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天才推理小説家の事件録 第15話「会食での連続殺人事件 北海道編」

第15話「会食での連続殺人事件 北海道編」

札幌・新千歳空港

雪が舞う札幌。潤と遥香が空港を出てタクシーに乗り込む。

宝条 潤
「ていうか……なんでお前までついてくるんだよ?」

神谷 遥香(即答)
「だって潤が美人を見ないか心配だし」

宝条 潤
「うぐ……」

神谷 遥香(腕を組み、じとっと睨む)
「美人秘書が犯人だったことに、あからさまに残念がってた前科もあるし?」

宝条 潤
「うぐぐ……」

神谷 遥香
「最近起きた佐伯師範の殺人事件の時だって……」

遥香が潤を横目で見る。

神谷 遥香
「大学の“かわいい後輩”に尊敬されて、明らかに嬉しそうだったし」

宝条 潤
「うぐぐぐ……」

タクシー運転手がルームミラー越しに苦笑いする。

運転手
「……仲よろしいんですね」

宝条 潤・神谷 遥香
「「よくないです!」」

なぜ2人が北海道にいるのかというと、それは数日前にさかのぼる……

数日前 宝条邸 応接間

黒田が封筒を2通、潤の前に置く。

黒田
「坊ちゃま、こちらが今回のご招待状でございます」

宝条 潤
「……2通?」

黒田
「はい。1つは北海道・札幌。もう1つは福岡・博多でございます」

潤が封を切り、内容に目を走らせる。

宝条 潤
「どっちも……でかいな」

黒田
「いずれも政財界の大物ばかり。軽い会食、という顔ではございませんな」

宝条 潤(小さくため息)
「宝条家の当主でもある以上……どっちも避けられないか……」

少し間を置いて答える。

宝条 潤
「まずは北海道に行く。日程的にも、先に片付けたほうがいい」

黒田
「かしこまりました。すぐに手配を」

黒田が一礼して下がる。

現在・札幌市内 車中

再び車内。窓の外には雪景色。

神谷 遥香
「……で?」

宝条 潤
「ん?」

神谷 遥香(じっと潤を見る)
「誰と会食するの?」

宝条 潤
「……北海道最大級の医療法人の理事長だ」

神谷 遥香
「医療法人?」

宝条 潤
「白鳥正剛。政財界にも警察にも顔が利く人物だ」

少し言い淀む。

宝条 潤
「……父さんとも面識があったらしい」

神谷 遥香(表情が一瞬だけ引き締まる)
「潤のお父さんと?」

宝条 潤
「表向きは慈善家。でも裏では……まあ、噂が絶えないタイプだ」

神谷 遥香
「つまり……」

腕を組み、警察官の顔になる。

神谷 遥香
「火種の塊みたいな人、ってことね」

宝条 潤
「そういうことだ」

タクシーがゆっくりと料亭の前に停まる。

運転手
「着きましたよ」

潤がドアを開け、立ち上がる。

宝条 潤
「……嫌な予感がする」

遥香が小さく微笑み、潤の袖を掴む。

神谷 遥香
「大丈夫。美人が出てきたら、私が先に制圧するから」

宝条 潤
「それはそれで怖いんだけど!?」

料理亭「郷田庵」

雪が静かに降る夜。
札幌の一等地に、古風で重厚な門構え。

潤と遥香が車を降り、門前に立つ。

神谷 遥香(表札を見て、眉を寄せる)
「ここって……確か……」

宝条 潤(驚く)
「え、ここ知ってるの?」

神谷 遥香(記憶を探るように)
「どこかで聞いたことがあるのよ」

門が静かに開き、仲居が現れる。

仲居(深く頭を下げ)
「宝条様、神谷様。お待ちしておりました」

遥香が一瞬、仲居の所作を見て“格”を感じ取る。

神谷 遥香(小声で)
「……この料亭、ただの店じゃないわね」

宝条 潤(小声で返す)
「見ればわかる。金の匂いがする」

神谷 遥香(ジト目)
「あなたは“美人の匂い”も嗅ぎ分けるでしょ」

宝条 潤
「嗅ぎ分けねぇよ!!」

仲居が困ったように微笑みつつ案内する。

郷田庵・玄関~廊下

廊下は磨き上げられた木。
雪で湿った外とは別世界の静寂。

潤が襖越しに、他の客の気配を感じて緊張する。

宝条 潤(心の声)
(……政財界の会食。ここに集まる連中は、全員“顔が武器”だ)

遥香が潤の横顔を見る。

郷田庵・大広間(会食場)

襖が開く。畳の大広間。壁には掛け軸。
一角には別室へ続く廊下があり、そこに**「囲炉裏の間」**の札が見える。

潤と遥香が正面の席へ案内される。

仲居
「こちらへどうぞ」

座布団に座った瞬間――外から車の音。
玄関側が慌ただしくなる。

襖が開き――入ってきたのは、大柄な男。彼が北海道最大級の医療法人理事長、白鳥正剛(62)。
高級スーツ、威圧感。目が笑っていない。

白鳥 正剛
「……宝条先生。遠いところを、よく来てくださった」

白鳥は笑顔を作るが、目が冷たい。
その後ろに、影のように立つ男――久木田雄二(48)。白鳥の秘書である。
無表情で微笑みすらしない。ただ、徹底して“完璧な距離”を保っている。

