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「サルに恋する5秒前」5「サル彼にギターでラブソング」





くるみが夜、髪をドライヤーしていたら電話が鳴った。カッキーだ。

毎日23時55分きっかりにおやすみと言われるが、まだ23時40分だ。

「あれ? 今日は早いね」
くるみはくしゃみした。
「風邪ひいた?」
「ううん、髪濡れてるから」
「…ごめん」
「何? ごめんて」
「いや何でもない」
なんだかカッキーの様子が変だ。

「今日はもう寝るの?」
「いや……寝ないけどな」
「じゃあ何で?」
早く電話してきたのか聞こうとしたら、
「風邪ひくといけないから切るわ。しっかり乾かしてな」
電話は切れた。

くるみはなんだかモヤモヤした。
様子が変だったし、「おやすみ」って言わずに切った。

カッキーは几帳面な人で、電話は毎日きっかり23時55分だ。
眠かったら出なくていいと言ってくれて、眠っちゃった日が何度もあった。
でもカッキーはぶれずにきっかりの人だ。
そして必ず言う。「おやすみ」と。

一日の終わりに彼の「おやすみ」を聞くのが、くるみの生活の一部になっていた。

23時55分になった。
「おやすみ言い忘れたよ」
言ってやろうと思って、くるみは電話した。
話し中だった。

てことは誰かと電話で話す用事があり、くるみへの電話を早めたとわかった。

別に毎日の電話をくるみが望んだわけではない。カッキーが勝手に毎日電話してくるのだ。
(電話を楽しみにしている時点で勝手とか偉そうに言えないが)

眠ることにした。
しかし人は眠ることにすると考えた時点で頭が冴えるから、眠るのが難しくなる。
炊飯器のセットをしていない気がして、確認しに起きた。
やっぱりセットしてないどころか、お米が切れていた。

血液型占いなんて信じないが、くるみのO型は良く言えばおおらか、悪く言えばおおざっぱと言われ、割と当たっている。
お米の残量なんて、人生において些細なことを気にしない。
厳密に言うと、たまに気にするが、気にしない日が続いて(あれ?空だ)となる場合がある。今がそれ。
明日は朝食抜きか。
眠ることにした。

しかし人は眠ることにすると考えた時点で…。
うだうだうだ。

コンビニにパンでも買いに行くか。
アパートから徒歩3分。横断歩道を渡ったらすぐだ。
真夜中のお散歩。
ロンTとスウエットパンツ。
もちろん着替えない。

くるみが欠伸しながらアパートの外に出ると、カッキーがバイクのそばに立っていた。

「はあ?!」
二人は飛び退いた。

ばったり真夜中びっくり!

「寝込みを襲いに来たの?」

「そんなわけあるか。会うと思ってないんやから」

「なんでくるみのアパートの前にいるの?!」

カッキーは困った顔した。
「くるみんこそ、なんで真夜中に出て来るんや」

「パン買いに出たの」 
「ふらふら危ないやろ」
「ほら、あのコンビニへ行くだけ。まさかおやすみって言い忘れたから来たんじゃないよね?」
「言い忘れたの気づいてたんや」
「言い忘れたよって電話したらお話中だったから」

カッキーは目に見えて狼狽えた。

「わざわざ来たのって、電話の相手と関係あるの? 誰?」

カッキーは目をそらした。

「もうクイズとかめんどくさいな。これ以上、頭が冴えたら眠れなくなる」

くるみは横断歩道の方へ歩いた。カッキーはついて来る。
信号が青の点滅で渡れると見て、くるみは走った。

向こう側に渡ると、カッキーは自分の羽織っているシャツを脱いで、くるみに押しつけた。

「着たほうがいいって」
「なんで? 汗くさ」

「ブラジャーしてないやろ」
カッキーは真っ赤になって言った。

「するわけないじゃん。寝てたんだから」
「気づくって、みんな」
「みんなって誰よ。カッキーがいやらしい目で見るからでしょ?」
「確かにいやらしい目で見る時もあるけど、今はそんな気ないのに、めっちゃ揺れたから」
「真夜中にめんどくさいな」

