洗車は、心のデトックスだと思っています。取締役だった私が、車を洗いながら救われた話
深夜2時に会社の駐車場で、汗をかきながら車を洗っていたことがあります。
当時、私は取締役という立場で働いていました。朝8時に出社して、深夜1時・2時まで働くのが当たり前。繁忙期には車中泊する日もありました。社内では派閥争いが起き、信じていた仲間に裏切られることもありました。病院からは何度も休職を勧められるほど、心も体も限界に近い状態でした。
そんな頃、会社の1階に洗車できるスペースがありました。「何かあると洗車してくる」が、自分のパターンになっていきました。
今回は洗車グッズの話でも、テクニックの話でもありません。洗車という時間が、心にとって何になり得るかという話を書きたいと思います。
「取締役が洗車に行った=何かあった」
最初のうちは「車が好きな取締役」として見られていたようです。でも次第に、事務所では「機嫌が悪いサイン」として認識されていたそうです。それを知ったのは会社を辞めた後、元部下から聞いた話でした。思わず笑いましたが、それだけ洗車が自分の逃げ場になっていたのだと思います。
夏は夜でも汗だくで、蚊に刺されながら洗っていることもありました。冬の早朝に水をかけたら、ボディが凍ってしまったこともあります。笑い話ですが、それだけ夢中だったということだと思います。
「考える洗車」と「無になる洗車」
洗車中の頭の中は、いつも同じではありませんでした。
会議の後や企画で煮詰まっているときは、手を動かしながら考えていました。デスクの前でうなっているよりも、体を動かしている方がいいアイデアが浮かぶことがありました。
一方で、裏切りや派閥争いで感情だけが重くのしかかっているときは、心を無にしようとしていました。そういうときは、水をかけている時間が自然と長くなっていました。ただ水の音を聞きながら、何も考えない時間を作っていたのだと思います。
「考える洗車」と「無になる洗車」、どちらも自分には必要な時間でした。
洗車が心に効く理由
振り返ると、洗車にはストレス解消に向いている要素がいくつも揃っていると思います。
まず、体を動かせること。頭だけ疲れているとき、ちょうどいい強度の作業が気持ちを切り替えてくれます。激しすぎず、かといって何もしないわけでもない。
次に、結果が目に見えること。仕事のストレスの多くは、努力しても結果がすぐに見えないことから来ています。でも洗車は違います。やればやるだけ、目の前の車が綺麗になっていきます。
そして、水の感覚が心地いいこと。音、流れる感触、濡れた車体の表情。五感が刺激されて、頭の中がリセットされていく感じがあります。
洗車は、義務じゃなくていい
洗車を面倒くさいと思っている方も多いと思います。やらなければならないもの、義務的なもの。そういうイメージがあるかもしれません。
でも、そうじゃなくていいと思っています。自分のペースで、好きな時間に、ただ手を動かす。考えたければ考えればいいし、無になりたければ無になればいい。誰かに評価されるわけでもなく、ただ自分と車のための時間です。
それともう一つ。洗車は、自分のためだけじゃなくていいと思っています。家族と出かける前、デートの前、誰かの笑顔を想像しながら手を動かすと、また違う楽しさになります。
あのころの私は、洗車に救われていました。今も、何かあると洗車します。取締役でもなくなりましたが、そのパターンだけは変わっていません。
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