天才推理小説家の事件録 第6話「豪邸に眠る狂気の遺言(テスタメント)」
第6話「豪邸に眠る狂気の遺言(テスタメント)」
宝条邸/リビング
重厚な宝条家の屋敷。
広いリビングのソファに、日向雄利・椿風真・三谷新太の3人がすでにくつろいでいる。
テーブルには高級茶菓子。
まるで自分の家のような空気。
日向 雄利
「……やっぱ実家は落ち着くよなぁ」
椿 風真
「無駄に広いし、空気が静かだ」
三谷 新太
「千葉の家も悪くないけどさ、ここは別格だよね」
そこへ潤が入ってくる。
3人の姿を見て、露骨に嫌な顔。
宝条 潤
「……お前ら、連絡もなしに何やってるんだ」
日向 雄利
「帰省?」
宝条 潤
「疑問形にするな」
三谷 新太(少し拗ねたように)
「それにしてもさ~父さんが亡くなったあと、俺たちを養子に出すなんてさ……母さん、さすがに薄情じゃない?」
宝条 潤
「……それは違う」
潤、珍しく少し声を強める。
宝条 潤
「お前たちを守るためだって、分かってるだろ?宝条家に残れば、全部背負わされる。だから、あえて外に出したんだ」
一瞬、弟たちが黙る。
日向 雄利
「……まあ、分かってるけどさ」
椿 風真
「理屈では理解してるよ」
三谷 新太
「でも、ちょっと寂しいじゃん?」
宝条 潤(腕を組んで)
「それで、だ。この前の関東全域の警察官襲撃事件、なんで誰も協力しなかった?俺、イギリスから帰ったばかりだったんだぞ?普通に死ぬかと思った」
日向 雄利
「いやぁ……海外案件が山ほどで」
宝条 潤
「即答か」
椿 風真
「麻薬も毒物も絡んでないし」
宝条 潤
「お前、そこだけ基準なのか」
三谷 新太
「俺はコンサート」
宝条 潤
「軽っ」
三谷 新太(ニヤッと)
「それにさ、兄貴の小説結構売れたんでしょ?いいじゃん」
日向 雄利
「印税も入ったんだろ?」
椿 風真
「結果オーライですね」
宝条 潤
「お前らな……」
そのとき、玄関のほうから足音。
神谷 遥香(声)
「お邪魔します」
遥香がリビングに入る。
弟たちの姿を見て、ぱっと表情が明るくなる。
神谷 遥香
「あら……!雄利くん、風真くん、新太くん!久しぶり!」
日向 雄利
「ご無沙汰してます、遥香さん」
椿 風真
「お久しぶりです」
(無邪気に)
「おばさん、久しぶり」
一瞬、空気が凍る。
神谷 遥香
「……」
遥香、満面の笑み。
神谷 遥香
「新太くん?」
三谷 新太
「はい?」
次の瞬間。
バシッ!!
遥香の手刀が、新太の頭に綺麗に落ちる。
三谷 新太
「いっっっ!?」
神谷 遥香(にこやかに)
「誰がおばさんですって?」
日向 雄利
「出た……」
椿 風真
「相変わらずだ……」
宝条 潤
「……俺、今のは助けなかったからな」
三谷 新太
「理不尽じゃない!?」
神谷 遥香
「安心して。今日はこのくらいにしておくわ」
遥香のお仕置きを受け、頭を押さえている新太。
雄利と風真は苦笑。
潤はその様子を見て、静かにため息をつく。
宝条 潤(心の声)
(……本当に自由すぎるこの家は。この前は従妹に金をせびられたしな……)
数日前
潤が廊下を歩いていると、前から宝条七海が軽い足取りで近づいてくる。
宝条 七海
「兄貴〜」
宝条 潤
「……嫌な予感しかしない」
宝条 七海
「ねえ、ちょっとお金ちょうだい」
宝条 潤
「嫌だ」
宝条 七海
「即答!?ケチだなぁ〜親父がケチだから、兄貴までケチなんだ」
宝条 潤
「……七海」
その瞬間。
七海の背後に、宝条充が――鬼の形相で立っている。
宝条 充
「七海」
宝条 七海
「……あ」
七海、完全に固まる。
宝条 充
「……人の金の使い方を、どうこう言うな」
充は七海の服を掴む。
宝条 七海
「ち、違うの!」
宝条 充
「帰るぞ」
七海は引きずられるように連れて行かれる。
宝条 七海
「兄貴ー!助けてー!」
宝条 潤
「……」
【回想終了】宝条邸/現在
宝条 潤(心の声)
(あの時は、叔父さんがいてくれて本当に助かった……)
潤が一人、深くうなずいていると――
日向 雄利
「なあ兄貴」
宝条 潤
「……なんだ」
日向 雄利
「またキャバクラ連れてってよ」
宝条 潤
「は?」
三谷 新太
「俺、東京の店よく分かんないんだよね」
椿 風真
「前に連れて行ってもらった店、悪くなかった」
宝条 潤(慌てて)
「いや、それは――」
時すでに遅し。
神谷 遥香
「……潤?」
遥香、ゆっくり振り向く。
声は静か、表情は穏やか。
神谷 遥香
「“また”って、どういう意味かしら」
宝条 潤
「いや、その……」
日向 雄利
「この前も行ったよな」
三谷 新太
「兄貴、常連っぽかったよ」
宝条 潤
「余計なこと言うな!!」
神谷 遥香(にっこり)
「……へぇこの前“も”?」
宝条 潤
「誤解だ!」
遥香、ゆっくり潤に近づく。
