われたわけでもないのだけれど、雨の日が続くといつも以上に持病の症状が出てくる。今週に入ってからというもの、寝入りっぱなに娘の寝相による体の回転で膝蹴りを食らったということもあったのだが、なかなか寝つけない夜が続き、特に昨夜は寝入りっぱなの不随意運動が酷く何度も睡眠を侵害され、一度は不随意運動によって寝入りまで持っていたKindleを前方へ投げていた。投げた感覚もあったし不随意運動が起こると必ず目が覚めるから、そのことに気づいて、結構な勢いでKindleを投げていたことにショックを受けるのだ。娘の膝蹴りを食らったのがその前の晩だったから、布団の端に娘とは反対方向を向いて寝ていて、しかしもちろん寝返りをうつことだってあるわけだから、寝落ちるときに娘の方を向いていた可能性もあった。そのときにあの勢いでKindleを投げて娘に当たっていたらと考えるとゾッとした。しかし持病なのだから今後も付き合っていかなければならないわけで、症状が酷くなっている今はとにかく娘からはできるだけ離れて寝るしかないのだろうと思う。梅雨が抜けたらよくなることもあるので、今は我慢の時期だと願いたい。

 歯医者、虫歯の治療。前回治療した横の歯が虫歯になっていると言われ、また20分くらい口を開けっぱなしでキーンと削られていた。しかし治療中の舌の置き場はいつもわからない。わからないと思ったら舌はその場所を求めて彷徨い動く。治療した歯に詰め物をするための型取りもしたのだが、そのとき歯科衛生士さんの手がずっと口に入っていて、その人差し指がずっと僕の口髭に当たっていて申し訳ないなぁと思ったそのとき、舌がその指に当たらないようにしないといけないと思い始めるやいなや、舌はなぜか動き始める。止まれと思うとますます動く。こんなときはむしろ余計な、関係のないことでも考えようとして、それからしばらくその考えに浸っていたのだが、舌はまた動いているようだった。どうすればいいのだ。歯科衛生士さんの手に当たることだけは何とか避けなければならんと思って、もう動いても仕方がないからとできる限りその手から離そうとするも、舌がそのときどっちに動いているのかわからなくなる。手とは反対の方へ動かしているようで近づいている気もする。であれば近づけようとすればいいのかと一瞬思ったが、それで当たりでもしたら最悪だ。本当にどうすればいいのかわからん。苦手だ。

 虫歯になったのは一番最後に生えた奥の歯で、削られたときには少しショックだった。歯磨きはしっかりしているはずなのだがなぁ。

2026/06/25(木)|高熱、下痢、そして蒼白

 先週の土曜の夜だったか、寝ている間に娘がだいぶうなされていて体を触るとかなり熱かった。熱を測ってみると38.5℃で高熱だった。ただ、熱はその一夜限りで、咳や鼻水などの風邪っぽい症状が出ていたわけではなかった。月曜になってからも熱がぶり返すこともなく、症状もなかったので病院にも連れて行かなかったのだが、お腹の調子だけはずっとおかしかったらしい。月曜は下痢で、その後は下痢ほどではないが緩い感じで、また昨日から下痢が出始めた。便が少し白く、何度もトイレに行ってきつそうなので今日は学校を休ませて病院へ連れて行くことに。もともと今日はオフィスへ出社予定だったが、雨が酷そうだったこともあって急遽在宅に切り替えることにしたため、僕も動きやすい状況ではあった。娘はトイレに行くとき以外はリビングでYouTubeを観て楽しそうにしているし問題はないと思ってはいたが、娘が体調不良のときには在宅で仕事ができるとやはり安心だ。

 娘が赤ん坊の頃から通ってきた病院が今年の3月に閉院したが、こういったときに困る。閉院してから一度娘が体調を崩したときに近くの胃腸内科に連れて行ったようだが、僕も数年前そこに行った時にあまりいい印象を受けなくてどうだろうと思ったのだけれど、妻も娘も微妙と言っていた。今のところまだ行きつけの病院はない。僕も風邪などの症状のときには閉院したその病院に行っていたので、いざというときの病院がないということには若干の不安はある。

