宮廷賢者アルトリア 第1話「蒼瞳の賢者」
第1話「蒼瞳の賢者」
巨大な国家が中央に広がっている。
その領土は、他国を圧倒するほど広大。
ここは――レグナス王国。大陸の三分の一を占める、軍事大国である。
数十年前まで、その領土は他国と大差ない規模だった。
しかし先王による改革が、すべてを変えた。
軍は強化され、国家は一つに統合され、王国は強国へと変貌した。
玉座の間。
黄金の鎧を纏った男が立つ。
現レグナス国王、レオニス・レグナード。威厳と覇気に満ちた王。
彼は自ら剣を振るい、敵将を打ち倒す。
敵将
「ぐはっ……!」
レオニス
「降伏せよ。無益な血は流させぬ」
敵将は膝をつく。
敵将
「……降伏する……」
勇敢な騎士でもある王は、自ら戦場に立ち、周辺諸国を次々と降伏させた。
彼の子供たちもまた勇敢な騎士であり、領土がどんどん広がっていく。
そしてレグナス王国は――大陸最大の国家となった。
巨大な王都レグナリア
高い城壁、整備された街、賑わう市場。
兵士たちが巡回する。
王国は、最盛期を迎えていた。
だが、その繁栄の裏で――腐敗は静かに広がっていた……
豪華な屋敷
金の装飾、大量の料理、そして酒を飲み笑う貴族たち。
貴族A
「はははは!今年の税収も実に素晴らしい!」
貴族B
「民など、働かせればいくらでも金を生む」
貴族C
「征服地の連中など、奴隷同然よ」
貴族たちが下品に笑う。
その外では痩せた民衆。
倒れ込む老人に泣く子供。
子供
「お母さん……お腹すいた……」
母親
「ごめんね……もう少しだから……」
しかし食べ物はない。
鎖に繋がれた人々に兵士が鞭を振るう。
兵士
「働け!」
男が倒れる。
兵士
「立て!」
鞭が振り下ろされる。
征服された民は、人として扱われず――貴族たちの私利私欲のために搾取されていた。
玉座の間
レオニス王が一人、窓の外を見ている。王都を見下ろす王。
だがその表情は苦悩に満ちている。
レオニス(独白)
「……私は、何のために国を広げたのだ……」
側近が近づく。
側近
「陛下、本日の貴族会議の件ですが……」
レオニス
「……また増税の要求か?」
側近
「……はい」
レオニスは拳を握る。
レオニス
「民は既に限界だ」
側近
「しかし、貴族たちの反発は強く……」
レオニスは沈黙する。
偉大な王、レオニス。しかし彼でさえ、腐敗した貴族たちを完全には抑えられずにいた。
そして――王国に、新たな危機が訪れようとしていた。
この時、まだ誰も知らなかった。とある1人の少年が――この国の運命を変えることを。
王都レグナリア正門
巨大な門が開いている。民衆が道の両側に並び、ざわめいている。
遠くから――重厚な足音と鎧の音。
騎士団が帰還する。整然と並ぶ精鋭たち。
その先頭に――一際輝く銀の鎧を纏った騎士。
陽光を反射し、まるで光そのもののように輝く。
民衆の声が上がる。
民衆A
「帰ってきた……!」
民衆B
「姫様だ!」
民衆C
「セリア姫様だ!」
騎士がゆっくりと歩みを進める。
そして――騎士は兜に手をかける。
カチャ――
兜が外される。
流れ落ちる、白銀の長髪。
蒼銀の瞳。
美しくも凛とした顔立ち。
彼女こそ――レグナス王国第1王女。
セリア・レグナード。
その美しさと銀の鎧兜を身に着けて戦う姿から「銀の姫騎士」という異名がついている。
民衆
「セリア様だ!!」
民衆が歓声を上げる。
子供
「姫様ー!!」
セリアは優しく微笑む。
セリア
「ただいま戻りました」
その声は戦場の英雄でありながら、どこまでも優しかった。
王城内部・廊下
重厚な扉が開く。騎士が告げる。
騎士
「セリア王女殿下、ご帰還!」
扉の奥――
玉座の間
巨大な空間、赤い絨毯、両側に並ぶ近衛騎士。
その先には――黄金の玉座。
そこに座るのは、レグナス王国国王レオニス・レグナード。
威厳と覇気に満ちた存在。
その右側には、王太子ガイナス・レグナードが立っている。
セリアがゆっくりと歩み寄る。
玉座の前で止まる。
