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第五章 異世界への扉 榛名神社

第四章 異世界への扉 榛名神社
見えない何かに
導かれている。
そう感じた翌日は、
雨だった。
外に出られない。
けれど——
つくづく、タイミングの良さに感心する。
雨の日に休む。
それもまた、
導きのひとつなのだと
自然に理解できた。


夜、息子が帰宅した。
息子と夕飯を食べていると
息子から
「明日と明後日、休みなんだけど——
どこか行きたいところある?」
私は、即座に答えていた。
「榛名神社」
SNSで見かけてから、
ずっと気になっていた場所。
いつか行きたいと思いながら、
なかなか機会がなかった。
息子は少し驚いた顔をした。
「え、榛名神社?
かなり距離あるけど、本気?」
あ——無理かな。
そう思った瞬間。
息子はもう、
スマートフォンでレンタカーを予約し、
経路を確認していた。
何も言わずに。
ただ、動いていた。
文句も言わず。
大変だとも言わず。
ただ、母親がやりたいと言ったことを、
当たり前のように叶えてくれる。
いつの間に、
こんなに大きくなったのだろう。
そのさりげなさが、
何より嬉しかった。
ありがとう、という言葉は
喉まで来たけれど、
なぜか出てこなかった。
胸がじんわりと温かくなった。
子供が遠足に行く前のように、
ワクワクして、
なかなか眠れなかった。


翌朝、10時に出発した。
レンタカーで走ること、約4時間。
山が近づくにつれ、
景色が少しずつ変わっていく。
街の喧騒が遠くなり、
緑が深くなり、
空気の色が、変わっていく。
榛名神社近くの無料駐車場に車を止め、
歩き始めた。
山の中に入った瞬間、
空気が変わった。
澄んでいる。
けれどそれだけではない。
重さと、透明さが
同時に存在している。
空、岩、木、水。
すべてが、ただの自然ではなかった。
すべてが——生きていた。


千本杉が、
参道の脇にそびえている。
その幹の太さに、
思わず足が止まる。
何百年、何千年。
この杉は、ここで
すべてを見てきたのだ。
この山に来た人々の祈りを、
すべて受け取ってきたのだ。
矢立杉の前に立つ。
見上げると、
天が遠くなるような感覚がある。
この木も、この山も——
ただそこにあるのではなく、
何かを宿している。
参道の脇を、
渓流が流れていた。
苔むした岩の間を、
水が迷わず流れていく。
ぶつかっても、止まらない。
岩があるから、
むしろ美しい流れになる。
人の生き方も、
そうなのかもしれない。
障害があるから、
美しくなる。
そう思いながら、


神橋の赤い欄干を渡る。
欄干に手を触れると、
温かかった。
木の温もりではなく——
何か別の温かさ。
この山全体が、
神なのだと思った。
岩も、木も、水も、空気も——
すべてがひとつの意志を持って、
ここに存在している。


異世界。
そう感じた。
参道を進むにつれ、
その感覚は強くなっていく。
大きな岩が、道の両脇に現れた瞬間——
手のひらが、ざわめいた。
ピリピリというより、
もっと細かい振動。
見えない何かが、
手のひらを通して
入ってこようとしているような。


木々の根が、岩に絡みつき、
水が、岩の間を流れていく。
何千年もの時間が、
そこに積み重なっているような——
ただ歩くだけで、
何かに触れているような感覚があった。
手水舎の左側には、
山の上から流れる滝が見える。
壮大な滝の音を聞きながら、
歩みを進める。


やがて、双龍の門が見えてきた。
足が、止まった。
門の至るところに、
彫刻が施されている。
龍、神将、武神、仙人——
これだけの存在が、
一つの門に宿っている。
誰かのビジョンが、
形になっている。
そう感じた。
これを彫った職人は、
きっと見えていたのだ。
神様の姿を。
その見えたものを、
そのまま木に刻んだのだと。
そして——
龍神様のお姿が、
そこにあった。
畏敬の気持ちが、
込み上げてきた。
怖いのではない。
ただ——
大きすぎて、
頭が追いつかない。
この存在の前に、
自分がどれほど小さいか。
それを身体で知る感覚。


