天才推理小説家の事件録 第7話「宝条家の悲劇」
第7話「宝条家の悲劇」
宝条邸・庭(昼)
穏やかな陽射し。庭木の枝先に小さな花が咲いている。
潤はその花をじっと見上げている。
宝条 潤(心の声)
(……咲いたんだ)
そっと枝に触れようとしてやめる。壊しそうで怖い。
背後から落ち着いた低い声。
宝条 豊
「――潤」
潤が振り返る。そこには父・豊が立っている。
宝条 潤
「父さん」
宝条 豊(微笑む)
「ここにいたのか。ずいぶん真剣な顔をしてる」
宝条 潤
「……うん」
宝条 豊
「何を見てる?」
潤は指を差す。
宝条 潤
「花」
豊は潤の視線の先を見る。
宝条 豊
「……ああ。咲いたな」
豊は潤の横に立ち、同じ花を見上げる。
宝条 潤
「昨日は、なかった」
宝条 豊
「そうだな。昨日は、まだ蕾だった」
宝条 潤
「……すごいね」
宝条 豊
「何が“すごい”?」
宝条 潤(真剣に)
「誰も見てない時に咲いてるの、すごい」
豊は少し驚いたように目を細める。
そして優しく笑う。
宝条 豊
「……潤らしいな」
宝条 潤
「変かな」
宝条 豊
「いいや。むしろ誇らしい」
豊は潤の頭に手を置き、軽く撫でる。
少し離れた場所で、母・有希子が微笑みながら見守っている。
宝条 有希子
「潤、父さんのお話、ちゃんと聞けてる?」
宝条 潤
「うん」
その背後で弟たちが庭を駆け回る。
宝条 雄利
「風真ー!こっちこっち!!」
宝条 風真
「待てーー!!」
宝条 新太
「にいちゃーーん!!」
新太がよちよち走って潤の方へ突進する。
宝条 潤
「新太、転ぶぞ」
宝条 新太
「えへへ!」
新太、案の定つまずきかけるが、潤が素早く抱き上げる。
宝条 潤
「ほら……言っただろ」
宝条 新太
「にいちゃん!」
潤の顔が少しだけ緩む。
宝条 豊(弟たちを見ながら)
「賑やかだな」
宝条 潤
「うるさい」
宝条 豊
「はは。宝条家は、これくらいがいい」
豊は有希子を見て言う。
宝条 豊
「なあ、有希子」
宝条 有希子
「はい」
宝条 豊
「……今だけは、時間が止まればいいのにな」
有希子は少し切なそうに微笑む。
宝条 有希子
「そう思うなら……ちゃんと休んでください」
豊は返事の代わりに、ただ柔らかく笑う。
潤は再び花を見る。
宝条 潤
「父さん、この花」
宝条 豊
「うん?」
宝条 潤
「……枯れるの?」
豊は少しだけ間を置き、潤の目線の高さにかがむ。
宝条 豊
「枯れる。でも――」
宝条 潤
「……」
宝条 豊
「また咲く」
宝条 潤
「同じ花?」
宝条 豊
「同じ木に、同じ季節に、似た花が咲く」
宝条 潤(小さく息を吐く)
「……そうなんだ」
豊は潤の目を見る。
宝条 豊
「潤。覚えておけ」
宝条 潤
「何を?」
宝条 豊
「今見てる景色だ」
潤はきょとんとする。
宝条 豊
「……お前はいつかこの家を継ぐ」
宝条 潤
「僕、偉くなるの?」
宝条 豊
「偉いかどうかは知らん。だが――守る立場になる」
宝条 潤
「……」
潤は少し不安そうに眉を寄せる。
宝条 豊(優しく)
「怖がるな。お前は、もう強い」
宝条 潤
「強くないよ」
宝条 豊
「強いよ。“優しい”からな」
潤は返せず、黙って花を見つめる。
遠くで雄利が叫ぶ。
宝条 雄利
「父さーん!見て!僕、すげー速い!」
宝条 豊
「おお、雄利は速いな」
宝条 雄利
「潤にいちゃんにも勝てる!」
宝条 潤
「無理」
宝条 雄利
「えー!」
風真が負けずに張り合う。
宝条 風真
「ぼくも勝てるもん!」
宝条 潤
「……はいはい」
皆が笑う。
潤の横顔を見ながら、豊が静かに言う。
宝条 豊
「潤」
宝条 潤
「何?」
宝条 豊
「……こういう日を、ずっと覚えていてくれ」
宝条 潤
「……うん」
豊は潤の肩を軽く抱く。
陽射しが揺れ、花が風に揺れる。
宝条 潤(心の声)
(父さんの声、あったかい)
宝条邸・応接間(昼)
格式ある応接間。
障子越しの柔らかな光。重厚なソファと低いテーブル。
豊の友人、神谷正治郎と妻の佐恵子、小学4年生の長女、遥香と小学2年生の長男、堅人が宝条家に来ている。
大人たちは別室で談笑中。
潤と遥香は床に座り、携帯ゲーム機で対戦している。
神谷 遥香(ニヤッ)
「よし……」
ピコピコ…勝利音
神谷 遥香(両手を上げて)
「またあたしの勝ち〜♪」
宝条 潤(顔を真っ赤に)
「はぁ!?ありえねぇ!!」
神谷 遥香
「ありえるんだな〜これが」
宝条 潤
「お前絶対ズルしただろ!」
神谷 遥香(ムッ)
「はぁ?ズルじゃないし」
宝条 潤
「絶対なんか操作してた!」
神谷 遥香(さらにムッ)
「は?何それ。負け惜しみ?」
宝条 潤
「負け惜しみじゃねぇし!!」
遥香が静かに笑顔になる。
その笑顔が逆に怖い。
神谷 遥香(にっこり)
「潤」
宝条 潤(嫌な予感)
「……な、なんだよ」
神谷 遥香(スッ……と拳を作る)
「お姉さんに、“お前”って生意気」
宝条 潤
「いや、だってお前は――」
神谷 遥香
「はい」
ゴツン!!!
