JMSアステールプラザ・大ホールで「広島交響楽団 ディスカバリー・シリーズ Hosokawa×BeethovenⅧ」を聴く。

2021年7月22日(木)

音楽総監督:下野竜也
ホルン:福川伸陽
コンサートマスター:佐久間聡一
管弦楽:広島交響楽団

ベートーヴェン:劇音楽「アテネの廃墟」作品113 序曲
細川俊夫:ホルン協奏曲 ─開花の時─
ベートーヴェン:交響曲第8番ヘ長調 作品93
アンコール
メシアン:峡谷から星たちへ… より 恒星の呼び声
ベートーヴェン(野本洋介 編曲):ピアノ・ソナタ第14番「月光」より第1楽章

昨年末のコロナウィルスの影響により中止になった「広島交響楽団 ディスカバリー・シリーズ Hosokawa×BeethovenⅧ」の延期公演を聴きに行った。

数日前にお亡くなりになったコントラバス奏者の徳原正法さんへ献奏された。仕事中に開いた公式ページで知って驚いたが、亡くなられた方の絵画作品から会ったことのない故人を偲ぶ機会が数日前にあったように、直接知らなくても広響の一員として積み重ねてきた時間と経験を思うと、お悔やみもただの言葉とは違った実感がわいてくる。

生誕250周年を過ぎると演奏機会は幾分減ってしまうだろうか。「アテネの廃墟」を聴くと、劇音楽らしい冒頭から雰囲気が伝わると同時に、ベートーヴェンの音楽がすこし懐かしく感じられた。オーボエとファゴットの音色に交響曲第6番を連想させる健やかさがあり、短い曲ではあるが作曲家のエッセンスがそのまま表れていた。

細川俊夫さんのホルン協奏曲は懐かしさよりも、毎度スリリングな緊張感に時と空間は支配されるのが思い出された。現代音楽の範疇かもしれないが音楽表現は明瞭にあり、難解よりも日本人の感性に直接響く親しみやすさがある。日本という国に生まれ育てば必ず備わる土着の性質とでもいうのだろうか、泥の中から芽を出し水面を突き抜けて花を咲かせる蓮のイメージは、仏教に関心を持つ誰もが鮮明に思い浮かべられる映像だ。音楽は水面と蓮に分かれており、たやすく印象を結びつけることができる。その表現力の明確さがずば抜けて高く、かつ音の変化と表情に加えて、壮大な展開は完璧に細川さんの曲として類似のない特徴を持っている。

最近映画の「宮本武蔵」を観ていたせいか、剣の道に生きて悩む武蔵の表情と音楽が連関してしまった。観念そのものの音楽であっても、日本人だけが生み出せる死生観の色は疑いなく哲学の世界を描いており、蓮が花を咲かせるイメージの音楽には生物になる前の物質の生成と変化がうごめき、外界と内面は心象と実体のどちらにも仮託されるようで、本質が時の推移と共に世界を変えていく。静けさの中に荒涼としながら、体の節々が骨格を変化させる苦しい音が聞こえるようで、変化の重圧とストレスは重力に打ち勝とうとする生命の無謀であり、剣の道が花開いて空虚の真理を達観する武蔵のように、咲き誇ってしまえば何もない世界の自我があるままの風を吹かせる。永遠に無数と花開く一輪一輪に物質のストリームがあり、まるで賽の河原のような際限ない円環の真ん中に居させられるような体験だった。

休憩を挟んだベートーヴェンの交響曲第8番は、あまり好みの曲ではない。第4番同様に明るい雰囲気は自分にとってつまらなかったが、人間がすこし成熟したのだろう、ハイドンはいまだわからないがモーツァルトを聴けるようになった耳のおかげか、とても好ましく演奏に接することができた。

もし昨年末の寒い時期に聴いていたらまるで違った感想を持ったことだろう。真夏といっても差し支えのないお天道様の今では、機械的躍動を持ったこの曲がスポーツマンシップにしか見えなかった。東京オリンピックが始まった事と関連するほど健全な曲で、心身丈夫な健康な体は球技選手ではなく、古代ギリシャの精神を持つ陸上競技の肉体だった。下野さんのベートーヴェンは溌剌として、時にやんちゃなほど前進するイメージを持っていたが、今日の曲はそんなベートーヴェンにぴったりの音楽として、キレよく区切られる爽快なリズムは、太陽一杯の下で汗を振りまく明るさにみなぎっていた。

第一楽章中盤の構造はさすがベートーヴェンという各声部の絡み合いの後に眩しく輝き、第二楽章は競技に打ち込んでいた選手がトラックの中で他の選手に恋するような清潔感があり、第三楽章はプロコフィエフの古典交響曲やブリテンのシンプル・シンフォニーのような古風なメヌエットにやはり背筋の伸びた姿があり、ホルンの音色からは競技場を出た野原の練習での爽快感がまっすぐ歌われ、第四楽章になるとスポーツマンは猛然と走って試合する。快活なテンポに音は歯切れ良く進み、晴れ間と太陽を海の近くに感じる不正のない試合の中でフーガのような展開になると、練習風景の思い出が錯綜するようにスポーツに打ち込む者の迷いと憂いは描かれるようだが、さらに勢いづいた運動は大地を離れて太陽に向かって走るほどのアポロンの情熱がほとばしり、白い歯と笑顔の途切れることなく健康が気持ち良い勝利を告げるようだった。

そんな気持ちの演奏を聴いて終わらないのがこの「広島交響楽団 ディスカバリー・シリーズ Hosokawa×Beethoven」で、今回で計8回目となるピアノソナタ第14番「月光」のアンコールは、夕方の演奏会も含めるとやや時期外れだ。しかし常に自虐的な諧謔を持った下野さんが、とある雑誌にこのアンコールが”日光”と紹介されていたと言うのを聞き、さきほどまで勝手に陸上世界を想像していた自分の頭にぴたりとする言葉に吹き出してしまった。

灼熱の太陽が炎天の中で蜃気楼と共にゆがむようなオーケストラを聴いて、二年間以上続いた「広島交響楽団 ディスカバリー・シリーズ Hosokawa×Beethoven」は終了した。悲しいこともあるが良いこともある。様々な障害を乗り越え、たとえ先に虚無が待っているとしても、一時の感動の為に花を咲かせに向かうことは、決して意味のないことではないだろう。堪え忍んでもがく世界の一端を感じた今日の演奏会は、とても明るく気持ちが良かった。

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