広島文化学園HBGホールでジョージア国立民族合唱舞踏団「ルスタビ」を観る。
2018年11月13日(火)
今年、公演の知らせを聞いてすぐに購入したチケットが二つあり、一つはゲルギエフのマーラーと、このグルジアの踊りだ。
グルジアを訪れた当時は、この国に関心を持って来たわけではなく、ある意味付き添いのような形でこの国を体験して、荒い、荒い、荒いと、その国民性と車の運転、国土と食まれて丈の低い植物、とてつもない量のヒンカリを食べるレストランの人々、そこら中に放し飼いされている家畜に驚き、どうしてこの国が特別な魅力を持っているのか、わかるようで、理解し難かった。
「あーーーーーっ!」スヴァネティ地方の人々は、人々同士の会話のなかで、少しでも単語が聞き取れなかったり、返事をするのに、物凄い大きさと強さで「あーーーーーっ!」と声をだす。乗り合いの車のなかで、テンポの早いグルジア音楽を音の割れたスピーカーなどお構いなしに、物凄い音量で流し続ける。
休憩の小屋の目の前の山の斜面では、豚が昼寝している。
チャチャという度数の強い蒸留酒に、自家製のワインをどんどん勧められて、目眩のするような旅行の印象が残っている。
そんなグルジアを抜けて、アゼルバイジャンで泊まった家の人がたまたま民族舞踏が好きで、面白い踊りがあると動画で教えてくれたのがグルジアの踊りだった。
これはすごいと感動した。
この国の良いところを最初から教えられて、この国を訪れたらどうだっただろうか。予備知識なくこの国を訪れれば、インドとは異なった生命力の強さに驚き続けることになる。インドは広大で、雄大で、狡猾で、驚くべき人間性が多様に富んでいる。それは溢れんばかりの生命力の自然な発露のようなものだ。
ところがこの国の生命力は、古い歴史と、戦いに巻き込まれずにはいられない国土に育まれた意志の強い、勇敢で、勇猛な、誇り高い生命力が咲き誇っている。それは山岳民族の血も関係しており、自然の厳しさから生まれたチベタンの豪放さや、様々な民族の侵略から生まれたアフガニスタン人の男らしさと通じる性質でもあり、紀元前からの歴史の初志貫徹の志がこの国の人々にいまだ宿っていることを感じさせる。
そんな人々の歌と踊りは、広くない国土に存在するそれぞれの地域の独自性を示し、険しいコーカサス山脈によって育まれたことを明確に伝えている。
極めて力強く、優美で、生命が躍動している。それは自然そのものの強さだと証明している。
アゼルバイジャンで観た動画から始まり、踊り、合唱は、ユーチューブの繰り返しで夢と広がり、期待していた通り、この公演は感涙せずにはいられない圧倒的なパフォーマンスをみせた。現実に観れたのが今でも信じられない。
主催、後援、協賛、関係者すべての人に感謝したい。グルジアの踊りと歌を日本で観られることを本当に喜ばしく思う。
本当に素晴らしい時間だった。