宝条 潤
「いってぇええええ!!!!!」
潤が頭を押さえて床に転がる。
宝条 潤(涙目)
「おまっ……それ反則だろ!!」
神谷 遥香(腕を組んでドヤ顔)
「反則じゃない。正義」
宝条 潤
「剣道やってるやつのげんこつは凶器なんだよ!!」
神谷 遥香
「だから勝てないの。弱いから」
宝条 潤
「この……暴力女!!」
神谷 遥香(ピキッ)
「はいもう一発」
宝条 潤
「待て待て待て待て!!!」
潤は慌てて土下座する勢いで防御。
そこへ正治郎登場。
神谷 正治郎(呆れ声)
「遥香」
神谷 遥香(ビクッ)
「……っ」
遥香は背筋を伸ばす。剣道仕込みの“反射”。
神谷 正治郎(やや低めの声)
「何をしている」
神谷 遥香(目を逸らしながら)
「……ちょっと、しつけ」
宝条 潤(即告げ口)
「神谷のおじさん!遥香が暴力ふるった!!」
神谷 遥香
「は!?違うし!」
宝条 潤
「げんこつした!!」
神谷 遥香
「生意気だから!」
神谷 正治郎(ため息)
「遥香。手を出すな。武道をやる者ほど“力の扱い”に気をつけろ」
神谷 遥香(小さく)
「……はい」
遥香は不満そうだが素直に返事。
その様子を、遥香の後ろで弟の堅人が見ている。
神谷 堅人(肩を震わせて)
「……くすっ……くすくす……」
神谷 遥香(振り返って睨む)
「堅人……?」
神谷 堅人(慌てて口を押さえる)
「っ……!!ご、ごめん……!」
神谷 遥香
「笑うな!!」
神谷 堅人
「だって……姉ちゃん、潤兄ちゃんにだけ強いんだもん……」
宝条 潤
「おい!!!」
神谷 遥香(顔を赤くして怒鳴る)
「うるさい!!」
廊下から笑い声が近づく。
宝条 豊(少し笑いながら)
「はは……賑やかだと思ったら」
宝条 有希子(微笑む)
「まあ……遥香ちゃん、元気ね」
神谷 佐恵子(困り笑い)
「すみません、ほんとに……」
宝条 潤(涙目で訴える)
「父さん!遥香に殴られた!!」
神谷 遥香
「生意気だから!」
神谷 正治郎(頭を下げる)
「申し訳ない。剣道をやっているせいで……手加減を知らん」
宝条 豊
「いやいや、ありがたい。潤にはこういう子が傍にいるべきだ」
宝条 潤
「父さん!?」
宝条 豊(潤の頭をポン)
「良かったな潤。“強いお姉さん”ができて」
宝条 潤
「いらねぇよ!!」
神谷 遥香(胸を張って)
「ふふん。感謝しなさい」
宝条 潤
「したくねぇ!!」
家の中が笑いに包まれる。
遥香が潤のゲーム機をひょいと覗き込む。
神谷 遥香
「ねえ、もう一回やろ」
宝条 潤(ムッ)
「嫌だ。どうせズルする」
神谷 遥香
「ズルしない。次は手加減してあげる」
宝条 潤
「手加減いらねぇ!」
神谷 遥香
「じゃあ本気で潰す」
宝条 潤
「やめろ!」
堅人がまたクスクス笑う。
神谷 堅人
「ふふ……」
神谷 遥香
「堅人!!」
神谷 堅人
「ご、ごめん!!」
宝条邸・書斎(午後)
宝条邸の奥。重厚な木の香りが漂う書斎。
壁一面の書架、窓の外には庭木。
テーブルには湯気の立つ茶碗が二つ。
豊と正治郎が向かい合って座っている。
神谷 正治郎(湯呑を置きながら)
「……相変わらず立派な屋敷だな、宝条は」
宝条 豊(微笑)
「見栄だけはな。茶の家元様に言われると照れる」
神谷 正治郎
「謙遜するな。お前が守ってきたものだ」
宝条 豊
「……守ってきた、か」
豊は窓の外――庭の方を見る。
子供たちの笑い声が遠くに聞こえる。
神谷 正治郎(少し表情を柔らかくして)
「潤君はいい子に育ってるな」
宝条 豊
「あいつは……変に大人びてる」
神谷 正治郎
「うちの遥香とゲームしてる時は普通の子どもだぞ」
宝条 豊(小さく笑う)
「遥香ちゃんには敵わんみたいだな」
神谷 正治郎
「あれは強い。口も拳も」
宝条 豊
「はは……」
少し間。
茶を飲みながら、正治郎が真面目な目になる。
神谷 正治郎
「豊……最近、体調はどうだ」
宝条 豊(ふっと笑って誤魔化す)
「こう見えて健康だ」
神谷 正治郎
「嘘をつくな。顔色が以前と違う」
宝条 豊
「……さすがお前は鋭いな」
神谷 正治郎(静かに)
「……医者は?」
宝条 豊
「来てる。ちゃんと見てもらってる」
神谷 正治郎
「なら、なぜ仕事を減らさない」
豊は湯呑を置き、机の上の書類に視線を落とす。
宝条グループ関連の書類だ。
宝条 豊
「減らせるわけがない」
神谷 正治郎
「……」
宝条 豊
「宝条グループは大きすぎる。俺が止まったら、それだけで群がってくる」
神谷 正治郎
「群がってくる、か……」
その時――
宝条 豊
「……っ」
豊が胸元を押さえ、短く咳き込む。
宝条 豊
「……ゴホッ……」
咳が一度で止まらず、二度、三度と続く。
宝条 豊
「ゴホ……っ、ゴホッ……」
神谷 正治郎(即座に立ち上がる)
「豊!」
正治郎が背中に手を当てる。
宝条 豊(息を整えながら)
「……大丈夫だ」
神谷 正治郎
「どこが大丈夫なんだ……!顔が真っ青だぞ」
宝条 豊
「……はは、情けないな」
神谷 正治郎
「笑うな。お前が倒れたら――」
宝条 豊
「……分かってる」
ふすま越しに気配。
有希子が心配して覗く。
宝条 有希子
「……あなた?」
宝条 豊(すぐに表情を整え)
「なんでもない。大丈夫だ、有希子」
宝条 有希子(不安そうに)
「……本当に?」
宝条 豊
「本当だ」
有希子はそれ以上聞かず、微笑もうとするが表情が揺れる。
宝条 有希子
「……無理だけは……しないでくださいね」
宝条 豊
「……うん」
有希子は静かにふすまを閉める。
神谷 正治郎(有希子の去った方向を見て、ぽつり)
「……強い人だな」
宝条 豊
「俺が弱いからな。あの人が強くなった」
神谷 正治郎
「……それは違う。最初から強い」
宝条 豊
「……だな」
豊は窓の外を見る。
子供たちの声がまた聞こえる。
宝条 豊(小さく)
「潤が……“普通の子ども”でいられる時間が、もう少し欲しい」
神谷 正治郎
「豊……」