神谷 遥香
「じゃあ、説明して」
宝条 潤
「……」
神谷 遥香
「どうしてキャバクラに行くのかしら?」
宝条 潤
「それは……お偉いさん方との接待もあるし、視察もかねて……」
次の瞬間。
ギリッ
遥香が潤の頬を掴む。
宝条 潤
「痛っ!? ちょ、遥香!?」
(笑顔)
「大丈夫よ。今回は“優しく”するから」
数分後、遥香のお仕置きが終わった空気。
潤はソファに座り、頬をさすりながらジト目。
雄利・風真・新太は知らん顔でお茶を飲んでいる。
宝条 潤(心の声)
(ったく……何が優しくするだよ……思い切り引っ張りやがって……)
遥香は深呼吸を一つして、表情を切り替える。
神谷 遥香
「……さて、潤」
遥香の声が仕事モードに変わる。
神谷 遥香
「また厄介な事件を抱えることになったわ」
宝条 潤
「……え?」
潤が頬をさすりながら体を起こす。
宝条 潤
「どんな事件だ」
神谷 遥香
「先日、とある資産家が殺害された」
宝条 潤
「資産家……?」
神谷 遥香
「現場は豪邸。密室に近い状況での死亡。政財界にも影響が出る」
宝条 潤
「……なるほど」
神谷 遥香
「殺害されたのは――白石轟介(しらいし ごうすけ)さん」
宝条 潤
「……!」
潤の表情が変わる。
お仕置きの痛みが一瞬で消えたように、真剣になる。
宝条 潤
「白石……轟介……あの白石さんか」
神谷 遥香
「知っているの?」
宝条 潤
「……前に何度か会ってる。一緒に食事もしたことがある」
雄利が小さく反応する。
日向 雄利
「兄貴の交友関係、相変わらず怖いな」
椿 風真
「資産家と会食が日常……」
三谷 新太
「さっすが北条グループの現総帥……」
宝条 潤
「うるさい」
神谷 遥香
「……ともかくこの事件は捜査一課だけでは簡単に動けない」
宝条 潤
「政財界が絡むからか」
神谷 遥香
「そう。それに、被害者は近年、周囲と揉めていた」
宝条 潤
「揉めていた?」
神谷 遥香
「遺産、寄付、企業買収」
宝条 潤
「……なるほどな」
神谷 遥香
「そして、容疑者は五人」
遥香は資料を取り出し、机に置く。
潤の目が鋭くなる。
神谷 遥香
「まず――妻、白石沙織さん(53)。遺産の行方に注目が集まっている。本人はこう言ったわ。『夫は最近、私を疑っていた』」
宝条 潤
「……夫婦間に不信があった、か」
神谷 遥香
「次に――長男、白石丈志さん(28)。父と不仲。会社を継げず、金銭的に困っている。そして発言が強い。『親父は俺を捨てた』」
三谷 新太
「うわ、重っ」
日向 雄利
「揉め方がガチだな」
神谷 遥香
「三人目――長女、白石美玲さん(22)。父親の寵愛を受けて育ったが、財産より自由を求めていた。父親が婚約話を進めていた疑惑がある」
宝条 潤
「……自由を求める娘か。逆に動機になり得るな」
神谷 遥香
「四人目――秘書兼執事、倉本晃さん(50)。被害者の右腕。遺言書関連の事務を担当。ただし、忠誠心が強すぎて、『主を守る』という意識が異常に強い人物」
宝条 潤
「忠誠心が強すぎる執事……時々、一番危ない」
神谷 遥香
「五人目――主治医、関口真琴さん(33)。被害者の健康管理担当で、投薬にも触れられる立場。医師として不自然なほど冷静。現場でも感情の揺れがない」
宝条 潤
「……主治医が容疑者に入るのは、大抵嫌な予感しかしない」
遥香は潤を真っすぐ見て言う。
神谷 遥香
「潤、あなたの力が必要よ」
宝条 潤
「……分かった」
遥香が机に置いた事件資料一式。
潤はソファに座り直し、顔つきが完全に“推理作家モード”に切り替わる。
頬の赤みを片手で押さえつつ、淡々とページをめくる。
弟たちも自然と黙り、空気が締まる。
宝条 潤
「……死亡推定時刻は?」
神谷 遥香
「午後9時〜10時の間」
宝条 潤
「発見は?」
神谷 遥香
「翌朝7時。執事の倉本が発見して通報」
宝条 潤
「なるほど」
潤、資料の写真を指でなぞる。
宝条 潤
「現場は“展示室”だったな」
神谷 遥香
「ええ。白石邸の中でも特に厳重な部屋よ」
宝条 潤
「展示室の鍵は誰が管理してる?」
神谷 遥香
「基本は執事の倉本よ。ただし、被害者本人も合鍵を持っていた」
宝条 潤
「……セキュリティログは?」
神谷 遥香
「カードキーの履歴は残ってる。事件当夜、展示室に入室した記録は、被害者のみ」
宝条 潤
「……ほう。ちなみに死因は?」
神谷 遥香
「一応、急性心不全とされている。ただし司法解剖待ち」
宝条 潤
「“一応”ってことは不審な点があるな?」
神谷 遥香
「ええ。現場の状況が妙なの」
宝条 潤
「具体的には?」
神谷 遥香
「被害者は椅子に座ったまま死んでいた。そして――右手に封筒を持っていた」
宝条 潤
「遺言書か」
神谷 遥香
「だと思うけど」