くるみはシャツをカッキーに押しつけて、コンビニに走って入った。
柿本潤平カッキーは追いかけた。

くるみはパンを幾つか選んで、柿本潤平はお客がくるみを見ないように身体でブロックした。

レジバイトは大学生ぽい男の子で、柿本潤平はシャツをくるみの胸あたりに遮った。
二人はコンビニを出た。

「何なの?」
くるみは路上で彼をまっすぐ見た。

「ごめんて思って気づいたらバイクを走らせてた」
「は?」

くるみは頭が冴えてきた。

「くるみ、ふられるの?」
「……」
「女の人と電話して、そっちの人のほうが良くなって、それでごめんて言いに来たの?」

柿本潤平はあたふたしている。

「嫌だ! すっぴんのノーブラでふられるなんて」

「いやいや、そんなわけないやろ。俺はくるみんにメロメロンなんやから。すっぴんも可愛いな」

「じゃあ何がごめんなのよ?」

「優先しちゃったから」
「何を?」
「くるみんに電話する時間やのに、あおいちゃんの電話を」

カッキーが動揺する時はあおいさんが絡んでいる。

「怒んないから順を追って話してごらん」

「あおいちゃんから久々にラインが来て、カッキー、テニス上手くてびっくりしたとか、試合に勝たせてくれて嬉しかったとか、くるみんの素敵な彼氏なのねとか褒めてくれたんや。電話で話さない?って書いてきて、こっちからかけるって返信して」

「で、くるみの電話をちゃちゃっと終わらせたと」

「……ごめん」
「楽しかったの? あおいさんとの電話」

「そりゃあまあ、あおいちゃんが褒めてくれるなんて思わんし。くるみんはクールで褒めてくれないしな」

「褒められたかったのね?」

「褒められたい! くるみんに」

「はいはい。あおいさんとの電話が楽しくて罪悪感があって思わず来ちゃったの?」

柿本潤平は頷いた。

「罪悪感なんてポイでいいよ。くるみだって、あの鈴のような綺麗な声で褒められたいよ。くるみなんて眠くてふんふん言うだけだもん」

横断歩道でカッキーが手を繋いできた。

アパートの前に着いて、くるみは繋いだ手を振りほどいた。

「暗いからバイク気をつけて帰ってね。…どうしたの?」

柿本潤平は頬を膨らませていた。

「もう何なの? 言ってごらん」

「くるみんは、ちっともやきもちやいてくれないんやと思って」

「やいてほしいの?」

柿本潤平はそっぽを向いて、いじけた。

しょうがないな、とくるみは思った。
こんな気持ちで真夜中にバイクを走らせて事故ったら困る。
くるみは長身の柿本潤平に近づき、下から見つめた。

「いい? 23時55分はくるみを優先しなくちゃだめ。あおいさんと話すなら他の時間にしてね。気になって眠れないから」

柿本潤平はぱあっと表情を明るくした。 
「じゃあね」
笑顔で手を振るくるみを、柿本潤平は抱きしめた。

「アパートの前は困るって」

コンパ帰りの男子大学生みたいな子が酔った顔で、こっちを見ながらアパートへ入った。

「パンあげる」
くるみは可愛いエコバッグからパンを一つあげた。

「え、何で同じの二つ買うかと思ったら、俺にくれるため?」
「しょんぼりしていたから」

柿本潤平は感激して、くるみを再び抱きしめた。 

「アパートの前はだめって」
「5秒だけ」

1,2,3,4,5

✨✨✨

アリスのティーパーティー(給湯室のお茶入れ)で、くるみとあおいはお喋りした。


「昨夜カッキーと電話でお喋りしたの?」
あおいは慌てた。

「ごめんね! くるみんの彼氏なのに借りちゃって」
慌てすぎて、部長の湯飲みのお茶をひっくり返した。

「カッキーはあおいさんのお友達なんでしょ? 借りるとか変だよ」
「それもそうね」
「お喋り楽しかったって」
「カッキーが言ったの?!」

あおいは鈴のような声で笑った。

「カッキーって子供みたいね。楽しかったって報告するなんて」
「可愛くて憎めないでしょ? ねっ?」
「うん。可愛くて憎めない」
「あおいさんも楽しかった?」
「カッキーと話すと楽しいの」