潤が立ち上がり、一礼する。

宝条 潤
「理事長。本日はお招きいただきありがとうございます」

白鳥が潤を値踏みするように眺める。

白鳥 正剛
「いやいや……先生はお若いのに、名声はすでに本物だ。あなたの父上……宝条豊氏にも、昔世話になった?」

潤の表情が一瞬だけ固まる。

宝条 潤
「……存じています」

白鳥 正剛
「……立派なお方だった。まさかあの若さで亡くなるとは」

遥香が一歩前に出て、一礼する。

神谷 遥香
「警視庁捜査一課管理官、神谷遥香です。潤とは幼馴染でして、本日は同席をお許しください」

白鳥が遥香を見て、顔に薄い笑みを浮かべる。

白鳥 正剛
「ほう……噂の“剣道六段の女管理官”とはあなたか。なるほど、顔も整っている」

遥香がにこやかに微笑む。

神谷 遥香(淡々と)
「ありがとうございます」

久木田が一歩前に出て深く一礼する。

久木田 雄二
「秘書の久木田でございます。本日は、何卒よろしくお願い申し上げます」

機械のように丁寧だが、“人の温度がない”。
潤が久木田を見て、直感的に感じる。

宝条 潤(心の声)
(……目が死んでる。この人、主人に従ってるんじゃない。“縛られてる”)

白鳥が手を広げるようにして妻子を紹介する。

白鳥 正剛
「そうそう、こちら妻の美沙子と息子の壮馬だ」

横から、上品な着物姿の女性は妻の白鳥美沙子(59)。

白鳥 美沙子
「白鳥美沙子でございます。本日はどうぞ、よろしくお願いいたします」

柔らかい笑み。しかし目が少し疲れている。

続いて、若い男性は長男の白鳥壮馬(34)。整った顔立ちだが、どこか自信が薄い。

白鳥 壮馬
「……白鳥壮馬です。医療法人の事務局長をしています。宝条先生、今日は……よろしくお願いします」

潤が軽く会釈をする。

宝条 潤
「こちらこそ」

白鳥が壮馬の肩に手を置く。それは“父の愛”ではなく“支配”の置き方。

白鳥 正剛
「壮馬も、あなたのような方に学べばいいのだがな」

壮馬が小さく笑うが、目が揺れる。
潤はその微細な表情変化を見逃さない。

宝条 潤(心の声)
(……家庭内の空気が悪い。これは“事件の匂い”)

ここで料理が運ばれ始める。
会食が本格的にスタートする雰囲気。

白鳥 正剛
「さあ、堅い挨拶はここまでだ。今夜は……先生を歓迎する夜だ」

料理が並び始め、場が整い始める。
そこへ襖が開き、1人の男が入ってくる。札幌の建設会社社長、水瀬幸久(46)。
少し雪を払う仕草。目つきが鋭く、スーツも派手。“成金感”がある。

仲居
「水瀬様、ご到着でございます」

水瀬 幸久(一礼)
「……遅くなりました」

白鳥が薄い笑みで頷く。

白鳥 正剛
「来たか。座れ」

言い方が“命令”。

水瀬 幸久(媚びるように笑う)
「いやぁ、理事長にお呼びいただけるなんて光栄でして」

潤に視線が向く。

水瀬 幸久
「……おや。もしや宝条潤先生?」

潤は淡々と自己紹介をする。

宝条 潤
「宝条潤です。よろしくお願いします」

宝条 潤(心の声)
(この人…目がギラついてる。金と恨みの臭い)