宝条 潤
「封筒は開封されているのか?」
神谷 遥香
「されていないわ」
宝条 潤
「……本人が持ったまま死んだのか。それとも、誰かが持たせたのか」
三谷 新太
「こわ……」
宝条 潤(資料をめくりながら)
「展示室内で争った痕跡は?」
神谷 遥香
「ないわ。家具の乱れも、破損もない」
宝条 潤
「血痕も?」
神谷 遥香
「外傷はなし」
宝条 潤
「凶器は見つかってない、か」
風真が腕を組んでぼそり。
椿 風真
「……それ毒ですね」
宝条 潤
「まだ断言するな。薬剤記録の資料はあるか?」
神谷 遥香
「主治医の関口から提出された投薬リストはある。ただ正直、医学的には私たちじゃ判断が難しい」
椿 風真
「見せてください。僕なら見れば分かります」
神谷 遥香
「頼もしいわね」
宝条 潤
「次」
潤、現場写真の一点に指を止める。
宝条 潤
「……展示室の絵」
神谷 遥香
「え?」
宝条 潤
「このケース。鍵が……二重?」
神谷 遥香
「そうよ。展示室は部屋自体が施錠。さらにガラスケースも施錠されている」
宝条 潤
「じゃあ、盗難の可能性は低いな」
神谷 遥香
「だけど一点だけ“入れ替わってる可能性”が出ている」
宝条 潤
「入れ替わり?」
神谷 遥香
「鑑定士が言うには、額縁の細部が違う」
三谷 新太
「……入れ替えって、贋作?」
神谷 遥香
「可能性はある」
宝条 潤
「……なるほどね。その鑑定士は“いつ”それに気づいた?」
神谷 遥香
「今日の午前中」
宝条 潤
「つまり少なくとも事件当夜、誰も気づいてない」
神谷 遥香
「ええ」
宝条 潤
「犯人が密室を“盗難事件”に見せる意図があった……可能性が上がったな」
日向 雄利
「兄貴、もう分かったの?」
宝条 潤
「まだだ。分かってきたのは、この事件は“表面を整えすぎている”ということだけ」
椿 風真
「……整えすぎ?」
宝条 潤
「偶然死んだならここまで見栄えは良くならない」
神谷 遥香
「つまり……」
宝条 潤
「誰かが“死に方”を設計した」
空気が一段冷える。
弟たちの顔つきも変わる。
宝条 潤
「各容疑者の当夜の動きは?」
神谷 遥香
「妻・沙織さんは寝室。22時以降は外に出ていない。長男・丈志さんは客間。ゲームをしていたと主張。娘・美玲さんは自室。泣いていたと証言」
宝条 潤
「証言者は?」
神谷 遥香
「……執事の倉本さん。屋敷内の動線を把握している」
宝条 潤
「倉本さんは?」
神谷 遥香
「夜の見回りをしていたわ。異常なし、と」
宝条 潤
「主治医・関口さんは?」
神谷 遥香
「当夜は21時頃まで邸宅にいた。白石さんの検診で」
宝条 潤
「……ちょうど死亡推定時刻だな」
神谷 遥香
「ええ」
宝条 潤
「……よし。気になる点が最後にもう一つ」
神谷 遥香
「何?」
宝条 潤(資料から目を上げる)
「なぜ――被害者は“展示室”で遺言書を読もうとしていた?」
神谷 遥香
「……!」
遥香が答えに詰まる。
その疑問は今まで誰も口にしていなかった。
宝条 潤
「普通、遺言書を置く場所は寝室か書斎だ。展示室は“見せる場所”であって、人が孤独に向き合う場所じゃない……なのに、展示室。ここが、この事件の中心だ」
神谷 遥香
「潤……」
宝条 潤
「現場に行こう」
潤が立ち上がる。
弟たちも立ち上がり、自然に同行する空気になる。
日向 雄利
「よし、久々に兄貴の推理、現場で見せてもらうか」
椿 風真
「薬が絡んでるとならば、出番だ」
三谷 新太
「絵の入れ替え……気になるなぁ」
神谷 遥香(小さく笑って)
「頼もしい味方が増えたわね」
宝条 潤(心の声)
(……増えたのは、味方だけとは限らない気もするが)
遥香の車内
夜の都内。
遥香の運転する黒塗りのセダン。
助手席に潤が座る。
宝条 潤
「白石氏が、展示室で遺言書を持っていた……どう考えても不自然だ」
神谷 遥香
「私もそう思う」
宝条 潤
「彼は“見せる”ことに価値を置く人間だった」
神谷 遥香
「美術品も、不動産も?」
宝条 潤
「全部だ。だから、遺言書を展示室で読む理由がない」
赤信号で車が止まる。
神谷 遥香
「……あなた、もう結論に近づいてる?」
宝条 潤
「まだ霧の中だ。でも、霧の形は見えてきた」
神谷 遥香
「頼りにしてるわ」
宝条 潤
「それ、事件のことだよな?」
神谷 遥香
「……当然」
信号が青になる。
車が再び走り出す。
黒田の車内(別車)
宝条家の高級セダン。
運転席に黒田、後部座席に
雄利・風真・新太が並んで座っている。
日向 雄利
「……黒田、相変わらず運転うまいね」
黒田
「お褒めにあずかり光栄でございます」
三谷 新太
「でもさ、兄貴、相変わらず大変そうだよね」
椿 風真
「遥香さんに連れて行かれる形だからな」
日向 雄利
