宮廷賢者アルトリア 第19話「賢者と策士の分岐点」
第19話「賢者と策士の分岐点」
磨き上げられた床、静かな足音。
アルトリアが書類を片手に歩いている。
侍女A
「アルトリア様、おはようございます!」
アルトリア(柔らかく微笑む)
「おはようございます。今日もお仕事ご苦労様です」
侍女B
「きゃっ……今日も素敵……」
侍女C
「少しだけ、お話よろしいですか?」
アルトリア
「ええ、もちろんです」
侍女たちが一斉に集まってくる。
軽い囲み状態。
侍女A
「この前の改革、本当にすごかったです!」
侍女B
「私たちの待遇も良くなって……ありがとうございます!」
アルトリア(少し照れながら)
「いえ、皆さんが働きやすい環境を整えるのも、国のためですから」
侍女C(手を差し出す)
「……あの、握手していただけますか?」
アルトリア
「え?」
侍女たち
「私も!」
「私もお願いします!」
アルトリア(苦笑しながら)
「順番に、ですね」
1人1人と丁寧に握手していくアルトリア。
しかし——ふと、アルトリアの表情が曇る。
アルトリア(心の声)
(……なんだ、この寒気……?)
ゆっくりと振り返ると——柱の陰にセリアが立っていた。無表情だが、目だけが据わっている。
セリア(小声)
「……また女に囲まれてる……握手……距離が近い……何あれ……楽しそう……別にいいけど……私は別に……でも……なんであんなに自然に……」
アルトリア(心の声)
(やばい!何かわからないけどとにかくやばい!)
アルトリアは青ざめる。
アルトリア
「さささ~っ!」
そのまま音もなく高速で退避する。
セリアが静かに歩み出る。空気が変わる。
侍女たちがざわっとする。
セリアは優雅な所作で歩きながら1人1人の顔を見る。
セリア(にこやかに微笑みながら)
「あなたたち」
一瞬の沈黙。
セリア
「宮中の仕事はどうしたの?」
侍女たちはビクッとする。
侍女A
「も、申し訳ございません!」
侍女B
「すぐに持ち場へ戻ります!」
セリア(優しく微笑んだまま)
「そう。なら、急いで」
侍女たちが一斉に退散。
少し離れた場所でイルハレムとエリスがその様子を見ている。
イルハレム(困惑)
「えっと姫様……セリア姫様はどうなってしまわれたのでしょう……?」
エリス(くすっと笑いながら)
「あら?賢いあなたでも恋に関しては鈍いのね?」
イルハレム
「え?」
エリス(楽しそうに)
「あれは恋を通り越して——独占欲よ」
イルハレム(絶句)
「……は、はぁ……」
別の柱陰でレオニスがその様子を静かに見ている。
レオニス(小さく微笑む)
「……若いな」
レオニス(心の声)
(だが……あれほど想われる男か、アルトリアは)
軽く目を細める
レオニス
「面白い」
王宮・庭園
手入れの行き届いた庭園。
穏やかな風が吹き、花々が揺れている。
アルトリアとセリアが並んで歩いている。
アルトリア(少し困惑気味)
「……え〜っと、姫様?」
セリア(横目でじとっと見ながら)
「毎度毎度、侍女達と楽しそうね〜」
アルトリア
「え?」
セリア(少し歩みを止めて)
「囲まれて、笑顔で、握手までして」
アルトリア(思い出して)
「ああ……あれはその、仕事の一環でして……」
セリア(食い気味に)
「へぇ〜、“仕事”であんなに楽しそうに?」
アルトリア(焦る)
「た、楽しそうというか……その……」
言葉に詰まるアルトリア。
その時——背後から気配がする。
アグニス(勢いよく)
「わあっ!!!」
アルトリア
「うわっ!」
セリア
「きゃっ!!」
2人同時に驚く。
アグニス(大笑い)
「ハッハッハッハ!2人揃ってマヌケだぜ!」
アルトリア(胸を押さえながら)
「お……王子様……心臓に悪いです……」
セリア(ジト目で睨む)
「……私にまでイタズラなんて、いい度胸ですね兄上」
アグニス(ニヤニヤしながら)
「だって今のお前、簡単に引っかかりそうだったしな!」
セリア(低い声で)
「……どういう意味です?」
アグニス
「いや〜?なんか余裕なさそうっていうか——」
アグニスが言い切る前にさらなる来客が。
ティアナ(少し距離を置いて)
「ここにいらしたのですか、旦那様?」
アグニス(ビクッ)
「ティ……ティアナ……」
ティアナ(にこやかに)
「お時間です。お仕事が溜まっておりますので」