宝条 豊
「俺は……父親として、最低だ」
神谷 正治郎(即答)
「違う。お前は十分やってる」
宝条 豊
「……いや」
豊は目を伏せる。
宝条 豊
「もっと、抱きしめてやりたかった。もっと、一緒に遊んでやりたかった」
神谷 正治郎(ゆっくり言葉を選ぶ)
「……豊。俺にできることがあるなら言え」
宝条 豊(顔を上げ、少しだけ笑う)
「あるよ」
神谷 正治郎
「何だ」
宝条 豊
「――潤を、見ていてくれ」
正治郎の表情が固まる。
神谷 正治郎
「……」
宝条 豊
「俺がいなくなった後も、あいつのそばにいてくれ」
豊は真っ直ぐ正治郎の目を見る。
宝条 豊
「……頼む」
神谷 正治郎(拳を握り)
「……っ」
しばらく沈黙。
そして正治郎は深く頷く。
神谷 正治郎
「……分かった」
宝条 豊(安堵して息を吐く)
「ありがとう」
神谷 正治郎
「だが条件がある」
宝条 豊
「条件?」
神谷 正治郎
「お前は死ぬな。生きろ」
宝条 豊(微笑)
「……努力する」
神谷 正治郎
「努力じゃ足りん。“意地でも生きろ”だ」
宝条 豊
「はは……お前らしい」
書斎に沈黙。
外では子どもたちの笑い声が続いている。
だがその笑い声が――どこか遠くに感じられる。
数日後 宝条邸・廊下(朝)
宝条邸の廊下。
静寂が漂い、普段の“気品ある日常”がどこか薄暗い。
使用人たちが小声で動き回り、時折、重い咳が奥の部屋から聞こえる。
使用人A(ひそひそ)
「……またですか」
使用人B
「ここ数日、ほとんどお部屋から出ていらっしゃらない」
使用人A
「お医者様が常駐になるって……」
足音。執事の黒田が現れる。背筋は伸びているが、目が赤い。
黒田(低く)
「……噂話はやめなさい」
使用人A
「も、申し訳ありません……!」
使用人たちが頭を下げて去る。
黒田は奥の部屋――当主の寝室の扉を見つめる。
黒田(心の声)
(……坊ちゃまには、まだ……)
豊の寝室前(昼)
扉の前。医師が出てくる。有希子が付き添っている。
医師
「……奥様。今日も無理をなさらないよう」
宝条 有希子(微笑もうとするが、目が潤む)
「……はい。ありがとうございます」
医師が去る。黒田が前に出る。
黒田
「奥様……」
宝条 有希子
「黒田……このままでは……」
黒田(首を振る)
「……必ず、持ち直されます。旦那様は、お強いお方です」
宝条 有希子(小さく)
「ええ……そう信じるわ」
(有希子は涙を見せない。黒田がそれを痛いほど理解している。)
黒田(心の声)
「奥様まで崩れれば……宝条は沈む」
夕方
部屋は暗い。
カーテンは半分閉じられ、柔らかい光だけが差し込む。
ベッドの上に豊。
汗ばんだ額、浅い呼吸。だが目はまだ鋭い。
黒田が静かに入室。盆に薬と白湯を載せている。
黒田
「旦那様……お薬を」
宝条 豊(かすれた声)
「……黒田か……」
黒田
「はい」
宝条 豊
「すまないな……仕事を増やしてしまった」
黒田(即答)
「……旦那様。執事は“仕事を増やされるため”におります」
豊が微かに笑う。
宝条 豊
「お前は相変わらず、真面目だ」
黒田
「真面目でなくなったら……私は、私ではなくなります」
黒田、震える指先で薬を用意する。
宝条 豊(目を閉じて)
「……手が震えているぞ」
黒田(ビクッとする)
「……っ」
宝条 豊
「無理に笑うな。黒田」
黒田の目に涙が溜まる。
黒田
「……旦那様……」
黒田はこらえきれず、膝をつき、頭を下げる。
黒田
「……私が……今こうして宝条家に立っていられるのは……旦那様のおかげです……!」
宝条 豊(驚き)
「……急にどうした」
黒田(声が震える)
「私は……若い頃……会社が倒産し……」
回想のように、黒田の声だけが響く。
黒田
「……一夜で全てを失いました。家も、仕事も、信用も……妻にも……逃げられました……」
豊は黙って聞いている。
黒田
「……私は……路頭に迷い……盗みを働こうととしたことすらあります……!」
黒田は拳を握りしめる。
黒田
「その時……旦那様が……私を見つけて……」
回想
雨の路地。
若い黒田が崩れ落ちている。
そこへ若き豊が傘を差し出す。
宝条 豊(若いころ)
「……名前は?」
黒田(若いころ)
「……黒田……元治です……」
宝条 豊(若いころ)
「そうか。なら、立て」
黒田(若いころ)
「……私は……もう……」
宝条 豊(若いころ)
「宝条は、人を見捨てない」
黒田(若いころ)
「……?」
宝条 豊(若いころ)
「働けるなら働け――執事として、俺の家に来い」
現在
黒田は涙を流しながら語り続ける。
黒田
「旦那様は……私に“人としての居場所”を下さいました……!誰も信じられなくなっていた私に……“お前は必要だ”と言ってくださった……!」
黒田、嗚咽混じりに言う。
黒田
「……だから……!どうか……どうか……!」
言葉が続かない。黒田は頭を床につける。
黒田
「……旦那様……死なないでください……!」
(室内に沈黙。豊はゆっくり目を開ける。)
宝条 豊(弱々しいが、芯のある声)
「……黒田」
黒田
「……っ」
宝条 豊
「顔を上げろ」
黒田、震えながら顔を上げる。
宝条 豊
「……お前は……恩返しをもう終えてる」
黒田
「……終えてなど……!」
宝条 豊
「終えてる。俺が倒れても……宝条家は、お前が支えてくれる」
黒田
「……旦那様……」
宝条 豊
「……潤を……頼む」
黒田の表情が凍る。
黒田
「……っ」
宝条 豊
「……俺はまだ……死ぬ気はない」
豊は苦しそうに笑う。
宝条 豊
「……だが、備えだけは……必要だ」
黒田(涙を拭い、決意の目)
「……お任せください!この黒田……命に代えても……坊ちゃまをお守りします……!」
宝条 豊(小さく頷く)
「……それでいい」
その時。扉の外で小さな気配。
潤が、扉越しに立ち尽くしている。
会話を聞いてしまった。
宝条 潤(心の声)
(父さん……死ぬ気はないって……言った……でも備えって……何……?)
