【余談】ハーバーマスと過去の学びと

ドイツの思想家ユルゲン・ハーバーマス御大(1929-2026)が亡くなられたとの報に接する。かつて精神的彷徨を強いられた際、主著『公共性の構造転換』を怖いもの見たさで購入したが歯が立たなかった苦い記憶がある。ハーバーマス氏は1929年生まれであるから、10代前半に第二次世界大戦を経験していることになる。特に男子はヒトラー・ユーゲントに所属することが義務付けられていたと仄聞するところで、その戦争の記憶に向き合うことを引き受けられた方だとも窺うところである。

ところで「過去を物語ること(史)」には、如何なる意味があるのであろうか? ハーバーマスの思索を中心に議論が蓄積されているとも噂に聞くところではあるが、それはそれとして、中世の日本に目を転じてみると、例えば『平家物語』がそれとされるが、そこに死者への鎮魂という意義が見出だせるらしい(cf.五味文彦)。

悪い癖で、最初は「親鸞聖人の生きた時代を知りたい」という動機で始めた鎌倉時代史の学びだが、興味の所在が転々として収集がつかなくなってきている。「親鸞聖人のことを知る上で、その学びに何の意味があるの?」という内なる問いに絶句しかないが、直結せずとも同時代を生きた民衆の姿を知ることが、宗教者が果たすべきある種の役割の代替になるのではないかと、我ながら苦しい論駁を思い付いた。

もっと、お寺界隈と歴史界隈との交流が深まると面白くなってくるとも思うが……。

いいなと思ったら応援しよう!