そして――片膝をつく。
頭を垂れる。
セリア
「レグナス王国第1王女、セリア・レグナード。蛮族討伐任務より、ただいま帰還いたしました」
玉座の間に静寂が満ちる。
レオニスが口を開く。
レオニス
「……ご苦労だった、セリア」
その声は王としての威厳と、父としての安堵が混じっていた。
レオニス
「戦果を報告せよ」
セリアは顔を上げる。
セリア
「蛮族部族長を討ち取り、生存していた残党はすべて投降。これにより、西部辺境の脅威は完全に排除されました」
周囲の騎士たちがわずかにざわめく。
騎士A(小声)
「さすが姫様だ……」
騎士B
「単独で部族長を討ち取ったと聞いたぞ……」
レオニスはゆっくりと頷く。
レオニス
「見事だ。これで西部は安定する」
そして、わずかに柔らかい声になる。
レオニス
「……よく無事で戻った」
セリア
「はい、父上」
横で腕を組んでいたガイナスが口を開く。
ガイナス
「相変わらず見事なものだな、セリア」
セリアが視線を向ける。ガイナスは少し笑っている。
ガイナス
「私も行きたかったものだ」
セリア
「兄上は政務があります。国を支えるのは、戦うことだけではありません」
ガイナスは肩をすくめる。
ガイナス
「分かってはいるさ。だが――」
ガイナスはセリアを見る。
ガイナス
「妹だけに武功を独占されるのは、兄として少々悔しいな」
セリアはわずかに微笑む。
セリア
「次はぜひご一緒に」
ガイナス
「その時は、負けんぞ」
二人の間に、兄妹としての信頼が感じられる。
レオニスがゆっくりと立ち上がる。玉座の間全体に威圧感が広がる。
レオニス
「セリア」
セリア
「はい」
レオニス
「お前は、我が誇りだ」
一瞬、父としての顔が見える。
セリアの瞳がわずかに揺れる。
セリア
「……ありがとうございます」
王女の私室
重厚な銀の鎧が外されていく。侍女たちが丁寧に兜を受け取る。
鎧が床に置かれるたび、金属音が響く。
やがて――戦場の銀の姫騎士は消え、白と蒼を基調とした王女のドレス姿へと戻る。
白銀の髪が肩に流れる。侍女長のパーヤが髪を整えながら微笑む。
パーヤ
「お美しいですよ、姫様。やはりこちらのお姿のほうがお似合いです」
セリアは鏡越しに小さく微笑む。
セリア
「ありがとう」
少し視線を落とす。
セリア
「……ねえパーヤ。アグニス兄上とエリス、ドルゴンはまだ戦場なの?」
パーヤは一瞬言葉を選ぶ。
パーヤ
「はい。アグニス王子様とエリス姫様の戦線は善戦しているとの報告が入っております」
セリアはほっと息をつく。
だが――パーヤの声がわずかに曇る。
パーヤ
「ですが……ドルゴン王子様は強敵と対峙し、苦戦しておられるようで……」
空気が少し重くなる。
セリアの手が、ぎゅっとドレスの裾を握る。
セリア
「……そう」
短い言葉。だが、その瞳には不安が宿る。
セリア
「無事だと……いいけれど」
パーヤは優しく微笑む。
パーヤ
「ドルゴン王子様はお強いお方です。きっと乗り越えられます」
セリアは静かに頷く。
少しの沈黙。
セリアは再び口を開く。
セリア
「母上は……まだユリナの看病の最中なの?」
パーヤの表情がさらに曇る。
パーヤ
「はい……ユリナ姫様の容態は……一向に良くなりません」
セリアの瞳が揺れる。
セリア
「……そう」
窓の外を見る。夕暮れ。
戦場にいる弟、病床で苦しむ妹。
セリアの胸に、重たい感情が広がる。
セリア(小さく)
「私は……戦っているのに。どうして……守りたい人たちが、こんなにも苦しんでいるの?」
パーヤ
「姫様……」
セリアは微笑もうとする。だが、その笑顔はどこか悲しい。
セリア
「ごめんなさい。弱音ね。私はレグナスの姫、泣いている暇なんてないわ」
しかしその瞳は、強い騎士ではなく、弟や妹を想う優しい姉のものだった。
窓の外で風が吹く。
遠く、干上がり始めた土地が映る。
戦場で勝利を重ねる王家。だがその裏で、王家の者たちもまた、守れぬものに苦しんでいた。
