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モラヴィア美術館『美術館って、おもしろい!』


絵本かと思ったら、ガチだった!

ブルノのモラヴィア・ギャラリーは、プラハ国立美術館に次いで、チェコ共和国で二番目に大きい美術館なのだそうです。美術館の大きい小さいというのが、どういう基準なのかはさておき、観光情報サイトなどではそんな感じの扱い。

チェコといえば、アルフォンス・ミュシャの出身地であり、デューラーやファン・アイクといった北方ルネサンス、クリムトやシーレといった中欧・東欧の芸術家にも縁が深い。
何といっても、プラハは世界有数の芸術の都であり、そこの国立美術館に次ぐ。
自分はそれ聞いただけで「ウヒャー!」となるのですが、具体的な事は分からない……自分はまだまだ、美術マニアとしては初心者も良いトコですね。

というわけで、勉強しなおそうかな、なんて思って、キレイなイラストいっぱいのこの絵本を手に取ったのですが。

ガチだこれ。やべぇ。

美術館のはじまりについて。

最初に、その歴史から始まるというのは、この手の入門本のお約束。でも、公共の美術館の始まりが、ラオコーン像を展示するために作られたバチカン美術館だとか、ソレ自分も知りませんでした。

「ウンダーカンマー(驚異の部屋)」の方が後なんですね。
それから貴族の「絵画展示室」があって、最終的に「ホワイト・キューブ」に至る。

途中に「スタイル・ルーム」や「抽象の部屋」と言うのが挟まってるけど、これも知らなかった。収集品の時代区分を行ったドイツ皇帝ヴィルヘルム二世や、展示方法に改革を起こしたハノーファー市立美術館のアレクサンダー・ドルナーの話。

美術館について考える時、絶対外せない重要人物らしい……コレも知らなかった。

知らないついでに、ミュージアムに対する概念として、クンストハレという単語も初耳。ドイツ語で「芸術のホール」と言う意味らしい。主に芸術家の団体が、会員の作品を展示するために創設したもので、作品を収蔵せず、二、三か月程度の展示を行うとか……作家が画廊を持っているような感じなのかな?

ドイツ語文化圏の矜持・自負心をビンビン感じますね。

美術館の歴史の年表。

美術館の歴史の年表、自分の知らなかったミュージアムが半分以上ある。数行くっついてる簡単な解説を見ただけで
「確かにコレは歴史として押さえなきゃダメなやつ!」
ってなるミュージアムばっかり。

「スペインの文化も決して負けていないと、フェルナンド七世はプラド美術館を設立しました」
「カルカッタにインド博物館ができたのは、大英帝国の支配下でのことでした」
どうしても欧州がメインになるのは仕方がないにしても、説明がしっかり世界史に絡めてある。

1851年のロンドン万博の水晶宮、1937年ナチスによる退廃芸術展、2011年のグーグル・アート・プロジェクトなど、美術の鑑賞について大きな影響を与えた事件も載っています。
マネが『草上の昼食』を展示した1863年の落選展から影響を受けて、ドイツでは1897年ウィーン分離派が「分離派会館」という、自分たち専用の展示会場を建設したのだけど、これが先の「クンストハレ」に繋がるのかな?

その後「マーネス画廊」とか「ドクメンタ・カッセル」とか「ヴァーツラフ・シュパーラ画廊」とか、半分くらいチェコの話になる。このあたりは、この本の対象読者、自分たちの美術館に来る人や、チェコの子供たちへのメッセージになっているのでしょうね。

アートにあふれる街。

実際に美術館について語る前に、見開きでアートにあふれた街の様子が描かれます。

ギャラリーや美術館がひとつもない大都市なんてあるでしょうか?
(……)
それは、巨大な建物の大美術館である必要はありません。
遠くまで出かけなかったら、自分が住んでいる街をじっくり見てみるのもいいでしょう。きっと芸術作品が数多く見つかるはずです。
(……)
そして気付かないうちに、美術館のなかにいるように感じることでしょう。

2.美術館のしごと アートにあふれる街

読みようによっては、街そのものが展示の場所になりうるのだから、美術館なんていらないんじゃないか? とも解釈しうるような文章。まるでそれを証明するように、芸術作品がちりばめられた街が広がる。
本の最後にそのリストがあるのだけど、街に、まるで住人のように溶け込んでいるのは、どれも著名な現代アート作品。展示室のホワイト・キューブの中に閉じ込められているよりも、よほど生き生きしているように見えます。

それでも、美術館という場所が求められるとしたら、それはなぜでしょうか?

美術館へ!

