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「来年も行ける」と言いながら、子どもは来年のままではいてくれない|文哉、45歳

CASE 17|文哉、45歳

土曜の朝、文哉はダイニングテーブルの端で、二つの画面を交互に見ていた。

会社から持ち帰ったノートパソコンには、来期の営業計画。個人のタブレットには、北海道までの航空券とホテルの料金が表示されている。

「ここ、行ってみたいんだよね」

中学二年生の娘、菜月が見せてきたのは、夏の知床だった。海から断崖を眺める船。霧の向こうに山が続き、運がよければヒグマが見えるらしい。小学五年生の息子、悠真は、釧路湿原を走る列車の動画を何度も再生していた。

妻の亜紀が、食器を片づけながら言った。

「四人で長く旅行できるの、もしかしたら今年が最後かもしれないよ。来年は菜月も受験生だし」

文哉は「そうだな」と答えた。それから航空券の合計額を見て、画面を閉じた。

行けない金額ではない。だが、何も考えずに出せる金額でもなかった。

それ以上に引っかかっていたのは、旅行代そのものではない。会社で見たばかりの数字だった。

印刷物の受注は、今年も前年を下回っていた。大口顧客だった学習塾は、入会案内を紙からウェブへ移した。地方自治体の広報物はページ数が減り、展示会のパンフレットはQRコード一つに置き換わった。会社がすぐになくなるとは思っていない。けれど、以前と同じ仕事を同じ人数で続けられる未来も、もう想像しにくかった。

夏の北海道へ行くかどうか。

家族にはそう見えている問いが、文哉の中では、別の問いにつながっていた。

この先の収入が読みにくくなるときに、今、まとまったお金を使ってよいのか。

そしてもう一つ。

先の不安を理由に見送った時間は、あとで同じ形で買い戻せるのか。

紙の減り方は、数字より先に手触りで分かった

文哉は、従業員百人に満たない印刷会社で営業課長をしている。大学を卒業して入社し、今年で二十三年になる。

若い頃は、企業案内や商品カタログの見本を鞄いっぱいに詰めて歩いた。営業先では紙見本を机に広げ、厚みや光沢を指で確かめてもらった。色校正の日には工場へ行き、刷り上がった一枚目を顧客と一緒にのぞき込んだ。

ものが完成する仕事だった。

何千部もの冊子が積まれた光景を見ると、自分の仕事が目の前にあると思えた。顧客の担当者が「やっぱり紙になると違うね」と言えば、夜遅くまで修正したことも報われた。

その仕事が嫌いになったわけではない。

ただ、紙を必要とする場面は確実に減った。

会社も何もしていないわけではなかった。ウェブ制作を始め、顧客データを使った販促支援を提案し、小ロットでも利益が出る商品を開発した。文哉自身も、部下に「印刷物を売るんじゃなくて、お客さんの伝えたいことを形にするんだ」と何度も話してきた。

その言葉は間違っていない。しかし、新しい領域で会社が競う相手は、これまでとは違う。ウェブ専業の会社、広告代理店、安価なオンライン印刷、顧客企業の内製チーム。長年の信頼は入口にはなるが、受注を約束してはくれない。

営業会議では、社長が「変化を機会にしよう」と言う。

文哉も課長として、同じ方向を向く。

一方で家に帰ると、住宅ローンの残高、子ども二人の教育費、老後資金を頭の中に並べる。年収は六百十万円ほど。亜紀も週四日、調剤薬局で働いている。毎月赤字になる家計ではない。少しずつ貯蓄も増えている。

だからこそ、その貯蓄を減らすことが怖かった。

困窮しているわけではない。大きな買い物をしたわけでもない。ただ、会社の先行きが以前より見えにくい。その小さな曇りが、使えるはずのお金に触れさせなくしていた。

不安は、必要額を教えてくれなかった

文哉は家計簿をつけている。教育費の概算も作った。菜月が私立高校へ進んだ場合、悠真が大学で一人暮らしをした場合、住宅ローンの金利が上がった場合。それぞれの数字を表に入れた。

計算すれば安心できると思っていた。

実際、見えるようになったことは多い。少なくとも、北海道旅行一回で家計が崩れるわけではない。それは分かった。

ところが、計算を終えても予約ボタンは押せなかった。

文哉が備えようとしていたのは、金額の決まった支出だけではなかったからだ。

もし会社の業績がさらに悪くなったら。

もし役職手当が減ったら。

もし転職しなければならなくなったら。

もし次の仕事で年収が下がったら。

不安は「あと三百万円あれば十分です」とは言わない。貯蓄が増えれば、想像できる別の危険を連れてくる。数字を知ることと、もう使ってよいと自分に許可することは、同じではなかった。