「完全に連行だよな」
黒田
「坊ちゃまは自ら厄介ごとに近づいていかれるお方です」
三谷 新太
「それ、褒めてる?」
黒田
「事実でございます」
椿 風真
「……今回の事件、毒の線が濃そうだ」
日向 雄利
「出た、専門分野」
椿 風真
「主治医が容疑者に入る時点で普通じゃない」
三谷 新太
「俺はさ、絵が気になる」
日向 雄利
「音楽家が絵?」
三谷 新太
「額縁とか空間の“違和感”って、音と似てるんだよ」
黒田
「……皆様、坊ちゃまに似てこられましたな」
日向 雄利
「それ、褒めてないよね?」
再び遥香の車内
白石邸の近くに差し掛かる。
高い塀と重厚な門が見え始める。
宝条 潤
「……やっぱり豪邸だな」
神谷 遥香
「ええ。だからこそ、油断できない」
宝条 潤
「この手の家は“人間関係”が一番怖い」
神谷 遥香
「家族、執事、医師……全員、嘘をつく理由を持っている」
宝条 潤
「だからこそ嘘をつく必要がなかった部分を見る」
神谷 遥香
「……期待してるわ」
宝条 潤(小さく)
「ほどほどにな」
車が白石邸の門の前で止まる。
ほぼ同時に、黒田の車も後ろに到着。
弟たちが降りてくる。
日向 雄利
「到着か」
椿 風真
「さて……仕事ですね」
三谷 新太
「兄貴、置いてかないでよ?」
宝条 潤
「置いていく気はない。でも勝手に現場をうろちょろするなよ?」
神谷 遥香
「……行くわよ」
一同、重厚な門をくぐり、
白石轟介が最期を迎えた屋敷へ足を踏み入れる。
宝条 潤(心の声)
(この家に、答えはもう用意されている)
白石邸/正面玄関前
高い塀に囲まれた広大な敷地。
正面玄関は屋敷というより洋館で、重厚な扉と大理石の柱が威圧感を放つ。
玄関前には既に数名が待っている。
白石沙織(妻)
白石丈志(長男)
白石美玲(娘)
倉本晃(秘書兼執事)
関口真琴(主治医)
そして捜査の立ち会いとして警察関係者もいる
そこへ車が止まり、潤たちが降りる。
潤が一歩前に出る。
その瞬間、場の空気が変わる。
白石 沙織(小声)
「……まさか」
白石 丈志
「え……?」
白石 美玲
「あの人……」
倉本 晃(驚きながらも即座に姿勢を正す)
「……宝条、潤様……」
関口 真琴(静かに目を細める)
「宝条……」
警察側の捜査員たちがざわつく。
捜査員A(小声)
「おい……本人か?」
捜査員B
「宝条潤……天才推理作家の……」
捜査員C
「本物だ……」
遥香が一歩進み、落ち着いた声で告げる。
神谷 遥香
「皆さん、本件の捜査協力として、宝条潤先生に来ていただきました」
完全に場が固まる。
“有名人”が今ここにいる。
宝条 潤(丁寧に一礼)
「……宝条潤で。この度はお悔やみ申し上げます。捜査に協力するよう依頼を受け、参りました」
その声は静かだが、場を制圧する力がある。
白石 沙織(息を呑み)
「……宝条、潤……」
白石 丈志
「なんでここに……」
白石 美玲(目を逸らしながら)
「……テレビで見た人……」
倉本は深く頭を下げる。忠誠心のような硬さを感じさせる。
倉本 晃
「……お忙しい中、わざわざ。ご主人様も……きっとお喜びになったことでしょう」
宝条 潤
「……ありがとうございます」
潤は一拍置き、横に視線を向ける。
後ろで弟たちが並ぶ。
宝条 潤
「それと――本日は個人的な事情もあり、弟たちも同行しています」
周囲が再びざわつく。
捜査員A(小声)
「弟……?」
捜査員B
「あの宝条御三家として名高い……」
日向 雄利(にこやかに一礼)
「日向雄利です。日向家当主で、日向商事の社長です。突然お邪魔して申し訳ありません。兄の手助けになればと思いまして」
椿 風真(淡々と一礼)
「椿風真です。椿家当主、椿製薬の社長です。必要なら、薬物や投薬関連の確認をします」
三谷 新太(爽やかに一礼)
「三谷新太です!三谷家当主で三谷コーポレーション社長です!兄貴の手伝い、頑張ります」
しかし新太は緊張を隠しきれず、少し笑顔が硬い。
日向 雄利(小声で新太に)
「おい、ちゃんと社長っぽく言え」
三谷 新太(小声)
「無理だよ!こういうとこ無駄に緊張する!」
沙織が驚きのあまり目を見開く。
白石 沙織
「日向……椿……三谷……」
白石 丈志(小声)
「うそだろ……あの宝条御三家がここで勢ぞろいするのかよ……」
遥香が軽く咳払いをし、場を引き締める。
神谷 遥香
「では、現場検証を始めます。皆さま、順にお話を伺いますのでご協力ください」
倉本 晃
「……承知いたしました」
倉本が案内するように玄関を開ける。
屋敷の中は静かで、空気が冷たい。
宝条 潤(心の声)
(この家には……まだ“死”が残っている)
倉本の案内で、潤・遥香・雄利・風真・新太は展示室へ向かう。
廊下は静かで、空気が重い。
