特別支援学校のメンタル面の考察①〜教員同士の人間関係について〜
① 特別支援学校の教員同士の関係について
特別支援学校では、授業づくりや児童生徒の指導において、さまざまな教員同士の「すり合わせ」が必要になる場面が多くあります。
その理由は、授業も学級運営も、基本的に複数人で取り組むことが前提となっているからです。
平たく言えば、日常的に次のようなやり取りが発生します。
• 「◯◯さんの国語の課題は、◇◇までできるようになってほしい」
• 「授業中は、こういう動きをしてほしい(この場面で支援に入ってほしい)」
• 「事前の授業計画は細かく共有してほしい/ある程度アバウトで大丈夫」
このような折衝を重ねながら、授業計画や児童生徒への指導方法を組み立てていきます。
実力や経験のある教員は、裁量や決定権が増え、自分の考えを通せる場面も多くなります。
責任が増える分、ストレスは大きくなりますが、「やりたいことができる」という意味では、比較的動きやすい立場とも言えます。
一方で、キャリアが浅い教員や、学級運営・授業づくりに課題を抱えている教員は、常に他者の意見や指摘に左右されやすく、仕事が思うように進まないことも少なくありません。
⸻
② 教員同士の人間関係とメンタルの相関
これはあくまで肌感覚ですが、教員全体のうち5〜10%程度は、病気休暇や退職という選択を取る傾向があるように感じています。
先述したような人間関係をうまく乗りこなせる人もいますが、人間関係がうまくいかず、授業や児童生徒への指導が負の循環に陥ってしまう人も、一定数存在します。
⸻
③ 人間関係の課題は解決が難しい
特別支援学校における人間関係の課題は、正直なところ解決が難しいと感じています。
大人になってからは、パーソナリティや価値観が大きく変わることは少なく、教員は「与えられた教員集団の中で、いかにパフォーマンスの最大公約数を探るか」を考え続ける必要があります。
どうしてもうまくいかない場合は、年度替わりという節目で一度リセットし、それぞれが自分なりの最適解を探っていくしかないのが現実かもしれません。
⸻
④ では、特別支援学校における人間関係をどう考えるか?
現時点での私なりの答えは、「諦念」です。
人間関係については、ある程度諦めることも大切だと感じています。
※「諦念」という言葉は、『ひゃくえむ。』という漫画で知りました。とても印象に残っている、大好きなシーンです。
正直なところ、専門性が十分とは言えない教員もいますし、発達特性やパーソナリティの偏りを感じる人が1割程度、専門性に課題を感じる教員が3割程度いるのではないか、という印象もあります(あくまで主観です)。
その背景には、採用倍率の低下や教職課程のカリキュラムなど、さまざまな要因があるのだと思います。
他者の要求にすべて応えることは難しいですし、自分の思い通りに動いてくれる人は、ほんの一握りです。
だからこそ、人間関係の評価基準を30点〜50点程度を合格ラインとし、教材研究や授業づくりなど、自分がコントロールできる部分に力を注ぐ方が、仕事のやりがいを感じやすいのではないかと思います。
⸻
⑤ 学校以外に「自分の心を支える資源」をつくる
私は、定期的にカウンセラーに相談しています。
悩みを言語化すること、第三者からフィードバックをもらうことは、対人関係のストレッサーが多いこの業界において、とても大切だと感じています。
相談相手は、友人でも同僚でも、産業医や心療内科でも構いません。最近では、AIという選択肢もあります。
思考整理という観点では、ChatGPTのようなAIも、使い方次第で非常に有用です。心理的ハードルが低い点は、AIならではの強みだと思います。
友人や同僚との相談は共感に寄りがちだったり、認識が必ずしも一致しなかったりする難しさもあります。
個人的には、AIへの心理相談は今年度の大きな発見でした。
⸻
⭐︎まとめ⭐︎
特別支援学校における人間関係のストレッサーは、非常に大きいものがあります。
きっと、立場や経験年数に関わらず、多くの人が悩みながら、それぞれの折り合いをつけ、日々の教育活動に向き合っているのだと思います。
学校での仕事がしんどいと感じたとき、「逃げ場となる資源をいくつ持っているか」。
それが、特別支援学校の一年を乗り切るための大きな鍵なのではないでしょうか。
今日も、できる範囲で。
明日につながる一歩だけ。