ある夜、亜紀が家計表を見ながら言った。

「文哉は、いくら貯まったら安心するの?」

「教育費の見通しが立ったら、かな」

「それって、二人が大学を卒業するまで?」

文哉は答えなかった。

菜月が大学を卒業するとき、文哉は五十代半ばになっている。その頃には退職後の資金が気になるだろう。住宅ローンが終われば、家の修繕を考える。安心の条件を次の条件へつなげていけば、お金を使ってよい時期は最後まで来ないかもしれない。

もちろん、使えばよいという話でもない。

文哉が守ろうとしているのは、通帳の数字ではなく、家族の生活だった。会社が変化しても慌てずにいられる余地。子どもが進みたい道を、親の事情だけで狭めずに済む余地。自分が合わない仕事へ移るしかなくなったとき、少し立ち止まれる余地。

貯蓄には、まだ起きていない未来の選択肢を守る働きがある。

だから、亜紀の「今年しかないかもしれない」という言葉だけで、簡単に取り崩せるものでもなかった。

「最後かもしれない」は、少し大げさで、たぶん本当だった

菜月は家族旅行を嫌がっているわけではない。ただ最近は、出かける前に友人との予定を確かめるようになった。旅先でも写真を撮り、家族のグループではなく友人へ送る。夕食後、ホテルの部屋で一人だけイヤホンをつけていることもある。

以前なら文哉は、せっかく家族で来たのだから、と声をかけていた。

今は、その時間も娘の旅の一部なのだと思うようにしている。

来年、菜月は受験生になる。高校に入れば、部活や友人の予定が増えるかもしれない。家族旅行に来なくなると決まったわけではない。大学生になっても、社会人になっても、四人で旅行する家族はいる。

けれど、同じ四人ではない。

悠真が列車の窓に顔を近づけ、見えたものを全部報告する年齢。菜月が大人と子どもの間を行き来しながら、まだ両親と同じ部屋に泊まる夏。亜紀が四人分の荷物を確認しつつ、子どもたちに任せる範囲を少しずつ広げている時期。

旅先は来年もある。家族も、おそらくいる。

それでも、今年の組み合わせは今年にしかない。

文哉は「最後の家族旅行」という言い方が好きではなかった。終わりを強調して予定を迫るように聞こえるからだ。子どもが成長するたびに、今しかないと焦っていたら、生活は記念行事で埋まってしまう。

それに、日常を犠牲にして特別な経験ばかり集めることが、家族を大切にすることとも思えない。

だが、「また行ける」と言うとき、同じ機会が保存されているわけではないことも分かっていた。

先送りは、予定を未来へ移すだけではない。

一緒に行く人の年齢、関心、身体、関係まで、未来の状態へ変えてしまう。

会社の不安を、家族だけが引き受けていないか

月曜の朝、文哉は部下の佐伯と顧客訪問へ向かった。電車の中で、佐伯が秋に結婚すると話した。

「新婚旅行、行くの?」

「行きたいんですけど、今の案件が決まったら忙しくなりそうで。落ち着いてからでもいいかなって」

文哉は「行けるときに行った方がいいぞ」と言いかけて、やめた。

自分は何を根拠に、そう言おうとしたのだろう。

若いから。新婚だから。旅行は思い出になるから。

どれも間違いではない。ただ、佐伯にも佐伯の家計があり、配偶者の都合があり、仕事への期待がある。人生の旬は、他人から見つけやすく、本人には決めにくい。

訪問先から戻ると、工場長から社内メッセージが届いていた。古い印刷機一台の更新を見送るという。故障すれば修理部品がない可能性もある。それでも、新しい設備へ投資するだけの受注量を見通せない。

文哉は、その判断を合理的だと思った。

同時に、見送ることで失われるものも想像した。短納期の注文へ応えにくくなり、顧客が離れ、さらに設備投資をしにくくなる。守るために使わなかったお金が、守りたい事業の可能性を狭めることもある。

会社の投資と家族旅行は同じではない。それでも、文哉の中では重なった。

使わないことにも、コストがある。

そのコストは請求書にならない。だから、見落としやすい。

文哉が会社の不確実さに備えることは、家族を守る行為だった。しかし、その不確実さを理由に家族の予定を何度も見送るなら、会社の不安を家族の時間に負担させているとも言える。

