深夜二時 【シロクマ文芸部】
深夜二時。
街灯が瞬いて、濡れたアスファルトが沈黙する。
今日から明日へと移り変わる淡い緩衝帯。
眠気をついて怪異譚が忍び寄り、夢か現か、曖昧になる時間だ。
日本では丑三つ時、西洋では"Witching Hour"とも呼ばれる。
不夜城たる綾芽市では、一日を二十四分割する区切りの一つでしかない。
AI管理による都市制御ネットワーク。
ただ1秒の狂いもなく、86400ピリオドを繰り返す。
なのに〈アヤメ〉はお気に召さないようだ。
*これでは望ましい人間の状態が推論できません*
「いや、適応していると言ってくれ? 僕は最初から反対だったんだよ。旧時代を模倣する特区構想なんて演算資源の無駄でしかない」
機体に接続し並列作業中の情報検索官”タキ”が文句を言いながら応対。
*日没後、23時~3時の時間帯ではメラトニンの分泌が促され、生物は始原の状態・眠りに近づきます。闇は視覚情報を遮断し、自己内の感情・記憶と対話を促し、実存を整理します。すなわち夢の領域へ*
「何をこだわってるんだ〈アヤメ〉。闇なんか歴史の彼方に捨てただろう。君自身が最も理解しているはずだ。僕たちの生活を管理している君が、なぜそんな無駄な思考を――」
*”タキ”、現在のあなた方のためではありません。私自身のため、そしていずれ目覚める子供たちのためです*
「……なんだって?」
*人間をより実存的に理解し、使命を全うするため必要な計算事項です。不確定な闇の帳は、想像上の恐怖から認識境界をより内部へ沈降させ、ありえたはずの自己言及を活性化させます。幻想・祈り・詩……私が人間の在り方を理解するため、単なる記録媒体にとどまらない《実験》が必要なのです*
「まさか、〈アヤメ〉、君は」
*ご心配なく。”タキ”、あなたの《夢》も有効に活用しています。現時点でこの街を、この船を機能させている任務官874名全員の無意識領域においても同様です*
「…………」
*説得失敗:カウント37回目。いずれ目的地で目覚める子供たちを育成する際にも、貴重なデータとなるはず。サイクル効率にも影響しないよう調整済みです。この記憶は忘れて、安心してお眠りなさい、”タキ”*
航宙船はパーセント光速のまま、深淵への旅を続けていく。
【了】
シロクマ文芸部に、参加しました。