扉の前に到着し、倉本が鍵を開ける。
倉本 晃
「……こちらが、展示室でございます」
神谷 遥香
「開けてください」
重い扉が開く。
照明は落とされ、ガラスケースが淡く光を反射している。
中央の椅子に、白石轟介が座ったまま横たわっている。
白石 沙織(小声)
「……」
白石 美玲(震え)
「……嫌……」
潤が一歩、展示室へ足を踏み入れた瞬間――潤の表情がわずかに変わる。
宝条 潤(小声)
「……?」
神谷 遥香
「どうしたの」
宝条 潤
「いや……」
潤は目を細めて室内を見回す。
何かが“ズレている”。
しかし言葉にはできない。
宝条 潤(心の声)
(……空気が、変だ)
遥香が仕事モードで容疑者たちへ目線を走らせる。
潤も淡々と資料を手にする。
宝条 潤
「皆さん、改めて伺います。白石轟介さんが、この展示室に入ったのを見た人は?」
白石 丈志
「……見てません」
白石 沙織
「私は寝室にいました」
白石 美玲
「私は……部屋から出ていません……」
宝条 潤
「この部屋の鍵は誰が管理していましたか」
倉本 晃
「私でございます。ただし旦那様も合鍵をお持ちでした」
宝条 潤
「事件当夜、この部屋に入ったのは?」
倉本 晃
「記録上は……旦那様だけでございます」
宝条 潤
「……分かりました」
潤は展示室の奥――ガラスケース内の美術品を見つめる。
眉間に小さな皺。
それを雄利が見逃さない。
日向 雄利(小声)
「……兄貴、気づいた?」
宝条 潤
「……なんとなくだ」
日向 雄利
「“なんとなく”って時、だいたい当たるんだよな」
雄利はスタスタとガラスケースへ歩み寄る。
日向 雄利
「失礼します」
倉本 晃
「……は、はい」
日向 雄利(ケースを凝視)
「……これ、いつ入れ替えました?」
白石 沙織
「え……?」
倉本 晃
「入れ替え……?」
日向 雄利
「この絵、額縁がほんのわずかに違いますね」
白石 丈志
「ほんのわずかですよね?」
日向 雄利(平然と)
「美術品投資で食ってきた家の人間にとって“ほんのわずか”は致命傷なんですよ」
宝条 潤(静かに)
「……やはり偽物か」
日向 雄利(小さくうなずく)
「うん。少なくとも“今見えてるもの”は、怪しい」
神谷 遥香
「倉本さん、この作品の鑑定書は?」
倉本 晃(焦り気味)
「……すぐに用意いたします」
宝条 潤
「美術品を動かせるのは誰ですか?」
倉本 晃
「……原則、私以外には……」
展示室の空気が一段重くなる。
風真は静かに遺体へ近づく。
椿 風真
「失礼します」
風真は遺体の近くで深く息を吸うように匂いを確認する。
そして主治医・関口に目を向ける。
椿 風真
「関口先生」
関口 真琴
「……はい」
椿 風真
「被害者は普段、どんな薬を服用していましたか」
関口 真琴(淡々と)
「軽い降圧薬と、睡眠導入剤、ビタミンサプリも併用していました」
椿 風真
「……なるほど」
風真が顔を上げる。確信に近い目。
椿 風真
「薬の匂いがします。それに――特注の健康茶の匂いもした」
日向 雄利
「健康茶……?」
椿 風真
「うん。多分、薬と同時摂取」
宝条 潤
「……やはり」
椿 風真
「相互作用で、心停止が起きた可能性がある」
宝条 潤(小さく息を吐く)
「推理通りだ」
弟たちが“事件の骨格”に触れ始める。
遥香が潤を見る。
神谷 遥香
「毒殺……?」
宝条 潤
「可能性が高い。ただしそれだけじゃない」
部屋の隅に置かれたグランドピアノ。
美術品として展示されているようにも見える。
新太がそこに気づき、恐る恐る言う。
三谷 新太
「……あの、失礼します」
神谷 遥香
「新太くん?」
新太はピアノの前に座り、そっと鍵盤に指を落とす。
♪(小さな音)
ポロン……
三谷 新太(真剣)
「……」
さらに数音、確かめるように弾く。
表情が変わる。
三谷 新太
「……このピアノ」
倉本 晃
「はい?」
三谷 新太
「どれくらい使ってます?調律はしてますか?」
倉本 晃
「……展示品として置いてありますが、定期的に調律は……」
三谷 新太
「……調律してるなら、おかしい」
神谷 遥香
「何が?」
三谷 新太
「一部の音が、若干おかしい」
日向 雄利
「音が…?」
三谷 新太
「うん。ピアノって、音が狂うにしても狂い方がある。これは……“意図的に狂わせた”音だよ」
その言葉に、全員の視線がピアノに集まる。
潤がゆっくりと近づく。
宝条 潤
「……意図的に、狂わせた」
潤がピアノの内部を見ようとする。
遥香が理解する。
神谷 遥香
「……隠し場所?」
宝条 潤(静かに)
「あるいは、合図。それか……密室の“鍵”だ」
潤の目が冷たく光る。
展示室の謎が、形になり始める。
宝条 潤(心の声)
(毒、美術品の偽装、そしてピアノ――この事件は……“舞台装置”が多すぎる)