会社は文哉に「旅行をやめろ」と命じていない。

未来も、まだ何も奪っていない。

奪われる可能性に備えるうちに、文哉自身が今の選択肢を閉じようとしていた。

旅行を「正解」にしないために

文哉はもう一度、北海道旅行の見積もりを作った。

最初の案は六泊七日だった。知床、網走、釧路を回り、亜紀が行きたかった温泉宿にも泊まる。家族四人で移動費を含めると、予想より大きな金額になった。

その数字を前にすると、行くか、行かないかの二択になる。

そこで、日数を四泊にした。宿を一部変え、目的地を知床と釧路に絞った。ただし、悠真が楽しみにしている列車と、菜月が見つけた観光船は残した。

節約というより、何にお金を使いたいのかを選び直す作業だった。

亜紀は最初、「せっかくなら温泉も行きたかった」と言った。文哉はまた、金額を理由に押し切りそうになったが、「どれを一つ戻したい?」と聞いた。

二人で見直し、最終日は少しよい宿に泊まることにした。その代わり、レンタカーを借りる期間を短くした。

菜月にも悠真にも、計画を見せた。

「全部は無理だから、行きたいところを一つずつ選んで」

子どもに家計の不安を背負わせたいわけではない。だが、親が用意した完璧な旅行を受け取るだけでなく、限られた条件の中で一緒に選ぶ経験にはしてもよいと思った。

予約ボタンを押した夜、文哉は期待していたほど晴れやかな気持ちにはならなかった。

口座から引き落とされる金額を思い、会社の来期計画を思った。旅行を決めたからといって、不安が消えるわけではない。

むしろ、不安を残したまま使うと決めたのだ。

それは思い切りのよい決断ではなかった。家族との時間を最優先にした、という美しい話でもない。日数を減らし、希望を削り、貯蓄額も確かめ、最後まで迷った。

けれど、限られたお金を使うとは、本来そういうことなのかもしれない。

何かを選べば、別の安心は少し減る。何かを守れば、別の時期が静かに過ぎる。両方を失わない方法ではなく、どちらの減り方なら引き受けられるかを決める。

帰ってきたあとに残るもの

八月、知床の海は思っていたより寒かった。

観光船のデッキで、悠真は風に負けないよう声を張り上げた。菜月は最初、船内から出たがらなかったが、遠くの岩場にヒグマがいると聞いて外へ出てきた。亜紀は双眼鏡をのぞきながら、どこ、と何度も笑った。

文哉は写真を撮った。しかし、途中でスマートフォンをポケットへ戻した。

この旅行が、家族にとって特別な思い出になるかは分からない。菜月は数年後、友人との旅行の方を鮮明に覚えているかもしれない。悠真は列車の名前だけを覚え、誰と乗ったかは曖昧になるかもしれない。

使った金額に見合う記憶が残る保証はない。

それでも、その日の夕方、四人で狭いレンタカーに乗り、窓の外の鹿を数えた時間は、確かに起きていた。

価値は、将来まで保存されて初めて成立するものではない。

その場で誰かと笑ったこと。予定を一緒に選んだこと。少し不機嫌になり、翌朝には普通に朝食を食べたこと。記憶が薄れても、それらは家族の時間の一部だった。

旅行から帰った翌週、文哉はまた営業会議に出た。受注予測は厳しく、社長の説明も歯切れが悪かった。現実は何も好転していない。

文哉は、次の旅行先を探し始めたわけではない。しばらく大きな支出は控えようと思っている。転職サイトも、ときどき見るようになった。会社に残るにしても、別の場所へ移るにしても、自分が何をできるのかを知っておきたかった。

備えることをやめたのではない。

備える未来の中に、今年の家族を置き直しただけだった。

お金を使わなければ、選択肢は残る。

けれど、選択肢を残している間にも、それを一緒に使いたい人の時間は進んでいる。

「来年も行ける」は、たぶん嘘ではない。

ただし来年行くのは、一歳ずつ年を重ね、それぞれに別の予定と関心を持った四人だ。

だから今使うことが正解なのではない。

今年見送ることが間違いなのでもない。

必要なのは、将来の不安だけに発言権を与えないことなのだろう。まだ起きていない未来と、今ここにいる人たち。その両方を同じテーブルにつかせて、どちらの時間も見落とさずに決めること。

文哉の通帳には、旅行前より少ない数字が残った。

そして家には、四人で過ごした夏のあとに続く、いつもの平日が戻ってきた。

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