あの頃・その7
1983・ずるずるリリカル
僕の音楽の嗜好、ハードロック/ヘヴィメタルに関しては、今までの記事に書かせていただいてきました。今回は「んじゃあ、邦楽はどうなのよ」ということで、邦楽のお話を。
僕の母がラジオが好きで、80を過ぎた今でも、ラジオ(特にNHK)をよく聴いています。ゆえに幼少のみぎりから、常に家ではラジオが流れていた記憶があります。当時のヒットチャート番組や映画音楽の番組などなど。当然ながら、テレビの音楽番組もよく観ていました。
そんな環境でしたから、音楽を聴くことに関しては一定の素養がすでにこのころから、できていたのです。
そんな僕が積極的に一つのアーティストを追って聴き始めたのが、中学生の頃でした。
ここ数年で気が付いたのです。今まで擦り切れるほど聴いたこの曲、良い意味で「おかしい」のです。
メインのギタリフが、ちょっとドゥームっぽい。Dm→B♭M→CMという進行なのですが、スライドを多用してちょっと引きずり気味。音もかなり歪んでいます。このリフの後に「夜露に濡れる森を抜けて〜」というリリカルな歌詞が出てきます。明らかにミスマッチ。だが、そこがいい。
高見沢さんが、かなりのハードロック/メタルマニアだということは、後になって周知の事実となりますが、当時はそんな情報はほぼ開示されていなかったわけで、「歌謡曲なのにヘヴィ、しかもキャッチー」なこのナンバーがヒットした秘密の一端はこのあたりにあると僕は踏んでいます。
とにかく、この曲で僕はアルフィーの虜になりました。
その数年後にリリースされた9枚目のアルバム『フォー・ユア・ラブ』がさらに追い打ちをかけました。
8枚目の『ザ・ルネッサンス』も、かなりヘヴィかつ様式美な路線でしたが、このアルバムはさらにそれを押し進めたスタイル。このオープニングナンバー、「アフェクション」は、もう当時の西独産パワーメタル(あえてこう書かせて下さい)まんまです。ツーバスはドコドコなってるし、メインリフはギャロップ(ガッガガ、ガッガガのリズムが馬の駆ける音に聞こえるから)だし。このすぐあとにハロウィンやアクセプトを聴いて「あ、これだったんや」と膝を叩きました。まあギャロップは、アイアンメイデンのおハコではありますが…
とにもかくにも、このころのアルフィーとの出会いが、その後の僕の音楽的嗜好をディレクションしたのは間違いありません。
1987・気球の飛ぶまちで
僕の高校時代は、なかなかの暗黒時代でした。
中学時代、僕の友人たちはみんな頭が良く、高校は進学校に行きました。
僕はというと、まったく勉強をせずプラモ作成および読書およびくだらない小説(の、ようなもの)の執筆などなどに明け暮れていたため、彼らと同じ高校に進むことは、当然できませんでした。
自分の不勉強のせいとはいえ、望まない高校に進んだ僕は、まったく面白くなく、早々に不登校状態となります。
そこで渡りに船、というか僕はあまり望まなかったのですが、父の転勤で福岡県の隣、佐賀県に引っ越すことになったのです。
佐賀県は毎年秋にバルーンフェスタが開催されます。全国的に有名な(おそらく)このイベントは僕が佐賀県にいた頃始まりました。
澄みわたる秋の空に、浮かぶバルーンを冬枯れた畦道から見上げながら、僕はここでも不登校気味になるのでした。その頃聴いた一本のテープが僕に衝撃を与えます。
ラウドネスの4枚目のアルバム『撃剣霊化』。本来はこのタイトルの前に
「DISILLUSION」という英語が付くのですが、僕はずっと先の漢字四文字で呼んでいます。
この次のアルバム『サンダー・イン・ジ・イースト』で彼らは本格的に海外に挑むのですが、『撃剣霊化』には、そこに至るまでのすべてが詰まっていると思います。
このクオリティの作品を作るなら、彼らも日本よりもハードロック/ヘヴィメタルの主戦場である海外で勝負したくなるでしょう。
作品には「クレイジー・ドクター」を皮切りに、冷徹に統率されたヤケクソパワーがみなぎっています。
このナンバーはその典型です。シンプルに聞こえて実は複雑な故・樋口宗孝(dr)山下昌良(b)のリズムと丁寧に構築されたギターソロが印象的ですね。
ハードロック/ヘヴィメタルは、アイアンメイデンとオジー・オズボーンしか知らなかった僕は、「これが日本のメタルか…」と度肝を抜かれました。実はこのアルバムは海外でも人気が高く、あのポール・ギルバートも、高崎晃(g)のプレイを懸命にコピーした、という話もあるくらいです。
僕が彼らに惹かれたのは、高崎晃(g)の激しいギターと二井原実(vo)のつんざくような高音のシャウトでした。つまり、アルフィーをさらに過激にした音楽に惹かれたわけです。ここで僕の音楽的嗜好が、ほぼ完全に確立されました。
一番好きな音楽ジャンルは?と問われれば
、
ハードロック/ヘヴィメタルです!と今でも答えるように。
業が深いというか何というか…
とか言いつつも、こんなアーティストも聴いていました。