アグニス(露骨に嫌そうな顔)
「いや、あの、今ちょっと大事な会話を——」
ティアナ(微笑みの圧)
「“とても”大事なお仕事がございます」
アグニス
「……はい」
アグニスはあっさりティアナに連行される。
アグニス(去り際)
「アルトリア!今度ゆっくり飲もうぜ!」
アルトリア(苦笑)
「は、はい……」
ティアナが一礼し、アグニスを連れて去る。
一瞬の沈黙。
アルトリア(軽く息をつく)
「……嵐のような方ですね」
セリア(小さくため息)
「本当に……」
ふとセリアがアルトリアの手を取る。
アルトリア
「……姫様?」
セリア(少し顔を背けながら)
「……逃げないで」
アルトリア
「え?」
セリア(小さな声で)
「さっきみたいに……私からも」
セリアが手を少し強く握る。
セリア
「逃げたでしょう?」
アルトリア(図星で固まる)
「そ、それは……」
セリア(じっと見つめて)
「私といる時くらい……ちゃんと向き合いなさい」
アルトリア(息を飲む)
「……はい」
2人の距離が少し近づく。
フィリア家本邸・大広間
重厚で格式ある屋敷。
長い歴史を感じさせる空間。
扉が開き、アルトリアが入ってくる。
アルトリア(丁寧に一礼)
「父上、母上。お身体の方はおかわりありませんか?」
バーンズ(穏やかに頷く)
「ああ、おかげさまでこのとおりだ」
アンジュ(優しく微笑みながら近づく)
「あなたは少し痩せたわね」
アルトリア(少し苦笑)
「いえ、そのようなことは——」
ピエール(横からさらっと)
「セリア姫に迫られているからです」
アルトリア
「叔父上!」
アンジュ(くすっと笑う)
「あらまあ」
バーンズ(興味深そうに)
「ほう……それはそれで結構なことではないか」
アルトリア(焦る)
「父上まで……!」
その時、奥から2人の女性が現れる。
シャルルの妻(柔らかく微笑みながら)
「あらアルトリア」
ハンスの妻(明るく)
「随分久しぶりね〜」
アルトリア(すぐに姿勢を正し)
「義姉上たちも、おかわりなくて安心しました」
シャルルの妻
「この前はうちのピーターに、この国の政治制度を教えてくれたって聞いたわ」
ハンスの妻
「うちのリオンにもよ。すごく楽しそうに話してたわ」
アルトリア(少し照れながら)
「いえ……あの子たちが優秀なだけです」
シャルルの妻(優しく)
「ふふ……あの子、あなたに憧れてるのよ」
ハンスの妻
「リオンもね。“叔父上みたいになる”って」
アルトリアが少し驚き、そして柔らかく微笑む。
アルトリア(
「……そうですか」
少し離れた場所では、イルハレムが姉たちに囲まれている。
ナターシャ
「イルハレム、ちゃんとご飯食べてるの?」
アンナ
「また無理してるんじゃないでしょうね〜?」
フォズ
「顔色悪いわよ〜?」
イルハレム(完全に押され気味)
「あ……姉上たち……やめてください……」
ナターシャ(頬をつつく)
「ほら、やっぱり痩せてる!」
アンナ
「ちゃんと休みなさいって言ってるでしょ〜」
フォズ
「心配なのよ?」
イルハレム(半泣き)
「だ、大丈夫ですから……!」
その様子を見て、ピエールが腕を組みながらため息をつく。
ピエール
「……相変わらずあの子たちは……」
アンジュ(微笑みながら)
「でも、いいじゃないですか。ああやって賑やかなのも」
バーンズ(静かに頷く)
「家というものは、そういうものだ」
アルトリアはその光景を見て、少しだけ表情を緩める。
アルトリア(心の声)
(……守るべきもの、か)
カーン邸・書斎
重厚で薄暗い部屋。壁には古い地図や書物が並ぶ。
静寂。
アントニウスが椅子に座り、無言で何かを考えている。その表情は険しい。
オリオン(静かに声をかける)
「父上?」
反応がない。
オリオン(少しだけ強めに)
「……父上」
アントニウス(低く)
「……気に入らぬ……」
オリオン
「何が、でございますか?」
アントニウス(ゆっくりと顔を上げる)
「昨日……遠目でアルトリアの顔を見た。若き日のバーンズに……そっくりだった」
オリオン(わずかに驚く)
「……そこまで、ですか」
アントニウス(目を細める)
「顔だけではない」
アントニウスがゆっくりと立ち上がる。
アントニウス
「声もだ」
一瞬、過去を見るような目をする。
