ヤブ医者が名医に変わる時
「片頭痛」持ちの私は、少し大きめの病院に定期的に通っている。
今や片頭痛は投薬や注射で予防できる時代だ。
私の頭痛も投薬でほぼコントロールできている。
担当医との付き合いは、気づけばもう20年以上になる。
途中、転勤でしばらく足が遠のいていた時期もあったのだが、先生は私のことをよく覚えていてくれた。
見た目は少し気難しそうな雰囲気だが、なぜか相性が合ったのか、いつからか、通院のたびによく雑談するようになった。
ちなみに私は、この担当医を「ヤブ医者」と呼んでいる。
診察室に入ると、先生は必ずこう言う。
「言いたいことを全部言ってみろ」
症状はもちろん、最近の愚痴から他愛のない世間話まで、私が口を開くと先生は大笑いしながら乗ってくる。
今や医師も接客業のように気を遣う時代だ。
先生曰く、平気で「ヤブ医者」なんて呼んでくる気を遣うことのない私のような患者と話すのが、いいストレス解消になっているらしい。
先日、頭痛とは全く関係のない、少し気になる症状があったので相談してみた。
すると先生は、私の顔をじっと見つめてこう言った。
「最近、無性に食べたくなるもの、あるか?」
「そういえば……ここのところ、なぜかキャベツばかり食べてる。青虫みたいに」
私が答えると、先生はニヤリと笑った。
「やっぱりな。ビタミンC不足だわ」
顔をじっと見たのは、肌のくすみ具合を観察していたらしい。
化粧もしているのに、そんなことまで見抜くとは。
「すごいね、ヤブ医者なのに」
「おまえ、毎回ひどいこと言うねぇ~」
「あ、ベンチの方が良かった?」
以前、先生がもう手術に入らず「ベンチ入り(サポート役)」になったと聞いたのを思い出して揶揄うと、担当医は
「それがさ、もうベンチ外になっちゃってさ。今はスタンド席よ」
かつては常勤医としてバリバリ働いていた先生も、今は非常勤。
もうメスを握ることはないのだという。
時の流れを少しだけ寂しく思っていると、先生はいつもの調子でカルテに向き直った。
「で、他に欲しい薬は?」
「あれ、今度はいつの間にか医者じゃなくて薬屋になったの?」
「はははっ、じゃあまた次回な」
そんな軽口で診察は終わる。
この先生の何よりすごいところは、肝心な異変を決して見逃さないところだ。
そして、こちらが不安がっていると
「そんなもん、心配しなくたって大丈夫だわ」
と、あっさり笑い飛ばしてくれる。
その一言で、どれだけ救われるか分からない。
気兼ねなく何でも聞ける医者なんて、そうそう出会えるものではない。
先生もそろそろ、遠方から病院へ通うのが大変になる年齢だ。
いつまでこうして診てもらえるだろうか。
診察室を出て、私は「たまに名医になるヤブ医者」の存在のありがたさを、しみじみと噛みしめていた。
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