潤の手が震える。
宝条 潤(心の声)
(……嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ……)
潤は音を立てないように走り去る。
夜。宝条邸は静まり返っている。
虫の音と、時折葉が揺れる音だけが響く。
月明かりに照らされた庭。
昼間、潤が見つめていた木――その枝先に、小さな花が淡く咲いている。
縁側に、潤が一人で座っている。
膝を抱え、ぼんやりと木を見つめている。
宝条 潤(心の声)
(……眠れない。目を閉じると……胸が痛い。父さんの咳の音が……頭から消えない)
潤、そっと拳を握る。
宝条 潤
「……嫌だ、嫌だ、嫌だ……」
その時、背後から床を踏む静かな足音。
宝条 豊
「……潤」
潤、ビクッとして振り返る。
宝条 潤
「父さん……」
豊は寝間着の上に羽織をまとい、ゆっくり縁側に座る。
少し息が浅いが、笑顔を作っている。
宝条 豊
「眠れないのか」
宝条 潤
「……うん」
宝条 豊
「……花を見てたのか」
潤は木を見つめたまま頷く。
宝条 潤
「……咲いてる」
宝条 豊
「ああ。咲いてるな」
2人の視線の先、花が風に揺れている。
豊はしばらく黙って花を見ていたが、ふと潤に視線を落とす。
宝条 豊
「潤」
宝条 潤
「……何?」
豊の声が、いつもより静かで、重い。
宝条 豊
「……父さんはな」
潤、息を止める。
宝条 豊
「もう……長くない」
潤の目が見開かれる。
宝条 潤
「……っ!やだ……!」
潤が立ち上がりかけるが、豊がそっと潤の手を掴んで止める。
宝条 豊(穏やかに)
「……落ち着け」
宝条 潤(震え声)
「やだよ……父さん……!死なないで……!」
宝条 豊
「……すまない」
宝条 潤
「謝らないでよ……!」
潤、涙が溢れてくる。
豊は潤の頭を撫でる。その手は少し冷たい。
宝条 豊(真剣な声)
「潤。お前は……もう分かってるな」
宝条 潤
「……」
宝条 豊
「宝条家は狙われる」
潤の肩が小さく震える。
宝条 豊
「父さんが死んだら、次は――」
宝条 潤
「……ぼく?」
宝条 豊
「違う」
豊は、庭の暗闇を見つめて言う。
宝条 豊
「……まず狙われるのは“弱い者”だ」
宝条 潤
「……」
宝条 豊
「母さんと……弟たちだ」
潤の心臓が跳ねる。
宝条 潤
「雄利……風真……新太……」
宝条 豊(頷く)
「そうだ」
豊は潤の肩に手を置く。
宝条 豊
「これからは、お前が守れ」
宝条 潤(涙でぐしゃぐしゃの顔)
「……無理だよ……!ぼく、まだ……子どもだよ……!」
宝条 豊
「……子どもだ」
あまりにも優しい肯定。
宝条 豊
「でもな。潤」
豊が潤の目を見て言う。
宝条 豊
「お前には“宝条の血”がある」
宝条 潤
「血なんて……!」
宝条 豊
「血じゃない」
豊は微笑む。
宝条 豊
「……お前の中には、優しさがある」
宝条 潤
「……」
宝条 豊
「人を守ろうとする心がある」
豊がゆっくり言葉を刻む。
宝条 豊
「当主とはな、偉い人じゃない」
宝条 潤
「……」
宝条 豊
「一番に傷ついて、一番に耐えて、最後まで皆を守る人だ」
潤、嗚咽をこらえる。
豊は木の花を見上げる。
宝条 豊
「綺麗だな」
宝条 潤
「……うん」
宝条 豊
「この花も、咲いてるのは少しだけだ」
宝条 潤
「……枯れる?」
宝条 豊
「枯れる……でもな」
豊は少しだけ声を強くする。
宝条 豊
「咲いたことは消えない」
潤がゆっくり父を見る。
宝条 豊
「潤。父さんは消えない」
宝条 潤
「……っ」
宝条 豊
「お前の中に残る」
潤の涙が止まらない。
宝条 潤
「……父さん……」
豊は潤を自分の方へ引き寄せ、抱きしめる。
宝条 豊
「……怖いよな」
宝条 潤
「……怖い……」
宝条 豊
「……大丈夫だ」
宝条 潤
「大丈夫じゃない……」
宝条 豊
「大丈夫だ」
豊は耳元で囁く。
宝条 豊
「お前には、黒田がいる。充叔父さんもいる。神谷のおじさんもいる」
潤は泣きながら頷く。
宝条 豊
「そして……遥香ちゃんもいる」
潤、少しだけ顔を赤くする。
宝条 潤
「……あいつやだ」
宝条 豊(小さく笑う)
「はは。強い味方だぞ」
宝条 潤
「……げんこつする……怖い」
宝条 豊
「それは……確かにな」
父子、微かに笑う。
豊は潤の肩に手を置き、改めて言う。
宝条 豊
「潤」
宝条 潤
「……何?」
宝条 豊
「母さんを守れ」
宝条 潤
「……うん」
宝条 豊
「雄利と、風真と、新太を守れ」
宝条 潤
「……うん……!」
宝条 豊
「……そして宝条家を守れ」
宝条 潤(震える声)
「……守る」
豊は満足そうに頷く。
宝条 豊
「よし」
2人は並んで座り直し、花を見つめ続ける。
宝条 潤(心の声)
(父さんの隣は、あったかい。ずっとこのままがいい……ずっと)
豊が亡くなったのは、その翌日だった。
宝条邸・廊下(朝)
朝とは思えない重苦しさ。
使用人たちが慌ただしく動き、低い声が飛び交う。
使用人A
「お医者様はこちらです!」
使用人B
「奥様は……?」
扉の向こうから、押し殺した嗚咽が漏れる。
その時――玄関方向から、荒い足音が響く。
スーツ姿の男が廊下へ飛び込んでくる。
豊の弟、宝条充。髪は乱れ、ネクタイも緩んでいる。
宝条 充(焦りと怒り)
「どけ!!」
使用人
「み、充様――!」
宝条 充
「兄さんはどこだ!!」
使用人が言葉に詰まる。
宝条 充
「……おい!何があった!!」
充は扉へ向かって走ろうとする。
その前に、黒田が一歩出て充の前に立つ。
黒田(低く、しかし震える声)
「充様」
宝条 充
「……黒田」
黒田の目が赤いのを見て、充の表情が固まる。
宝条 充(かすれ声)
「……嘘だろ」
充は黒田の肩を掴む。
宝条 充
「兄さんは……兄さんはどこだ……!」
黒田(耐えるように)
「……旦那様は……」
黒田の言葉が詰まる。
それだけで充は察してしまう
宝条 充
「……は?」
充、首を振る。
宝条 充
「……ふざけるな」
充が扉へ突っ込もうとする。
黒田
「――充様!!」
黒田が必死に両手で充を止める。
宝条 充
「離せ!!黒田!!」
黒田
「……っ!」
黒田の手が震える。
宝条 充(扉を見つめたまま、声が割れる)
「・・・兄さん?・・兄さん嘘だろ?」
廊下が凍りつく。
宝条 充
「おい……おい黒田……冗談だろ……?」
黒田
「冗談では……ございません……」
黒田の声が涙で震える。
宝条 充
「……兄さんは、昨日まで……」
黒田
「……昨夜から容体が急変しました。今朝方――」
宝条 充
「やめろ……!!」
充が叫ぶ。そして壁に拳を叩きつける。
宝条 充
「……くそ……くそっ……!!」
黒田(覚悟を決めて)
「充様。お伝えしなければなりません」
宝条 充(背中を向けたまま)
「……」
黒田