白鳥が徳利を手に取り、場を仕切る。

白鳥 正剛
「……では。宝条先生の来道を祝って乾杯といこう」

全員が杯を持つ。

白鳥 正剛
「乾杯」

全員
「乾杯」

杯がぶつかる。
しかし“楽しさ”よりも“緊張”の音がする。

料理の配膳が終わる。刺身、蟹、海鮮の椀、焼き物。

白鳥 正剛
「郷田庵は札幌でも別格だ。味は保証する」

潤が一口、静かに食べる。

宝条 潤(小声)
「……うまいな」

遥香が即反応する。

神谷 遥香(小声)
「へえ〜? “うまい”って言うんだ? 私の時も?」

宝条 潤
「その戦い今じゃない!!」

水瀬が笑いながら言う。

水瀬 幸久
「仲いいっすねぇ〜」

遥香が水瀬を見て、笑顔のまま目を細める。

神谷 遥香
「はい。とっても」

水瀬の背筋が冷える。

しばらく料理が進む。
しかし白鳥は酒も料理も、ほとんど口をつけていない。

ふと、白鳥の視線が障子の向こうへ向く。庭。雪の白。松の黒。
そこに――人影。
白鳥の眉間が歪む。

白鳥 正剛(低く)
「……」

白鳥が立ち上がる。仲居も止められない。

白鳥 正剛
「失礼する」

白鳥が障子を開け、庭へ出ていく。

庭に雪が降る中、白鳥の前に少しうつむき気味の男がいる。

白鳥 正剛(ため息混じりに)
「お前も来ていたのか……」

男がゆっくり顔を上げる。白鳥正剛の弟、白鳥正樹(55)。

白鳥 正樹
「兄さん……」

白鳥の表情が凍りつく。

白鳥 正剛(怒鳴る)
「兄さんなどと呼ぶな!!」

庭の空気が裂ける。

白鳥 正剛
「お前みたいな家の恥さらしを弟とは思いたくない!何度も言わせるな!!」

正樹の肩が震える。だが言い返さない。

白鳥 正樹(歯を食いしばり)
「……すみません」

その姿が逆に痛々しい。

座敷側。障子越しに声が聞こえる。
場が静まりかえる。

宝条 潤(小声)
「……あの方は?」

美沙子が顔を伏せ、遠い目で答える。

白鳥 美沙子
「主人の弟の……正樹さんです」

美沙子は淡々としているが、声は少し揺れている。

白鳥 美沙子
「もともとは主人と一緒に医療法人に勤めていましたが……脱税の容疑で主人から法人を追い出されて」

さらに言葉を濁す。

白鳥 美沙子
「今は……運送会社で課長をしているとか……」

水瀬が鼻で笑う。

水瀬 幸久
「脱税ねぇ……身内でも切り捨てるんだ。さすが白鳥理事長、冷たいな」

壮馬が堪えきれず、初めて声を荒げる。

白鳥 壮馬
「……違う!」

全員の視線が壮馬へ。

白鳥 壮馬(悔しそうに)
「叔父さんの件は……冤罪だったんだ!」

壮馬が拳を握る。

白鳥 壮馬
「父さんが話も聞かずに……一方的に追い出しただけだ!!」

美沙子が小さく息を呑む。
久木田は何も言わない。ただ目だけが、薄く揺れている。

庭の障子が静かに開き、白鳥が不機嫌そうに戻ってくる。正樹の姿は、庭の奥に消えている。
座敷の空気が一段と重くなる。

白鳥 正剛(苛立ちを隠さず)
「……くだらん余興で時間を無駄にした」

その場に座り、杯を取るが口をつけない。

白鳥 壮馬(抑えきれず)
「父さん……さっきの言い方は……」

白鳥 正剛(睨みつける)
「黙れ」

壮馬は言葉を失う。

白鳥 正剛
「家の恥を外にさらすな。お前まで同じ穴の狢になる気か?」

美沙子が小さく息を吸う。

白鳥 美沙子
「……あなた、今日はお客様が……」

白鳥 正剛
「お前もだ、美沙子。何も分かっていないくせに口を出すな」

美沙子が俯く。
白鳥がこめかみを押さえる。

白鳥 正剛
「……少し、頭が痛い」

久木田がすっと前に出る。

久木田 雄二
「お加減が悪いのですか?」

白鳥 正剛
「……この空気が悪い」

周囲を一瞥し、吐き捨てるように言う。

白鳥 正剛
「少し1人になる。囲炉裏の間を使う」

その言葉に、潤が同時に反応する。

宝条 潤
「……囲炉裏の間をですか?」

白鳥 正剛
「ああ。静かで落ち着く」

久木田 雄二
「承知しました。火の具合もちょうどよろしいかと」

白鳥が立ち上がり、座敷を出る。

白鳥 正剛(背を向けたまま)
「……料理は続けておけ」

囲炉裏の間へ続く廊下を歩く白鳥。久木田は一礼し、座敷に残る。
白鳥が障子を開ける。

囲炉裏の間

火が静かに燃え、赤い光が部屋を照らす。白鳥がどっかりと腰を下ろす。

白鳥 正剛(独り言)
「……愚かな連中だ」

火箸を取り、囲炉裏の炭を軽く突く。
その瞬間、ふわりと見えない煙が立ち上る。

白鳥 正剛
「……?」

白鳥が咳き込む。

白鳥 正剛
「……ッ……!」

手で口元を押さえる。呼吸が荒くなる。

白鳥 正剛
「ガハッ……!」

立ち上がろうとするが、膝が崩れる。そして囲炉裏の前に崩れ落ちる。

座敷

料理が続いているが、空気は重い。

水瀬 幸久(酒を飲みながら)
「いやぁ……白鳥理事長も歳ですな」

白鳥 壮馬
「……父は、ああ見えて丈夫です」

遥香がふと時間を確認する。

神谷 遥香(小声)
「……遅くない?」

宝条 潤
「確かに」

潤が仲居に声をかける。

宝条 潤
「理事長が囲炉裏の間に行かれましたが、そろそろ戻られますか?」

仲居(一瞬ためらい)
「……確認してまいります」

仲居が囲炉裏の間の障子を開ける。

仲居
「白鳥様――」

仲居の顔が青ざめる。

仲居
「……きゃあっ!!」

悲鳴が聞こえ、全員が立ち上がる。

宝条 潤
「……!」

囲炉裏の間に行くと……白鳥が囲炉裏の前で倒れている。

神谷 遥香(即座に駆け寄り)
「全員、下がって!!」

遥香が脈を確認。

神谷 遥香(低く)
「……脈は、ないわ」

場が凍りつく。

白鳥 壮馬
「……父さん?」

美沙子が崩れ落ちる。

白鳥 美沙子
「……あなた……?」

水瀬が息を呑む。

水瀬 幸久
「……死んだ、のか?」

潤が囲炉裏と白鳥の位置関係を静かに見る。火箸、炭、煙の残り香まで細かく。

宝条 潤(心の声)
(……囲炉裏の間に入った直後。争った形跡はない)

潤が小さく呟く。

宝条 潤
「……殺されたな」

全員が潤を見る。

神谷 遥香
「潤……?」

宝条 潤(静かに)
「これは事故でも急病でもない……明らかな殺人だ」

囲炉裏の火が、静かに揺れる。
遥香がスマホを取り出す。

神谷 遥香
「北海道警に連絡します……警察が来るまで現場は保存しておいてください」

潤が白鳥の遺体を見下ろす。

宝条 潤(心の声)
(この場にいる全員に、動機がある。だが――犯人は……“ここにいない”)

