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009 第7章②|思ひ出の樹 — あなたがくれたもの —  ピンク系オレンジの長袖Tとバレンタイン

※この作品は「#創作大賞2026」「#恋愛小説部門」に応募しています。


03
 
東京の病院近くのファミマで、麻美(あさみ)はいつものように、ファミチキのチーズ味と、ココナッツアイスを買った。ココナッツアイス期間限定だと思うから、もうなかったらいやだなと思っていたら良かった。まだあった。親子3人で歩く道で通りすがりの学生は、もう半袖Tだった。
 
有人(ありひと)が
 
「えーもう?先取りしすぎ」
 
と無責任に声を上げるのを萌音(もね)と麻美は聞いていた。
 
病室へのエレベーターを降りると、もう昼過ぎだった。家族3人で久しぶりに麻美行きつけのtokio baseで大きな肉々しい手作りハンバーガーとポテトとコーラを食べてから行った。
 
直樹は病院食を食べていた。
 
「明日は来なくて良いから」
 
って自分で言っていた。
 
その事を覚えてないのか
 
「やー来た。来た」
 
と直樹は言った。
 
覚えてないふりをしているだけなのか、人には分からないと言われるかもしれないけど直樹の癖なのだ。
 
こういう時自分のテレから逃れる為のふりをする。麻美はそれを知っていて家族も知っていたので、誰もそこを追求しなかった。
 
昼過ぎは昨日よりもゆったり過ぎた。マシンガントークもなく少しのお菓子と感想、直樹が観察した病院の看護師たちの癖
 
「今入ってきた看護師はね普段は言わないんだけど、気を抜くと最後に必ず”たしかに”って言う」
 
とか廊下でカッカッカッカという音がすると、
 
「循環器科の医師」
 
とか、いらない情報をくれる。
 
それが、くだらなくておかしかった。
 
よく見ている、そう言うところあった。それを聞くのが好きだった。麻美はそう思った。
 
子供たちは明日学校だから今日の夕方には、高速バスに乗らなくてはいけない。
 
だから少し早めに病室を後にする用意を始めた。萌音はトイレに行くと言ってJKらしく、お化粧ポーチをしっかと握りしめて入り口から出て行った。
 
「あっこと、ケイゴと仲良くやってる?」
 
直樹が有人に聞いた。親として息子の事が気がかりだったけど、口に出せずにいたのかもしれなかった。
 
有人は
 
「あのさ」
 
と言って直樹に何か言いたげにしているが麻美をチラリと見て、次の言葉が出てこないようにもう一度直樹を見た。
 
麻美は、ハッと思い
 
「帰りのバスで食べるお菓子売店で何か見てくるわ」
 
そう言ってから長財布を持って病室の出入り口から廊下へ出た。
 
残された二人は麻美を見ていた。
 
04
 
病院の売店はB1Fにあった。エレベーターから降りて左へ2回曲がると、右手にコンビニのようなガラス張りの店内からの売店特有の灯が漏れてきた。
 
麻美は胸に長財布を抱え込み店内へ入った。有人は男同士の話がしたかったのかな。
 
女の私には言えない事がやっぱりあるのかな。寂しい気持ちもある。でも父親に話してみたいと思った有人の気持ちを尊重したくもあった。
 
「あっことケイゴか」
 
何だろうと思った。麻美はあまり慌てず店内を見て回った。
 
麻美は時間稼ぎをしているのだ。
 
チョコの陳列棚の前で麻美はチョコのガルボを手に取った。紅茶フレーバーと、つぶ練り苺味どっちが良いだろうと悩んで我が家の定番だったつぶ練り苺味を選択した。
 
又少し進んで今度は、せんべいの陳列棚に行った。
 
マストアイテムでしょと、ばかりにピーナッツ揚げをバスケットに矢張り入れた。ここのピーナッツ揚げは直樹のお気に入りだった。
 
そう言えば直樹は、一人一袋の人だったな。私はシェアしたい人だったから子供達と一緒に分けて食べていた。特に萌音は、お年頃で太りたくないので自分で調節していた。
 
麻美はピーナッツ揚げを、もう一袋買った。soijoyを2つと後、少しのドーナツと、エアリアル うま塩味と萌音の好物の午後ティーのストレートと有人の好きな午後ティーのレモンティーを入れ、よしとばかりにレジに向かうのだった。
 
病棟の廊下を病室へと麻美は歩いた。病室へ入ると直樹はベットの上に胡坐をかいてうつむきがちに座っていた。肩を落としている。そして何か思いに沈んでいる。麻美はそう思った。
 
直樹はそして一言、言った。
 
「あいつ、クソだな」
 
麻美は息をのんだ。
 
え?何、何の話だろう。
 
有人はどこだろう。
 
そう思って入ってきた入り口から又廊下に出た。有人は廊下の暗がりの壁にもたれているのが見えた。右手をポケットに入れて左手の甲で鼻の下を押さえていた。
 
「え?あれ?何?どうした」
 
麻美は入り口に立って病室の中と有人をチラチラと交互に見ながら、そういうと今度遅れてきた萌音が
 
「遅くなったーごめーん」
 
と言いながら廊下の奥からこちらに小走りにやってきた。
 
「どうしたの?こいつ」
 
麻美は有人の頭に手をやり撫でながら萌音を見た。萌音はフーンと言って病室へと入って行き
 
「お父さん。私達バスの時間あるから帰るね。又来るね」
 
「気を付けて帰れよ」
 
萌音は直樹にハグした。
 
いつもの挨拶。
 
有人も直樹の方にオズオズと近づき緩くハグした。麻美も萌音もこの雰囲気に気付いていたが何も言えないと言った状態だった。何があったのか今は言ってる場合じゃない。バスに遅れるし一週間ぶりの再会の別れだ。壊したくない。
萌音に
 
