投資されている私たち ― 未来のためにできること
投資と聞くと、どうしても「リターン」や「お金の増減」を思い浮かべがちですよね。
でも、本来の投資には、「未来に託すこと」や「応援すること」だと思います。
そして、実は、私たち自身も「投資されている」からこそ「いまがある」のですよね🐾
1 私たちに期待されていること
私たちは生まれた瞬間から、数えきれないほどのものを受け取ってきました。
親が注いでくれた愛情や時間。
先生からの励ましの言葉。
社会制度として整えられた教育や医療。
どれも「(金銭的な)見返りが欲しい」から与えられたものではありません。
未来に託す思いがあったからこそ、渡されたものです。
ただ、きっと「この子には幸せになってほしい」、「より良い社会を創ってほしい」という「期待」はされていますよね。
そう考えると、「私たちは投資されている」と言えるのかもしれません。
お金ではなく、想いや願いが込められた投資といえるのかもしれません。
2 先人たちのまなざし
道路や学校、図書館や公園。
私たちが当たり前に使っている環境は、先人が残してくれたものです。
私たちの日常は先人たちの投資の積み重ねの上に成り立っています。
そこにはお金だけでなく、汗や知恵、願いや祈りといったものが込められているように思います。
先人たちの想いを想像すると、「いま、私たちがこの場所に立っている」こと自体が素晴らしいことだと感じます。
3 受け継いだものをどう返すか
投資されている私たち。
次に考えたいのは「どう返していくか」です。
もしかしたら、先人の「期待」を重く感じられる方もいるかもしれません。
「望んでいた訳ではない」と感じられる方もいるかもしれません。
でも、難しく考える必要はありませんし、返すといっても、同じ形である必要もないと思います。
・次の世代にやさしさを手渡す
・仕事を通して社会を少しでも良くする
・身近な誰かを支える
どんなことでも良いので、「自分にできること」をやってみること。
一つ一つは小さな一歩かもしれませんが、それが積み重なって、今度は「私たちから未来を生きる次世代への投資」となります。
4 投資されている私を生きる
「投資されている私」という視点を持つと、不思議と心があたたかくなります。
私たちは誰ひとりとして、自分の力だけでここまで来たわけではありません。
沢山の応援とまなざしに支えられて、今ここに立っています。
こうして考えることで、「自分を大切にしていいんだ」と自分を信じる力にもなります。
そして、自分自身も誰かにとっての「投資する人」になると感じることができます。
5 むすびに
投資はお金の話だけではないように思います。
信じて、託し、受け取り、そしてまた託していく。この循環のなかで、私たちは「先人から投資されている私」として生きています。
「私たちが、いま、ここにいること」そのものが、先人からの投資の結晶なのだとしたら、今度は私たちの番なのかもしれませんね…!
今日もまた、誰かの未来に向けて、小さな「投資」をしてみたくなります🍀☺️
最後までご覧いただきありがとうございます✨️
一緒に「お金の哲学」をしてくださる方、宜しければ、スキやフォローをいただけるととても嬉しいです🌈
どうぞ素敵な時間をお過ごしください☺️🍀
🐾「お金を哲学する柴犬」の自己紹介🐾