新太の指摘により、展示室の空気が変わる。
潤は静かにピアノへ近づき、屈んで内部を覗き込む。
三谷 新太
「兄貴……そこ、低音の弦の近く、反響が変だった」
宝条 潤
「……なるほど」
潤がピアノの上蓋と鍵盤蓋を操作し、内部へ手を入れる。
遥香が周囲に声をかける。
神谷 遥香
「みなさん、下がってください。証拠物件の可能性があります」
潤の指先が、何かに触れる。
金属ではない。紙でもない。
湿った“何か”。
宝条 潤
「……あった」
潤は懐からハンカチを取り出し、丁寧に手に巻く。
そして慎重に内部から取り出す――
宝条 潤
「……これは」
潤が取り出したのは、
小さな黒い袋(布袋)に入った小瓶。
ラベルは剥がされているが、
中には透明な液体が残っている。
神谷 遥香
「……薬品?」
椿 風真
「……これ、危ないやつです」
三谷 新太
「やっぱり……ピアノに何か仕込んでたんだ」
潤が小瓶を机に置き、容疑者たちへ視線を向ける。
その瞬間――執事の倉本の顔色が変わる。
倉本 晃(震え)
「……っ……」
倉本の喉がごくりと鳴る。手が僅かに震える。
“完璧な執事”の仮面が、微細に崩れる。
宝条 潤
「倉本晃さん」
倉本 晃
「……は、はい……」
宝条 潤
「あなた、今……驚きましたね」
倉本 晃
「……驚いてなど……」
宝条 潤
「嘘だ」
潤の声は低く、冷たい。
展示室の温度がさらに下がる。
宝条 潤
「驚く必要があるのは、この瓶の存在を“知っている人間”だけだ」
倉本 晃
「……っ……!」
神谷 遥香
「倉本さん、あなたがこれをピアノに隠したんですか?」
倉本 晃
「ち、違います……私は……」
宝条 潤
「では逆にお聞きします。あなた以外に――この展示室のピアノを開けて内部に物を隠せる人間は、誰ですか?」
倉本の言葉が詰まる。
目が泳ぐ。
倉本 晃
「……」
宝条 潤
「必要なのは鍵と、展示室の管理者とそして“音が狂っても気づかれないようにできる”人物です!それができるのは執事である……」
潤が資料を閉じ、倉本を正面から見据える。
宝条 潤
「あなたしかいない」
倉本 晃
「……ッ……」
風真が小瓶を見て言い切る。
椿 風真
「この手の液体は、健康茶に混ぜやすい。しかも遅効性なら、死因も“心不全”に見える」
宝条 潤
「そう。白石さんはあなたが用意した“特注の健康茶”を飲み、主治医の出した薬も飲んだ――同時摂取」
関口 真琴
「……」
主治医の関口が一瞬だけ眉を動かす。
しかし沈黙。
宝条 潤
「そして白石さんは、あなたの望む形で展示室で死んだ」
倉本 晃
「……違う……私は……」
宝条 潤
「決定的な証拠をお見せします」
潤が小瓶を持ち上げ、ハンカチ越しに底面を見せる。
そこには薄く刻まれた文字。
宝条 潤
「椿製薬の容器規格と同じです。風真」
椿 風真
「この番号、医療用薬品の管理番号です」
宝条 潤
「つまり、あなたは“正規ルートで薬品を確保”した」
倉本 晃(崩れる)
「……っ……!」
倉本は一歩後退し、足元がもつれ――
そのまま膝から崩れ落ちる。
倉本 晃
「……あぁ……」
白石 沙織
「倉本……?」
白石 美玲
「うそ……」
白石 丈志
「……お前が……?」
倉本は肩を震わせながら、笑っているようにも泣いているようにも見える。
倉本 晃
「……私が……やりました……」
宝条 潤
「なぜこんなことを?」
倉本は涙目で、しかし狂気の光を帯びた目を上げる。
倉本 晃
「……旦那様を守りたかったのです!旦那様は……最近、おかしくなっていた!家族を……財産を……自ら壊そうとしていた!寄付などと……余計な善意などと……!私は……主を守らねばならなかった!」
宝条 潤
「守る?殺して?」
倉本 晃(歪んだ笑み)
「……死は、敗北ではありません。“汚れる前に終わらせる”。それが……忠誠です」
倉本は懐から封筒を取り出す。
潤が先ほど遺体が持っていた封筒と同型。
倉本 晃
「……これが旦那様の遺言書です」
白石 沙織
「……遺言……?」
倉本 晃
「私が書かせたのではない。旦那様が、迷いに迷って書いた。だがこんなものは、旦那様の“品格”を壊す!だから私は、旦那様が最期に触れる瞬間に終わらせた……!」
遥香が静かに近づく。
手には手錠。
神谷 遥香
「倉本晃さん」
倉本は顔を上げる。
遥香の目は氷のように冷たい。
神谷 遥香
「あなたを殺人の容疑で逮捕します」
倉本 晃
「……はい……」
遥香が倉本の背後に回り、手錠をかける。
カチャン――
金属音が展示室に響く。
神谷 遥香
「……連行して」
捜査員たちが動く。
倉本は抵抗しない。
ただ、最後に遺体へ視線を向けて、呟く。
倉本 晃
「……ご主人様。これで……守れました……」
倉本は連れていかれる。
展示室に残ったのは、重い沈黙。