数分後、郷田庵の前に数台のパトカーが止まり、捜査員たちが慌ただしく動く。
座敷にがっしりした体格の男が入ってくる。北海道警捜査一課管理官、郷田猛人(30)。

郷田 猛人
「北海道警の郷田です。現場保存のため、遺体には触らないでください」

低く通る声。一瞬で場の空気が“捜査モード”に切り替わる。
郷田が囲炉裏の間の遺体を確認し、視線を上げる。

郷田がふと、遥香を見る。数秒、目を細め――

郷田 猛人
「……ん?」

遥香も気づく。

神谷 遥香
「……郷田君?」

次の瞬間――

郷田 猛人(素の声で)
「神谷!?お前、なんでここにいる!?」

一瞬、現場の緊張が緩む。

神谷 遥香
「幼馴染の会食についてきて、それで事件に出くわしたの」

郷田 猛人
「あ~例の小説家の先生か」

潤が一歩前に出る。

宝条 潤
「……知り合いなのか?」

神谷 遥香
「同期よ。警大の」

宝条 潤
「……同期?」

郷田が姿勢を正し、警察手帳を取り出す。

郷田 猛人
「改めまして」

警察手帳を開いて自己紹介をする。

郷田 猛人
「北海道警捜査一課管理官の郷田猛人です。宝条先生のお噂は、かねがね」

宝条 潤
「……ご存じでしたか」

郷田 猛人
「そりゃあ。警察界隈で先生を知らない人間はいませんよ」

潤が少しだけ苦笑いをする。
郷田が深くため息をつく。

郷田 猛人
「しっかし最悪だよ……」

囲炉裏の間を見て――

郷田 猛人
「うちの実家の料亭で、殺人事件だなんて」

遥香が腕を組み、思い出したように言う。

神谷 遥香
「……そういえばあなた、ここの息子だったわね」

郷田 猛人
「忘れてくれててよかったのに!!」

捜査員たちが思わず笑う。
潤が2人を眺めながら、心の中で考える。

宝条 潤(心の声)
(……遥香の同期って、なんでこうも実家がデカいんだ)

脳内に“同期リスト”が浮かぶ。

《潤の脳内・同期リスト》

  • 遥香:茶道の家元の娘

  • :横浜ホテル王の娘

  • 神宮蒼馬:神社の次男

  • 久坂遼生:千葉県議の息子

  • 美優姫:大型食品チェーン令嬢

  • 織田正長:武道の家元の息子

  • 郷田猛人:札幌高級料亭の息子

宝条 潤(心の声)
(どんな“上級国民クラス”の学年だよ……あ、俺も一応上級国民に入るんだった)

郷田が表情を引き締める。

郷田 猛人
「……さて」

捜査員に指示を出す。

郷田 猛人
「鑑識を呼べ。囲炉裏周辺、特に道具類は重点的に調べさせろ」

遥香が一歩前に出る。

神谷 遥香
「郷田君。これは“普通の事件”じゃない」

郷田 猛人
「……ああ」

郷田が潤を見る。

郷田 猛人
「宝条先生……力を貸してもらえますか?」

宝条 潤(静かに)
「もちろんです」

囲炉裏の火が、パチリと鳴る。

白鳥の遺体はブルーシートで覆われ、周辺は規制線。
鑑識が道具類や灰、床を採取している。

潤は一歩引いた位置から、静かに全体を見渡している。

宝条 潤(心の声)
(囲炉裏の間。死体の倒れ方。火箸の位置。灰の散り方……ここで何が起きた?)

潤の視線が、囲炉裏→天井→障子→床へと滑っていく。

捜査員の流れを割って、いかつい男が入ってくる。北海道警警部、石崎達也(52)。

石崎 達也
「郷田」

郷田がすぐ反応。

郷田 猛人
「石崎さん。何かありましたか?」

石崎は一枚の紙を差し出す。

石崎 達也
「さっき鑑識から結果が来た」

郷田が受け取り、目を走らせる。
郷田の表情がじわりと歪む。

郷田 猛人
「……毒反応は……なし、か」

郷田が苛立ちを押し殺しながら言う。

郷田 猛人
「……いや。それにしては死に方が不自然だ。こんな“都合よく”死ぬかよ……」

拳を握る郷田。
その時、ゆったりした声が入る。北海道警警部補、寒河江渉(43)。

寒河江 渉
「まあまあ郷田君」

郷田が顔を上げる。

寒河江 渉
「一度、深呼吸しよう」

場の空気が少しだけ和らぐ。
郷田がふっと息を吐く。

郷田 猛人
「……寒河江さん……ありがとうございます」

寒河江 渉(穏やかに)
「うん。焦っても証拠は増えないからねぇ」

石崎が小さく頷く。

石崎 達也
「寒河江の言う通りだ。“ここで何が起きたか”は現場が喋る」

遥香がそのやりとりを少し離れて見ている。

神谷 遥香(心の声)
(年上の部下にこうやって励まされる郷田君……)

自然と柴田と瀬尾の顔が浮かぶ。

神谷 遥香(心の声)
(私も柴田さんと瀬尾さんにああやって励まされてるな〜)

わずかに口元が緩む。しかし次の瞬間、顔が引き締まる。

神谷 遥香(心の声)
(……笑ってる場合じゃない。ここは殺人現場)

潤の目が細くなる。

宝条 潤(心の声)
(外傷もなく、毒反応も出ない……?だったら“口から入れた毒”じゃない)