「旦那様は最後まで――潤坊ちゃまのことを気にかけておられました」
充の呼吸が少し止まる。
黒田
「“潤を頼む”。そして“母子を守れ”と」
宝条 充(唇を噛み、震える声)
「……兄さんらしい……」
黒田
「……はい……」
宝条 充
「……黒田」
黒田
「はい」
宝条 充(振り返り、目に涙を溜めたまま)
「兄さんは……苦しまなかったか」
黒田(首を振りながら涙を落とす)
「……最期は……穏やかでした……坊ちゃまが……最後に……旦那様と、お庭で……お話をして……」
宝条 充
「……潤が?」
黒田
「はい」
扉が少しだけ開き、有希子が顔を出す。
宝条 有希子(涙を隠しきれず)
「……充さん……」
宝条 充(即座に姿勢を正す。しかし声が震える)
「……義姉さん……」
充は深く頭を下げる。
宝条 充
「すみません……間に合いませんでした……」
宝条 有希子
「……来てくださって、ありがとうございます……」
有希子の声が折れそうになる。
そこへ小さな足音。
潤が廊下へ出てくる。目は赤く、しかし泣き止んでいる。
宝条 潤
「……充叔父さん……?」
宝条 充(潤を見て、胸を締め付けられる)
「……潤」
潤は子どもなのに、妙に落ち着いて頭を下げる。
宝条 潤
「……来てくれて、ありがとう」
充は潤の前にしゃがみ、両肩に手を置く。
宝条 充(声を絞り出す)
「……潤」
宝条 潤
「……」
宝条 充
「お前は……泣いていい」
宝条 潤
「……泣いた」
宝条 充
「そうか」
充は潤を強く抱きしめる。
宝条 潤
「……っ」
宝条 充
「……叔父さんがいる。父さんの代わりに――お前を守る」
黒田(涙を拭い、深く頷く)
「……充様……」
廊下に静かな嗚咽が広がっていく。
葬儀会場(昼)
黒い幕、香の匂い。
厳かに読経が響く。
宝条豊の遺影は穏やかに微笑んでいる。
会場には宝条家親族、宝条家と親交ある名家、資産家、政財界の重鎮が並ぶ。
参列者の中には、神谷正治郎一家、そして警察関係者の姿もある。
潤は喪服を着て遺影の前に座っている。
まだ幼い肩が、妙に小さく見える。
横には有希子、後ろには充と黒田。
僧侶(読経)
「――――……」
焼香の列が続き、低いすすり泣きが漏れる。
参列者の一角。
警視庁の若き幹部、石上聡一(当時捜査一課長)と内海二郎(当時捜査一課理事官)が並んで遺影を見つめている。
石上 聡一(目を伏せて)
「まさか……こんなに早く先輩との別れが来るとはな……」
内海 二郎(小さく息を吐き)
「……いい人だったよ……」
石上 聡一
「宝条先輩は……力で押す男じゃなかった。人を“守る”側に、必ず立っていた」
内海 二郎
「ああ……だから敵も作ったんだろうな」
石上 聡一(眉をひそめる)
「……ああ。あれほどの財産と影響力だ。狙う者はいくらでもいる」
内海が潤の方へ視線を向ける。
内海 二郎
「……次の当主が、あの子か」
石上 聡一
「……まだ九歳の子だ」
内海 二郎
「背負わせるには……重すぎる」
石上 聡一(低い声で)
「だが……宝条家は止まれない。止まった瞬間、喰われる」
参列者の中――上質な喪服に身を包んだ資産家、白石轟介(35)。
白石は表面上は厳粛な顔をしているが、視線だけが冷たい。
白石 轟介(心の声)
(あんなガキが次の当主か。宝条家も終わりだな)
潤が焼香台へ向かう。
小さな足取り。喪服の裾が少し長い。
潤は遺影を見上げる。
宝条 潤(心の声)
(父さん……)
潤が香をくべる。手が震える。
深く一礼。だが泣かない。
参列者たちが小声で囁く。
参列者A(小声)
「……あの子が当主か」
参列者B(小声)
「奥様も大変だろうな」
参列者C(小声)
「周りの大人が支えるしかない」
潤は何も聞こえないふりをして歩く。
葬儀を終え、宝条邸の応接間。
空気は重く、香の匂いがまだ残っている。
有希子、潤、充、黒田が揃っている。
弟たちは別室にいる。
宝条 有希子(静かな声)
「……潤」
宝条 潤
「……うん」
宝条 有希子
「大事な話があります」
潤は表情を固くする。
宝条 有希子
「雄利、風真、新太を……養子に出します」
宝条 潤
「……っ!!」
潤が立ち上がる。
宝条 潤
「なんで!?」
宝条 有希子(必死に落ち着いて)
「潤……」
宝条 潤
「だって父さんが言った!守れって!!ぼく、守るって誓った!!」
潤の声が震える。
宝条 潤
「離れたら守れないじゃん!!」
黒田が目を伏せ、充が歯を噛みしめる。
宝条 有希子(目が潤むが、声は折れない)
「……だからです」
宝条 潤
「え……?」
宝条 有希子
「潤が守るためには……まず“守れる場所”に置かないといけない」
宝条 潤
「……」
宝条 有希子
「宝条家の中にいる限り……あの子たちは狙われます」
宝条 潤(震え声)
「……そんなの……」
宝条 有希子
「今の宝条家は……優しい家じゃないの。優しさだけでは……生き残れない」
宝条 潤
「……」
宝条 有希子(涙をこらえて)
「……あなたが宝条家当主として立つために、あなたの“弱点”を宝条の外へ出すしかない」
潤が唇を噛む。
宝条 潤
「弟たちが……弱点って言うの……?」
宝条 有希子(声が震える)
「……そう言わないで。母さんだって……胸が裂けそうなの」
宝条 充(低い声で)
「潤」
宝条 潤
「……充叔父さん……」
宝条 充
「悔しいがな……宝条は、そういう家だ」
宝条 潤
「……」
宝条 充(強く)
「だから潤、お前が“強くなる”んだ」
宝条 潤
「……ぼくは……ぼくは、ただ弟と一緒にいたいだけなのに……!」
黒田(丁寧に)
「坊ちゃま……すでに奥様は動いておられます。奥様のご実家である日向家を含め……各家と話はつけております」
宝条 潤
「……勝手に……」
黒田(涙を堪える)
「……勝手にではありません。坊ちゃまを守るために――命を削って決められたのです」
宝条 潤
「……」
黒田
「旦那様の遺志でもあります」
宝条 潤(声が詰まる)
「父さん……」
潤は拳を握りしめ、目に涙を溜めたまま言う。
宝条 潤
「……ぼくは……当主になる」
宝条 有希子
「……」
宝条 潤
「宝条家を守る」
全員が潤を見る。
宝条 潤(震える声で、しかし断固として)
「そして……弟たちを必ず迎えに行く」
宝条 有希子(涙がこぼれる)
「……潤……」
宝条 潤
「絶対……絶対迎えに行く……宝条が誰にも狙われないくらい強くなって、雄利も、風真も、新太も……戻って来られるようにする」
潤の頬に涙が落ちる。
宝条 潤
「だから……今だけは……我慢する」
有希子が耐えきれず立ち上がり、潤を抱きしめる。
宝条 有希子
「……ごめんなさい……ごめんなさい潤……!」
宝条 潤(母の胸に顔を埋め)
「……うん……」
黒田が顔を背ける。涙が落ちる。
黒田(心の声)
(旦那様……宝条は、まだ終わりません)
宝条邸・門前(朝)――弟たちの旅立ち