巨大な磐座が、
この神域へ入る者を浄化するような
波動を感じる。
気持ちを引き締めて進むと、
その奥に、ご本殿が見えてきた。
本殿の上、山の手前に——
御神体の岩。
お姿岩、と書かれている。
足が、止まった。
最初に思ったのは——
物理的な疑問だった。
あんなバランスで、
なぜ崩れないのか。
少し何かがあれば、
すぐにでも落ちてきそうなのに。
岩の形を見ながら、
そんなことを考えていた。
けれど——


御神体だと知った瞬間、
すべてが理解できた。
崩れないのではない。
崩れる必要がないのだ。
神様が、そこに在るから。

そして——直感した。
宇宙から来た神様は、
あの御姿岩の頂点に降り立ち、
神様のエネルギーを
この地上に降ろされたのだと。

その瞬間——

キラッと、光が輝いた。

確かに見えた。

スマートフォンのカメラを向けた。
けれど——
映らなかった。
そうだろう、と思った。
あの光は、
カメラで撮れるものではない。
目で見るものでも、
ないのかもしれない。
魂で、受け取るものだから。
動けなかった。
前へ進もうとしているのに、
身体が、そこに釘付けになる。


ただ、見上げていた。
どれくらいの時間が経ったか、
分からない。
やがて——

自然に、頭が下がっていた。

自分で下げようとしたのではない。

引き寄せられるように、

ただ、下がっていた。

その後は——
ただただ、感謝した。
言葉はいらなかった。
感謝だけが、
全身に満ちていた。
その後も、
全身のエネルギーが高まってくる感覚が
少しずつ強くなり、
リズムが整い、
気持ちがいい。
感覚がより研ぎ澄まされ、
龍神様の力を
今まで以上に感じた。
感謝しながら、帰路につく前に——
水みくじを引いた。
水に浮かべると、
文字が浮かび上がってくる。
吉。
青い色が、目に飛び込んでくる。
書かれている言葉を、
ゆっくりと読む。
神様から、私へ。
そう感じた。
偶然の言葉ではない。
今の私に必要な言葉が、
そこにあった。
ピッタリと、
胸の真ん中に収まるような言葉を
ありがたく、受け取った。
境内をあとにして、
榛名湖のほとりへ向かった。


息子と並んで、
湖畔のお店に入った。
ワカサギのフライ定食と、そば。
湯気が立ち上る。
一口食べて——
美味しかった。
シンプルに、ただ、美味しかった。
榛名の空気の中で食べるご飯が、
こんなにも身体に染みるとは。
お店には、看板猫がいた。
おばあちゃん猫。
ゆったりと、
自分のペースで生きている。
その姿が、なんとも可愛らしかった。
しばらく、目で追っていた。
椎茸茶も出てきた。
乾燥椎茸の、やさしい味。
派手さはない。
けれど、
身体の奥まで温まるような——
そういう味だった。
湖が、見えていた。
静かだった。


水面が、空の色を映している。
対岸に、榛名富士がそびえている。
その姿が湖にも映り込んで——
山と水が、
ひとつになっているような。
しばらく、そこに立っていた。
何も考えなかった。
ただ、見ていた。
この景色の中に、
自分が溶け込んでいくような
そんな感覚があった。
風が湖面を渡ってくる。
その風に、
榛名神社で受け取ったすべてが
乗っているような気がした。


帰りの景色には、
とても綺麗な夕日が広がっていた。
その光に包まれながら、
自宅へ戻る。
息子と近くの温泉へ行き、
身体を癒し、夕飯を食べた。
この日は、
ゆっくりと、ぐっすり眠れた。

次回「日常という奇跡」👇


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