セリアはそっと空を見上げる。
セリア(心の声)
(神よ……どうか、皆を守って)
その願いが、やがて一人の少年との出会いへと繋がっていく。
王城・執務室
静かな執務室。
壁にはレグナス王国の巨大な地図。机の上には、積み重なった書状。
その中央に座るレオニス王。
だが――その表情は、戦場にいた時の王ではなく、深く思い悩む一人の統治者のものだった。
彼は一通の書状を見つめている。その手がわずかに強く握られる。
コンコン――
扉がノックされる。
セリア
「父上、失礼いたします」
レオニス
「……入れ」
扉が開く。
王女の装いのセリアが入室する。
セリアは父の様子にすぐ気づく。
セリア
「父上……何かございましたか?」
レオニスは少し沈黙し、机の上の書状を手に取る。
レオニス
「農務長官からの報告だ」
レオニスはそれをセリアへ差し出す。
レオニス
「読んでみよ」
セリアは受け取り、静かに目を通す。
読み進めるにつれ、彼女の表情が変わっていく。
驚き、そして信じられないという動揺。
セリア
「……これは……」
セリアは顔を上げる。
セリア
「父上……エルメア平原は、ここレグナリアの農業の命。本当に……そこの水源が枯渇したのですか?」
レオニスはゆっくりと頷く。
レオニス
「そうだ……」
その声は重い。
レオニス
「井戸も、川も……すべて干上がっているという」
セリアの瞳が揺れる。
セリア
「そんな……」
レオニスは立ち上がり、窓の外を見つめる。
王都の景色。繁栄する街。
だがそれは、エルメア平原の恵みによって支えられている。
レオニス
「アグニス、エリス、ドルゴンは未だ戦中……ユリナの病も重い……その上で、この報告だ……」
拳を握るレオニス。
レオニス
「……神は、どこまで試練を与えるつもりなのだ」
セリアは書状を見つめる。
その脳裏に浮かぶのは、痩せた民、苦しむ子供たち、そして――征服された人々。
レオニス
「あの地には、征服した国の民も多い。ようやく、この国で生きることを受け入れ始めた者たちだ……それを、また苦しめることになる。」
王としての無力感。それが滲んでいた。
セリアの胸が締め付けられる。
セリア
「……」
セリアの手が、わずかに震える。
セリア(小さく)
「……あの人たちは……やっと……生きる場所を見つけたのに……」
彼女は顔を伏せる。戦場では流さない涙。
だが今は違う。
守るべき民の苦しみ。それが彼女の心を痛めていた。
レオニスは振り返る。
父としてではなく、王として言う。
レオニス
「既に調査隊を派遣している。だが原因は不明だ。自然災害の可能性が高いと報告されている」
セリアは顔を上げる。その瞳には、先ほどまでの悲しみだけではない。決意が宿り始めていた。
セリア
「父上」
レオニス
「……何だ?」
セリア
「私に、現地視察をお許しください」
静寂。
レオニスはセリアを見つめる。
レオニス
「……お前は、つい数日前に戦場から戻ったばかりだ」
セリア
「ですが、私はこの国の王女です。民が苦しんでいるなら……見過ごすことはできません」
真っ直ぐな瞳。
それは、銀の姫騎士の瞳だった。
レオニスは沈黙する。
やがて――ゆっくりと頷く。
レオニス
「……分かった。騎士団長ルークを同行させる」
セリア
「ありがとうございます」
セリアは深く頭を下げる。
レオニスは心の中で思う。
レオニス(心の声)
(この子は……本当に強い……そして、優しすぎる……)
エルメア平原・入口
乾いた風が吹く。
馬の足音。
騎士団が平原へと入る。
先頭には白銀の鎧を纏ったセリア。その隣には騎士団長ルーク。
だが――目の前に広がる光景に騎士たちの表情が次第に曇っていく。
ひび割れた大地、枯れ果てた作物、干上がった水路。
かつて王都を支えた豊かな平原は、完全に死んでいた。
セリアの瞳が揺れる。
セリア(心の声)
(……想像以上にひどい)
馬を止める。
セリア(心の声)
(どうして……こんなに荒れ果てているの……?)
