見出し画像

落ち着ける所は有った方が良い

 ある仕事が無い日、私は高島平に向かう為に、都営三田線の車内で席に座っていた。
 高島平駅前の店で、伸び切った私の癖っ毛を散髪してもらってから、昔を懐かしみたいと思ったのだ。私は十年前三田線を通勤で使っていた。休日には定期を利用して、駅前で下りて自由に散歩を楽しんだものである。

 会社から「貴方は欠勤が多い為、二〇二五年十二月三十一日をもちまして、雇用契約を打ち切りとさせて頂きます」という紙の便りという格好で宣告を受けた。十一月下旬の事である。
 この事を、去年五月までいた職場(三田線で通った職場ではない)で出会った、吉野さんに報告して見たところ、それなら俺が今いる派遣会社を紹介しようか?と、温かな返事をして下さった。彼は、友人と言うよりは頼もしい兄貴という人なのだ。
 その派遣会社での面接が来週に控えているので、頭髪の始末をするのである。

 電車は、志村坂上駅を出ると、地上にぬっと姿を現す。私は、陰気で囚われた感じの地下より、開放感が有り外界の変化が終わらぬ地上の方が好きだ。
 高島平駅の駅前は、人が多過ぎない長閑かな雰囲気が漂い、ああ…懐かしいなと心に沁みるというよりも、落ち着いて過ごせそうな感じの方が遥かに濃くて強かった。
 向かった散髪屋は、静寂が籠っていた。白髪の年配の男性店員が多くて、それぞれが黙々と鋏を握っている有様である。
 軈て、私の番が訪れた。担当してくれた店内で比較的若い店員は、愛想を持ち合わせていないのが、やり取りから見受けられたが、端整な輪郭の頭髪にしてくれた。彼は"お持て成し"よりも"仕事の出来栄え"で輝くタイプなのかもしれない。
 髪はすっきりしたので、早速私は三田線沿いを歩いて見た。視界の右には、この街の特徴と言える団地が聳え立っている。それを見上げながら、もしも団地に住むとしたら、最上階に住みたいな、だって眺めはさぞ素晴らしい筈だろうと私は思った。加えて、団地の一階に在る商店も目に映して、日常に必要な物は揃う、最早一つの街として充分成り立っているのではとも感じた。

 来月から何処で働き、収入を得るという事が決まっていない…。私だって、所属と居場所が定まらなければ、不安で仕方がない。
 けれども、今歩んでいる落ち着いた高島平の街と、寒過ぎるがすっきり出来る風は、そんな私の不安を和らげてくれている。
 しっかり次の仕事を見出す事は大切だけど、その傍らで自分が落ち着きを保てる、場所や事に触れる事も必要であるだろう。
 これからも、すっきりしない気持ちや、胸騒ぎに苛まれたら、こうして落ち着ける所へ赴いて見る…。            完
  
 
 
 
 

 

いいなと思ったら応援しよう!