冷たい空気。空は薄曇り。
門の前に高級車が停まり、各家の迎えが控えている。
雄利・風真・新太はそれぞれ小さな荷物を抱えている。
宝条 雄利(涙目)
「……にいちゃん……」
宝条 潤(必死に平静を装う)
「……雄利」
宝条 雄利
「やだよ……行きたくない……!」
宝条 潤
「……」
風真が潤の袖を掴む。
宝条 風真(泣き声)
「にいちゃん、迎えに来て……!」
宝条 潤
「……行く」
新太が潤にしがみつく。
宝条 新太
「にいちゃあああん!!」
宝条 潤(抱き上げて、震える声)
「新太……ごめんな……」
宝条 有希子
「……みんな、いい子にするのよ」
有希子の目から涙がこぼれる。
宝条 充(歯を食いしばって)
「……行け」
黒田(深く頭を下げ)
「……必ず、また会えます」
迎えの大人たちが一礼し、子供たちを促す。
迎え
「……参りましょう」
宝条 雄利
「にいちゃん!!」
宝条 風真
「にいちゃん!!」
宝条 新太
「にいちゃーーん!!!」
車のドアが閉まり、ゆっくり動き出す。
宝条 潤(走り出しそうになるが、踏みとどまる)
「……っ」
車が門の外へ消える。潤はその場に立ち尽くす。
宝条 潤(心の声)
(……守るって言った……守るって誓ったのに……手が届かない)
宝条邸・夜
宝条邸の一室。
潤は机に向かっている。大人向けの書類、当主教育の資料。
目は赤いが、泣いていない。
有希子がそっと温かいお茶を置く。
宝条 有希子
「潤……少し休みましょう」
宝条 潤
「……休めない」
宝条 有希子
「あなたはまだ九歳よ」
宝条 潤
「……当主だ」
有希子は胸が痛むが、優しく笑う。
宝条 有希子
「……そうね。あなたはこの家の当主」
有希子は潤の頭を撫でる。
宝条 有希子
「でも、母さんの前では……潤のままでいていいの」
宝条 潤(声が震える)
「……母さん」
宝条 有希子
「……大丈夫。絶対守るから」
有希子は涙ぐみながら微笑む。
有希子は懸命に潤を支える。
時には重役たちと会って頭を下げつつけた。
しかし、有希子は無理がたたって病に伏してしまう……
宝条邸・寝室(深夜)
有希子が布団の中で息を荒くしている。
黒田と医師が側にいる。
医師
「……奥様……かなり心労が……」
黒田(涙声)
「奥様……」
宝条 有希子(弱い微笑)
「……潤は……?」
黒田
「……お休みになっております」
宝条 有希子
「……よかった……」
有希子は天井を見つめ、涙を一筋流す。
宝条 有希子(小さく)
「……あなた……豊さん……」
廊下を走る足音。
黒田
「坊ちゃま!!」
潤が飛び出してくる。
宝条 潤
「……黒田?」
黒田(目に涙を溜めたまま)
「……奥様が……」
宝条 潤
「……っ」
潤が寝室へ駆け込む。
そこには眠っているような有希子。
宝条 潤
「……母さん?母さん……?ねえ……母さん……」
返事はない。
宝条 潤
「……嘘……」
潤は必死に母の手を握る。
宝条 潤
「母さん……守るって……言ったじゃん……」
声が震えて崩れる。
宝条 潤
「……僕……当主やってるよ……ちゃんと……頑張ってるよ……」
潤は涙をこらえようとするが、止まらない。
宝条 潤
「……だから……置いていかないでよ……!!」
黒田が耐えきれず泣く。
黒田
「……坊ちゃま……!」
広すぎる宝条邸。
明かりが点いている部屋は、ほとんどない。
潤がひとり、廊下を歩く。
宝条 潤(心の声)
(父さんがいない……母さんもいない……弟たちもいない)
食卓には潤ひとりの席。お風呂も潤ひとり。書斎も潤ひとり。そして寝室も……潤ひとり。
宝条 潤
「この家、こんなに広かったっけ」
潤は布団に入るが、眠れない。
宝条 潤(小さく)
「……寒い」
ふと、潤は枕を抱きしめるように丸くなる。
宝条 潤(心の声)
(……誰か……誰でもいいから……)
しかし“当主”は泣けない。
潤は奥歯を噛み、涙を飲み込む。
夜。宝条邸の塀の外。
月明かりの下、小さな影がひとつ。
遥香が塀の隙間から屋敷を見ている。
神谷 遥香(心の声)
(……潤)
遠くの窓――潤の部屋の明かりだけが点いている。
神谷 遥香(心の声)
(……まだ起きてる)
遥香は拳を握りしめる。
神谷 遥香(心の声)
(当主とか、宝条とか……知らない。でも……)
遥香の目が少し潤む。
神谷 遥香(心の声)
(潤をひとりにしちゃダメ)
遥香はその場で立ち尽くし、何度も屋敷を見る。
神谷 遥香(小さく)
「……明日行く。絶対行く」
遥香は涙を拭き、踵を返して走り去る。
宝条邸・門前(翌朝)
快晴。冬の冷たい空気。
宝条邸の門の前に、神谷家の車が停まる。
車から降りてくる。正治郎におどおどしている堅人、そして仁王立ちの遥香。
神谷 堅人(小声)
「……姉ちゃん……本当に行くの……?」
神谷 遥香(即答)
「行く。潤が壊れる」
神谷 堅人
「こ、怖い言い方……」
神谷 正治郎(苦笑しつつ)
「遥香。今日は“押しかけ”じゃない。お見舞いだ」
神谷 遥香(胸を張る)
「分かってる。潤を元気にする!」
門番が慌てて頭を下げる。
門番
「神谷様……!本日は……」
神谷 正治郎
「突然すみません。黒田さんにお伝え願えますか」
門番が走る。
黒田が早足で出てくる。目の下に疲れがある。
黒田
「神谷様……!お越し頂き、誠に……」
神谷 正治郎(静かに)
「黒田さん。無理をさせてすみません」
黒田
「いえ……こちらこそ……」
遥香、黒田の隙を突いて一歩前に出る。
神谷 遥香
「潤は!?」
黒田(驚く)
「……遥香様」
神谷 遥香
「潤、起きてる!?」
黒田
「……はい。ですが――」
神谷 遥香
「行く」
神谷 堅人(焦る)
「姉ちゃん!?」
黒田
「……坊ちゃまは、今“誰にも会いたくない”と……」
神谷 遥香(キッパリ)
「じゃあ私だけ会う」
黒田
「……ご案内いたします」
神谷 正治郎
「……お願いします」
遥香だけ先に案内される。
神谷 堅人(小声で正治郎に)
「父さん……姉ちゃん、暴走しない?」
神谷 正治郎(遠い目)
「……する」
神谷 堅人
「……だよね」
潤の部屋前
大きな扉の前。黒田が小さくノック。
黒田
「坊ちゃま。神谷家の遥香お嬢様が、お見舞いに――」
宝条 潤(部屋の中)
「……帰ってもらって」
黒田
「坊ちゃま……」
神谷 遥香(扉に向かって大声)
「帰らない!!!」
宝条 潤(中で)
「は?」
神谷 遥香
「私は帰らない!!」
宝条 潤(中で)
「……お前……」
黒田(困り顔)
「……遥香様……」
神谷 遥香
「黒田さん、開けて」
黒田
「……しかし」
神谷 遥香(低い声で)
「開けて」
黒田
「……」
黒田、負けて鍵を開ける。
潤の部屋
部屋は整っているのに、空気が冷たい。
潤は机に向かい、書類を読んでいる。
目の下に影。子供の顔じゃない。
宝条 潤(睨む)