「でも23時55分は電話しないであげてね。くるみにおやすみを言う時間なの。罪悪感を感じちゃって可哀想だから」

「え? だからその時間、様子が変になって口数が減ったのね」

「罪悪感を感じた時間帯だったと思う」

「わあカッキーったら言ってくれたら電話切ったのに! でも、くるみんはやきもちやかないの? 私とカッキーが電話でお喋りして」

「なんで? 誰かと誰かがお付き合いしたら電話でお喋りもだめなの? そんなの窮屈で自由がなさ過ぎる」

作戦なんかではなく、くるみは本当にそう思っていた。

「くるみんは水瓶座だもんね。自由を愛するのね」

「あおいさんはやきもちやくの? もし、くるみが悟流さんと電話でお喋りしたら」

「うーん?」
あおいは首を傾けて女神みたいに美しく悩んだ。
「例えばどんなお喋りするの?」

「悟流さんの絵が大好きだから絵の話とか、サルみたいにすばしっこくて尊敬しちゃうな、とか」

「だったら電話のお喋りオッケーかな。絵の話とかサルの話なら」

「本当に? なら木山悟流さんの電話番号教えてくれる?」

くるみはお願いポーズをした。



あおいは人差し指を頬に当てて、顔を優雅に斜めにした。

「彼女が彼氏の電話番号をはいどうぞって、他の女の子に教える人がいるかなあ?」

「世界のどこかにはいると思うの。お願い」
「ごめんね。可愛いくるみんのお願いでも聞けないわ」
「……」
「さとるんが自分で教えるんなら仕方ないけどね。私もカッキーとお喋りしてるんだもん」

「本当に?」
くるみは胸が高鳴った。

✨✨✨

くるみが帰ろうとすると、あおいが残業していた。

「あおいさん手伝おうか?」
「ありがとう、大丈夫」
「頑張ってね」
くるみが帰ろうとすると、
「今日はさとるんに会えないなあ」
あおいが残念そうに言った。
「え、悟流さんと待ち合わせしてるの?」
「会社帰りにいつも公園を通るの。大きな木の上で、さとるんは絵を描いているから」

「あの大きな公園?!」

くるみはびっくりした。
駅に行くのに公園の脇の道を通り、園内を歩いたことはない。

考えてみれば、木山悟流の画廊は公園の近くだ。
悟流の仕事の拠点となっているのが腑に落ちた。

「さとるんと出会ったのもあの公園なのよ」
「え、どうやって?」



「広末涼子のマジで恋する5秒前って知ってる?」
「うん、お父さんとよく歌った」
「あの歌をサルに変えて、サルに恋しちゃいそうな約束の5秒前♪ってさとるんが歌ってね、膝まずいて花一輪くれたの」
「ええ!」
くるみは驚いた。

木山悟流がそんなことをしたのか。羨ましすぎる。


くるみはあおいに思い切って聞いた。
「帰りに公園を通って、ちょこっと絵の話とかサルの話をしちゃだめ?」

「いいわよ。絵の話とかサルの話なら。私が残業だって伝えてね」

「はい伝えます!」
くるみはオフィスを飛び出した。

ドキドキしながら公園へと歩いた。ついに木山悟流と会って電話番号を聞くのだ。

くるみは大きな木を探した。

いた!
木山悟流が木の上でスケッチブックに絵を描いている!



身体中をトキメキの電流が走るのを感じた。

すると木山悟流より年上の女性が走ってきて「トイレ遠かったぁ」と言った。

木山悟流はするすると木から下りて、「描くの再開していい?」と言い、年上の女性がウッキッキ!とサルの真似して悟流を笑わせた。

年上の女性は悟流を脇にサポートさせ、木を登っていった。

あの人は木登りの絵のモデルだ。

絵の表情は猛獣みたいだが、さっきの彼女は自然な表情なので気づかなかった。
絵の世界の木登りさんと、それを描く木山悟流を見られるなんて興奮した。

くるみはスケッチする木山悟流の後ろに回り込んで、絵画の世界を鑑賞した。

木登りさんは猛獣みたいな顔して登っていく。

くるみは木登りを観察し、スケッチブックを覗き込み、彼の絵が生まれていく瞬間をうっとり眺めた。

木山悟流が気配を感じて振り返った。
「あれ、くるみちゃん」
「ごめんなさい、邪魔しちゃって」

「誰?」と木登りさんが聞いた。
「あおいちゃんの会社の後輩のくるみちゃん」
「あおいさんは残業です」くるみが言うと、
「そうなの?」
木登りさんが下りてきた。
「あおいと何か食べて行こうと思ったけど、そろそろ帰ろうかな」
「お疲れ様。ありがとう」
木山悟流はねぎらい、
「あおいちゃんの姉の緑子さん」とくるみに紹介してくれた。