「これ、バスで食べて」
 
とレジ袋を手渡すと、
 
「サンキュー」
 
萌音はそう言った。
 
「いい、いい。子供じゃないんだから。ここで。帰れるから。お母さん、お父さんの傍についていてあげなよ。まだ時間あるんでしょ?」
 
そう言って2人は帰って行った。麻美は右手を軽く上げて2人を笑顔で見送った。
 
その後ろでは、まだベッドで直樹が胡坐をかいて麻美の肩越しに2人が去って行った入り口を見ていた。麻美は手をおろすと静かに振り返った。何を言えばいいのか分からなくて、でも有人の何がクソなのか話して欲しかった。
 
2人の話を掘り返して秘密を話させてもいけない気もしていた。麻美は考えるのを止めた。そしてベッドの縁に静かに腰かけて直樹を見た。
 
「あっこは、あいつに惚れてるな」
 
「うちの?」
 
「そう」
 
直樹は指を組んでその手に目をやるようにしていた。
 
「あいつ気付いてないよ。話聞いてみて俺でもわかるのに。それで乃愛ちゃんだっけ?その子と付き合ってる。どっちにも残酷だよ」
 
麻美は黙って聞いていた。
 
「乃愛ちゃんが、どうして、あっこと出かけてしまうんだって言うんだって。そりゃそうだよな。付き合ってるのは自分なのに他の女と、それが例え幼馴染だって、しかも話聞けば、あっこはあいつに惚れてる。そんな女と、どっか行ってしまうのを許さなきゃいけないのかって思うよ。どっち向いてんだって」
 
麻美はさらに黙って話の続きを待った。
 
日が陰りだし、病室の影が濃くなった。
 
「あの子気付けないとこあるから」
 
「そんなの言い訳になるか!」
 
「そうね」
 
直樹は更に影の濃くなった部屋の中でイライラと眉間にしわを寄せて
 
「気づけないのは仕方ないとして、そうケイゴに指摘されたら分からないなりに誠意を示せってことだよ。
 
乃愛ちゃんの前で、あっこと親しげにしないとか。
 
あいつ、けいごに”あんなに乃愛ちゃんの前でもあっこと仲良さげに笑いあっていたら刺さるだろ”っていわれても何でいけないのか分からないって言いやがる。分からないなりに、その子が傷ついてるなら、守れって言いたい。だから怒ったんだ。好きな女を守れないのかって」
 
麻美はその怒った顔をじっと見た。
 
「クソだあいつ」
 
またそう言って、苦しそうに、目を伏せた。
 
「俺は見届けてやれんかもしれないんだぞ。しっかりせい」
 
「まだ子供なのよ」
 
麻美は言った。
 
「あいつは変わらん。そういう風に出来てる」
 
麻美は直樹の頭を自分の顎の下に抱きかかえながら
 
「あら気付けないところあなたにそっくりよ。あなた鈍感だなって私思ってたもの。何度あなたが他の女の人と仲良くしないでって言ったかわからないわよ。覚えてないの?」
 
「そうだった?」
 
直樹は上目遣いに麻美を見た。
 
「やだ忘れちゃったの?あなた私と同じ課のちょっとぽっちゃりな女の子が”好みのタイプなんだよね”って私の前で笑いあっていたじゃない。刺さったのよ。わたし。あの時は、ほんとに辛かったんだから心が壊れそうで」
 
「あれからやってない。俺はお前が、止めてと言ったから分からないなりに止めた」
 
「ほら」
 
麻美は言った。
 
「変わらないわけじゃないわよ。まだ、どうして良いのか分からないだけよ」
 
そう言いながら麻美は、そうだといいなと言う希望を延べてるような気がした。本当に女を泣かせるタイプの男じゃなきゃいいなって。
 
「ちゃんと釘さしておいてくれよ」
 
「うん」
 
「俺は知らんぞ」
 
「うん」
 
麻美が抱きしめた腕の中で直樹は力なく寄りかかっていたが、いつの間にか麻美の背中に腕を回して、ぎゅっと抱きしめ返していた。
 
05
 
日の暮れた帰りの電車の車内から麻美は直樹にそっとラインを送った。
 
麻美が時々直樹に送っていた長文メールである。
 
直樹は麻美が書く文章を迷惑と言いながら受け取って読んでくれる。
 
いつもそうだ。
 
 
 
『カラスはお山に帰った。
 
カモメもムクドリも。おうちに帰った。
 
そして私達の2人の子供も高速バスでおうちに帰った。
 
私も取り敢えずの住処の実家へ帰る。
 
あなたは病院の玄関口まで送ってくれて私はバイバイと手を振っている。
 
あなたもバイバイと手を振る。
 
あなたはいつもそうだった。
 
あなたの四間(よげん)のアパートから帰る時、いつもコンビニまで一緒に見送りに出てくれた。
 
あなたの帰る場所に私はなりたかった。
 
そして今私はあなたの帰る場所になっている。
 
あなたの帰る場所。
 
ここは、そう、あなたのいる場所じゃない。
 
帰る場所がある。
 
それは私のいる場所。
 
それは、あなたが帰る場所。』
 
帰って来た返事は
 
『歯磨くね』
 
だった。


第8章 家族写真とシマエナガの巣へ

思ひ出の樹 — あなたがくれたもの — 目次

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