「……なんで来た」
神谷 遥香(ズカズカ入る)
「潤がひとりだから」
宝条 潤
「ひとりじゃない。黒田もいる」
神谷 遥香
「執事でしょ」
宝条 潤
「……」
神谷 遥香
「友達は?」
宝条 潤
「……いらない」
神谷 遥香(即答)
「いる」
宝条 潤
「……」
遥香、机の上の書類を見て呆れる。
神谷 遥香
「何これ……読めるの?」
宝条 潤
「読める」
神谷 遥香
「……潤」
遥香の声が少しだけ柔らかくなる。
神谷 遥香
「潤の顔、“大人”すぎ」
宝条 潤(視線を逸らす)
「……当主だから」
神谷 遥香(怒る)
「当主当主うるさい!!」
宝条 潤
「……っ」
神谷 遥香(仁王立ち)
「今から私と遊ぶ」
宝条 潤
「……は?」
神谷 遥香
「当主でも遊ぶ!!」
宝条 潤
「……忙しい」
神谷 遥香
「忙しくない」
宝条 潤
「忙しい」
神谷 遥香
「……じゃあ」
遥香、拳を握る。
宝条 潤(即座に防御)
「やめろ!!!」
神谷 遥香
「げんこつはしない。今日は特別」
宝条 潤
「……」
神谷 遥香(近づいて、真剣な目)
「潤。泣いた?」
宝条 潤
「……泣いてない」
神谷 遥香
「嘘」
宝条 潤
「泣いてない」
神谷 遥香(強い口調)
「泣け」
宝条 潤
「……は?」
神谷 遥香
「泣けって言ってんの!!」
潤の目が揺れる。
宝条 潤
「……泣いたら……終わりだ」
神谷 遥香
「終わらない」
宝条 潤
「当主は……泣かない」
神谷 遥香(目を潤ませながら)
「当主でも、潤は潤!」
潤の手が震え始める。
宝条 潤(小声)
「……父さんも母さんもいない。弟たちもいない」
神谷 遥香
「……」
宝条 潤(必死にこらえながら)
「誰もいない……この家、でかいだけだ」
神谷 遥香
「潤……」
宝条 潤(唇を噛んで)
「でも泣いたら――宝条が終わる」
神谷 遥香(涙をこぼしながら怒鳴る)
「終わらない!!!」
遥香、潤の胸倉…ではなく、服をつかむ。
神谷 遥香
「潤が壊れたら、それこそこの家が終わる!!」
宝条 潤
「……っ」
潤の目から涙が落ちる。
宝条 潤
「……っ、う……」
耐えきれず、潤は泣き崩れる。
宝条 潤
「……こわい……こわいよ……!」
神谷 遥香(泣きながら抱きしめる)
「うん!!怖いよ!!当たり前じゃん!!」
宝条 潤
「……母さん……母さんも……いなくなった……」
神谷 遥香
「……」
宝条 潤
「……ぼく、ひとり……」
神谷 遥香(耳元で)
「ひとりじゃない……だって私がいる」
宝条 潤
「……」
神谷 遥香(強く)
「これからも傍にいる。潤が嫌って言っても、いる」
宝条 潤(泣きながら小さく)
「……迷惑」
神谷 遥香
「迷惑でいい!!」
しばらくして潤が落ち着く。
遥香が潤の涙と鼻水を袖で拭こうとする。
宝条 潤
「やめろ!!」
神谷 遥香
「いいじゃん!」
宝条 潤
「いいわけないだろ!!」
神谷 遥香(頬を膨らませる)
「じゃあ手ぬぐい貸して」
宝条 潤
「……黒田ーー!」
黒田が扉の外から即答。
黒田(外)
「こちらに」
手ぬぐいの差し入れ。
神谷 遥香
「黒田さん有能」
宝条 潤
「……聞いてたのかよ」
黒田(外)
「失礼いたしました」
潤、顔を赤くする。
遥香は窓の外を見る。
庭の木の花。
神谷 遥香(心の声)
(……潤は私が守る。絶対に守る)
遥香が笑って潤に言う。
神谷 遥香
「ねえ潤」
宝条 潤(鼻をすすりながら)
「……何?」
神谷 遥香
「私が“宝条家の剣”になる」
宝条 潤
「……中二病かよ」
神谷 遥香(げんこつ寸前の顔)
「何か言った?」
宝条 潤
「すみませんでした」
遥香、満足そうに頷く。
そこに正治郎が現れる。横には堅人。
神谷 遥香
「父さん」
神谷 正治郎
「いやあ遥香が潤君のことを殴らないか心配になってな」
正治郎は潤を見る。
神谷 正治郎
「潤君、大丈夫か?」
宝条 潤
「うん」
神谷 正治郎
「おじさんもな、茶道の家元の当主、君と同じ立場だ……」
正治郎はしゃがんで潤の目線の高さに合わせる。
神谷 正治郎
「最初に神谷家を背負うとなった時は怖かった。君のお父さんがこの家を継いだ時だって同じ気持ちだった……でもね……」
正治郎は潤の頭に手を置く。
神谷 正治郎
「“当主”とか“名家”とか、そんなのは関係ない……潤君は潤君だ。今まで通りでいいんだ」
宝条 潤
「……本当に?」
神谷 正治郎
「ああ」
潤はその言葉に気が楽になる。
遥香もその後ろで眺めている。
数日後 宝条邸
広い食卓に、料理が並んでいる。以前のように豪勢ではないが、温かい家庭の匂いがする。
潤が席に座っている。
以前のような“影”は薄まり、目に光が戻っている。
そこへ遥香がズカズカ入ってくる。
神谷 遥香
「潤ー!来た!」
宝条 潤(ため息)
「……お前、ここ自分の家だと思ってるだろ」
神谷 遥香(胸を張る)
「半分そう!」
宝条 潤
「半分って何だよ」
黒田が料理を運びながら微笑む。
黒田
「遥香様、本日もようこそお越しくださいました」
神谷 遥香
「黒田さん、今日もご飯すごいね!」
黒田
「坊ちゃまが“学校に通う”と決めて下さってから、食欲も戻られましたので」
宝条 潤(小声で)
「言うなよ……」
神谷 遥香(ニヤニヤ)
「え〜?潤、最近ちゃんと学校行ってるもんね〜」
宝条 潤
「当たり前だ。将来宝条家を守るためだ」
神谷 遥香
「出た、当主の発言」
宝条 潤
「文句あるか」
神谷 遥香
「ない!偉い!」
潤は少し照れて視線を逸らす。
学校帰り(昼)公園前
放課後
潤が一人で公園の横を通る。ランドセルを背負い、真面目な顔。
宝条 潤(心の声)
「今日の宿題は…算数と漢字と…あと…」
ふと背後から乱暴な声。
いじめっ子A
「おい、宝条〜」
宝条 潤(止まる)
「……」
いじめっ子B
「金持ちのくせに、いつも一人だよな」
いじめっ子C(上級生)
「親いないんだっけ?」
潤の肩がピクッと揺れる。
宝条 潤
「……関係ないだろ」
いじめっ子A
「生意気」
いじめっ子B
「どうせ家に帰っても誰もいねーんだろ?」
潤は拳を握るが、手を出さない。
宝条 潤
「……どけ」
いじめっ子C
「宝条家の当主様だもんな〜?俺らに命令すんの?」
いじめっ子たちはクスクス笑う。
いじめっ子Aがランドセルを掴む。
いじめっ子A
「ほら、宝条様のカバン重そ〜」
宝条 潤
「離せ」
いじめっ子B
「なんか入ってんの?金?」
ランドセルの中を探ろうとする。
宝条 潤(低い声)
「……やめろ」
いじめっ子C
「やめろって言われた〜」
バンッと突き飛ばされ、潤がよろける。
宝条 潤
「……っ」
公園の子どもたちが遠巻きに見ているが、誰も止めない。
宝条 潤(心の声)
(……ここで殴ったら宝条家の当主が…ただの子どもになる)
潤は耐える。その時――
カンッ!
