あの苦しみが、優しさに変わった日。 ー憧れた人の背中が教えてくれたことー
社会人になってから、僕はいくつもの仕事を経験してきた。
中小企業の社長と商談を重ね、
戸別訪問でチャイムを押し、何度も断られた。
コンビニのオーナーと話し込み、
経営分析や決算書の見方を学び、
採用や人材育成、アルバイト教育にも携わった。
そのひとつひとつが自分を成長させてくれるなんて、
当時は思いもしなかった。
ただ、必死だった。
「この仕事で結果を出さなければ」
その思いだけで、自分を追い込み続けていた。
数年前、まったく異なる業種に飛び込んだ。
それは、人生で最も勇気のいる決断だった。
「この年齢で新しい職種に挑戦なんて、無謀かもしれない」
そんな不安が、胸の奥を締めつけていた。
分からないことばかりで、周囲のスピードにもついていけない。
夜遅くまで机に向かっては、何度も自分を責めた。
「なぜ自分だけこんなにできないのだろう」
「向いていないのかもしれない」
焦りと孤独の波が、静かに心をのみこんでいく。
夜の静けさが、余計に胸の音を際立たせた。
パソコンの光だけが部屋を照らし、
時計の秒針の音が、やけに大きく響いた。
それでも、心のどこかでは、
小さな灯が消えないことを祈っていた。
やがて、眠れない夜が続いた。
鬱の手前まで追い込まれ、
新しい土地からの撤退、退職という言葉が何度も頭をよぎった。
そんなとき、支えになってくれたのが、当時の上司だった。
ある海外出張の夜。
上司は会食の席で誰よりも場を盛り上げ、
僕もつられて深酒をした。
よろよろと辿り着いたホテルの部屋。
その静けさの中で、心の芯では酔えない自分がいた。
どこかで、“ここから逃げたい自分”と向き合っていた。
翌朝、身体が鉛のように重く、「今日は無理だ」と思ったその瞬間
メールが届いた。
「ホテルの朝食が最高だった。価値があるから、ぜひ君も試してみてほしい。」
目を疑った。
昨晩、誰よりも遅くまで飲んでいた人が、
もう朝から行動していたのだ。
その一文を読んだ瞬間、胸の奥で何かが静かに弾けた。
「これが、プロの姿だ」と。
朝の冷たい空気よりも、その人の背中の温度が鮮明に焼きついた。
その瞬間、自分の中に新しい基準が生まれた気がした。
いつの間にか、逃げたいという不安は、
朝の光の中に溶けていった。
気持ちの切り替え方。
責任の持ち方。
そして、誰も見ていない時間の使い方。
どれも、教科書では学べないことだった。
その上司のもとで過ごした時間が、今の自分を形づくっている。
不安でいっぱいだった新しい職場も、
あの人の背中を思い出すたびに、少しずつ馴染んでいった。
「自分はまだやれる」
そう思えたのは、誰かに褒められたからではない。
自分の中に、小さな誇りが芽生えたからだ。
今、責任者として仕事を任される立場になり、
ふと、あの頃の苦しみを思い出すことがある。
そして気づく。
あのときの自分がいたから、今の自分がいるのだと。
経験してきたからこそ言える。
無駄な経験なんて、ひとつもない。
ただ、その意味に気づくまでには、少し時間がかかるだけだ。
苦しみは、自分を磨くヤスリのようなものだった。
痛みを感じながらも、確かに何かを整えてくれていた。
その学びは、本業だけにとどまらなかった。
人との向き合い方、信頼の築き方、
そして「誠実に働く」という在り方が、
副業や情報発信の世界でも、確かな力になっている。
誰かに届ける文章を書くときも、
上司が見せてくれた姿勢を思い出す。
相手の立場に立つこと。
小さな言葉にも責任を持つこと。
どんな小さなミスにも、誰かのせいにせず、
「自分の確認不足でした」と静かに言える強さ。
その一言が、職場の空気を整え、人の心を照らしていた。
あの頃の経験が、副業という新しい挑戦の中でも、僕を支えてくれている。
だから今は、あの時の苦しさにさえ、心から感謝できる。
あの頃の苦しみがあったから、
いま、挑戦を続ける誰かの不安に寄り添い、
心から応援できる自分がいる。
人は、過去の苦しみを通過点にできたとき、
初めてその経験が財産になる。
それは、目に見える成果や地位ではなく、
「どんな状況でも自分を信じられる心の余白」という名の財産だ。
断られて悔しかった日も、
叱られて泣きたくなった夜も、
あの全部が、今の僕を支えてくれている。
もし今、あなたが新しい環境で不安を感じているなら、
どうか焦らないでほしい。
「この経験に意味なんてあるのか」と思っていても、
その時間は、ちゃんとあなたの力になる。
苦しみの中にいるときは見えなくても、
後になって必ずわかる日がくる。
何をしても報われず、立ち止まることさえ怖くなる時期もある。
でも、そんな時間ほど、あなたの中で“静かな強さ”が育っている。
私は今でも、あの日のことをよく思い出す。
あの日見た背中のように、
今度は自分が誰かの夜を照らす番だ。
尊敬する上司への感謝を込めて。
そして、あの頃の自分へ。
あの迷いも、あの涙も、
今では、自分を強くし、
「生きる力」に変わったかけがえのない財産になっている。
そして、いまこの文章を読んでくれているあなたへ。
あなたが積み重ねてきた時間も、必ず誰かの希望になる。
焦らなくていい。
責めなくていい。
あなたが歩いてきたその道が、
いつか誰かの灯りになる。
近藤 芯(こんどう しん)
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