潤の頭の中で、ひとつの線が繋がる。
潤がぽつりと呟く。

宝条 潤
「……なるほどな」

遥香が気づいて振り向く。

神谷 遥香
「潤?」

郷田も反応する。

郷田 猛人
「宝条先生……何か分かったんですか?」

潤は囲炉裏を見つめたまま、低い声で言う。

宝条 潤
「……毒反応が出ないのは当たり前です」

全員が息を呑む。

宝条 潤
「この事件――“飲ませて”殺したんじゃない」

潤が天井を指さす。

宝条 潤
「……“吸わせた”んです」

郷田が絶句する。

郷田 猛人
「……吸わせた?」

囲炉裏の火がパチリと音を立てる。
潤は囲炉裏のそば、火箸と灰の位置を指し示す。

宝条 潤
「まず前提として……」

視線を囲炉裏の火へ移す。

宝条 潤
「ここは“囲炉裏の間”です。火がある以上、煙が出る。微量でも確実に」

空気の流れを指でなぞるように。

宝条 潤
「煙は上にのぼる。でも……この部屋、障子が少しだけ開いてる」

障子の隙間から入る冷気。火が揺れる。

宝条 潤
「冷気が入ってくると、煙は一定方向に流れる。つまり――“人の顔の高さ”に、溜まりやすい」

郷田 猛人(真剣に)
「……顔の高さ」

宝条 潤
「毒を“飲ませる”なら、料理や酒に反応が出ます。でも鑑識では毒反応が出ていない。なら毒は、口からじゃない……呼吸で入った可能性が高い」

静かな間。

宝条 潤
「つまりこれは――**吸入毒(きゅうにゅうどく)**による殺人です」

郷田がぐっと息を呑む。

郷田 猛人
「……吸い込ませて殺した……?」

宝条 潤
「ええ」

郷田が即座に振り向く。

郷田 猛人
「新井!」

1人の女性刑事がが飛んでくる。北海道警巡査部長、新井ゆかり(26)。

新井 ゆかり
「はい!」

郷田 猛人
「今のをメモしておけ」

新井 ゆかり
「はい。(かきかきかきかき)」

メモを取るスピードが異常に速い。潤が思わず視線をそちらへ。

宝条 潤
「……この刑事さん、ずいぶんメモ取るの早いんですね……」

郷田が少し誇らしげに言う。

郷田 猛人
「ここまでメモを取るのが早いのは、北海道警の中でもそうそういませんよ」

新井は目線も上げずに淡々とメモを取る。

新井 ゆかり
「(かきかきかき)……囲炉裏……煙……顔の高さ……吸入毒……(かきかき)」

潤が軽く引く。

宝条 潤(心の声)
(……タイピングじゃなくて手書きだよな?)

潤が話を戻す。

宝条 潤
「吸入毒の仕込み方は大きく2つ」

指を立てる。

宝条 潤
「1つは部屋全体に充満させる方法。ただしそれだと、周囲の人間にも影響が出ます」

遥香が頷く。

神谷 遥香
「……会食の場は別室だった。被害者だけが死んでいる。部屋全体に充満は不自然ね」

宝条 潤
「そう。だからもう1つ――囲炉裏道具、あるいは炭の近くに**毒の芯**を仕込んで“被害者が触る・近づける”ことで毒を揮発させる」

新井のメモがさらに加速。

新井 ゆかり
「(かきかきかきかき)毒の芯……囲炉裏道具……被害者が近づける……(かきかき)」

郷田が即座に指示を出す。

郷田 猛人
「鑑識!囲炉裏道具全回収だ!火箸、灰、炭、敷板、全部!」

石崎 達也(低く)
「やっと道が見えたな」

寒河江 渉(穏やかに)
「うん、これで“事故”って線は消えるねぇ」

宝条 潤
「この事件の犯人は――」

潤がゆっくり言う。

宝条 潤
「被害者が囲炉裏の間へ行くことを知っていた者。そして……囲炉裏道具に触れられる者です」

遥香が目を細める。

神谷 遥香(心の声)
(……囲炉裏の間に行くのが急だったのなら、知っていた人間は限られる)

鑑識が囲炉裏道具を次々と回収していく。郷田が指揮を取りながら、現場を鋭く見回す。

郷田 猛人
「よし……この事件、守備位置を変えるぞ」

捜査員たちが一瞬きょとんとする。

郷田 猛人(気づかず続ける)
「今まで内野だけ見てたけど、これは外野の打球だ。視野を広げろ!“配球”も変えろ!」

石崎が静かに目を細める。

石崎 達也(小声)
「……出たな」

寒河江がゆったり笑う。

寒河江 渉
「郷田君、また野球の癖出てるよぉ」

郷田がハッと我に返る。

郷田 猛人
「あっ……しまった。つい」

遥香が潤に小声で説明する。

神谷 遥香
「彼、元甲子園球児なのよ」

宝条 潤(驚く)
「甲子園……?」

神谷 遥香
「うん。北海道代表」

郷田が聞こえてしまい、照れくさそうに頭をかく。

郷田 猛人
「おい神谷!余計なプロフィール言うなって!」

神谷 遥香(涼しい顔)
「余計じゃないでしょ。“捜査の癖”の説明よ」

郷田がぐぬぬとなる。

潤が郷田の体格を見る。
肩幅、胸板、腕。スーツの上からでも分かる。

宝条 潤(心の声)
(道理で体格がいいわけだ……)