くるみは「あおいさんにいつもお世話になっています」ペコンと頭を下げた。
緑子も応じて、「じゃ帰るねぇ」と帰って行った。

「くるみちゃん、どうしたの?」

くるみは深呼吸して一気に言った。

「絵の話とサルの話をしたいので電話番号教えてください!」

木山悟流は笑った。
くるみには何がおかしいのか、さっぱりわからない。

「いいよ。はい」
木山悟流は名刺を渡してくれた。
メールアドレスや電話番号が書いてある。

くるみは嬉しすぎて震えた。



木山悟流は「くるみちゃんの番号教えて」とスマホに登録しようとした。くるみは感動しながら伝えた。

「サルの話ってなんだろう? 楽しみだなあ」
木山悟流は悪戯っぽく笑った。



「そうだ、木登り教えてあげようか?」
「教えて!」

くるみはさっき木登りさんを見て学習したので、木山悟流の言う通りに手足を動かし、途中の低いところまで登って腰掛けることができた。

「凄いな、くるみちゃん!」
木山悟流が興奮した。



「ちょっと待った!」
走ってきた女がいた。
緑子だ。

「木登りは私が主役よ! 通行人Aが横取りしないで!」

「くるみはヒロインです!」

はあ?という顔する緑子に、
「自分の人生の」くるみは木の上で言った。

緑子は「木登りシリーズ交代するの? 私はお払い箱なの?」と悟流に詰め寄った。

「緑子姉さんをお払い箱なんて、とんでもない。芸術は99人に嫌われても、一人の心をぐっとつかむのが素晴らしいんだ」

「私は99人に嫌われちゃうの?」

「一人の心をぐっとつかんだんだよ。緑子姉さんの絵にファンができて二枚も売れた」

木山悟流は緑子の手を握った。
「思った通り素晴らしいモデルだ、緑子姉さんは」

緑子はウキウキ嬉しくなった。
「私のファンってどんな人?」

「動物園の飼育員さん。飼育している猛獣とそっくりな表情に惚れ込んだって」

「飼育している猛獣って何? やっぱり言わないで!」

木山悟流は大木を振り返ってびっくりした。
くるみがどんどん上へ登っていたのだ。
「くるみちゃん危ないよ!」

くるみは足を滑らし、落ちそうになった。
木山悟流はするすると登って、
「くるみちゃん、俺の首に手を回して」
自分に抱きつかせ、怖くて泣きべそになったくるみを支えながら慎重に降りて行った。



「ほら、木登りを甘く見るから!」
緑子が言った。「まだまだ私の域には達しないわね」

着地したくるみは木山悟流に抱きついて泣いた。
悟流はくるみの背中をさすった。

「くるみん、何してるの?!」
あおいが現れた。残業が早く終わったのだ。
「絵の話とサルの話をするんじゃなかったの?」

くるみはびっくりして木山悟流から
飛び退いた。

「あおい、落ち着いて。浮気じゃないってば」
緑子の声も聞こえず、あおいは嫉妬で興奮している。

あおいは悟流に「何でくるみんと抱き合ってるの」と問い詰めた。
悟流は困ったような顔をした。

くるみは木山悟流を困らせていると思い、場を和ませたかった。
頭に浮かんだのが、緑子が悟流を笑わせたギャグだ。

ウッキッキ!
くるみは全力でサルの真似をした。
緑子がやったサルの顔と、手足を動かすサルの動きだ。
ウッキッキ!

緑子が声を出して笑った。
あおいもつられて笑った。

くるみは道化を演じて木山悟流を見た。彼は笑っていない。心配そうな顔だ。
その瞬間、くるみは猛烈に恥を感じた。
顔が真っ赤になり、走って逃げ出した。

「あの子、私の真似して木登りしたら落ちそうになって泣きべそかいたのよ」
緑子はあおいに説明した。
「なんか無理して笑いをとって痛かったね。恥ずかしくて逃げちゃったのかな」