その時――セリアの視線の先で、一人の子供が倒れる。
少年
「……みず……」
弱々しい声。
セリアは一瞬で馬から飛び降りる。
ルーク
「姫様!?」
セリアは迷わず駆け寄る。膝をつき、持っていた水袋を開ける。
セリア
「大丈夫よ……」
セリアは優しく子供の体を支え、水を口元へ運ぶ。
セリア
「ゆっくり……飲みなさい」
子供は必死に水を飲む。
ゴク……ゴク……
やがて、子供の瞳にわずかに光が戻る。
子供
「……ありがとう……」
セリアは微笑む。
セリア
「無理をしては駄目よ」
その様子を、周囲の民が見ている。
疲れ切った顔、絶望に満ちた目、セリアの胸が締め付けられる。
ルークが周囲を見渡しながら言う。
ルーク
「……姫様。これは、おそらく自然災害です。長年、この地で蓄積されていた地下水が、何らかの理由で枯渇したのでしょう」
セリアは立ち上がる。だが、その瞳には納得の色はない。
セリア
「……本当に、そうなの?」
ルーク
「はい。人の力で、この規模の水源を消すことは不可能です」
その時――後ろから声がする。
子供A
「違うよ!」
子供B
「自然災害なんかじゃない!」
子供C
「アルトリア兄ちゃんがそう言ってたもん!」
騎士たちがざわつく。
ルーク
「……何だと?」
セリアはゆっくりと振り返り、子供たちを見る。
セリア
「……アルトリア兄ちゃん?」
子供たちは頷く。
子供A
「アルトリア兄ちゃんはね、これは誰かがやったんだって!」
子供B
「自然じゃないって言ってた!」
子供C
「ちゃんと理由があるって!」
ルークが眉をひそめる。
ルーク
「子供の戯言です」
だがセリアは違った。子供の目を見つめる。その目に嘘はない。
セリア
「……そのアルトリア兄ちゃんって、誰なの?」
近くにいた農民が答える。
農民
「アルトリア・フィリアです」
農民は顎である方向を示す。
農民
「そこの家に住んでる変わり者ですよ」
騎士たちがその方向を見る。
平原の端にある、古びた小さな家。
農民
「賢者を名乗ってますがね……」
農民は苦笑する。
農民
「まだ19歳の若造の癖に、いっつも家で庭の畑仕事と本ばかり読んでる変人ですよ」
騎士の一人が小さく笑う。
騎士
「賢者、ですか」
ルークも冷静に言う。
ルーク
「子供が信じる空想でしょう」
だが――セリアの表情は違った。
セリア(心の声)
(19歳……?私より……1つ下じゃない)
彼女の胸に、わずかな興味が芽生える。
そして――説明できない違和感。
セリアは、古びた家を見つめる。
風が吹く。扉がわずかに揺れる。
セリア(心の声)
(……なぜかしら。この人に、会わなければいけない気がする)
アルトリアの家
セリア、ルーク、騎士団員たちが小さな家の前に立つ。
平原の端にある、古びた家。
王都の豪華さとは対照的な、質素で静かな場所。
騎士の一人が不満そうに言う。
騎士
「……本当にここにいるのですか?」
農民
「ええ、間違いなく」
ルークが扉を見る。
ルーク
「姫様、私が――」
セリア
「いいえ」
セリアは一歩前に出る。
セリア
「私が話します」
彼女は扉の前に立つ。
そして――
コンコン。
静かなノック。
返事はない。だが、中に人の気配がある。
セリアはゆっくりと扉を開ける。
扉が開く。
室内は、本で埋め尽くされていた。
棚、机、床。あらゆる場所に本がある。
そして――窓際の椅子に座る、一人の少年。
黒髪、細い体、白い肌。
彼は、静かに本を読んでいた。
扉が開いたにも関わらず、驚く様子はない。
ただ、ページを一枚めくる。
セリアの視線が、少年に釘付けになる。
セリア(心の声)
(……きれいな顔立ち……女性と見間違えるほどね……)
セリアはアルトリアに声をかける。
セリア
「……あなたが、賢者アルトリア・フィリアなの?」
少年は、ゆっくりと本を閉じる。そして、顔を上げる。
蒼い瞳。深く澄んだ瞳。まるで、すべてを見通しているような目。
少年は静かに言う。
アルトリア
「……そうです。アルトリア・フィリアです」
アルトリアは皆を見て言う。