その街から美術館にやってくる人の姿が、また見開きで描かれるんだけど、このイラストが面白い。何人もの人がお団子になってるみたい。頭がいくつもあって、脚はギブスつけてるのとかハイヒールのとか、腕は本やビール持っているヤツなど、ニョキニョキ生えていて。
そのお団子が、いっぱい「美術館に行く理由」をぶら下げています。

ここでは「展覧会に行く」は、たくさんある理由の一つにすぎません。
「文化や歴史を知るため」「教養をつけたくて」
という、特にこの展覧会と限定せずに知識欲で来る人。
「美しいものを愛でるため」「創作がしたくて」
は、美術館特有かな? 自分が素敵だな、と思ったのは
「特別な経験がしたくて」「夢を見たいから」
あたりです。
「出かけたい気分」「デートの口実」「雨やどり」
なんかは、それぐらい気楽に来ていいんですよ、というメッセージなんだろうなあ。

ページをめくると、四角い美術館の外観が現れます。よく見ると、この建物は先の街の中にも小さく描かれていました。拡大されても、周りの広場や芝生にも作品がいっぱい。
観音開きになったページを大きく開くと、建物の中が現れる仕掛け。中は作品と、やってきた人たちでいっぱい。
芸術作品が散りばめられた街では、美術館は特別な存在ではなく、展示室の中までそのままつながっている。その感覚が伝わってくる。
前のページで「カフェに行きたい」「図書室に行きたい」という理由がありましたが、ちゃんとカフェや図書室にもお客さんが入っています。

この大きく観音開きになった見開きの真ん中は、美術館内を透かして見た絵ですが、その周りに並べてあるのは「美術館で働く人」です。館長、学芸員、看視・警備スタッフあたりは定番ですが、清掃やショップのスタッフも同列に描いてある。同じ施設を護る仲間。
教育普及係や、美術史家、複製画家、カメラマンなど充実しているのは、やはり欧州の大きい美術館だからでしょうか? 経理や広報、ロジスティクス、収蔵係など、考えてみれば当然いるだろうけれど、見落とされがちな職種もしっかり描かれているのもさすが。
ページをめくると、ガイドツアーやワークショップ、講演なども「美術館の中身」として紹介されます。

美術館はたいへん!

ページをめくると、大変なことになっている展示室。
絵に触る者、リュックを彫刻にぶつける者、走り回る子供、犬を連れた者、チキンにかぶりつく者、煙草を吸う者、果ては泥棒まで。
実際に『モナ・リザ』が盗まれた事件など紹介しながら、美術品を守る事の大変さが説かれます。

次のページでは、美術品の集め方。ここでも、かなり突っ込んだ描写があったり。
「オークション」「購入」「寄贈」は、こういう本では普通に出てくる。時にニュースでも見るし、自分も画廊で「あの美術館に納品しました」なんて話を聞いたりする。
でも「押収」「差し押さえ」とは……
納税が滞ってとかかなあ、と思って読んだら「ナチスによるユダヤ人からの美術品押収」とか出て来て、ああやっぱりチェコは色々あったんだなあ、などと。
「美術史家、学芸員、修復家は、贋作や模造品ではないか検証する役割も担います」なんて記述があるのも、色々あったんだなあ、と……

さらには「文書化と資料作成の後に収蔵庫へ、展示されているのは収蔵品の一割」なんて、突っ込んだところまで書いている。これ本当に絵本ですか?

次の、収蔵庫のページに行くと、絵画・彫刻・写真・映像作品・インスタレーションなどについて、温度と湿度の範囲及びそれぞれの特性に応じた保管の注意点など、実際のマニュアルから直にもってきたような記述が。
イラストには「実際の収蔵庫では、このように違う材質のものが同じ部屋に置かれることはありません」なんて注意書きがある。かゆいところに手が届くどころか、かゆくないところまで手を突っ込んでくる。
修復家や設営担当にまで、一ページを割くくらい。

展覧会はたいへん!