「私がやきもちやいたから?」
あおいは悟流を見た。
悟流は(そうかもね)とあおいに優しい笑顔を見せた。

「くるみんに恥ずかしいことさせちゃった」
あおいは追いかけようとして、芝生に足を取られて派手に転んだ。

悟流は野に咲く花を一輪摘み、スケッチブックを持って木の上に登った。  

木の上で悟流はさらさらっと絵を描いた。

「ドンマイ!」
悟流が木の上から声をかけた。

あおいが見上げる。
緑子はあおいを立たせた。

悟流はスケッチブックを持って木から飛び降りた。

1、2、3、4、5♪
サルに恋しちゃいそうな
約束の5秒前♪

悟流は広末涼子のマジに恋する5秒前の替え歌をサルで歌って踊って、さっとあおいの前に膝まずいた。

描いたばかりのスケッチを見せる。
悟流があおいに膝まずいて花を渡す絵だ。

悟流はあおいに野の花を渡した。



(出会った時のあれだ!)
緑子が喜んだ。

あおいは花を受け取り、嬉しくてダイブするように悟流に抱きついた。

緑子は妹のあおいが嬉しそうなのと、噂の出会いのパフォーマンスが見られて嬉しくて、手が痛くなるほど拍手した。

✨✨✨

くるみはウッキッキの恥を抱えて家に帰り、亡くなった父と弾きあったギターを触った。

くるみが浮かない顔をすると、お父さんは「リクエストは?」と聞いて何曲も弾いてくれ、一緒に歌った。
今はひとりぼっちなので自分で癒すしかない。

眠る時間になってもベッドへ行く気にならず、ギターを弾いた。
23時55分になり、カッキーから電話がきた。

「もしもし」
「あれ? 声がはっきりしてる。眠くないし横になってないんやろ?」 
「うん。眠くならないし横になる気がしない」
「なんかあった?」
「生まれて初めてギャグをやって道化を演じたら恥ずかしくて虚しくなったの」
「滑ったのか?」
「3人のうち二人笑った」
「スゲぇな、くるみん。初めてギャグやって、その成果とは!」
「笑わない一人の視線に恥ずかしくなったの」
「初挑戦でパーフェクトを狙ってたんや?! どれだけ完璧主義なんや! どんなギャグ?」
「動物の真似」
「なんの動物?」
「秘密。あああギャグなんてやりたくなかったぁ!」
「やりたくないのにやっちゃうのが、くるみんなんやな」
「アホのくるみ!」
「待ってろ。もっとアホな奴連れて行くから」
「は?」
「眠れそうなら眠れ。眠れなかったらアホを見てから眠れ」
電話が切れた。

いったいカッキーは何を言ってるんだ?
こんな真夜中に誰か連れて来られても迷惑だ。

✨✨✨

柿本潤平カッキーはバイクを走らせ、くるみのアパートに行った。

彼女は寝ているかもしれない。
それならそれで眠れたんなら良かった。
小石を拾って、くるみの二階の窓に投げてコツンと当てた。

くるみが窓から顔を出して見下ろした。



「カッキー」

柿本潤平はシーッと口に指を当てた。

真夜中の静けさをまとったカッキーは、お洒落なジャケットを着て二枚目風の佇まいだ。

カッキーはくるみを見上げて投げキッスし、ファッションモデルになったみたいに、いろんな格好つけたポーズを決めていった。

真面目にナルシストぶるから、くるみはじわじわ面白くなってきた。

カッキーはジャケットを後ろから引っ張られる演技をしてジャケットを脱ぎ、帽子をかぶった。
すると急にオチャラケた顔をして変な動きをしだした。

つまりお洒落なジャケットを着て格好つけたナルシストのカッキーAと、帽子をかぶったオチャラケたカッキーBが、二人いるようにパントマイムを演じているとわかった。

オチャラケたカッキーBは、リードがついた犬のぬいぐるみを出して、散歩に連れて行こうとするが言うことを聞かず、自分が犬に引っ張られて尻もちつく演技をした。
犬の前で正座してお願いし、また散歩に行こうとするが引き戻されて転んだ。
演技が上手すぎて笑うというより、くるみは魅入ってしまった。

