丘の上の電話 六章

「電話繋がらない!!」

と言ってはいってきたのは、関東の店で友達になった和ちゃんだった。

「和ちゃん!!今日来たの?連絡くれればいいのに。迎えに行ったのにー」

「ママーー!」

泣きながら抱きついてきた。

「どうした?何があった?」

夫と教授も慌てて戻って来た。

教授が
「丘の入り口から慌てて駆け上って来た人がいて、受話器を抱えて話していたんですけど、急に降りて行っちゃったんです。どうしたんです?」

私達を見て目をまん丸くしてる。

夫は
「あれ?和子さん?」呼ばれて、我を取り戻した和ちゃんは慌てて、涙を拭きながら、

「ご無沙汰です。ごめんね、びっくりさせて。」

「いいえ。こちらこそです。」

「こっちへ座って!温かいコーヒー淹れるから。おはぎもあるよ?緑茶いい?」

「ママのコーヒーがいい!1番好き!」

「ありがとう」

夫が和ちゃんの事を教授に話し出した時、

バタンッ

勢いよくドアが開いた。
言葉は悪いが、やさぐれただ男性が入って来た。見るからに疲れている。

「いらっしゃいませ。」

ムスッとした顔でカウンター席へ座る。
夫と教授が身構えたのを感じた。

「何になさいますか?」

「ここは、風の電話があるところか?何でここに来たかわからないけどよ、気がついたら飛行機に乗って、電車を乗り継いで、あっちこっちの駅から歩いて、丘を探したんだよ。タクシーの運ちゃんに聞いても、わからねぇって言うしさっ、何なんだよここは。」

「ここは、カフェ ロゥタス
と言います。」

「えっ!!」

教授が素っ頓狂な声を上げる。

「ここって、丘の上の電話って名前じゃなかったんですか?」

「丘の上の電話は、あそこ。作ったのは私。願いを込めたのも私だけど、店の名前は、ロゥタスよ。」

和ちゃんも
「関東の二号店みたいなもんだよね!」

「そうね。1号店は、今お休みだけどね。もう少し経ったら帰るよ。ここも少し修理が必要になるみたいだから。ね?宮澤さん?」

「そうです。後で打ち合わせをしましょう。」

「お願いします。」

「店の名前よ、もう少しわかるようにしとけよ!探すのに一苦労だよ!」

「わからなかったですか?看板出してあるんですけど。」

「どこにだよ?」

一緒にドアの外へ。

「ここです、ここ。」

指さす先には、看板。のはずが見えない。ちょうどよく伸びた蔦が絡まって、雰囲気を出しているが、肝心の文字が隠れてしまっていた。

教授もやって来て、
「これじゃあわからないですよぉ。冬は雪で真っ白だったし。」

「そうですね、ここも考えてもらいましょう。
宮澤さーん、ここも考えて下さいねー。」

追いかけて出て来た彼も笑いながら
「考えましょう。雰囲気のある看板に。」

「まさか、教授まで知らなかったとは。」

夫の一言で笑いがおきる。

男性は何やらブツブツ言っていたけど、耳が遠いふりして、知らん顔した。
本当は地獄耳!!

店に入り白湯を出しながらコーヒーの注文を受けた。
男性は
「あの電話で話したい。」
と言う。
「どうぞ。繋げたい人の事を思いながら、ダイヤルを回して、受話器をとって話して下さい。
繋がれば心に声が届くでしょう。」
男性は店の中を見回す。

「続く入り口はあちらに。」

コーヒーをひと口啜ると、慌てて出ていった。

駆け上がる影が伸びていった。

さっきまで吹いていた風が止まった。電話が繋がる時はいつも優しい風が吹いていたのに。

10分すると男性は戻って来た。

「なんだ?あの電話。何にも届かないじゃないか!何にも聞こえない!」

私を睨みつける。

私は深く深呼吸をして、目を閉じた。

「お客様?あなたは繋げたい方から(にいちゃん)って呼ばれてましたか?」

「え・・・どうしてそれを?」

「今、声が届いたんです。にいちゃんと呼ぶ人の姿は見えませんけど。見える能力なんて持ち合わせてもいないんですけど、声は届くんです。男の方ですね?まだ若い。届いた言葉をお伝えしますね。
(にいちゃん?いつまでそんな暮らししてるんだ?いつまで僕のことを後悔してるんだ?あれは運命だったんだ。仕方ないことなんだ。僕がにいちゃんの暮らしを、喜んでると思うの?僕に会いにも来てくれなくて。瘡蓋をいつも剥がして彷徨っているなんて。
そんなの、望んでない。僕の代わりに、やりたいことを見つけて、楽しんでくれたらいいんだ。僕が味わえなかった事、やってくれて、精一杯生きたことを話して欲しいんだ。だから、電話には出なかったんだよ。楽しんでよ、そして僕に会いに来て。待ってるんだよ、僕は。)
って言ってますよ、純二くんは。」