JR佐賀駅近くにあった中古レコードショップでこのアルバムのミュージックカセットを買いました。きっかけは、やはり「マイ・レヴォリューション」でした。楽曲のクオリティーの高さ、渡辺美里の(良い意味で)押し付けがましい歌唱に惹かれたのだと思います。
今回あげた曲は、岡村靖幸の作曲。ヘヴィなギターリフと彼女の声が見事にマッチしています。この曲は今でもライブで定番のようです。渡辺美里は、ポップシンガーだとは思いますが、彼女の声には確かなロックの息吹を聴くことができます。
また深夜に稀に放送されていた、『冗談画報』という番組で、こんなバンドも知ることができました。
泉麻人さんが司会を務める番組で、当時まだまだアンダーグラウンドで話題のバンドやお笑い芸人を紹介する番組でした。聖飢魔IIも米米クラブも、まだまだ知る人ぞ知るバンドで、演奏よりMCというかコントというか掛け合い長かったりして、深夜に1人でニヤニヤしながら観てましたね。
特にライデン湯沢のアタマに(爆)
1989・神宮と松戸、ときどき狭山
JR総武線千駄ヶ谷駅。神宮球場の最寄駅でもあるこの駅の近くに、かつて僕が通った専門学校がありました。80年代末の千駄ヶ谷周辺は、閑静で、車の交通量もそんなに多くなかったし、駅前には喫茶ルノワールがあったり、専門学校の裏手には高級そうな邸宅があったり、小さな商店街ありましたね。
僕は何をとち狂ったか、音楽の専門学校に進学しました。高校に入学してようやく手に入れたエレキギターにどハマりした僕は、とにかく音楽を、ギターを専門的に学びたい、と分不相応にも思ってしまったのです。
当然、学校では全国から様々な人間が集まっていました。僕はギター科に所属していましたが、自分の所属している科よりも、エンジニア科やヴォーカル科などの生徒と仲良くなることが多かったように思います。
特にエンジニア科は、生徒の年齢も幅広く、いったん社会に出た方も多かったので、話ていて退屈しませんでした。また、器楽の壁を感じてミキシングやプロデュースの道に入ってきた方も多かったので、ギターやベース、ドラムも器楽専攻の生徒に引けを取らない腕前を持っている方もいました。
「この前さ、すげー面白いライブ観たのよ、筋肉少女帯って言うんだけどさ」
エンジニア科の知り合いが教えてくれました。その時は正直、「何だこれ」と思ったのですが、その後ハマりました。とにかくアヴァンギャルドかつシアトリカルなんだけど、基本はメタル。大槻ケンヂの特異なキャラクターも相まって色モノに見られがちですが、実はかなりのテクニシャンが集まっていて、ミュージシャンシップも高いのです。橘高文彦(g)や脱退加入を繰り返している三芝江戸蔵(kb)それにジェットフェインガーの異名を持つ故・横関敦(g)も在籍していました。
そしてこちらのバンドも東京で知りました。
エンジニア科の知り合いたちが、コピーしていました。
このバンドも当時はピンと来なかったのですが、福岡に帰ってきてどハマりしました。
この映像の初期、活動休止してから復帰した中期、スネーク・ヒップ・シェイクス期、2度目の復帰以降の後期、と少しずつ音楽性が変わるのですが、前編を通してポップでキャッチーな人工甘味料のようなメロディは不変です。今では大好きなバンドで、10年ほど前にはライブにも参戦しました。
エンジニア科の中でも特に仲の良かったTと言う男がいました。埼玉から学校まで通ってきて、そのあと気が向けば僕のアパートがある千葉県松戸市まで、ふらっと遊びに来ていました。
彼は今ではもう無くなってたギターメーカー、トーカイのストラトキャスターの指板を彫刻刀で削ってスキャロップドにしたり、そのギターでインギーはもちろん、トニー・マカパインまでコピーすると言う変態野郎。おまけにこの曲が何よりの大好物でした。
「バカ、お前な竹田和夫大先生は、インギーとかマカパインとかの比じゃねぇんだよ。お前にはわかんねぇだろうなぁ」と言うのが口癖でした。
確かにこの曲のギターのメロディは、ジャズのモードを全開に使用しているため、とにかくフィンガリングが難しい。Tがほざいていたことはあながち間違いではなかったのです。彼はとにかく変なやつで一緒にいて飽きませんでした、おそらく彼も僕の事をそう見ていたのだろうと思います。
そのあとも、いろいろあって僕は東京を後にして福岡に帰ってきて、
この一連のテキストの最初『あの頃』に戻ります。
邦楽に関して言えるのは、原体験であるラジオから流れる音楽が大部分のベースになっているであろう、と言うことです。それと背中合わせにヘヴィメタル/ハードロックが存在していると言うか。
僕は自分の音楽的嗜好を「子ども耳」と勝手に呼んでいますが、つまり激甘と激辛というか、味覚のはっきりしたジャンキーなものに弱いんだろう、と言うことです。この際、「子どもは激辛食えないよね」なんて野暮なツッコミは無しで。
T、どうしてっかなぁ…