アルトリア
「皆さん、その鎧は王都の騎士団の方たちでしょう。おそらく……この平原の干ばつの調査のことでお尋ねになられたのでは?」
騎士たちがざわめく。
騎士
「な……!なぜそれを――」
アルトリア
「このようなところに王都騎士団が来るということは、災害の調査。ここで起きた災害は干ばつ。それ以外の可能性はありません」
まるで当然のように言う。セリアの瞳がわずかに見開かれる。
セリア
「……私はセリア・レグナード。レグナス王国の第1王女です」
アルトリアは少し目を見開く。
アルトリア
「……姫様御自らいらしたのですか?」
セリア
「ええ。騎士団を率いてきたわ」
沈黙。
風が窓を揺らす。
セリアは一歩前に出る。彼の蒼い瞳を見つめる。
その瞳に、恐れはない。媚びもない。ただ、静かな知性だけがある。
セリア
「あなたが……この干ばつは自然災害ではない、と言ったの?」
アルトリア
「はい」
即答だった。
騎士たちがざわめく。
ルーク
「根拠は?」
アルトリアがゆっくりと窓の外を見る。干上がった大地。
アルトリア
「理由は三つあります」
セリアの瞳が鋭くなる。
セリア
「……聞かせて」
アルトリアは振り返る。
蒼い瞳が、セリアを真っ直ぐに見つめる。
アルトリア
「この干ばつは――人為的に引き起こされています」
沈黙。
空気が凍る。
騎士
「馬鹿な……!」
ルーク
「あり得ん……」
だがセリアだけは、彼の目を見ている。
セリア(心の声)
(この人は……嘘を言っていない)
アルトリアは続ける。
アルトリア
「水は消えたのではありません。奪われたのです」
その言葉が、すべてを変える。
セリアの運命も、王国の運命も。
アルトリアがそう言い切った直後。
室内の空気が張り詰めている。
ルーク
「……証拠はあるのか」
アルトリアは何も言わず、手に持っていた本をゆっくり閉じる。
パタン――
その音がやけに響く。
そして立ち上がる。
その瞬間――セリアの視線がわずかに揺れる。
セリア(心の声)
(……高い)
細身で中性的な印象とは裏腹に、意外にも背は高い。
立ち上がったアルトリアは、セリアよりわずかに高い位置にいる。
セリアは自然と、彼を見上げる形になる。
セリア(心の声)
(近くで見ると……本当にきれいな顔立ち……)
アルトリアは気づいていない。静かに窓の外を指さす。
アルトリア
「水は消えていません。川の流量そのものは減っていない」
ルーク
「……何?」
アルトリア
「減っているのは、この地域だけです」
アルトリアは机の上にあった地図を広げる。
地図には、エルメア平原と水路が描かれている。
アルトリア
「ここ」
指で北東の一点を示す。
アルトリア
「この位置で水流が変えられています」
騎士
「断言するのか?」
アルトリア
「はい。地形、風向き、地下水の分布、土壌の乾燥速度。すべてが一致しています」
ルーク
「……その距離は?」
アルトリア
「ここから約三キロ」
静寂。騎士たちが顔を見合わせる。
ルーク
「仮にそれが事実だとしても――お前はどうやってそれを……」
アルトリアは淡々と答える。
アルトリア
「観察しました」
それだけだった。
セリアは、彼の横顔を見る。
そこに誇張はない。ただ純粋な知性だけがある。
セリア(心の声)
(この人は……本当に見えている)
セリアは一歩近づく。
セリア
「その場所へ案内して」
アルトリア
「……はい」
セリアは、ふいに彼の手を掴む。
セリア
「あなたも一緒に来て!」
突然の接触。
アルトリアの目が見開かれる。
アルトリア
「え?」
セリア
「あなたが特定したのでしょう?なら、あなたが必要よ」
アルトリア(顔を赤くしながら)
「え、えっ……!?」
戸惑う。明らかに戸惑っている。
アルトリア
「わ、私はただ推測を……」
セリアは真っ直ぐ彼を見る。
セリア
「推測ではないわ。あなたは真実を見ている」
アルトリアは言葉を失う。彼の手はまだ握られている。
アルトリア(小声)
「……離してください」
セリア
「嫌」
即答。
