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説明と伝わることは別だという話

説明することと、伝わることは別だなと、よく感じます。

説明を細かくしすぎると難しくなり、

逆に単純化しすぎると誤解につながる。

テレビなどで専門家がキャッチーに説明しているのを見ると、

少し怖さを感じることがあります。


たとえば、病態の説明。

多くの方は西洋医学の知識には触れたことがありますが、

東洋医学の基礎に馴染みがある方はほとんどいません。

そのため、「肝」や「脾」といった臓腑の話をするときも、

一般的な臓器のイメージと混ざってしまい、

かえって分かりにくくなってしまうことがあります。


特に「腎」は、その代表的な概念のひとつです。

東洋医学でいう腎は、単なる腎臓ではなく、

生命の基盤となるエネルギーの蓄えと、

その維持に関わる働きを含んでいます。


この説明をするとき、

私はスマートフォンのバッテリーに例えることがあります。

ひとつは「バッテリーの最大容量」です。

フル充電してもどれくらい持つのかという“土台の力”で、

これは加齢とともに少しずつ低下していく部分です。

もうひとつは「充電の効率」です。

同じ時間休んでもどれだけ回復するのかという部分で、

いわゆるスタミナや回復力に近い働きです。


同じ「疲れやすさ」でも、

そもそもの容量が小さいのか、

回復が追いついていないのかで意味は変わってきます。

ただし、このような比喩も、

あくまで理解の入口にすぎません。


実際の体の働きを完全に置き換えるものではないため、

必要に応じて補足しながら伝えていく必要があります。

こちらとしては整理して説明しているつもりでも、

受け取る側にとっては、

そのまま同じ形で伝わるとは限りません。

だからこそ、どこまで言葉にするか、

どこをあえて削るか、を調整しながら、

少しずつすり合わせていく必要があります。


実際の臨床では、説明そのものよりも、

施術を通して体の変化を感じてもらうことで、

あとから腑に落ちることも少なくありません。

そうした積み重ねの中で、

はじめて「伝わる」に近づいていくのだと思います。

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