宝条 潤(心の声)
(守るための殺意ほど醜いものはない)
倉本が連行され、展示室には重い沈黙だけが残る。
白石轟介の遺体。
涙を堪える妻・沙織。
顔面蒼白の娘・美玲。
唇を噛みしめる長男・丈志。
床には、倉本が最後に握りしめていた遺言書の封筒が落ちている。
潤は静かにそれを拾い上げる。
宝条 潤
「……遺言書」
潤は封筒を手に取り、家族へ目を向ける。
宝条 潤
「開けてもいいですか?」
白石 沙織
「……丈志、答えてあげて」
白石 丈志
「……どうぞ」
白石 美玲
「……っ」
潤はゆっくりと封筒を開け、便箋を取り出す。
文字を見た瞬間――潤の顔色がわずかに変わる。
宝条 潤(心の声)
(……これは……)
神谷 遥香
「潤……?」
潤は一度だけ深く息を吸い、かすかに震える指で便箋を広げる。
宝条 潤(読み上げ)
「――『私は妻・沙織を信用しない』」
沙織の肩がびくりと跳ねる。
宝条 潤(読み上げ)
「『長男・丈志には一切の財産を渡さない』」
白石 丈志
「……は?」
宝条 潤(読み上げ)
「『娘・美玲は、私の指定する婚姻先に従うこと』」
白石 美玲
「……っ……」
宝条 潤(読み上げ)
「『私の資産の大半は、政府へ寄付する』」
潤の声が少しずつ重くなる。
便箋の先を追うほど、確信が恐怖へ変わっていく。
宝条 潤(読み上げ)
「『白石家は、私の死後“名を残す器”としてのみ存続せよ』」
潤の声が止まる。
そして恐る恐る最後の行を読む。
宝条 潤(読み上げ)
「『家族は私の所有物である。従えぬ者は不要』」
展示室に沈黙が落ちる。
重すぎる沈黙。
白石 沙織
「……」
白石 丈志
「…………ふざけんなよ」
白石 美玲
「……いや……」
丈志の顔が怒りで歪む。
白石 丈志
「親父……っ!!最後の最後まで……俺たちを……!」
美玲は口元を抑え、涙があふれ、嗚咽が漏れる。
白石 美玲
「……お父さん……ひどい……」
白石 沙織(震える声)
「……あの人が……こんなことを書いたの……?」
潤は便箋を見つめたまま、口を開く。
宝条 潤
「……これが本当に“正気の遺言”なら……この家は死んだ後に、もう一度壊れます」
次の瞬間。
ビリッ――
潤は遺言書を破り捨てる。
誰も止められない速さで。
神谷 遥香
「潤……!」
白石 丈志
「……っ!?」
白石 沙織
「な……!」
白石 美玲
「……!」
破り捨てられた紙が、床に散る。
潤は低い声で言い切る。
宝条 潤
「こんな遺言書は気にする必要はありません」
白石 丈志
「……え?」
宝条 潤
「父親として、一家の主として、人間として……狂っています。それに気づきながら主を守ろうとした倉本さんも」
潤が丈志の方を見る。
宝条 潤
「丈志さん」
白石 丈志
「……はい」
宝条 潤
「あなたが白石家を継いでください」
白石 丈志
「俺が……ですか?」
宝条 潤
「今日からはあなたが当主です。逃げても、怒ってもいい。でも“白石家を守る”のはあなたの役目です」
丈志の拳が震える。怒り、悲しみ、虚しさが混ざっている。
宝条 潤
「そして美玲さん」
白石 美玲(涙目)
「……はい」
宝条 潤
「君はまだ学生だ。普通に学生生活を送ればいい」
白石 美玲
「……でも、婚約……」
宝条 潤
「そんなものは、誰にも決める権利はない。自由に生きていいんだ」
美玲の涙が止まらない。
だがその涙は、絶望ではなく救いに変わっていく。
白石 美玲
「……っ……うぅ……」
宝条 潤
「宝条家も……父が亡くなって一度壊れかけました」
潤は床に落ちた紙片を見つめながら、ぽつりと話し始める。
宝条 潤
「……僕は九歳で、父を亡くしました」
弟たちが表情を変える。
遥香も息を呑む。
宝条 潤
「宝条家を継いだ。普通ならのびのびと遊んでいい年ごろで意味も分からず当主になった。母は我が子を守るために、そこにいる弟たちを養子に出しました」
日向 雄利
「……」
椿 風真
「……」
三谷 新太
「……」
宝条 潤
「母は……無理をしました。幼い俺を支えるために、笑って、強がって……でも……」
潤の視線が落ちる。
喉が詰まったように、言葉が遅くなる。
宝条 潤
「それが祟って母も……亡くなりました」
遥香の目が揺れる。
切なげな表情で、ただ潤の背中を見る。
宝条 潤
「結果僕たち兄弟は、幼いまま大きな負担を背負ったんです」
潤の背中が、ほんの少しだけ小さく見える。
宝条 潤(うつむき、かすれた声)
「だから……こんな運命をたどるのは宝条家だけで十分だ」
その言葉が、展示室の空気を切り裂く。
白石 沙織(涙ぐむ)
「……宝条さん……」
白石 丈志
「……」
白石 美玲
「……っ……」
潤はゆっくりと踵を返す。
そして何も言わず、展示室を出ようとする。
神谷 遥香
「潤……」