ルークが咳払いをする。
ルーク
「姫様……」
セリアははっとして手を離す。
セリア
「……失礼」
だが視線は外さない。
セリア
「来てくれる?」
アルトリアは少しだけ考える。そして静かに答える。
アルトリア
「……分かりました。ただし、危険です」
セリアは微笑む。
セリア
「私は騎士よ。危険には慣れているわ」
アルトリアは一瞬、彼女の瞳を見つめる。
蒼銀の瞳。強さと優しさを兼ね備えた光。
アルトリア
「……では、急ぎましょう」
騎士団が動き出す。
エルメア平原・北東部へ向かう道
騎士団が進む。
その先頭を歩くのは一人の少年、アルトリア・フィリア。
その後ろに、セリアと騎士団長ルーク。さらに騎士団員たちが続く。
騎士A(小声)
「本当にこの方向なのか……?」
騎士B
「ただの子供だぞ……」
ルークは無言でアルトリアの背を見ている。
セリアだけは、疑いのない目で彼を見つめている。
セリア
「あとどれくらい?」
アルトリア
「もうすぐです」
迷いは一切ない。
まるで、見えているかのように歩く。
やがて、アルトリアが立ち止まる。
アルトリア
「ここです」
騎士たちが周囲を見渡す。
何もない。ただの荒れた地面。
騎士
「……何もないではないか」
ルークも眉をひそめる。
ルーク
「説明しろ」
アルトリアは地面を見る。
そして、しゃがみ込む。
乾いた土を指で触る。
アルトリア
「……やはり」
立ち上がる。
アルトリア
「この地下です」
騎士
「地下?」
アルトリア
「水路があります」
騎士たちがざわめく。
ルーク
「根拠は?」
アルトリアは冷静に答える。
アルトリア
「三つあります」
セリアは静かに聞いている。アルトリアは周囲の地面を指さす。
アルトリア
「まず、乾燥の進行速度です。この地域は完全に干上がっていますが――周辺の地下湿度は、完全には消えていない。」
ルーク
「……それが何を意味する?」
アルトリア
「自然干ばつであれば、広範囲に均等な乾燥が発生します。しかし今回は違う。水の流れが、途中で遮断されています」
騎士たちが顔を見合わせる。アルトリアは枯れた草を手に取る。
アルトリア
「次に、植物の枯れ方。完全な干ばつなら、植物はゆっくり枯れます。しかしこれは違う。急激に水を失っています」
セリア
「つまり……」
アルトリア
「突然、水が消えた。自然では起こり得ません」
アルトリアは遠くを指さす。
アルトリア
「あちらをご覧ください」
騎士たちが見る。
わずかな地形の隆起。普通なら気づかない程度の差。
アルトリア
「土の盛り上がりがあります」
ルーク
「……それが?」
アルトリア
「最近、人の手で掘り返された痕跡です」
騎士
「まさか……」
アルトリア
「地下に水路が掘られ、水流が変えられています」
沈黙。
騎士団に緊張が走る。
アルトリアは断言する。
アルトリア
「水は消えたのではない。奪われました。この地下を掘れば、水路が見つかります」
完全な静寂。
風の音だけが響く。
騎士たちは互いを見る。
そして、ルークが前に出る。
ルーク
「……掘れ」
騎士団員
「はっ!」
騎士たちが剣と工具で地面を掘り始める。
セリアはアルトリアを見る。
セリア(心の声)
(この人は……本当に、見えている)
アルトリアはただ静かに、その様子を見ている。
恐れも、迷いもなく。
騎士団員たちが地面を掘り進める。
ガンッ――
硬い感触。
騎士団員
「何かに当たりました!」
さらに土を掘り除ける。
やがて――石で造られた人工の構造物が姿を現す。
騎士団員
「これは……!水路です!!」
騎士たちに衝撃が走る。ルークが目を見開く。
ルーク
「……本当に、存在したのか」
アルトリアは静かにそれを見ている。セリアはゆっくりと水路に近づく。
手で触れる。
セリア
「……間違いない。人の手で造られた水路」
ルーク
「水の流れを変えているのか……」
騎士団員
「姫様!水はまだ流れています!」
水路の中を、大量の水が別方向へ流れている。
つまり――奪われていたのだ。
セリアの瞳が強くなる。
