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過剰妄察第4弾乃夜衣さん『寄生体』:「“良妻”という仮面の内側」

 「血の繋がり」がないことは、こんなにも人を不安にさせるのか──そんなことを考えながら、『寄生体』という物語を読んでいた。物語の主人公・哲郎は、建設会社の現場監督として真面目に働く男だ。義父が経営する会社で信頼を積み重ねてきたものの、妻の葵と義弟の豊という「血縁者」がいる限り、自分はいつまでも“部外者”なのだと痛感している。その感情は、義父が倒れたことをきっかけに一気に浮き彫りになっていく。

 哲郎の描写はとてもリアルで、共感する場面が多かった。毎朝誰よりも早く起きて出社し、妻を気遣いながらも淡々と日常をこなす姿は、実在のどこかの会社員を見ているようだった。しかし彼が抱える「努力しても報われないかもしれない」という虚無感は、仕事や家庭に真剣に向き合っている人ほど刺さるものがある。特に、「せめて夢の中では叶えさせてくれよ」というセリフが印象的だった。現実に希望を見出せなくなったとき、人は夢に逃げたくなるのかもしれない。

 一方、妻の葵の視点に切り替わる第二話では、全く異なる世界が広がっていた。彼女は大学時代の友人・沙織との再会をきっかけに、心の奥に眠っていた「嫉妬」や「執着」を再び燃え上がらせる。かつて自分が望んでいた“東京での華やかな生活”を手に入れたのは、地味だった沙織だった。その事実が、葵の中に長年くすぶっていた劣等感を刺激する。

 この章で現れる「黒ずくめの謎の男」は、物語にファンタジーとホラーの要素をもたらす。彼は葵の「思念」に目をつけ、その願いを問う。最初は強がっていた葵も、次第に“何かを得る代わりに何かを失う”ような取引に引き込まれていく様子は、まるで悪魔との契約のようでゾッとした。「自分の願いは何だろう?」と読んでいる自分もつい考え込んでしまった。

 第三話では、義父の死が迫るなか、葵の“異変”が本格的に始まる。病室に現れた葵は、葬式には決してふさわしくない鮮やかな赤のワンピースを身にまとい、まるで別人のようだった。父が嫌っていた赤を、あえて着てきたかのような振る舞いに、読者として背筋が寒くなった。喪主の座を巡る争いでも、彼女の言動はすでに「葵らしさ」から逸脱していた。

 第四話の葬儀シーンでは、葵は格式ある喪服を完璧に着こなし、立ち居振る舞いも誰もが目を奪われるほどだった。しかし、その所作の中には、哀しみでも悲壮感でもなく、不気味なまでの“自信”があった。彼女は今、父の死をきっかけに、何か新しい人生を始めようとしている──そんな危うさが滲み出ていた。周囲の人々が口をそろえて「何かおかしい」と感じるのも当然だろう。

 この作品は、ただの家族間の相続争いや夫婦のすれ違いを描いたものではない。むしろ、人の「心の隙間」に潜り込んでくるもの──それが他人の言葉であれ、欲望であれ、得体の知れない思念であれ──そうした“寄生”の怖さを描いているように思えた。そしてその寄生は、誰の心にも起こりうるのだと教えてくれる。

 僕自身もまた、「自分の願いは何だろう」と見つめ直すきっかけになった。たとえ夢が叶うとしても、その代償に何かを失うとしたら、それでも願いたいのか。そうした問いを投げかけてくれる、深くて、恐ろしく、美しい物語だと感じましたね。

過剰妄察

葵の好きな食べ物は「レモンタルト」

■なぜレモンタルト?

 葵の好きな食べ物は何だろう──そんなことをふと思ったとき、真っ先に思い浮かんだのが「レモンタルト」だった。小さくて、愛らしくて、甘くて、でもどこか鋭い酸味が舌に残るあのお菓子は、どこか彼女の印象と重なる。

 物語の中で、葵は「控えめで、常識的な妻」として描かれている。家事をきちんとこなし、周囲に気を配り、取り乱すこともない。それでも、その整った外側とは裏腹に、彼女の心にはいつも嫉妬や劣等感、承認されたいという渇望が渦巻いていた。そんな二面性を象徴するような食べ物として、レモンタルトはこれ以上ないほど似合っている気がする。

 たとえば、あの甘酸っぱい味わい。口に入れた瞬間はふんわりと優しいのに、すぐにレモンの酸味がピリッと舌を刺激する。その感じはまるで、普段は微笑みを絶やさない葵が、ふとした瞬間に見せる冷ややかな視線のようだった。

 そして、整った見た目。きれいに焼かれたタルトの縁、艶のある黄色いフィリング。まるで「きちんとした妻であろう」と努力してきた彼女の姿をそのまま映し出しているように見える。

 さらに言えば、レモンタルトは手間がかかるお菓子でもある。タルト生地を寝かせて、丁寧に伸ばして焼き、さらにレモン風味のクリームを煮詰めていく。その工程には、葵が「いい妻」「いい娘」として見られるために積み重ねてきた努力の時間が重なる気がする。

 もし、彼女が自分の好きな食べ物を誰かに聞かれたら、「レモンタルトかな」と、少し間を置いてから答えるのではないか。軽く笑いながら、でもその笑みの奥に、どこか複雑な気持ちを隠して。

星乃夜衣さん『寄生体』の感想を書かせていただきました。
ありがとうございましたm(_ _)m



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