アントニウス(低く、噛みしめるように)
「……あの男の声は、耳に焼き付いている」
オリオン(静かに)
「父上にとって……バーンズとは、それほどまでに……」
アントニウス(遮るように)
「……あれは……唯一、私の上を行った男だ」
アントニウスはゆっくりと窓の方へ歩く。
アントニウス(独白のように)
「……私の父はな」
アントニウスが少し振り返る。
アントニウス
「辺境の領主だった」
オリオンは黙って父の言葉を待つ。
アントニウス(静かに続ける)
「中央の貴族どもとは違い……血も、地位も、何も持たぬ男だった」
拳をわずかに握る。
アントニウス
「だからこそ、私は——上り詰めるしかなかった……そして、その前に立ちはだかったのが——」
ゆっくりと呟く。
アントニウス
「バーンズ・フィリアだ」
回想:賢者学校・教室
陽の光が差し込む静かな教室。
まだ若い学生たちがそれぞれ席についている。
アントニウス(16歳)が席に座り、カバンの中を探っている。
アントニウス(小さく)
「あれ?確かこのあたりに……」
カバンの中を何度も探す。
アントニウス(少し焦り気味)
「……おかしいな……」
周囲の生徒たちがちらっと見るが、誰も声はかけない。その様子を、少し離れた席からバーンズ(16歳)が見ている。
バーンズは静かに立ち上がり、アントニウスの席へ歩いてくる。
バーンズ(穏やかに)
「君、これ使うかい?」
手には予備の筆記用具がある。
アントニウス(少し驚いて顔を上げる)
「あ……」
一瞬、言葉が詰まる。
アントニウス
「ありがとう……」
バーンズ(軽く微笑む)
「気にしなくていいよ。授業、始まってしまうしね」
アントニウス(受け取りながら)
「……助かった」
2人は一瞬だけ目が合う。
バーンズ
「僕はバーンズ。バーンズ・フィリアだ」
アントニウス(わずかに目を見開く)
「……フィリア家……」
アントニウスはすぐに我に返る。
アントニウス
「アントニウス・カーンだ」
バーンズ(自然に)
「よろしく、アントニウス」
アントニウス(少しだけ戸惑いながら)
「……ああ」
まだぎこちないが、確かな“始まり”。
バーンズ
「では、また後で」
バーンズは自分の席へ戻る。アントニウスはしばらくその背中を見つめる。
アントニウス(心の声)
(……フィリア家の人間が……こんなにも気さくに……)
軽く手の中の筆記用具を見る。
アントニウス(心の声)
(……変な男だ)
しかし——ほんのわずかに、口元が緩む。
これが——2人の天才の、最初の出会いであった。
賢者学校・中庭
木漏れ日が差し込む穏やかな中庭。
机を挟み、バーンズとアントニウスが向かい合って座っている。
書物がいくつも広げられている。
バーンズ(真剣な表情で)
「この政策なら、民の負担を減らしつつ税収も維持できるはずだ」
アントニウス(腕を組みながら)
「……だが、それでは短期的な軍備が弱くなる」
バーンズ
「長期的に安定すれば、戦う必要も減る」
アントニウス(少し笑う)
「理想論だな」
バーンズ(微笑み返す)
「現実を変えるのが、僕たちの役目だろう?」
2人は自然に笑い合う。
2人は共に学び——互いの家を行き来するほどの仲となった。
フィリア家本邸・書斎
バーンズが書物を読んでいる。扉が開く。
ドロン(威厳ある声で)
「バーンズ」
バーンズ(すぐに立ち上がる)
「父上」
ドロン(静かに、しかしどこか柔らかく)
「喜べ」
一拍置く。
ドロン
「お前の母がイルカンから帰って来るぞ」
バーンズ(目を見開く)
「……本当ですか、父上!?」
ドロン(ゆっくり頷く)
「ああ。立派になったお前を見たら、きっと喜ぶ」
バーンズ(思わず笑みがこぼれる)
「……はい……!」
バーンズの胸の奥から溢れる喜び
フィリア家・庭
バーンズとアントニウスが並んで歩いている。
アントニウス
「なあバーンズ」
バーンズ
「ん?」
アントニウス
「君の母上は……確か人質としてイルカン王国にいるんだったよね?」
バーンズ(少し真剣な表情に戻る)
「ああ。僕が11歳の時以来の再会なんだ」
アントニウス(静かに)
「……そうか」
一瞬、言葉を選ぶ。
アントニウス
「……良かったな」
バーンズ(柔らかく微笑む)
「ああ。ようやく、家族が揃う」
空を見上げるバーンズ。アントニウスはその横顔を見る。