郷田が表情を引き締め、声を張る。

郷田 猛人
「よし!次は“打席”だ――容疑者全員、集めるぞ!」

遥香が即ツッコミを入れる。

神谷 遥香
「また野球用語!」

郷田 猛人
「ちっ……!」

潤が小さく笑いそうになるが、すぐ真顔に戻る。

宝条 潤
「……では、この場にいた方々にお話を聞いてみましょうか」

郷田庵・大広間

規制線が張られ、緊迫した空気。
座敷の中央に容疑者たちが並ばされる。

郷田が一歩前に出る。

郷田 猛人
「北海道警捜査一課、郷田です」

鋭い眼光で全員を見渡す。

郷田 猛人
「白鳥正剛氏は、先ほど“囲炉裏の間”で死亡が確認されました。現時点で事故か事件かは――」

潤が静かに言う。

宝条 潤
「事件です」

全員が潤を見る。

郷田 猛人
「一斉聴取に入ります。質問には正確に答えてください」

新井がペンを構える。

郷田 猛人
「確認します。白鳥理事長が囲炉裏の間へ向かったのは何時頃ですか」

久木田が即答する。

久木田 雄二
「20時31分前後です。先生は“少し一人になりたい”と仰っていました」

新井が猛スピードでメモ。

新井 ゆかり
「(かきかきかき)20:31前後……囲炉裏の間……」

郷田 猛人
「発見は?」

仲居(証人)
「20時38分頃です……」

郷田 猛人
「つまり、7分以内。この短時間で何が起きたかが重要だ」

ここから個別聴取に入る。

郷田 猛人
「奥さんの白鳥美沙子さん。20時31分から38分まで、あなたはどこにいましたか?」

白鳥 美沙子(震える声)
「……座敷にいました。女将さんと……お酒を……」

女将が頷く。

女将
「奥様は席を立たれておりません。帯が少し崩れて、私が直して差し上げました」

郷田が壮馬に目を向ける。

郷田 猛人
「ご長男の白鳥壮馬さん。あなたは?」

白鳥 壮馬(悔しそうに)
「……俺も座敷に。父が出て行った後も、ずっとここにいました……」

郷田が久木田に目を向ける。

郷田 猛人
「秘書の久木田さん。あなたは?」

久木田が無表情で答える。

久木田 雄二
「私は会食の場にいました。先生が席を外された後、私は料理亭の者と連絡を取り、続いて各所へ電話を――」

スッと手帳を取り出す。

久木田 雄二
「通話記録もあります」

新井がまた加速する。・

新井 ゆかり
「(かきかきかきかき)秘書…通話記録…会食場…」

水瀬がニヤッとする。

水瀬 幸久
「秘書さんは“完璧”ってわけですか。さすが白鳥理事長の犬」

郷田 猛人
「そういう水瀬社長。あなたはその時間、どこにいましたか?」

水瀬 幸久(肩をすくめ)
「俺はトイレ。酒が回ってな、20時31分に立って、戻ったのは38分頃だ」

警察が水瀬を見る。

水瀬 幸久
「でも俺じゃない……トイレで吐いてたんだよ」

石崎が低く。

石崎 達也
「証拠は?」

水瀬がポケットから薬袋を出す。

水瀬 幸久
「胃潰瘍の薬。ほら、病院でもらってる」

潤はそれを見て、何も言わない。

宝条 潤(心の声)
(この男は黒い。だが、今回の“やり口”と噛み合わない)

正樹は俯いたまま。

郷田 猛人
「弟の白鳥正樹さん。あなたはどこで何をしていましたか?」

白鳥 正樹
「……座敷にいました」

水瀬が笑う。

水瀬 幸久
「嘘くさ。あんたさっき庭にいたじゃねぇか」

正樹の拳が震える。

白鳥 正樹
「……庭にいたのは“呼ばれたから”だ」

潤が静かに言う。

宝条 潤
「呼ばれた?」

白鳥 正樹
「兄貴が……俺を見つけた……それだけだ」

郷田が確認する。

郷田 猛人
「庭にいた時間は?」

白鳥 正樹
「……20時20分頃から少し。座敷に戻ったのは、白鳥が囲炉裏の間に行く前だ」

女将が小さく頷く。

女将
「正樹様は一度座敷に戻っておられます」

水瀬が突然、挑発するように言う。

水瀬 幸久
「ま、いちばん怪しいのは誰だ?“冤罪で追い出された弟”が兄貴を殺す。物語としては完璧だろ」

正樹は顔を上げず、目だけが燃える。

白鳥 正樹
「くっ……!!」

水瀬が笑う。

水瀬 幸久
「お、怒ったのか?でもさぁ、兄貴から人生壊されたんだろ?殺してやりたかっただろ?」

美沙子が震えながら割って入る。

白鳥 美沙子
「やめてください……!」

壮馬も耐えきれず……

白鳥 壮馬
「叔父さんをそう言うな!」

その瞬間、場が完全に崩れる。

その騒ぎの中で、潤だけが静かに久木田を見る。
久木田は騒ぎを止めようとしない。ただ、無表情で“聞いている”。

宝条 潤(心の声)
(あの秘書の方はは完璧だ。完璧すぎるアリバイ……だが)

囲炉裏の火が思い浮かぶ。

宝条 潤(心の声)
(“吸入毒”なら、現場に行く必要はない……そしてもう1つ……被害者が囲炉裏の間へ行くのを知っていたのは――誰だ?)

郷田庵・囲炉裏の間

一斉聴取が終わり、容疑者たちは一旦別室へ行く。

囲炉裏の前。
火は落とされ、炭は半ば白くなっている。

鑑識が囲炉裏道具を並べている。

鑑識
「囲炉裏周辺の道具一式です。火箸、灰かき、敷板、炭……」

潤は少し離れた場所から、黙ってそれを見ている。

潤の視線が――火箸で止まる。
木製の柄。金属の先端。他の道具と比べて“使い込まれている”。

宝条 潤(心の声)
(……火箸だけ位置が妙だ)

潤がしゃがみ込み、白鳥の倒れていた位置と、火箸のあった場所を見比べる。

宝条 潤(心の声)
(倒れた位置から見て……あの人は、火箸を“自分で”取っている)

潤が火箸の柄をじっと見る。表面に、ごくわずかな“焼けムラ”がある。

宝条 潤(心の声)
(……この焦げ方)

他の木製道具を見る。灰かき、敷板――焦げはあるが、均一。火箸だけが違う。

宝条 潤(心の声)
(直接火に突っ込んだ焦げじゃない……“中から熱を持った”焼けだ)

郷田が近づく。

郷田 猛人
「宝条先生、何かありましたか?」

潤は火箸を指さす。

宝条 潤
「この火箸……白鳥理事長は、囲炉裏に入って最初にこれを触ってます」

郷田 猛人
「え?」

宝条 潤
「支配的な人間ほど、“場を自分のものにする”癖がある」

火箸を取る仕草を再現する。

宝条 潤
「火加減をいじる。炭を動かす……この火箸は、そのための道具です」

郷田が息を呑む。

郷田 猛人
「……つまり」

宝条 潤
「犯人は、“被害者がこの火箸に触る”ことを知っていた」

遥香が腕を組む。

神谷 遥香
「となると凶器は……」

潤が静かに結論を言う。

宝条 潤
「この火箸だよ」

郷田が目を見開く。

郷田 猛人
「……火箸が凶器?」

宝条 潤
「ええ。毒は“炭”でも“部屋”でもない……火箸の柄の中に仕込まれていた」

新井が震える手で、しかし猛スピードで書く。

新井 ゆかり
「(かきかきかきかき)火箸=凶器……柄の内部……被害者が自ら触る……(かきかき)」

郷田が低く命じる。

郷田 猛人
「鑑識。火箸を分解だ。中まで徹底的に調べろ」

鑑識
「了解しました!」

鑑識室(郷田庵・仮設鑑識スペース)

