内部監査人が見たマンション管理組合ガバナンス論第7話〜理事が替わっても、課題をリセットさせない
内部監査人が見たマンション管理組合ガバナンス論
第7話 理事が替わっても、課題をリセットさせない
― 進捗管理・見える化・引継ぎがつくる「組織の記憶」 ―
マンション管理組合法人の監事を務めていたとき、私が強く感じたことがある。
管理組合には、
「去年の続き」を担保する仕組み
が必要である。
理事は交代する。
理事長も交代する。
担当理事も交代する。
しかし、マンションはそのまま残る。
設備の劣化も止まらない。
契約も続く。
修繕計画も続く。
そして、
解決していない課題も、任期満了によって消えるわけではない。
ここに、マンション管理組合特有のガバナンス上の難しさがある。
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「引継ぎました」だけでは、引継ぎにならない
会社であれば、人事異動があっても組織は継続する。
担当部署がある。
上司がいる。
業務システムがある。
過去の記録がある。
前任者から後任者への引継ぎも、通常の業務の一部として行われる。
ところがマンション管理組合では、一定期間ごとに理事会の構成員そのものが大きく入れ替わることがある。
そこで、
「前年度の資料を渡しました」
「議事録があります」
だけで、本当に引継ぎができたと言えるだろうか。
私はそうは考えない。
資料が残っていることと、次の理事会が課題の現在地を理解できることは別だからである。
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記録があっても、「現在地」が分からない
例えば、ある設備について更新を検討していたとする。
議事録を読み返せば、
「更新について検討した」
ことは分かるかもしれない。
しかし、
なぜ検討を始めたのか。
どこまで調査したのか。
管理会社から何が提案されたのか。
他の選択肢は検討したのか。
何が決まったのか。
何が決まっていないのか。
次に何をする予定だったのか。
誰が担当していたのか。
これらが分からなければ、後任の理事会はもう一度最初から調べることになる。
つまり、
記録は存在しているのに、組織としては記憶していない。
という状態が起こり得るのである。
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私が監査で重視したのは「進捗の見える化」だった
監事在任中、私は事業計画や各種課題について、
進捗状況を理事会が継続的に把握できる状態
を重視した。
単に、
「今年度の事業計画に書いてある」
では足りない。
それぞれについて、
未着手なのか。
検討中なのか。
実施中なのか。
完了したのか。
保留なのか。
次年度へ持ち越すのか。
その状態が見えなければならない。
私はこれを、
進捗管理の見える化
として考えていた。
これは高度なシステムを導入しなければできない話ではない。
一覧表でもよい。
重要なのは、
理事会が課題の全体像と現在地を一目で把握できること
である。
実際、監事として行った業務監査でも、事業計画や課題について進捗が分かりにくい部分を認識し、「進捗管理表の導入」「事業計画、課題、業務計画の可視化」を改善事項として取り上げた。
私にとって進捗管理は、単なる事務効率化ではなかった。
ガバナンス上の問題だったのである。
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「何をしたか」より「何が残っているか」
年度末になると、
「今年度は何を実施したか」
という実績に目が向きやすい。
もちろん、それは重要である。
しかし、引継ぎという観点では、むしろ、
何が終わっていないのか
の方が重要になる。
完了した課題は、原則として次期理事会が追い続ける必要はない。
問題なのは、
検討途中。
対応途中。
相手方の回答待ち。
予算の関係で延期。
資料不足で保留。
次年度実施予定。
こうした未完了事項である。
だから引継ぎでは、
「今年度実施事項一覧」だけではなく、
「未完了課題一覧」
が重要になる。
さらに言えば、その一覧には単に課題名を書くのではなく、
現在どこまで進んでいるのか。
なぜ止まっているのか。
誰が対応しているのか。
次に何をするのか。
いつ再確認するのか。
まで残した方がよい。
