思い出のカタログ:Stay hungry. Stay foolish.
毎年5月の卒業式シーズンになると、アメリカの大学の卒業式で語られるゲスト・スピーチを見ることがよくありました。
そこには、著名な経営者や起業家、研究者、アーティストたちが登壇し、卒業生に向けて、それぞれの人生観や仕事観を語っていました。
たとえば、バブソン大学を卒業したトヨタ自動車の豊田章男さんも、母校の卒業式でスピーチをしています。私のいた大学でも、FedExの創設者フレデリック・ウォレス・スミス(Frederick W. Smith)がスピーチをしたことがあります。
そうしたスピーチを見ているなかで、スティーブ・ジョブズのスタンフォード大学でのスピーチが目に入りました。
これは授業で使えるかもしれない。
そう思ったのが、このスピーチとの最初の出会いでした。
そう思い、実際に授業でも取り上げるようになりました。学生の反応はそこそこでしたが、その後何度も聞いているうちに、彼のスピーチの最後に語られる言葉が、強く心に残るようになりました。
“Stay hungry. Stay foolish.”
直訳すれば、「貪欲であれ。愚かであれ」。けれども、私には少し違う響きとして聞こえました。
「自由であれ。同時に、謙虚であれ。」
2005年に語られた彼のスピーチは、少しずつ世界へ広がっていきました。今では、日本でも多くの人が一度は見たことのある動画かもしれません。
当時、私はかなり多くのカタログを集めていましたが、彼が語った Whole Earth Catalog というカタログについては、まったく知りませんでした。

気になって大学の図書館に行ってみると、そこには初版から最終版まで、 Whole Earth Catalog のコレクションが所蔵されていました。私はそれらを研究室に持ち帰り、ページをめくるように、というより、むさぼるように読んでいきました。
そして、スティーブが紹介したあの言葉が掲載された 最終号のWhole Earth Catalog のバック・ページも、発見することができました。
Whole Earth Catalog という哲学書
カタログには、プロダクトを整然と並べるグリッド型のものもあれば、写真や言葉が紙面の上を自由に流れていくようなものもあります。
Whole Earth Catalog は、前者に近いどこにでもあるカタログのようなデザイン・レイアウトの印象を受けました。しかし、何度も読み進めていくと、そのグリッドの中に並んでいるのは、一般のカタログのような単なるプロダクトの情報ではないことに気づいていきました。
それは、プロダクトを販売するための小冊子というよりも、カウンター・カルチャー、つまり1960年代の若者たちが、どのように生きていくのかを考えるための、人生の手引きのようなものでした。スティーブが語ったように、Whole Earth Catalog は、その世代にとって、ひとつのバイブルのような存在だったのでしょう。
だからこそ、若い頃にヒッピー・カルチャーの影響を受けていたスティーブの心にも、深く響いたのかもしれません。言い換えれば、Whole Earth Catalog は、モノを売るためのツールではありませんでした。そこには、生きていくための具体的な方法と、その背後にある哲学が書かれていました。
そして最終的に、その雑誌が、不思議な雰囲気を醸し出す、カタログのかたちをした哲学書のように思えてきたのです。
Whole Earth Catalog のプロダクト
Whole Earth Catalog を読んでいくと、地球の内側にある暮らしの仕組みをのぞいているような気持ちになりました。
そこに掲載されていたのは、この地球上で、どのように生きていくのかを考えるためのツールや考え方でした。
L.L.Beanのカタログには、レオン・レオンウッド・ビーンのプロダクトが掲載されていました。しかしそれは、単にプロダクトを並べたものではありません。彼のカタログは、プロダクトを通じて、彼自身の思いや暮らし方を伝える小冊子でもありました。
一方、Whole Earth Catalog を出版したスチュアート・ブランド(Stewart Brand)もまた、カタログというメディアを通じて、自分たちの時代を生きる若者たちに、ある思いを伝えようとしていたのだと思います。
その中に、L.L.Beanの Bean’s Maine Hunting Shoes が掲載されています。
さらにそこには、レオン・レオンウッドのカタログが、Whole Earth Catalog のモデルになったと、はっきり書かれていました。

出所:wholeearth.info
そんなことを正直に書いているカタログを、私はそれまで見たことがありませんでした。
カタログに刻まれた生き方
Whole Earth Catalog に並んでいたのは、単なるプロダクトではありませんでした。
それは、この地球上でどのように生きていくのかを考えるための道具であり、知識であり、態度でした。だからこそ、私はそれを、カタログのかたちをした哲学書のように感じたのかもしれません。
カタログとは、モノを売るためだけの小冊子ではない。そこには、ときに、ひとつの時代の生き方そのものが刻まれているのです。
そして、その哲学を象徴するように、最終号のバック・ページには、カリフォルニアの早朝の田舎道を思わせる一枚の写真とともに、あの言葉が置かれていました。
“Stay hungry. Stay foolish.”

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