青ざめた顔を向け

「なんで名前を?」

「自己紹介されましたもの。」

「あぁ・・。」
嗚咽が漏れる。

「私は、にいちゃんと呼んでくれる純二を死なせてしまいました。悪を気取っていた18の頃、免許をとって、少し悪に憧れてた純二と他二人を乗せて、学校も休ませて、走り回ってたんです。純二は妹の同級生で仲が良かったんです。地位はい頃から知っていて、ハーフっぽい顔で。でも、それが嫌だと言ってました。ハンサムだったんですよ、とても。それが悪い方に傾く。カッコいいですよね、誰がみても。純二を連れて歩くのが自慢でもあったんです。その時も助手席の後ろに座らせて、ドライブに行ったんです。カッコつけてね。赤信号でも突っ切っちゃえ!って。そしたら交差点で、左から来た車が左後ろに座っていた純二に突っ込んだんです。純二だけ、即死でした。泣きました。申し訳なくて、申し訳なくて。純二の両親にも、俺の親にも、合わせる顔がなくて。墓にも行けてないんです。逃げて逃げて今があるんです。」

「お名前は?」

「斎藤と言います。」

「斎藤さん、お墓は行ってくださいね。待ってますよ、彼。謝らず、にいちゃんとして話して来てください。あなたのこと大好きだって、言ってます。」

斎藤さんは声をあげて泣いた。

すると、また丘に風が戻って来ていた。

「斎藤さん、今話して来てください。待ってますよ、純二くん。」

外を振り返ると、二重扉を開けてゆっくりと歩いていった。
風は強く弱くを繰り返し吹いていた。

斎藤さんはしばらく戻っては来なかった。

風は優しくミモザの木を揺らし、ライラックの香りを運んでいた。

香りを纏った斎藤さんが戻って来た。

「話せましたか?」

「はい。」

「優しい風が吹いて来て、風の中から純二の声で
(にいちゃん、やっと会えたね。)
って、聞こえたんです。聞き違いかもしれませんけど、あれからの自分の人生を話したら
(ばーか!)って、あの頃と同じ言い方で言ったんです。純二が。泣きました。体から水分が抜ける程。」

「悪いものみんな出したんですね。
はい、水分補給。」

湯気が立ち上るカフェ・オ・レを差し出す。

「いい香りだ。いただきます。」

斎藤さんの四十年がほどけていった。
しばらくすると、斎藤さんが
「さて、これからどうしよう。どこか働かせてくれるところ、知りませんか?」
と、尋ねてきた。
すると夫が
「自分の働いている牧場で、一人欲しいと言ってたから、紹介しましょうか?」
と、ナイスな事を言った。

(すんばらしい!ナイスなフォロー。やっと、らしくなったわねぇ)
これは、私の心の声。

「本当ですか?お願いします。自分は・・・」

「そんな事後ででいいから、行きましょう。夜になる前にね。夜はまた忙しい時間になるから。」

慌ててコーヒー代を置いて、連れられていった。

「やれやれ。」

そう言ったのは和ちゃん。

「ふぅーー。」

「色々あるんだねぇ、それにしても、白鳥さん?お店の名前知らないなんて!どのくらいここにいるの?」

「一ヶ月と少し。」

「1日だったらまだわかるけど・・面白い人だねぇ。ここで色々社会を学ばなきゃね。」

「学んでますよ!これでも大学教授ですから!」

「見る世界が狭いのよ!ホント男ってさ、見る範囲がどの人も狭すぎなのよ。」

「・・すみません。」

なんだ?仲良しか?

教授の世界も広がっていく。

(和ちゃんは何があったのか?
聞かなきゃならないなぁー。)

「あ、そろそろホテルに帰るわ。もうすぐ夕飯の時間になるからさ。明日、また来るね。」

「いつまでいるの?」

「三泊四日」

「うん、わかった。明日ね。」

「じゃあ私も今日はこれで。明日は講義があるので、明後日来ますね。和さん、駅まで一緒に行きましょう。」

「それじゃあママ、明日来るね。」

「うん、気をつけてね。」

「はーい。」

ゆっくりとドアを開けて帰っていった。

嵐のような1日だった。

「宮澤さん!窓を閉めて、薪をくべて、お店を閉めましょう。お風呂に入ってゆっくりして下さい。修理の話は夫が戻ってきてからにしましょう。」

「いいんですか?お世話になります。」

「お酒は召し上がれます?私は下戸下戸ですけど、夫が飲みますから。楽しんで。」

「ありがとうございます。」

宮澤さは奥へと引っ込んでいった。

灯りを最小限落として、丘を照らす電気をつける。ドアには
close
の文字。

斎藤さんは無事に働けることになったのか?

心配は尽きないけれど、とりあえず夫のことを待ちながら、夕飯の支度をする事にした。

キィィ

ロッキングチェアの揺れる音。

振り向くと目の端に、学生服を着て笑ってる男の子が映った。

「あら、想像以上にイケメンな純二くん。カフェ・オ・レ淹れておくから、ゆっくりしてね。」

キィ・・キィィ・

ロッキングチェアはかすかに揺れていた。

#創作大賞2026

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