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引き継ぐべきなのは「資料」ではなく「判断の状態」である
私は、ここが重要だと考えている。
引継ぎというと、
ファイルを渡す。
議事録を渡す。
契約書を渡す。
という発想になりやすい。
しかし、本当に引き継ぐべきなのは、
判断の状態
である。
例えば、
「この問題についてはA案とB案を検討した。A案にはこの問題がある。B案にはこの問題がある。現時点では追加資料を求めており、結論は出していない。」
ここまで残っていれば、次期理事会は続きを考えることができる。
反対に、
「○○について検討した。」
だけでは、また最初からである。
意思決定そのものだけではなく、
そこへ至るまでの主要な判断材料と、まだ判断していない部分を残す。
これが組織としての継続性につながる。
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「誰が、何を、いつまでに」を見えるようにする
進捗管理を機能させるためには、最低限、
課題は何か。
誰が対応するのか。
何をするのか。
いつまでにするのか。
現在どうなっているのか。
次に何をするのか。
が分かる必要がある。
企業では特に珍しい管理ではない。
しかし、理事が定期的に交代するマンション管理組合では、むしろ企業以上に重要になる場合がある。
なぜなら、
担当者個人の記憶に依存すると、その人の退任とともに情報まで失われるからである。
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理事を毎年半数ずつ替えるという方法もある
役員交代による断絶を小さくする一つの対策として、
理事全員を同時に入れ替えず、例えば任期を2年として、毎年おおむね半数ずつ改選する
という考え方もある。
これは一定の効果が期待できる。
前年度から継続している理事が残っていれば、
「なぜこの案件を検討することになったのか」
「この案が採用されなかったのはなぜか」
「管理会社との協議はどこまで進んでいるのか」
「過去の理事会では何を問題視していたのか」
といった、文書だけでは伝わりにくい背景を、新任理事へ伝えることができるからである。
これは、
人を介して組織の記憶をつなぐ方法
と言ってよい。
国土交通省の現行「マンション標準管理規約(単棟型)」第36条は、役員の任期を一律の年数には固定せず「○年」としており、各管理組合が実情に応じて規約で設計する構造となっている。
したがって、半数改選は法令上義務付けられた制度ではない。
また、すべてのマンションに適しているとも限らない。
役員候補者を継続的に確保できるか。
輪番制との関係をどうするか。
誰をどの年度で改選するか。
監事の任期をどう設計するか。
といった問題もある。
それでも、
全員交代によって知識や経験が一度に失われるリスクを軽減する一つの方法
として検討する意味はある。
ただし、半数改選にも限界がある。
残った理事がすべての案件を知っているとは限らない。
担当していた理事だけが退任することもある。
記憶は時間とともに曖昧になる。
そして、その理事もやがて退任する。
したがって、
半数改選だけで「組織の記憶」を担保することはできない。
ここで必要になるのが、進捗管理表、議事録、判断理由、未完了課題一覧といった記録である。
半数改選は、
人による継続性
を支える。
進捗管理や議事録は、
記録による継続性
を支える。
そして未完了課題を次期理事会へ確実に渡すことで、
業務そのものの継続性
を支える。
私は、
「人がつなぎ、記録が支え、仕組みが残す」
という三つの層が必要だと考えている。
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管理会社だけに「組織の記憶」を持たせてはいけない
ここで第4話の議論が戻ってくる。
理事会は交代する。
一方、管理会社は継続する場合が多い。
すると、
「去年はどうしていましたか」
「この件はどういう経緯でしたか」
と聞いたとき、
管理会社だけが答えられる状態になりやすい。
管理会社の継続性は、管理組合にとって大きな価値である。
しかし、
管理組合自身が自分たちの意思決定の経緯を持っていない状態
は健全とは言いにくい。
管理会社は管理組合の記憶を支援する。
マンション管理士などの外部専門家も、必要に応じて専門的な継続性を補う。
しかし、
組織の記憶そのものは、管理組合に帰属させなければならない。