セリア
「破壊してください」
騎士団員
「はっ!」
騎士たちが剣と工具で水路を破壊する。
石が砕かれる。水の流れが変わる。
ゴォォォ――
地鳴りのような音。
そして――水が、本来の川へと戻り始める。
エルメア平原の干上がっていた川。
その川に――水が戻る。
最初はわずかに。
やがて、勢いを増して流れ出す。
農民
「み、水だ……!」
子供
「水だ!!」
農民たちが駆け寄る。涙を流す者もいる。
子供たちが水に触れる。
子供A
「冷たい……!」
子供B
「戻ってきた……!」
セリアはその光景を見つめる。
安堵の表情。
そして――ゆっくりと振り返る。
アルトリアを見る。
セリア
「あなたが……救ったのね」
アルトリア
「いいえ。水は元々ここにありました。私は元に戻しただけです」
セリアは微笑む。
セリア
「それを救うと言うのよ」
ルークがアルトリアの前に立つ。
ルーク
「……なぜ分かった?」
アルトリア
「観察しました」
ルーク
「それだけで、水路の位置まで特定したのか?」
アルトリア
「はい」
騎士たちがざわめく。
騎士
「信じられん……」
騎士
「まるで未来を見ているようだ……」
セリアは静かにアルトリアを見つめている。
セリア(心の声)
(この人は……本物の賢者だ)
ルークがさらに尋ねる。
ルーク
「誰がこんなことをした?」
アルトリアは迷いなく答える。
アルトリア
「貴族です」
騎士たちが凍りつく。
ルーク
「……何だと?」
アルトリア
「この規模の工事には、大量の資金と人員が必要です。そして、それを隠蔽できる権力。可能なのは、王国貴族のみです」
セリアの瞳が鋭くなる。
セリア
「……目的は?」
アルトリア
「食料支配です。水を独占すれば、食料を独占できる。食料を独占すれば――」
アルトリアは静かに言う。
アルトリア
「国家を支配できます」
重い沈黙。
ルークが拳を握る。
ルーク
「……反逆行為だ」
セリアは決断する。
セリア
「ルーク」
ルーク
「はっ」
セリア
「騎士団をまとめてください。一度、王都へ戻ります」
ルーク
「よろしいのですか?」
セリア
「これは、父上に直接報告すべき事態です」
セリアの瞳に強い意志。
セリア
「この件は――王国の根幹に関わる」
ルーク
「はっ!」
騎士団員
「帰還準備!!」
騎士団が動き出す。
セリアは最後に、アルトリアを見る。
風が吹く。白銀の髪と、黒髪が揺れる。
セリア
「アルトリア・フィリア」
アルトリア
「はい」
セリア
「あなたは――」
一瞬、言葉を選ぶ。
セリア
「王国に必要な人です」
アルトリアは何も答えない。
ただ、静かに彼女を見る。
セリア
「また会いましょう」
セリアは背を向け、騎士団と共に歩き出す。
王都・公開処刑場
暗い空。鎖に繋がれた貴族。
かつて豪奢な衣を纏っていた男たち。だが今は、顔色を失っている。
民衆が周囲に集まっている。
民衆A
「あいつらが……!」
民衆B
「俺たちの水を奪った……!」
貴族
「ま、待て……!私は王国の貴族だぞ!!」
兵士が冷たく告げる。
兵士
「王命である。貴様らは国家反逆罪により、すべての地位と財産を剥奪。そして――厳罰に処す」
民衆の歓声と怒号。
水源を独占し、国家転覆を企てた貴族たちは――例外なく、厳罰に処された。
王城・レオニスの私室
レオニスが立っている。その表情は怒りと、そして深い失望。
レオニス
「奴らめ……」
拳を握る。
レオニス
「この私に対して……反逆行為を企てていたとは……」
その声には王としての威厳と、統治者としての苦悩が滲んでいる。
横に立つガイナスも、怒りを隠せない。
ガイナス
「許せません。民を苦しめるだけでなく――父上に背くつもりだったとは……!」
ガイナスの拳も強く握られている。
沈黙。
やがて、レオニスはゆっくりと振り返る。
視線は、セリアへ向けられる。
レオニス
「……ところで、セリア」
セリア
「はい、父上」
レオニス
「今回、この陰謀を見破った賢者。どのような者だ?」
セリアは一歩前に出る。