帽子を脱がされる演技をして、ジャケットを着たカッキーAが、またナルシストのポーズをし、今度はとびっきりセクシーなポーズをした。
くるみは声を出して笑った。

アパートの住人のおじさんが邪魔だという感じに通ってきて、カッキーは素で「あ、すみません」ペコリとするので、くるみはめちゃくちゃ笑った。



「アホな奴を連れて行く」と言ったが、AとB、どっちがアホな奴かわからない。
 
カッキーがスマホを掲げた。
電話がかかってきて、ジャケットのカッキーが「おやすみ」と言った。

てことは、犬を連れたカッキーBがアホな奴で、ナルシストのカッキーAはカッキー本人の役だったのだ。
ますますおかしくなって、くるみは笑った。

ナルシストのカッキーはジャケットのポケットからプッチンプリンを出して掲げ、アパートの階段を登ってきた。
くるみはドアを開けた。

カッキーは「くるみん姫、どうぞ」とナルシストぶったままプリンをうやうやしく差し出し、くるみが受け取ると階段を駆け下りた。

くるみは窓からカッキーを見送って笑顔で手を振った。

お洒落なジャケットを着たカッキーはまだナルシストになりきって、決めた表情で投げキッスした手を高くあげて、バイクに乗って帰った。

言うことを聞かないぬいぐるみの犬はリュックの中なんだろう。

くるみは真夜中のプッチンプリンを食べて、幸せに包まれた。


✨✨✨

翌日、くるみはカッキーのバイクに乗って遠出した。
カッキーの後ろは安心できるし、風を切って爽快な気分だ。



郊外の公園で大きなブランコを見つけ、並んで揺られてお喋りした。



「今日のくるみん、めっちゃ可愛いな。髪型変えた?」

「髪を巻いてみたの。なんとなく気分で」



一人暮らしで家賃があるので、美容にお金をかけられない。

くるみは二千円カットのお店にすごく技術の上手いお兄さんを見つけ、二か月に一度髪をカットしてもらっていると話した。

「そんなにカットの技術があるなら、上のランクの美容院に引き抜かれそうなもんやけどな」

「人見知りな感じの人なの。二年通っても世間話したことないもん。でもいいの。お喋りなんて必要ないし」

「じゃあ、もし料金もカットの技術も同じなら、楽しくお喋りしてくれる美容師のお店に行く?」

「うーん、今のお兄さんを気に入ってるから変えないと思う」
 
カッキーはしょんぼりした。

「なになにどうしたの?」

「くるみんはお喋りな男が本当は好きじゃないんや」
「なんでそうくるの。カッキーのお喋りは楽しいよ」
「俺からお喋りを取ったら、なんも良いところがないやろ?」

「そんなことないよ!」
くるみはブランコに座るカッキーの前に立って、彼を真剣に見つめた。

「カッキーは優しくて頭も良くて真面目で面白くて、まあまあカッコ良くて、めったにいない素敵な人だと思ってる。くるみが料理を失敗した時も美味しいって全部たいらげてくれたでしょ。毎日おやすみって言ってくれて、落ち込んだら真夜中でも駆けつけてくれて。カッキーの良いところはたくさんあるよ!」