 今日、娘は前の病院ほど近くはないが、徒歩で10分程度の場所にある小児科へ連れて行った。お医者さんは高齢の方で、慣れた感じでとても良い感じだったらしい。便は心配するものでもないとのこと。整腸剤をもらっていた。ところが、その後、100均に寄ったときに娘の顔が蒼白になり、妻が言うにはあと少しで倒れそうになっていたとのこと。お腹の具合を気にしてあまり食べていなかったために低血糖になったのではないかと思い、すぐに飴チャンを買って食べさせて休ませたところ顔色は戻ったようだが、危ないところだった。連絡を受けてすぐに出られるようにはしていたのだが、無事帰ってきたときには安心した。それからは家で横になって、YouTubeを観ていた。途中からは集中して創作もしていたから、今のところは問題なさそうだ。

 昨夜は不随意運動の症状は出なかった。寝ている間は出ていたのだろうが、寝入りっぱなには出なかったので睡眠への影響はほとんど感じなかった。ただ、今日は耳鳴りが酷かった。雨のせいなのか。雨自体は嫌いということもないのだが、体調不良になりがちなところが困る。雨を嫌いにはなりたくないものだが。

 在宅で定時に仕事が終わったので、そのまま野球を観る。先日の石塚のデッドボールにはぞっとしたものだが、命に別状はなかったことはよかった。戦力的には痛いのは間違いないが、ゆっくり治してまた1軍に戻ってくる日を待ちたい。

 支配下登録期限まであと1ヶ月。佐々木麟太郎も含めて、最終的に支配下がどうなるのか楽しみだ。

2026/06/26(金)|睨みで起こす朝

 台風のため福岡市内の公立小学校は休校との連絡がきた。昨日も体調不良により学校を休んだので、図らずも4連休ということになった。今日はピアノ、明日はダンスと習い事はあるが、日中はゆっくりと過ごすことができていたので、体調を崩しているこのタイミングでの休みというのはありがたい。というのか、そもそも娘は今日も学校に行くつもりはなかったらしく、朝6時半頃、妻が視線を感じて目を覚ますと、娘は妻を睨んでいて、一言「学校へ行きたくない!」と言い放ったそうだ。台風により学校が休みになったことを伝えると娘の顔はすぐに明るくなったらしい。まったく。娘にとってはラッキーな休みだったということだろう。しかし睨みで人を起こすとは、どれだけ強く睨み、そして念じていたのだろう。

 今のところ雨は酷いが、窓がガタガタと鳴るほどの風の強さは感じない。ただ、雨はずっと降っていて、福岡県内でも南の方は被害がありそうだし、佐賀だと武雄あたりは結構大変そう。

 今日は在宅勤務だったが、サッカー日本代表戦を観るべくその時間にあわせて起床した。DAZNは重たくなりそうだったので、NHK ONEで観た。解説は本田圭佑で、初戦もNHKの解説が本田圭佑だったのでその解説で聞いていたが、専門的な解説を交えつつも基本は彼の感情の赴くままにといった解説というのか吐露というのかそういったもので、ノリのいい兄ちゃんと一緒に観ているような感覚で観られるから、W杯をお祭りとして観ている僕からするとちょうどいい解説だった。相手選手がいい動きをすると、「こいつウザい! めっちゃウザいわ!」と、選手に対するリスペクトがあるのかないのかわからないような言い方で(日本にとってウザいということなのでリスペクトはあるのだろう)、その言い方をNHKが許容しているというのも少し面白く、本田圭佑の解説含めて楽しんでいる感がある。今日は1対1のドローで前の2試合ほど白熱したものではないように見えたが、それでも十分に観ていて楽しい試合だった。今日は雨で1軍の野球が中止になったが、朝からサッカーを観られたから、スポーツ観戦はお腹いっぱい。

 今週は仕事に余裕があって、今日の業務時間の半分はずっとAIを使っていた。プライベートでは1年以上Claudeを使っているのでClaudeが一番使いやすくはあるのだが、会社ではClaudeとGeminiのプロ相当のプランを利用できるので、どっちも使いつつという感じ。GeminiでGemを作るのが今のところはチーム内に横展開しやすいので、とりあえず今週は2つのGemを作った。それは後々Claude Codeでスキル化する予定ではある。Gemを作って検証し終えたのが定時15分前とかだったので、チームに共有したのは定時前ギリギリになってしまった。だからまだ使ってもらえてはいない。今週2つGemを作ったのとNotion AIを活用した新しい仕組みを共有したから、またお前かよと思われているかもしれないが、横展開はしただけで使うかどうかはそれぞれ、みんなが使えるようには設定しているけれど、僕自身の使い方をもとに設定したものなので少なくとも僕はどんどん使えるしそれで楽にはなる。フィードバックは欲しいところではあるが、とりあえずのところはそれでいいことにする。