竹刀が地面を叩く音が公園に響く。全員が振り向く。
そこに現れたのは、竹刀袋を背負った遥香。
神谷 遥香(低い声)
「……何してんの?」
いじめっ子A
「誰だよ」
神谷 遥香
「潤に触んな」
いじめっ子C
「は?女が偉そうに」
神谷 遥香
「偉そうじゃない」
遥香、竹刀袋を開ける。
スッ
竹刀を抜く音。
神谷 遥香(凛とした声)
「私は、潤のお姉さん」
宝条 潤
「……違うだろ」
神谷 遥香
「黙って」
宝条 潤
「はい……」
遥香が潤の前に立つ。完全に盾になる。
いじめっ子B
「おいおい、殴る気か?」
神谷 遥香(無表情)
「竹刀は殴る道具じゃない」
いじめっ子A
「じゃあ何だよ」
神谷 遥香
「守る道具」
遥香が竹刀を構え、空気が変わる。
いじめっ子C
「……やんのか?」
神谷 遥香
「やらない」
遥香、目が鋭くなる。
神谷 遥香
「でも――次に潤に触ったら」
竹刀の切っ先がピタリと止まる。
神谷 遥香
「私が怒る」
いじめっ子たちが一瞬ひるむ。
いじめっ子A
「……ちっ」
いじめっ子B
「行こうぜ」
いじめっ子C
「覚えとけよ、宝条」
3人は逃げるように去っていく。
遥香は竹刀を下ろし、潤の方へ振り返る。
神谷 遥香
「大丈夫?」
宝条 潤(小さく)
「……大丈夫」
神谷 遥香
「嘘」
宝条 潤
「……」
神谷 遥香(少し怒って)
「殴り返さないのは偉い。でも、黙って耐えるのは偉くない」
宝条 潤
「当主だから」
神谷 遥香
「当主でも、嫌なことは嫌って言っていいの!」
宝条 潤
「……」
神谷 遥香(少し声を落とす)
「……潤はもう十分頑張ってる。だから、私が守る」
宝条 潤
「……ありがとう」
神谷 遥香(顔を赤くしてそっぽ向く)
「……べ、別に」
少し離れた道路。
高級リムジンがゆっくり信号待ちをしている。
後部座席。カーテンが少しだけ開いている。
そこから外を覗く少女――宇垣綾(10)
宇垣 綾(心の声)
(……何、あれ……)
綾の目に映るのは、竹刀を持って誰かを守る少女(遥香)と、その後ろに立つ、綺麗な顔の少年(潤)。
運転手
「お嬢様、どうされました?」
宇垣 綾
「なんでもない」
綾はカーテンを閉める。
リムジンが静かに走り去る。
遥香が潤の手を掴み、歩き出す。
神谷 遥香
「ほら、帰るよ。今日うちでご飯食べな」
宝条 潤
「……なんでお前の家なんだよ」
神谷 遥香
「潤がひとりでご飯食べないように」
宝条 潤
「……」
潤は小さく笑う。
宝条邸・書斎
静まり返った宝条邸。
まだ母も弟も去った後の、“広すぎる静けさ”が残る。
潤は一人、父の書斎へ入る。
宝条 潤(心の声)
(……父さんの匂いがする)
机の上、整然と並ぶ本。
潤は何となく背表紙を眺め――一冊を抜く。
宝条 潤
「……シャーロック・ホームズ……」
父が愛読していた本。
(潤は椅子に座る。足が床に届かない。)
宝条 潤(小さく)
「……ちょっとだけ」
ページをめくる。
文字を追うたびに、潤の目の光が変わっていく。
宝条 潤(心の声)
(……なんだこれ?……面白い……え、ここでそうなるのか)
潤はページをめくり続ける。
宝条 潤(心の声)
(……父さんは、これを読んでたんだ)
ふと、潤が小さく笑う。
宝条 潤
「……なるほど」
ノートと鉛筆を持つ潤。
ぎこちない字で、タイトルを書く。
宝条 潤(声に出して読む)
「『名探偵……宝条潤』」
自分の名前を書いた瞬間、照れて消しそうになる。
宝条 潤
「……違う違う」
書き直す。
宝条 潤
「『名探偵 鳳(おおとり)ジュン』……」
潤、真剣な顔で書き進める。
宝条 潤(心の声)
(父さんがいなくても、母さんがいなくても……僕の中に、“考える力”が残るなら」
潤は鉛筆を走らせる。
宝条 潤(心の声)
(守れるかもしれない。戦えるかもしれない)
神谷邸(夕方)
遥香が中庭で竹刀を振る。
神谷 遥香
「えいっ!」
竹刀が空を切る。
正治郎が見守る。
神谷 正治郎
「遥香、姿勢が崩れた」
神谷 遥香
「……はい!」
遥香は汗を拭く。そして正治郎へ言う。
神谷 遥香
「父さん」
神谷 正治郎
「どうした」
神谷 遥香
「私……警察官になる」
正治郎が驚く。
神谷 正治郎
「……急にだな」
神谷 遥香(真剣)
「剣道を、ちゃんと“守るため”に使いたい」
神谷 正治郎
「誰かを守りたいのか」
神谷 遥香
「……うん」
遥香、少し照れて言う。
神谷 遥香
「……潤を」
正治郎は一瞬黙り、優しく笑う。
神谷 正治郎
「そうか」
あれから宝条家には幾度もの困難が襲った。
それでも充やほかの親族たち、そして神谷家をはじめとした宝条家と親交のある家の支えもあって潤は何とか宝条家を守っていった。
潤は推理小説家として小説を世に出し、その収益もあって宝条家は持ち直していく。
養子に出た弟たちもそんな潤を支えようと猛勉強し、やがて宝条グループ子会社の社長として潤を支える立場となる。
弟たちが養子に出た家は「宝条御三家」と呼ばれるようになった。
懸命に宝条家を建て直そうとする潤の姿を見て、遥香の中には潤への恋心が芽生える。
もちろん潤は勉学にも手を抜かない。
みんなの支えもあって潤は東京大学経済学部経営学科に入学し、見事首席で卒業した。
宝条家を守るために必死に学び続けた結果が、こうして実を結んだのだった。
大学を卒業し、正式に経営にかかわることとなった潤は、推理小説で得た桁違いの推理力と優れた経営手腕で宝条家と宝条グループを安定させていった。
そうしてあっという間に20年の月日が流れる……
現在 宝条邸の庭
潤(29)が立ち、あの木を見上げている。
風に揺れる花。
宝条 潤(心の声)
(……咲いた)
目を細める潤。
花を見つめながら静かに呟く。
宝条 潤
「父さん……消えてないよ」
風が吹く。
その時、後ろから声。
神谷 遥香
「潤、何してるの?」
潤は振り返らずに言う。
宝条 潤
「花を見てた」
神谷 遥香
「……また昔のこと思い出してた?」
宝条 潤
「……まあね」
遥香が隣に立つ。肩が触れそうな距離。
神谷 遥香(少し柔らかく)
「……咲いたね」
宝条 潤
「うん」
神谷 遥香
「……私はここにいるよ」
宝条 潤(微笑)
「……知ってる」
第7話 完