郷田庵の一室が臨時鑑識スペースに。机の上に火箸。工具。試薬。ライトが置かれる。
鑑識が慎重に火箸を固定する。

鑑識
「……柄の部分、開けます」

キィ……と小さな音。
木製グリップが分解される。

中から――薄い布片が見つかる。黒ずんでいる。

鑑識
「……何か、入ってます」

郷田が身を乗り出す。

郷田 猛人
「それが“芯”か?」

鑑識
「布です。薬剤を染み込ませた痕跡がある」

遥香の目が鋭くなる。

神谷 遥香
「焼けムラの原因……」

鑑識が布を回収し、反応試験をする。

鑑識
「……反応、出ました」

郷田が息を呑む。

鑑識
「揮発性の毒物――微量。燃焼熱で気化するタイプです」

新井が猛スピードでメモ。

新井 ゆかり
「(かきかきかきかき)火箸内部…布…薬剤…揮発性毒物…」

潤が静かに頷く。

宝条 潤
「……やっぱりな」

郷田が一歩前に出て声を張る。

郷田 猛人
「石崎さん、容疑者全員をもう一度集めてください」

石崎 達也
「了解」

郷田 猛人
「今度は“囲炉裏道具”を中心に絞る……この火箸が凶器だ」

寒河江が穏やかに言う。

寒河江 渉
「決めつけじゃなくて、証拠でねぇ」

郷田が頷く。

大広間

容疑者5名が再び並べられる
郷田が火箸を証拠袋に入れたまま机に置く。

郷田 猛人
「え~皆さん。囲炉裏の間で白鳥理事長を殺害した凶器が特定されました」

皆がざわつく。

水瀬 幸久
「へぇ?もう凶器が?」

郷田 猛人
「……これです」

火箸を示す。

白鳥 美沙子
「火箸……?」

白鳥 壮馬
「そんなので……?」

白鳥 正樹(低く)
「……囲炉裏道具か」

久木田だけ、何も言わない。

郷田 猛人
「ここからは……宝条先生に説明をお願いいたします」

潤が前に出る。場が静まり返る。

宝条 潤
「皆さん。まず確認します」

潤は火箸を見る。

宝条 潤
「白鳥理事長は、囲炉裏の間で1人になった」

全員が頷く。

宝条 潤
「争った形跡はない。食事にも酒にも毒反応なし。注射痕もなし」

水瀬が口を挟む。

水瀬 幸久
「だったら病死だろ?」

潤が即答する。

宝条 潤
「違います」

会場がピン、と張る。

宝条 潤
「理事長は――吸入毒で殺されました」

美沙子が顔を覆う。

白鳥 美沙子
「……そんな……」

潤が畳に視線を落とし、静かに言う。

宝条 潤
「吸入毒を成立させるには条件があります」

指を立てる。

宝条 潤
「“被害者だけが”吸い込むことと、“短時間で”死ぬ濃度にすること、この条件を満たす場所は――囲炉裏の間しかありません」

神谷 遥香(補足)
「囲炉裏の煙は顔の高さに溜まります。障子の隙間から風も入っていました」

郷田が頷く。

郷田 猛人
「煙が流れる方向も確認済みです」

水瀬が笑う。

水瀬 幸久
「んで?毒と火箸がどう関係すんだよ?」

潤が言い切る。

宝条 潤
「火箸に毒を仕込んだんです」

鑑識が一歩前に出る。

鑑識
「火箸の柄の内部から、薬剤を染み込ませた布が発見されました」

証拠写真が提示される。

白鳥 壮馬
「……柄の中……?」

白鳥 美沙子
「そんな……誰が……?」

潤が言い切る。

宝条 潤
「白鳥理事長は囲炉裏で火箸を使った。その瞬間に毒が揮発し、煙と一緒に吸い込んだんです」

潤が容疑者たちを見る。

宝条 潤
「では犯人は誰か……」

ゆっくり言う。

宝条 潤
「犯人は“囲炉裏の間に行く必要がない”。裏を返せば現場に行っていない人間ほど怪しい」

潤の視線が久木田に定まる。
潤が静かに言う。

宝条 潤
「秘書の久木田さん」

久木田が顔を上げる。

久木田 雄二
「……」

宝条 潤
「あなたはこう言いましたね?“火の具合もちょうどよろしいかと”と」

久木田の眉がわずかに動く。

宝条 潤
「なぜ分かるんです?」

場が静止する。

宝条 潤
「理事長が急に囲炉裏の間へ行くと言い出した。それなのに、あなたは“火の具合”が分かる」

久木田が淡々と答える。

久木田 雄二
「……私は秘書です。準備をするのが仕事です」

潤が首を振る。

宝条 潤
「いいえ、事前に火の具合を知ることなど不可能です」

声が鋭くなる。

宝条 潤
「火箸に仕込まれた布は、“会食の前から”入っていたんです」

鑑識が補足する。

鑑識
「布は古く、湿りの痕跡があり、直前に入れたものではありません」

久木田の目がわずかに揺れる。
潤が容疑者全員に向ける。

宝条 潤
「理事長が囲炉裏の間に行ったのは、偶然じゃありません」

壮馬が驚く。

白鳥 壮馬
「……え?」

宝条 潤
「犯人が“行かせた”んです。囲炉裏の間へ行くよう促せる立場の人間は限られる。つまり犯人は……」

潤が久木田に言い切る。

宝条 潤
「久木田雄二さん。あなたしかいないんです」

久木田が数秒沈黙し、そして――笑う。乾いた笑いであった。

久木田 雄二
「……はは」

美沙子が震える。

白鳥 美沙子
「久木田さん……?」

