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教授選のプレゼン戦略 〜「教授を目指さなかった」という最大の武器〜 [第10回]


前回の記事では、教授選の最終選考に向けたプレゼンテーションの準備について触れました。

今回、私に与えられたプレゼンテーションのテーマは「教授としての抱負」でした。私は、「実績」ではなく「抱負」を問われたことに、勝機を見出していました。

一般的に、医学部の教授選において「実績」と言えば、論文の数や、学会での役職といったアカデミックな経歴を指します。もし単純な「論文数の比較」という従来型の戦いになれば、純粋な研究の道を歩んできた他の候補者に分があるのは明白でした。

しかし、テーマは「抱負」です。

これからの大学病院をどう導くのか。その未来を語る場においてなら、私がこれまでに現場で培ってきたすべての臨床経験、マネジメントの苦労、そして数々の試行錯誤を、これからの組織運営に不可欠な「生きた実績」として昇華させ、強力にアピールすることができると考えたのです。

投票者の心を動かす「自分ごと」化の戦略

とはいえ、いくら立派な抱負を語っても、それが相手に届かなければ意味がありません。

プレゼンテーションを聞き、最終的に一票を投じるのは、すでに各専門分野で確固たる地位を築いている教授陣です。彼らに「この人間に任せてみよう」と思わせるためには、私のプレゼンを単なる一候補者のスピーチとしてではなく、彼ら自身の「自分ごと」として捉えてもらう必要がありました。

人間は、自分に関係のない話には驚くほど無関心です。だからこそ、私は以下の3つの条件を必ず満たすプレゼンテーションを構築することに決めました。

① すべての教授に関係する「大きなビジョン」を掲げること
自分の専門領域の発展だけを語っても、他科の教授の心には響きません。大学病院全体、あるいは医療界全体、さらには日本全体に関わる普遍的な課題をテーマに設定する必要がありました。

② 明確な「メリット」を提示すること
身も蓋もない言い方になりますが、人間は自分にメリットのあることには強い興味を示します。私に投票し、私が教授になることで、目の前にいる教授陣にどのような具体的な利益をもたらすことができるのかを明確にする必要がありました。

③ 「危機感」を煽起すること
行動経済学に「損失回避の法則」というものがあります。人は、何かを得る喜びよりも、何かを失う痛みの方を大きく評価し、それを避けようとする生き物です。現状維持を選択した場合、あるいは他の選択肢を選んだ場合、今の大学病院がどのような損失を被るリスクがあるのか。その危機感を、事実に基づいて提示することにしました。

私の「最大の価値」とは何か?

これら3つの条件を念頭に置いた時、ひとつの巨大な壁にぶつかりました。 他の優秀な候補者たちから自分を決定的に差別化し、投票者に最大のメリットを提供できる、私だけの「コアバリュー(最大の価値)」とは一体何なのでしょうか?

これまでの医師人生を振り返り、自問自答を繰り返しました。 そして、ある決定的な事実に思い至りました。

私が持つ最大の価値であり、他の誰とも違う強み。それは皮肉なことに、**「これまで、教授を目指さないキャリアを歩んできたこと」**そのものだったのです。

論文を書くことだけを至上命題とするのではなく、常に現場の合理性を追求し、時に組織の壁にぶつかりながらも実践的なスキルとマネジメント能力を磨いてきました。その「教授を目指さなかったがゆえに得られた、圧倒的にリアルな現場経験と臨床力」こそが、今の硬直化した大学病院に最も欠けているものであり、教授陣に最大のメリットをもたらす武器になります。

弱点だと思っていた自分の経歴が、最大の武器へと反転した瞬間でした。

この「逆転のロジック」を軸に、私はプレゼンテーションのシナリオを組み上げていくことになります。



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