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愛とは何なのか。― かぐや姫が命をかけて教えに来たもの ―

子供の頃、私は『かぐや姫』のお話が大好きでした。
家が貧しかったせいもあり、光り輝くような美しさを持ち、多くの権力者から貢物を捧げられ、誰からも熱烈に愛される彼女の姿に幼いながらに強く憧れていたのです。
「美しくなれば、こんなにも愛してもらえるんだ」
「何でも手に入るんだ」

でも、大人になって物語を読み返したとき
ふと立ち止まりました。

なぜ彼女は、あんなにも頑なに何も受け取らなかったのか?

なぜ愛されているはずなのに、あんなに悲しそうに月を見上げていたのか?

そこには、私たちが忘れかけている「愛の真実」が隠されていました。
愛は「所有」ではない
お爺さんとお婆さんは、かぐや姫を深く愛していました。
だからこそ、彼らは願いました。

• 手放したくなかった
• ずっとここに居てほしかった
• 自分たちの手で幸せにしたかった

けれど、それは無意識のうちに生まれる「私たちのもの」という執着でもあります。

愛は、守ることや囲い込むこと

あるいは自分の側に留めておくことではありません。
本当の愛とは、相手の「本来の使命」を尊重すること。
たとえそれが、自分から離れていくことを意味していてもです。
愛は「努力」で手に入るものではない

多くの男たちが、彼女を手に入れるために財宝を差し出しました。
地位、財力、名誉、そして自らの誠意。
現代の私たちも、ついついやってしまいがちです。
• これだけ尽くしたから
• これだけ頑張って自分を磨いたから
• これだけ想い続けているから

でも、努力の量と愛の深さは比例しません。
「欲しいから頑張る」という地点にいるとき、私たちの根底には「まだ手に入っていない(足りない)」という欠乏感のバイブレーションが流れています。

もし、あなたが「貢物」を受け取ったなら?

ここで一度、想像してみてほしいのです。
もしあなたが、かぐや姫の立場だったら。
誰かが一生懸命に持ってきた、高価な宝物や必死の努力を差し出されたら。
嬉しいでしょうか? それとも、少し「重い」と感じるでしょうか?
「これだけしたんだから、応えてほしい」
そんな無言の期待を感じた瞬間、愛は自由を奪う「交換条件」に変わります。
かぐや姫が求めていたのは、物や権力や名誉ではなく、条件のない「透明な愛」だったのではないでしょうか。

かぐや姫が月へ帰らなければならなかった理由

かぐや姫は愛が足りなかったから去ったのではありません。
むしろ、この世界の「愛という名の執着」が十分すぎたから、去らなければなりませんでした。
人はどうしても、
• 欲しがり
• 縛り
• それを「愛の証明」だと思い込んでしまう

けれど、真実の愛は
• 相手を信じ、
• 宇宙の流れに委ね
• 離れていても魂が壊れることはない。

それを言葉ではなく自らの「不在」という行動で示すために彼女は月へと帰ったのかと。

ツインレイと引き寄せ、すべてに共通する真実
かぐや姫の物語は
現代の「ツインレイ」や「引き寄せ」の悩みにもそのまま当てはまります。
• 追えば追うほど、相手は遠ざかる
• 愛を証明しようとするほど、苦しくなる
• 与えすぎると、関係性は歪んでいく

愛も引き寄せも、「足りない自分」という土台からは、決して完成することはないのです。
条件だけで相手を手に入れるのは事はそこに愛はない。

最後に

かぐや姫はただ愛されるだけの人ではありませんでした。
それ以上に、私たちに「本当の愛とは何か」を思い出させるために舞い降りた人でした。

誰のものにもならず、誰をも否定せず、ただ静かに自分の居場所へと帰っていく。

かつて私が憧れた「貢物をされるかぐや姫」は、もうどこにもいません。

今、私が心惹かれるのは
全てを脱ぎ捨てて光の中へ帰っていくあの凛とした後ろ姿です。
愛とは手に入れることではない。
愛とは相手が「本来の自分」へ帰るのを祝福できることなのだから。

なお、
潜在意識の扱い方についてはここでは触れません。
ツインレイで苦しかった経験から
執着・依存・サイレント期間の正体を発信。
潜在意識の仕組みや統合の「起動のトリガー」についてはコチラでまとめています。⬇️

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