カッキーがブランコからジャンプして嬉しがった。

「くるみんについに褒められた!」

くるみは真っ赤になってカッキーを睨んだ。
「わざと言わせたでしょ」

カッキーは悪戯っぽく笑って、
「まあまあカッコ良いっていうのはちょっとガッカリやな。あおいちゃんには、めちゃくちゃカッコ良いって言ったんやろ?」

「あれはあおいさんが大げさに盛ったの」

「本当は言ったんやろ」
「言ってないって」

カッキーはくるみをブランコに座らせ、笑顔で思いっきり押した。

「やり過ぎ!」
カッキーに押されてすごく揺れて、くるみは楽しいような怖いような変な気分になって空を見上げた。

カッキーの明るくまっすぐな心のように、空は青く澄み渡っていた。

褒められて喜ぶ彼に対して、くるみは罪悪感を感じた。

でも言ったことは嘘ではない。本心だ。
むしろ本心で言った自分に自分が一番びっくりしている。

カッキーと過ごす時間は温かく楽しく尊い。
でも…。

くるみのスマホの電話が鳴った。

カッキーに見えないように、誰の電話なのか確認した。
木山悟流だ。

くるみはブランコから飛び降り、走って行って電話に出た。

カッキーは遠くなったくるみの後ろ姿を見つめた。

✨✨✨

くるみは木山悟流から電話を貰った翌日、有給休暇を取り、画廊に行った。ギターケースを背負って。

画廊へ行って欲しいと言われたので、公園で絵を描く彼に不意打ちに会いに行く前に寄った。
しかし入る勇気が出ない。

画廊の髭のオーナーには、ヌードモデルの件を知られているだろう。
恥ずかしくて合わせる顔がない。

そしてもう一つ、中に入れない理由は、木山悟流が描いた猿という題のお気に入りの絵(森の自画像)が売れちゃっていたらと思うと、哀しみを受け止める自信が無い。

くるみは画廊の前を悩んで行ったり来たりした。

ギターケースを背負ってうろうろする女の子を眺めた人物がいる。
鈴村朔だ。



有給休暇で、木山悟流と公園で将棋を指そうかなと思って来てみた。

ひょっとしたら「海で飛車になる」の絵が画廊にあるんじゃないかと思って寄ってみた。

悟流に乗せられて、海で男のビキニの水着を着せられポーズを取らされモデルになったのだ。


彼の画家としての才能を認めているので、承知したわけだ。

もし絵が画廊にあった時、自分がモデルだと気づかれないよう、鈴村朔は度の入ってないメガネをかけて変装してきた。

ギターケースを背負った女の子に声かけた。
「中に入らないの?」

彼女はびくっとして鈴村朔を見あげた。大きな瞳が可愛い子だ。

彼女は顔を横にブンブン振って下がって行った。
鈴村朔は画廊に入った。

オーナーは木山悟流を推しているのか、中央に何枚も彼の絵が飾られていた。
「海で飛車になる」は無くて、鈴村朔はほっとしたような残念なような気がした。

あおいと思われる情熱的な美女の絵や、木登りしている猛獣みたいな女の絵もあった。

「木山悟流の新作なんですよ」
髭のオーナーが鈴村に絵を指した。

躍動感溢れるテニスしている女の子の絵で、数枚飾られていた。



「熱が入って何枚も描いているんですよ。テニスの彼女を」

たった今画廊の前にいたギターを背負った女の子だった。

鈴村朔が画廊から出ると、まだ彼女がうろうろしていた。

自分の絵を観るのにそんなに勇気がいるんだろうか?
裸体画じゃあるまいし。

メガネの若い男の視線を感じて、くるみは画廊へ入るのはやめようと思い、公園へ歩いた。
早く木山悟流に会いたい。

公園の入り口にさしかかった時、メガネの若い男がついてくるのがわかった。
くるみは振り返った。 
「ナンパですか?」

鈴村朔は心外だという顔をした。
「はあ? 目的地が同じなだけだよ」
木山悟流の絵のモデルだから、彼女の行く先も悟流だと予想できる。

「じゃ俺が先に歩くね。絶対ついてくるなよ」

鈴村朔はお返しに意地悪を言って、くるみの前を歩いた。
公園を歩きながら視線を後ろにやると、困ったように彼女はついてきた。

大木を遠くから眺められる場所に着くと、鈴村朔は振り返ってメガネをさっと外した。

「木山悟流に会いに来たんでしょ? 俺も同じ」


くるみは2つ驚いた。
メガネを外したら、めちゃくちゃ格好良いこと。(メガネでギャップを狙っているんだろうか?)
2つ目は何で私が木山悟流に会いに来たとわかったんだろう?

そして、くるみはがっかりした。
せっかく二人きりになれると思ったのに。
めちゃくちゃ格好良い人だが邪魔でしかない。
鈴村朔はくるみの表情を見て察した。
「一時間くらい公園をぶらついてから行くよ。お先にどうぞ」

くるみはぱっと表情が明るくなった。
「ありがとう!」
くるみは大木へ走って行った。

走るくるみが見えて、木山悟流は木の上から降りた。

「くるみちゃん、どうしたのギターなんか持って。会社は?」
「有給とっちゃった」
「画廊へ行った?」
「勇気でなくてまだ」
「えっとライブか何かの帰り?」
「悟流さんにライブしたいの。創った曲があるから」
「えっ俺に?」
「後でね。ちょっとお喋りしていい?」
「いいよ」
芝生の上に二人で並んで座った。



「ギター弾くんだ」
「お父さんとよく一緒に弾いて歌ったの」
「どんな曲?」
「広末涼子のマジで恋する5秒前も、よく歌った」
「…」
「あおいさんと出会った日に歌ったんでしょう? サルに恋しちゃいそうなって、膝まずいて花一輪渡して」
「うわあ! あおいちゃん喋ったんだ。恥ず!」
木山悟流は照れて赤くなった自分の頬を叩いた。

「歌うのは後でね。絵を教わってもいい?」
「カッキーに教わればいいのに」
「木山悟流に教わりたいの。だめ?」
「カッキーやきもちやかないかな?」
「きっとやくから言わない。他にも言ってないことあるし」

裸体画のことだ、と木山悟流は思って、なおさら顔を赤くした。

「私ね、noteに小説を書いてるんだけど挿絵を描きたくて。描いてみたんだけど」
くるみは人物のイラストを見せた。
木山悟流はその絵を見て、何と言っていいかわからない表情をした。

「これは誰?」
「ヒロイン」
「面白い女の子の設定?」
「可愛い女の子の設定」
木山悟流は目をパチパチさせた。

「この絵を見て笑わない人、初めて」
「他の人は笑ったの?」
「他の人には見せてない」
木山悟流は笑った。
「今笑ったのは絵を笑ったんじゃないよ。くるみちゃんが面白くて」
「言ったでしょ。喋るとポンコツだって」

木山悟流は改めてイラストを見た。「マジで感想言っていい?」
「どうぞ。お手柔らかに」

「ヘタウマっていうのかな? 味のある面白い絵を描くね」

「それってほめてるの?」
「ほめてるよ。くるみちゃんの絵は記憶に残る絵だね。後を引く。それってすごいよ」
「ほめ言葉だと信じるね」
「ちょっと小説読ませて」
「読んでくれるの?!」

くるみはnoteの自分のページを見せた。

悟流は読み終わり、
「面白かった! どんな顔の男にする? ヒロインの恋の相手」
と紙を出した。
「え! 描いてくれるの?」

くるみは迷ったが思い切って言った。
「サルに似た顔の人がいいな」

木山悟流はサル似の男の絵を描いた。
「挿絵にしていいよ」
「嘘でしょ?!」
「俺の名前は出さないでね」
「はい。うわあ! 素敵すぎる」
くるみは貰った絵を胸に抱いて感動にひたった。