セリア
「アルトリア・フィリアという賢者です。まだ19歳ですが……」
セリアの瞳に確信の光。
セリア
「非常に優れた知性を持っています。地下水路の位置、構造、そして犯人の可能性まで、すべてを見抜きました」
ガイナスが驚く。
ガイナス
「19歳……?それほどの賢者がこの問題を解決したのか……」
レオニスは静かに呟く。
レオニス
「……アルトリア・フィリア」
その名を、ゆっくりと繰り返す。
レオニス
「アルトリア……フィリア……」
その瞬間――レオニスの瞳に、わずかな動揺が走る。
レオニス(心の声)
(アルトリア・フィリア……だと……?まさか……!いや!そんなはずはない……)
レオニスは目を閉じる。しばらくの沈黙。
ガイナス
「父上?」
レオニスは目を開く。
その瞳には、決断の光。
レオニス
「セリア」
セリア
「はい」
レオニス
「すぐにその賢者を王都へ連れて来い」
ガイナス
「……!父上……?」
レオニス
「士官させる」
ガイナス
「しかし、身元の確認もまだ――」
レオニスは断言する。
レオニス
「不要だ」
ガイナス
「……!」
レオニス
「それほどの賢者ならば――」
レオニスは窓の外を見る。
広大な王国。
レオニス
「我が国に必要な存在だ」
セリアの瞳がわずかに輝く。
セリア
「……はい。必ずお連れいたします」
アルトリアの家
静かな午後。
窓から柔らかな光が差し込む。
部屋の中は相変わらず、本で埋め尽くされている。
椅子に座り、一人の少年が本を読んでいる。
アルトリア・フィリア。
ページをゆっくりとめくる。
アルトリア(心の声)
(……やっぱり、この時間が一番落ち着く)
外の騒ぎも、王国の混乱も、この部屋には届かない。
ここだけが、彼にとっての安らぎの場所だった。
ページをめくろうとした――その時。
コトン……
外から音がする。アルトリアの手が止まる。
さらに――馬の足音。馬車の停止する音。
アルトリアは顔を上げる。
アルトリア(心の声)
(……?)
扉を開けるアルトリア。
家の前に、豪華な王家の紋章を刻んだ馬車。
そして――その扉が開く。
中から現れたのは、白と蒼を基調とした王女の正装。
白銀の長髪。蒼銀の瞳。
レグナス王国第1王女。セリア・レグナード。
彼女は優雅に馬車から降りる。アルトリアの目が見開かれる。
アルトリア
「え……」
言葉が出ない。
戦場の鎧姿ではない。王女としての装い。
その美しさは、まるで別人のようだった。
セリアは優雅に微笑む。
セリア
「こんにちは、アルトリア」
アルトリア
「え……えっと~……」
完全に困惑している。言葉が見つからない。
セリアはその様子を見て少し楽しそうに微笑む。
セリア
「あら?姫の姿の私に、見惚れたのかしら?」
アルトリア
「ち、違います!」
慌てて首を横に振る。
あまりに慌てた動きに、騎士たちがわずかに表情を緩める。
アルトリア
「そ、そういうわけでは……」
言葉が続かない。
セリアはくすりと微笑む。
そして――手に持っていた扇を開く。
パチン――
優雅な音。
その扇で、アルトリアをまっすぐ指す。
セリアの表情が王女としての威厳を帯びる。
セリア
「単刀直入に言うわ」
一瞬の静寂。
風が吹く。白銀の髪が揺れる。
セリア
「アルトリア・フィリア。あなたを――王都レグナリアへ招待します!」
沈黙。
アルトリアの思考が止まる。完全に停止する。
そして――
アルトリア
「えええええええっっっっ!!!!!!!!!!!!!?????????????????????」
平原に、賢者とは思えない絶叫が響く。
騎士たちが思わず顔を見合わせる。
セリアは楽しそうに微笑んでいる。
セリア(心の声)
(見つけたわ。この国を変える人を)
アルトリアはまだ混乱している。
アルトリア
「お、王都……?な、なぜ……私が……?」
セリアは静かに言う。
セリア
「あなたは、賢者だからよ」
その言葉が彼の運命を決定づける。
孤独な賢者と銀の姫騎士。
二人の出会いが――王国の未来を変えていく。
第1話 完