フィリア家本邸・玄関前
屋敷の前に馬車が止まる。
静まり返る空気。
扉が開く。
ドロンが降り立ち、その後ろから1人の女性が姿を現す。それは——ランだった。
扉の前で待っていたバーンズが、その姿を見て息を呑む。
バーンズ(震える声で)
「……母上……?」
ラン(優しく、しかし涙を浮かべて)
「バーンズ……!」
次の瞬間——
バーンズ
「母上!」
ラン
「バーンズ!」
2人は強く抱き合う。5年ぶりの再会であった。
バーンズ(声を詰まらせながら)
「……本当に……本当に母上ですか……」
ラン(涙をこぼしながら)
「ええ……ごめんなさい……こんなに長く……」
バーンズ
「……いえ……帰ってきてくださっただけで……」
ドロンはその様子を静かに見守る。
やがて、ランがゆっくりと体を離す。
ラン(後ろを振り返り)
「……ほら」
そこには——小さな男の子が立っている。
ラン(優しく)
「兄上に挨拶をしなさい」
バーンズ(戸惑い)
「……?」
ドロン(静かに)
「お前の弟だ」
バーンズ(驚く)
「弟……?」
ドロン
「イルカンにさらわれた時……お腹にいた子が生まれたのだ」
バーンズの視線が、その幼い少年へ向く。少年は少し怯えながら、一歩前へ出る。
ピエール(5歳・緊張しながら)
「は……はじめまして、兄上……」
少し声が震える。
ピエール
「弟の……ピエールです……」
ピエールが小さく頭を下げる。
バーンズはゆっくりと歩み寄り、ピエールは少し身構える。
バーンズはその前でしゃがむ。
バーンズ(優しく微笑んで)
「……そうか」
一瞬の間。
バーンズ
「君が……僕の弟か」
ピエール(不安そうに)
「……はい……」
バーンズはそっと手を伸ばし、ピエールの頭に手を置く。
バーンズ
「よろしく、ピエール」
その一言に、ピエールの表情が少しだけほぐれる。
ピエール(小さく)
「……はい、兄上……!」
ランはその様子を見て、静かに涙を流す。
ドロン(低く)
「……これで、家族は揃ったな」
その言葉が静かに響く。
回想:宮廷・廊下
ざわつく貴族たち。
小声で囁き合っている。
貴族A(ひそひそ)
「聞いたか……フィリア公の奥方の話」
貴族B
「ああ……イルカンに囚われていた間に……」
貴族C
「子を産んだという……」
貴族A
「つまりあの子はイルカン人との——」
言葉を濁す。
王宮・謁見の間
広間に重い空気が漂う。
貴族たちが並ぶ中、噂が広がりつつある。
その時——オルガラン王が玉座から立ち上がる
オルガラン(威厳ある声)
「……よいか」
一瞬で静まり返る。
オルガラン
「フィリア家の名を汚すような噂——そのようなもの、余は許さぬ」
貴族たちはざわめく。
オルガラン
「ドロンの妻は、王国のために苦難を耐え抜いた。それを疑う者は——」
王がゆっくりと周囲を見渡す。
オルガラン
「余を疑うに等しい」
完全な圧。
貴族たち(慌てて)
「は、ははあ……!」
こうして、フィリア家に向けられた疑念は——王の一喝によって沈静化した。
そして——3年の時が流れた。
王宮・執務室
若きバーンズとアントニウスが並んでいる。
以前よりも落ち着き、鋭さが増している。
バーンズ(静かに)
「こちらが今回の改革案です」
アントニウス
「反乱の芽は事前に摘み取りました」
書類が提出される。オルガランがそれに目を通す。
静かな時間。やがて——
オルガラン(満足げに頷く)
「……よくやった」
オルガランが顔を上げる。
オルガラン
「そなたたちの働き——」
ゆっくりと言葉を置く。
オルガラン
「これからも期待しているぞ」
バーンズ、アントニウス(同時にひざまずく)
「ははあ」
若き2人は同じ位置に立つ。この時はまだ——同じ未来を見ていた。
辺境・カーン家の墓地
荒れた大地。
風が強く吹き抜ける。
質素な石の墓が一つ、ぽつんと立っている。
アントニウス(19歳)がゆっくりと歩み寄る。
以前よりも鋭い目つき。しかしどこか影がある。
アントニウスが墓の前で立ち止まる。
アントニウス(静かに)
「……父上」
一瞬、目を閉じる。
アントニウス
「……宮仕えとなりました」
風が吹く。
アントニウス
「王宮にて、国の中枢に関わる立場です」
少し間。
アントニウス(低く)
「辺境の領主の子であった私が……」
拳を握る。
