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不思議体験記

「遠野のカッパ淵で見たもの」

『遠野物語』には、河童の話が数多く記されている。

・馬を川に引き込もうとして失敗し、逆に捕まった話(第58話)
・河童が婿入りして子どもを生ませた話(同じく第58話)

遠野では、河童は“昔話の中の存在”ではなく、 「つい最近までそこにいたもの」 として語られている。
昭和初期頃までは目撃談も多く、 赤い顔に大きな口、鳥のような声を発するという。
まれに、早朝に足跡が見つかることもあるらしい。

そんな遠野で、私は実際に“それらしきもの”を見たことがある。


その日は、どうしても早く遠野に着きたくて、 夜明け前に家を出た。
高速道路は驚くほど空いていて、 気づけば予定よりずっと早く遠野市街に入っていた。

観光客の姿はまだなく、 街全体が静かに息を潜めているようだった。

私は迷わず、真っ先に カッパ淵 へ向かった。

雨上がりの朝で、 川沿いには薄い霧が漂い、 まるで“異界への入口”のような雰囲気だった。

奥へ進んでいくと、 作業服を着た男性が二人、川岸で何かをしていた。

「お早うございます!」 と声をかけながら通り過ぎようとすると、

「お早うございます。観光ですか?」 と声を返された。

「ハイ」と答える間もなく、 その男性は川岸の泥を指さしながら言った。

「これ、何の足跡だと思いますか?」

覗き込むと、 泥の上に 小さな、小さな、得体の知れない足跡 があった。

人間でも動物でもない。
形ははっきりしているのに、何かが違う。

「この辺、猿とかいるんですか? 遠野物語にも何やら出てきましたよね?」

そう尋ねると、 男性はあっさりと言った。

「カッパですよ。 ここ数年は見つからなかったけどね」

胸元には、 【遠野市】 と刺繍された文字。

冗談を言っているようには見えなかった。

霧の中、川の流れだけが静かに音を立てていた。
その足跡は、確かに“何か”が歩いた痕跡だった。

遠野という土地は、 昔話と現実の境界が、 ほとんど溶けてしまっているのかもしれない。


あとがき

遠野は、昔話が“生きている”土地だ。
カッパ淵に立つと、 その空気が肌で分かる。

今回の体験は、 「不思議なものは、信じる信じないではなく、 ただそこにある」 という遠野の独特の世界観を感じた瞬間だった。

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