遥香は追いかけたいが、足が止まる。
その場にはまだ、被害者家族がいる。
“管理官”としての自分が、感情を許さない。
宝条 潤(背中越し)
「……行こう」
日向 雄利
「兄貴……」
椿 風真
「……」
三谷 新太
「……」
弟たちも無言で潤の後を追う。
遥香は最後に一度だけ、切なげな目で潤を見つめ――
神谷 遥香(小さく)
「……バカ」
そして管理官として顔を戻し、白石一家へ向き直る。
神谷 遥香
「……引き続き、必要な手続きを行います」
宝条家の屋敷/玄関前(夜)
事件から数日後。
宝条家の屋敷。
玄関前で、弟たちが帰り支度をしている。
あれほど騒がしかった空気は落ち着き、ほんの少し寂しさも漂う。
日向 雄利
「じゃ、俺は横浜戻るわ」
椿 風真
「浦和に戻るよ。仕事が溜まってるから」
三谷 新太
「俺も千葉!ライブの準備あるし」
宝条 潤
「……しばらくは来るな」
三谷 新太
「ひどっ!」
日向 雄利
「兄貴、素直じゃねぇなぁ」
椿 風真
「つまり『寂しい』と」
宝条 潤
「違う。静かに暮らしたいだけだ」
日向 雄利
「ま、近いうちにまた来るよ」
宝条 潤
「来るな」
弟たちはニヤニヤしながら靴を履き、扉の外へ出る。
三谷 新太
「兄貴さ」
宝条 潤
「なんだ」
三谷 新太
「今度来たらさ、俺たちの住まいで――」
日向 雄利
「“美人ママのいるスナック”紹介してやるよ」
その瞬間、潤の目がカッと開く。
宝条 潤
「……美人ママ?」
日向 雄利
「うん、横浜のやつはヤバい」
三谷 新太
「千葉のも当たりだよ!」
椿 風真
「浦和は“和服の美人ママ”がいる」
宝条 潤
「……っ」
潤、完全に前のめり。
宝条 潤
「ど、どんな感じの美人だ?年齢層は?客層は?常連の空気は?」
日向 雄利
「落ち着け兄貴」
三谷 新太
「兄貴が一番テンション上がってるじゃん」
椿 風真
「……ほんと変わらないね」
宝条 潤
「いや、待て!それは今後の人生設計に関わる」
背後から圧。
神谷 遥香
「………………」
潤がゆっくり振り向くと、そこには――ジト目の遥香。
宝条 潤
「……あ」
神谷 遥香
「潤?」
宝条 潤
「い、いや、今のは」
神谷 遥香
「何?」
宝条 潤
「地域文化の勉強で……」
神谷 遥香
「へぇ」
遥香、満面の笑み。
目だけ笑っていない。
神谷 遥香
「“地域文化の勉強”なら私も一緒に行っていいわね」
宝条 潤
「いや、それは……!」
日向 雄利
「あ、やべ」
三谷 新太
「逃げよ!」
椿 風真
「巻き込まれたくない」
弟たちは全力で撤退態勢に入る。
日向 雄利
「じゃ兄貴!またな!」
三谷 新太
「兄貴、頑張って生きて!」
椿 風真
「ご武運を」
宝条 潤
「お前らあああ!!」
車のドアが閉まり、3人は去っていく。
残ったのは潤と遥香、静かな玄関前。
神谷 遥香
「……潤?」
宝条 潤
「……はい」
神谷 遥香
「……お仕置きね?」
宝条 潤
「……はい」
潤、項垂れる。
数日後/ニュース映像(モンタージュ)
テレビのニュース。
経済ニュースが流れている。
アナウンサー(TV)
「資産家・白石家が所有していた白石ホールディングスは――宝条グループ傘下に入ることが正式決定しました」
画面には、スーツ姿の丈志が映る。
まだ若いが、覚悟のある目。
白石 丈志(記者会見)
「白石家の将来を守るための判断です。白石家を、崩壊させないために」
潤は宝条家の書斎でニュースを見ている。
遥香は後ろで静かに腕を組み、潤の横顔を見つめる。
宝条邸/書斎
宝条 潤(小声)
「……そうか」
神谷 遥香
「丈志さんの判断ね。現実的で、正しい」
潤は少しだけ視線を落とす。
納得しきれない表情。
宝条 潤
「……本当に、これで良かったのか」
神谷 遥香
「潤?」
宝条 潤
「俺は、遺言を破った。白石家を“救った”つもりだった。でも結局――白石家の会社は宝条の傘下に入った。白石家は守られても、白石轟介という人間は、結局最後まで全部を支配しようとしていたようにも見える」
神谷 遥香
「……」
遥香は一歩近づき、潤の横に立つ。
神谷 遥香
「それでも丈志さんと美玲さんは、“生きていける”道を選べた。あなたが来なければ白石家は遺言で壊れていた」
宝条 潤
「……」
神谷 遥香
「あなたは正しいことをした」
潤は答えない。
ただ、机の上の資料を見つめ、静かに呟く。
宝条 潤(心の声)
(……正しい結末なんてどこにもないのかもしれない)
遥香は潤の背中を一瞬だけ見つめ、
何も言わずに部屋を出ようとする。
神谷 遥香(小さく)
「……悩むのは、あなたの癖ね」
扉が閉まる。
潤だけが残る。
宝条 潤(心の声)
(それでも――俺は、書く!俺が見た真実を)
潤は万年筆を取り、原稿用紙へ向かう。
第6話 完