「そろそろライブが聴きたいな」
くるみは立ち上がり、大きく深呼吸した。

「え、緊張してる?」
「うん。めちゃくちゃ緊張してる」



くるみは息を整え、ギターを抱えて大きな木の前に立った。
たった一人の観客のために。

息をふうっと吐くくるみ。
やりきる覚悟をした。
「えっと、初めて歌詞を書きました。まず最初は、メロディーを広末涼子のマジで恋する5秒前に乗せます。サルに恋する5秒前!」

ん?となる木山悟流。

構わずギターをならし歌うくるみ。声が綺麗で上手い。



【サルに恋する5秒前】

【1】
1、2、3、4、5 (英語)♪
木の上でスケッチして 情熱的な絵を描く
サルに似た画家のあなたに 初めての恋をした
木登りを教わって 木から落ちそうになる
私を抱きとめてくれた 夕暮れの公園で
💕ずっと前からサルのこと めちゃくちゃに好きだった
きっと私に来るチャンス 信じてるの 🐒🙊
くるみちゃんと笑って すばしっこく走る姿に
サルに恋しちゃいそうな 初恋の5秒前♪


木山悟流は放心しているが、くるみは構わず先を進める。

「次はくるみが作曲したメロディーに乗せます。作詞作曲 桜野くるみ。サルに恋する5秒前!」



【2】初めて会ったあの日 俺を捜しているの?
追いかけていった私に 悪戯っぽく微笑んだ
テニスでペアを組んで 一緒にボールを追った
わざと負けたと思ったら 哀しくて睨んでた
💕ずっと前からサルのこと めちゃくちゃに好きだった
きっと私に来るチャンス 信じてるの 🐒🙊
君の絵を描いていい? 手を握ったあなたに
サルに恋しちゃいそうな トキメキの5秒前

【3】
彼には彼女がいる 私の先輩なの
優しくて美人な彼女 片思いの恋だから
彼と話をしたくて 彼の親友に近づき
恋人ごっこのゲームを 持ちかけてみたりした
💕ずっと前からサルのこと めちゃくちゃに好きだった
きっと私に来るチャンス 信じてるの 🐒🙊
彼女がやきもちやいて 困っているあなたに
ウッキッキと今夜眠れない 会いたくて5秒前

サルの歌口ずさんで ギター鳴らす5秒前
1、2、3、4、5♪





ジャーンとギターを鳴らして歌い終わるくるみ。
やりきった気持ちと、恥ずかしい気持ちがせめぎ合って、あさっての方を見る。

どうすりゃいいかわからなくなる木山悟流。
とっちらかって気持ちの整理がつかないし「恋人ごっこ」とか驚きのフレーズがあって混乱中だが、くるみの気持ちが真剣なのは伝わった。

心のど真ん中にギターの音と彼女の綺麗な歌声が届いてしまった。

ところで、このライブにはもう一人観客がいた。

鈴村朔だ。


鈴村朔は時間をつぶして戻ってきた。
すると、さっきの彼女がギターを持って木の前に立ったのだ。

出るに出られず、鈴村朔は離れた木の陰に隠れて「サルに恋する5秒前」の歌を聴いた。
木山悟流の表情を見て、この歌詞はリアルだと気づいた。

なぜサルばかりモテるのか納得できないが、一番びっくりしたのは、

「彼と話をしたくて彼の親友に近づき、恋人ごっこのゲームを持ちかけてみたりした」

親友というのはカッキーという男だろうか?
くるみはカッキーと恋人ごっこ?

鈴村朔はジャケットのポケットに入れていた将棋の駒袋を、困惑のうち握りしめていた。

のこのこ将棋しに出て行けない状況なのは理解した。

そっと帰るのが良いだろうが、人一倍好奇心のある鈴村朔は気になって仕方ない。

くるみが可愛い顔して訳わからない面白さがあり、興味を持ってしまった。

くるみと悟流は見つめあい、二人とも真っ赤になって何も言い出せない。

その時、何かが二人の足下に転がってきた。
悟流が拾いあげる。
飛車の駒だ。

「あ、鈴村くん!」

見つかった。
鈴村朔は「帰ります。後で電話する」と飛車駒を回収して背を向け歩いた。

すると背中に悟流がしがみついてきた。
「さっくん、行かないで!」

「さっくんって呼ぶな!」

鈴村朔は悟流を振り切って歩いた。

悟流はなおも駆け寄ってしがみつき、鈴村朔の腕を信じられないほどの力でつかんで連れ戻した。

かくして鈴村朔は混乱の場に引きずりこまれた。

(6話に続く)



イラストを描いてくださった方々です。