アントニウス
「ここまで来ました」
声にわずかな誇りと、執念がある。
アントニウス
「……ですが」
アントニウスが目を開ける。
アントニウス(鋭く)
「まだ足りません」
表情が変わる。
アントニウス
「この国の中枢には……まだ“血”と“家柄”が支配しています」
バーンズの姿が脳裏に浮かぶ。
アントニウス(心の声)
(フィリア家……)
アントニウス
「私は、それを覆します」
アントニウスが一歩、墓に近づく。
アントニウス
「カーン家の名を——この国の頂にまで押し上げてみせます」
静かな誓いを立てる。
アントニウス
「そのためなら——どんな手段も厭いません」
アントニウスは冷たい決意を表明する。
アントニウス
「……カーン家の未来のため」
ゆっくりと頭を下げる。
アントニウス
「必ず、力を尽くしてみせます」
この誓いは——やがて1つの国の運命を変えることになる。
そうして——長い月日が流れた。
回想:王宮・執務室
書類の山。
忙しなく動く文官たち。
バーンズが指示を出している
バーンズ(冷静に)
「この案は却下だ。民への負担が大きすぎる」
文官
「はっ!」
バーンズ
「代替案を用意しろ。3日以内にだ」
的確かつ迅速な判断が下される。
別の執務室
アントニウスが机に向かっている。
アントニウス(低く)
「……ここを抑えれば、財源は確保できる」
部下
「さすがでございます」
こちらも優秀だが——
王宮・廊下
貴族たちが噂話をしている。
貴族A
「やはりフィリア家のバーンズ殿は格が違う」
貴族B
「まさに歴代屈指の才だ」
貴族C
「カーン家のアントニウスも優秀だが……民のことを考えていない」
貴族B
「比べるまでもないな」
アントニウスがその会話を通りすがりに聞く。
アントニウスは無表情のまま通り過ぎる。しかし——
アントニウス(心の声)
(……比べるまでもない、か)
わずかに拳を握る。
バーンズは、出世街道を駆け上がり——
王宮・謁見の間
厳かな空気。オルガランが玉座に座る。
オルガラン(威厳ある声で)
「バーンズ・フィリア」
バーンズが進み出る。
オルガラン
「そなたを——宰相に任ずる」
場がどよめく。
貴族たち
「おお……!」
バーンズ(静かに膝をつき)
「謹んでお受けいたします」
バーンズが頭を下げる。
別室
アントニウスが1人立っている。
部下
「アントニウス様、国務長官への任命が正式に決まりました」
アントニウス(淡々と)
「……そうか」
部下
「おめでとうございます」
アントニウス
「……ああ」
アントニウスの表情は変わらない。
アントニウス(心の声)
(国務長官……)
ゆっくりと拳を握る。
アントニウス(心の声)
(本来なら……あの位置にいるべきは——)
脳裏に浮かぶバーンズの姿。
アントニウス(低く)
「……なぜだ?なぜ、あいつなんだ……?」
目に宿る感情。それは——悔しさと嫉妬、そして歪み始めた執念。
同じ頂を目指していたはずの2人は——この日を境に、決定的に道を違えることになる。
現在:カーン邸・書斎
静まり返った部屋。
重厚なカーテンの隙間から、わずかな光が差し込む。
アントニウスが窓の外を見つめている。
アントニウス(心の声)
(……あの敗北……私からすれば——)
一瞬の間。
アントニウス(心の声)
(今までの人生そのものの否定に等しいものだった……)
脳裏にバーンズとの出会いから宰相になるまでの物語が浮かぶ。
アントニウス(小さく呟く)
「……私は、間違っていたのか……?」
初めての“揺らぎ”。しかし——すぐにその表情が変わる。
アントニウス(低く)
「……いや」
拳を握る。
アントニウス
「違う」
アントニウスの目に冷たい光。
アントニウス
「間違っていたのは——」
ゆっくりと振り返る。
アントニウス
「世界の方だ」
完全に思想が固まる。
アントニウス
「理想など、所詮は幻想。力こそが、全てを決める。ならば私は——」
ゆっくりと机に手を置く。
アントニウス
「その力を手に入れるまでだ」
低く、確信に満ちた声。
アントニウス
「今度こそ……敗けはしない」
扉の外
オリオンがその言葉を聞いている。
オリオン(小さく)
「父上……」
敗北は、終わりではない。それは——新たな戦いの始まりである。
アントニウスの目が光る。
第19話 完