2026/06/27(土)|JAFとマスタッシュ

 車検のためトヨタのディーラーへ車を持っていく予定にしていたが、しばらく車を動かしていなかったからかエンジンがかからずJAFを呼ぶことに。JAFの人は1時間も経たずに来てくれて、数分充電のような作業をしてもらうとエンジンはすぐにかかった。JAFの方はまさに救世主だ。本当に助かった。ディーラーはすぐ近くだったのでそのまま運転してディーラーへ。

 しかし今回は危うく車検を見過ごすところだったのだ。車検の時期は自分で管理しないといけないのは大前提ではあるものの、これまで乗ってきた車のディーラーでは車検前になるとハガキなどで知らせてくれていたので、それを当てにしてしまっていた。気づけば車検まで2週間を切っていた。ハガキが来なかったのは、以前の担当者が辞めてしまったらしく、上手く引き継ぎができていなかったとのこと。今回を機に自宅から一番近いディーラーにお願いすることにして、担当の方も新たにつけてもらえることになった。とりあえずは車検までには間に合いそうで一安心。

 あとはマイナンバーカードの更新で区役所にも行かなければならない。これは先日ハガキが来ていたのだけれど、早めに行かないと忘れてしまいそうだから、来週にでも行くようにしたい。仕方のないことではあるが、更新するものは同じタイミングにやってきて、結構面倒くさい。

 朝の時点で1軍の試合が中止になることが発表され、朝からW杯のウルグアイ対スペイン戦を観たけれど、あとはゆっくり2軍の試合を観るだけ。ということで今日は時間がたっぷりあったので、執筆を少しだけ進めることができた。本当は少しではとても足りずもっと進めていかなければならないのだが、まだ書き始めの段階ではどうしても筆が乗らず、なかなか進まない。明日も夕方までは時間があるので少しでもいいから進めたいと思う。

 最終シーズンには結構前には突入していたのだけれど、『ベター・コール・ソウル』を今日ついに観終えそうだ。ソウルグッドマンであったジミーとしては最後のエピソードと思われるエピソード9で止まってしまい、そこからなかなか観られないでいた。数日前から少しずつ再開し、名前も人生も新たにしたはずのジミー改めジーンの物語を観ていた。とはいえ、4エピソードしかなく、残りは本当に最後のエピソード13だけ。『ブレイキング・バッド』『エルカミーノ』と観てきて、とても長い時間をかけて観てきたわけだが、その長い時間をかけてでも観る価値があったことは間違いない。とうとう終わってしまうとなるとやはり寂しく感じる。

 このドラマを観ている間に、僕にもウォルターやジーンのようなマスタッシュが生え、彼らのことをもう年上とも思えない年齢になっていた。

2026/06/28(日)|頭の中で鳴った声

 美輪明宏さんが亡くなった。

 もう90歳を過ぎた高齢で近年はかなり痩せていたし、テレビでの露出も少なくなってきたので心配はしていたが、とうとう昭和の大偉人が逝ってしまった。美輪さんは若いうちから同性愛者をカミングアウトしその差別と長く戦ってきたことや、スピリチュアル界隈の象徴の一人、そしてジブリ映画の声優など幅広いところで存在感を示してきたように思うが、三島由紀夫をはじめ文豪との関わりも深く、昭和の文化的文脈を語ることのできる貴重な人物でもあった。僕にとっては、文学好きとして三島由紀夫などとの関わりを持つ人としての興味もあったが、それ以上に同じ同郷の長崎出身の大スターであり、何と言っても同窓生ということもあって、大先輩として見ているところもあったから、今回の訃報は寂しく、そして悲しい。

 あれはもう10年以上前になるのかもしれないが、紅白歌合戦に美輪さんが出て『ヨイトマケの唄』を歌ったとき世間がざわついたのをよく覚えている。いつも黄色い髪の美輪さんが短髪のかつらを被って、力強い歌声で歌ったこと、そして『ヨイトマケの唄』の歌詞は、いつの時代にあってもインパクトのあるものなのだろうと思う。

