第13回:最終決戦、そして戦略が届いた「証」 〜すべてを出し切った半年間〜
プロフェッショナルの友人と共に、最終プレゼンテーションの内容を根本から再構築しました。本命候補との明確な差別化を図るため、あえて「現体制の課題」にも切り込むリスクを取った、これまでにない挑戦的なシナリオです。
与えられた25分という時間枠に完璧に収まるよう、幾度となく声に出し、リハーサルを繰り返しました。そして、いよいよ本番の日を迎えました。
控え室での1時間と、最後の悪あがき
指定された時間に会場へ向かうと、静かな待合室に通されました。 「いつ呼ばれるか分からない」という極限の緊張状態の中、たった1人で待つこと1時間。
普通ならただ祈るように時間を過ごすのかもしれませんが、私はその1時間の間にも、プレゼンの細かい点が気になり、パソコンを開いてスライドの修正を続けていました。「今呼ばれたらどうしよう」という焦りや極度の緊張感はありましたが、それでも「最後の最後の1秒まであがこう。これが最後の勝負だ」と腹を括っていました。
そして、ついに私の名前が呼ばれました。
案内されたのは、これまで数回しか入ったことのない、重厚な雰囲気の特別な会議室でした。扉を開けると、そこには大学のすべての教授陣がずらりと並び、私を待っていました。
異質な緊張感の中での「最高傑作」
「では、先生の抱負を聞かせて下さい」
その一言で、私の最後の25分間が始まりました。 これまで学会などで数え切れないほど発表を経験してきましたが、自分の専門領域とは全く異なる、全分野のトップである教授陣を前にしての発表は、学会とは全く質の違う、肌がヒリヒリするような緊張感でした。
しかしその一方で、見渡すと顔見知りの教授の顔も多くありました。彼らの視線からは、ただ私を評価しようとするだけでなく、どこか温かい空気も感じられたのです。
これまで感じたことのない独特の雰囲気の中、私は半年間かけて作り上げてきた「抱負」を語り始めました。待合室での直前の修正も含め、思いの丈をすべて乗せたそのプレゼンは、間違いなく自分史上「最高」と言える出来栄えでした。
25分間を語り終えた時。 静まり返った会議室の中で、何人かの教授が拍手をしてくれました。それは、単なる「お疲れ様」という労いの意味だったのかもしれません。しかし、私には、自分が命懸けで伝えた「価値観」と「思い」が、確かに彼らの心に通じたように思えたのです。
その拍手を聞いた瞬間、「ああ、ここまでやって本当に良かった」と、心の底から思えました。
数週間後の知らせと、恩師からの言葉
結果は、後日行われた教授会での投票により決まりました。
教授会終了後、恩師である現教授から私に直接連絡がありました。 伝えられたのは、私が選ばれなかったという事実。しかし同時に、決して少なくない、確かな数の支持(票)を集めることができたという事実でした。
教授は、私にこう言ってくれました。
「もしこれが、従来通りの『研究実績の比較』だけの勝負だったなら、君への支持はもっと少なかったかもしれない。しかし、君はこれだけの支持を集めた。この結果は、君の描いたビジョンやこれまでの歩みが、大学でとても高い評価を得たということの証明だ。最終候補として堂々と戦い抜いた君たちのことを、私は本当に誇りに思うよ」
頭が真っ白になった後に巡る、複雑な感情
電話を切った後、私はまさに頭の中が真っ白になりました。
何もないところからスタートして、半年以上、持てるすべての時間と労力を注ぎ込んで全力で戦ってきた。 自分が勝つための戦略を極限まで考え抜き、その方向性は絶対に正しかった。 プレゼンの完成度も最高に高めることができた。 そしてそれが、確実に聞き手に伝わった感触もある。
――でも、勝てなかった。
そこから、本当にいろいろな感情が頭の中を激しく巡り始めました。
すべてをやり切ったという深い満足感。 とてつもない重圧から解放され、ようやく終わったという安心感。 あそこまでやって届かなかったという、手の震えるような悔しさ。 「本命には勝てないなんて、そもそも最初から当たり前のことだったのでは?」という抗いようのない虚しさ。 そして、「まあ、明日からまた自分の信じる道を進めば良いさ」と、無理やり自分を納得させようとするカラ元気……。
どれが本当の気持ちなのかわからないほど、様々な感情が波のように押し寄せては引いていきました。