久木田が顔を上げる。目が初めて生気を持つ。

久木田 雄二
「……さすが宝条先生だ」

久木田の口調が変わる。静かで冷たい。

久木田 雄二
「理事長は言いましたよ」

回想のように言う。

久木田 雄二
「“裏金の責任は全部お前に被せる。俺は逃げ切る”」

壮馬が叫ぶ。

白鳥 壮馬
「嘘だ!!父さんがそんな――」

久木田が声を荒げる。

久木田 雄二
「言ったんだよ!!」

壮馬が言葉を失う。
久木田の声が震える。

久木田 雄二
「俺は……何年も、何年も……あの人のために汚れ仕事をしてきた」

拳を握りしめる。

久木田 雄二
「……最後に捨てられるなら、俺は――俺の人生を守るために、あの人を殺すしかなかった」

涙は出ない。ただ目だけが赤い。

郷田が手錠を取り出す。

郷田 猛人
「署までご同行願います」

久木田が静かに両手を差し出す。

久木田 雄二
「……どうぞ」

カチャ

遥香が目を伏せる。

神谷 遥香(心の声)
(また一つ、“権力の闇”が落ちた)

久木田が連行される。
潤がぽつりと呟く。

宝条 潤
「……終わりは、あっけない」

郷田が苦い顔で言う。

郷田 猛人
「うちの店も……最悪だよ」

神谷 遥香
「……責任は事件を起こした犯人にある。あなたじゃない」

郷田が少し救われたように頷く。

翌朝 札幌市内 車内

朝の札幌。薄く雪が残る道路を車が走る。郷田が運転席、後部座席に潤と遥香。
車内は静かだが、昨夜の事件の余韻が残る。

郷田 猛人
「先生、改めて……昨晩はありがとうございました」

郷田がルームミラー越しに潤を見る。

郷田 猛人
「……よく眠れましたか?」

宝条 潤
「はい……何とか。それより、お忙しいのに送迎ありがとうございます」

郷田 猛人
「いえいえ。事件を解決してくださったお礼です」

宝条 潤
「そんなお礼なんて……」

沈黙。

潤が思い返すように目を伏せる。

宝条 潤(心の声)
(“完璧に仕える人間”ほど、追い詰められると壊れる……皮肉なものだ)

郷田が真面目な声で続ける。

郷田 猛人
「実家の店で、あんな事件が起きて……正直、警察官としても、息子としてもきつかったです」

ハンドルを握る手に力が入る。

郷田 猛人
「……でも、事実から目を逸らさずに済んだ」

郷田が潤を見る。

郷田 猛人
「それは宝条先生のおかげです」

宝条 潤
「……いえ。やるべきことをやっただけです」

遥香が横から言う。

神谷 遥香
「それに、北海道警の初動も見事だったわよ」

郷田 猛人(照れくさそうに)
「神谷に褒められるのは……なんか癪だな」

神谷 遥香
「失礼ね」

潤が少しだけ笑う。

郷田 猛人
「ところで水瀬社長ですが、白鳥理事長から病院の資金を受け取っていたことがわかりまして、汚職の罪で逮捕しました」

宝条 潤
「どこか黒いと思ったら……それで2人で正樹さんに脱税の罪を着せたんですね」

郷田 猛人
「ええ。現在は二課に取り調べをしてもらっています」

そんな話をしていると車が空港に近づく。

郷田 猛人
「……そうだ先生」

宝条 潤
「はい?」

郷田 猛人
「また、郷田庵に食べに来てください」

郷田がミラー越しに、少し誇らしげに言う。

郷田 猛人
「これでも一応、調理師免許は持ってるんで。次は事件抜きで、腕によりをかけて振る舞います」

宝条 潤
「ありがとうございます。その時は、ぜひ」

神谷 遥香
「……その時は“捜査”じゃなくて“デート”で来たいわね」

郷田が吹き出す。

郷田 猛人
「ははっ!神谷、相変わらず圧が強い!」

宝条 潤
「やめろ、変な誤解を生む!」

新千歳空港

車が空港前に停まる。
郷田がトランクを開ける。

郷田 猛人
「福岡でしたよね……向こうも、きな臭そうだ」

宝条 潤
「ええ。“西の会食”が待ってます」

郷田 猛人
「無事を祈ってますよ」

郷田が敬礼する。

郷田 猛人
「北海道警としてではなく、1人の同業として。神谷もな」

神谷 遥香
「ありがとう」

潤と遥香は空港内に入る。

搭乗口前

福岡行きの案内アナウンスが流れる。

アナウンス
「福岡行き〇〇便、まもなく搭乗開始です」

潤が搭乗券を確認する。

宝条 潤
「……行くか」

神谷 遥香
「ええ」

歩きながら、遥香がぽつりと言う。

神谷 遥香
「北海道、寒かったわね」

宝条 潤
「事件も、な」

沈黙。

神谷 遥香
「……でも」

遥香が潤を見る。

神谷 遥香
「あなたが一緒なら大丈夫」

宝条 潤
「……それ、逆だろ」

遥香はにやりをする。

神谷 遥香
「お互い様でしょ?」

2人は搭乗口に入る。
飛行機の窓。雲の上へ上昇する機体。

宝条 潤(心の声)
(次は福岡……)

脳裏に浮かぶのは、貿易会社、裏金、そして“西の空気”。

宝条 潤(心の声)
(――また、厄介な事件になりそうだ)

第15話 完

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