いよいよ展覧会が行われます。これがこの絵本のクライマックスかな? 今までに登場したスタッフが、入れ替わり立ち代わり出てきます。
始まりは学芸員のアイデア、それまでの研究や調査がモノを言う……となっていますが……実際は、アイデアは色々な方面から来るのではないか、とも思います。

現在は他のメディアや、他の美術館の企画展や万博、芸術祭などとの連携も重要になってきているように感じます。

準備や搬送といった、具体的な動きが出てくると、またグッと生々しさが増してきます。「借用依頼状」や「クレート」などと、専門用語がバンバン出てくる。

「展覧会はどうやって作られているのか?」
という事が、一番わかりやすいのはたぶんこの映像。

展示の構成を考えるシーンで「空間デザイナー」と言う言葉が出てきます。この本でもポスターなどを作る「グラフィックデザイナー」とは別に「展示デザイナー」が登場します。
グラフィックデザイナーと、どこに広告宣伝をするかを担当する広報係、作品の配置をする展示デザイナーと、搬入を担当するロジスティックス係。彼らの間を飛び回る学芸員……

めくると、ついに展示会場に設営が始まったシーン。
脚立が何竿も立って、展示用の壁を作っていたり、場所が正しいか確かめながらキャプションを貼ったり、照明の位置を確認したり。文化祭前夜みたいな騒がしさなんだけど、チェコの高校にも文化祭ってあるのかしら?

文化祭の準備とは、ちょっと違う部分も所々にあって、それが謎となって興味をそそる。
指示書を見ながら壁に文字を書いているのは、コンセプチュアル・アートの作品かな? とか。
床でコンクリこねてる? インスタレーション? とか。
大砲はパフォーマンス・アートの小道具か? とか。

いよいよ展覧会「謎の庭」開催!

この見開きも、観音開きになる仕掛けで、開くとページ四枚分の広い展示会場が現れます。
左端には、展覧会開催の記者会見と、レセプションのシーンなのかな? みんなで乾杯している。「内覧会には軽食も出ます」と書いてあるけど、日本でもあるのかしら。

ここまでのページで、年表にあったモネ『印象・日の出』やプッサン『アルカディアの牧人たち』や、マグリッド『風の声』などが展示されている。
今までのアレコレの、ここが集大成だ、というのが暗にしめされているみたい。「コレどこで出てきたっけ?」と見返すのも楽しい。

途中、展示の分類の仕方で「時代順に並べる」と「内容によって並べる」など、色々なやり方がありますよ、という記事があった。
この展示会場ではアルチンボルド『ルドルフ二世』と、ウォーホル『マリリン』と、フェルメール『真珠の耳飾りの少女』が並べて展示してある……「肩から上の肖像画」の括りなのかな?
等と、これまでの内容を振り返る要素も。

この『謎の庭』という展覧会では、デューラー『アダムとイブ』とポロック『秋のリズム』、ゴッホ『星月夜』とヨーゼフ・ボイス『私はアメリカが好き、アメリカも私が好き』、ブランクーシ『王妃X』とカプーア『角への砲撃』なんて、古典から前衛まで、思いっきりカオスに展示されている。
美術の自由さ、多様さを力づくで分からせるような、思いっきりメチャクチャな展覧会。
「美術とはこういうものだ」という先入観を持たせない、むしろ謎を深めて、興味をひくための展覧会。まさに、この本そのもの。

展覧会が終わって……

この本は「かゆいところに手が届くどころか、かゆくないところまで手を突っ込んでくる」と、先にも書きましたが、展覧会の後もそのムーブは相変わらず。
「展覧会は無事開催されました。めでたしめでたし」
では終わらない。

展覧会評、という見開きで、このカオスというか、斬新というか、挑戦的な展覧会に対する二通りの論評で、この本は締められます。
片方はタブレットに表示されたウェブページで
「この新しい試みは、見学者に大きな意識の変化や、無数の発見をもたらすだろう」
と絶賛し、もう片方は新聞記事で
「こんな訳の分からない事に、莫大なコストをかけたなんて信じられない」
という酷評。

展覧会は開くだけじゃない、評価をされるところまで、ともすれば巻き起こる議論まで含めて、美術館の面白さ。

おまけが充実しすぎている……

最期に、この絵本のあちこちにちりばめられていた美術作品の一覧が示されて、この絵本は終わりです。
一覧といっても、作者『タイトル』に、絵本のページと同じイラストが載せられているだけです。
しかし、ここはまさに展覧会『謎の庭』と同様、美術の自由さと多様さが思い知らされる部分。
カオスなリストのように見せながら、バスキア『ヘッド』とクラース『ヴァニタス』、カラヴァッジョやルーベンスの『メデューサの首』と、ドクロと生首で連続性を見せてみたり。

それらの作品たちは、あるものは街角に、あるものは貴族の部屋に。もう一度、作品探しにページを戻ると、その配置にも意味があるようで……見返すたび、奥の深さを感じます。

一冊の絵本ですらこんなに面白いのだから、もしもコレが本物の美術品で、実際に自分の眼で見て、自分の足で歩き回って体感でしるとしたら、それはどれほど面白いでしょう? 

それができる場所が、美術館。

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