 美輪さんのコンサートには一度、そして佐世保でのディナーショーにも一度行った。いずれのショーでも『ヨイトマケの唄』は歌っていたが、コンサートホールの広い会場での方が、美輪さんの力強い声がよく響いて迫力があった。ただ、コンサートでは『ヨイトマケの唄』と同じくらい、あるいはそれ以上に『愛の賛歌』で胸を打たれた。『愛の賛歌』はたしか紅白歌合戦でも披露していたように思うが、美輪さんにとっても大事な歌だったのだろうと思う。『ふるさとの空の下に』では、一緒に行った叔母を含め、涙をしている人が多かった。『ふるさとの空の下に』は美輪さんの被爆した経験をもとにした歌だが、被爆の語り手としてもどれだけの存在感があったことだろうか。既によく知られた歌ではあるが、もっと広く知られてほしい歌だ。



 美輪さんの書いた歌詞は美しくも力強いが、その文章もまた美しさと力強さが感じられるものだ。『紫の履歴書』では特にそういった随所に見られるが、過酷な現実を受け入れながらもその心は前向きに、未来に向かっていて、読んでいて勇気づけられる。少し長くなるが、引用する。

 それらの歌の数々は烈しい速さで流れ出した油に火を放ったように僕の身体を駆けめぐり燃え上がりました。僕は毎日、レコード屋に通って、せっせと歌を覚えました。楽譜のある歌は少なかったのです。学校でも、ピアノを弾きながら一人で歌ったり、Lさんに聞かせてあげたりしました。
 「君は素晴らしい人になるよ」
 弾き語りをしている僕を見下ろしてLさんは、ピアノにもたれて、微笑んでいます。
 でも、矢張り、スキーパーや自リーなどのイタリア民謡も、ガリクルチのラ・パロマなぞも、いいように思え、しばらく迷ったあげくに、結局はクラシックとか民謡とかシャンソンとかの区別なく歌であれば、どんな歌でも、同じように愛して歌えばいいのじゃないかしらん。何も継子いじめのように、差別することは、ないのじゃないかしらん、と思いつき、いろんな歌をゴッチャに、その日そのときの気分によって練習し、歌うようになりました。

 歌の心の世界に差別など無いのです。
 歌が悲しんでいる心もわからず勝手に差別しているのは歌の心のわからない夢のない人間達なのです。歌は人間と異って天使のように自由なのです。歌は誰にも、どんな権威にも支配されません。
 だから歌は人々から羨ましがられ、望まれるのでしょう。僕は一生涯、歌の心で、歌のように自由奔放な美の世界に生きてきたいと思います。
 何者にも束縛されない一生。それは僕自身が歌になることなのでしょう。それでこそ、自由な歌の心がわかり、歌と一心同体となり、人々の内部に道、その上空を飛び翔ることが出来るのでしょう。金色に輝く歌の天使のように。
 
 今日も、学校から帰ると早速、夕御飯の後でレコードをかけてもらい、小声で歌います。
 外は打ち水がされ、歌は蝶々のように、宵闇が漂う辺りを、ふわりふわりと飛んでいきます。

美輪明宏『紫の履歴書』(水書坊) pp.129-130

 ディナーショーでは幸運にもほぼ最前列に近い場所で観ることができ、ディナーショーだったからその距離はかなり近かった。ディナーショーでは『メケメケ』でノリノリに踊る美輪さんが印象的だった。

 ディナーショーでは、ある事件が一つ起こった。スピリチュアルな不思議な体験で、なかなか信じがたいものではあるが、今振り返ってみてもあれは勘違いではなかったように思う。

 ショーも終盤近くになった頃だったと思う。美輪さんと目が合った気がしたのだが、そのときに頭の中で美輪さんの声で「あなた調子に乗ってんじゃないよ。しっかりなさい」と言っているのが聞こえたのだ。その直後とんでもない腹痛に襲われ、歌の途中だったが我慢することができずに、トイレに駆け込まざるを得なかった。10分くらいトイレに籠もったが、お腹を下したわけではない謎の腹痛だった。それから席に戻り最後までショーを観ることはできたが、ショーが終わった後、妻が僕の顔を見てあまりの顔色の悪さに驚いていた。

 この体験は僕の思い込みだと思った方が自然なのかもしれない。しかしあのときに頭に響いた美輪さんの声は、今もそのまま再現される。いわば美輪さんからの叱咤だったわけだが、思い込みであれどうであれ、あの声はずっと大切にしていきたいし、忘れることはない。

 美輪さんがいない世界は寂しいが、妻は美輪さんだからか、いなくなった気がしないから不思議だと言っていた。美輪さんはこの世に愛を残してくれた。最後のメッセージも愛だった。安らかにお眠りいただくよう祈るとともに、美輪さんが美しい言葉や歌、そして愛を残してくれたことに感謝したいと思う。


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