外部専門家による継続性と、管理組合自身の組織的継続性を混同してはいけないのである。
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進捗管理表は「事務資料」ではなくガバナンス資料である
私は、進捗管理表を単なる便利な事務資料とは考えていない。
そこには、
何を課題として認識しているか。
誰が責任を持っているか。
どこまで進んだか。
なぜ止まっているか。
理事会が何を判断したか。
何が次期へ残ったか。
が表れる。
つまり、
理事会の業務執行そのものが見える。
だから、監事にとっても重要な資料になる。
「今年は頑張りました」
という説明だけでは監査できない。
しかし進捗が記録されていれば、
計画した。
実施した。
確認した。
未了事項を認識した。
次の対応を決めた。
という一連の流れを確認できる。
これは企業の内部統制でいう、
モニタリング
にも通じる考え方である。
重要なのは、計画を立てることだけではない。
計画したことが実行されているかを確認し、問題があれば修正し、それでも残ったものを次へ送ることである。
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監査も「指摘して終わり」ではない
同じことは監査にも当てはまる。
監事が改善事項を指摘した。
監査報告書に書いた。
それで終わりではない。
理事会が、
実施するのか。
一部修正して実施するのか。
別の方法を採るのか。
継続検討するのか。
現状維持とするのか。
を判断する。
そして、その判断理由を記録する。
さらに、
実施すると決めた事項については進捗を確認する。
任期中に完了しなければ、
未完了事項として次期理事会へ引き継ぐ。
ここまで行って初めて、監査による改善が組織に残る。
監査報告書をファイルに綴じるだけでは、統制は改善しないのである。
監事として監査所見を出す際にも、私は「対応する」「内容を変更して対応する」「別の方法を検討する」「今後の検討課題とする」「現状維持とする」など、理事会側がどう判断したのかを明確に残すことを重視した。
重要なのは、
監事の意見に必ず従うことではない。
理事会が自ら判断し、その判断を説明可能な状態にすることである。
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「引継ぎ」は年度末の作業ではない
ここまで考えると、
引継ぎに対する考え方も変わる。
年度末になって、
「そろそろ次の理事に資料を渡そう」
では遅い。
日常的に、
課題を記録する。
進捗を更新する。
判断理由を残す。
未完了事項を明確にする。
この運用が続いていれば、
年度末には、その記録自体が引継ぎ資料になる。
つまり、
引継ぎとは年度末のイベントではなく、一年間続ける管理プロセス
なのである。
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組織の記憶は、人だけに持たせない
以前の記事で、マンション管理組合には企業のような人的資源マネジメントがないと書いた。
優秀な理事がいたとしても、その人はいつか退任する。
経験豊富な理事長がいたとしても、永遠には続かない。
だから、
「詳しい人がいるから大丈夫」
ではいけない。
半数改選などによって経験者を残すことには意味がある。
しかし、それも永続的ではない。
その人が持っている知識を、
記録する。
共有する。
見える化する。
次へ渡す。
そうして、
個人の記憶を、組織の記憶へ変換する。
これが必要なのである。
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制度が定める「理事会の業務執行」と、その先にあるもの
2025年10月17日に改正された国土交通省「マンション標準管理規約(単棟型)」では、理事会について、管理組合の業務執行の決定、理事の職務執行の監督などを行う機関として整理している。
また、理事会議事録についても、総会議事録の規定を準用する形で作成・保存する仕組みが置かれている。
さらに、管理組合の業務として、長期修繕計画書の管理や修繕等の履歴情報の整理・管理も位置付けられている。
これらは、管理組合が継続的に業務を行うための重要な制度的基盤である。
一方、
「進捗管理表を作成しなければならない」
「未完了課題一覧を作成しなければならない」
「毎年半数ずつ理事を改選しなければならない」
という具体的な仕組みまで、標準管理規約本文が一律に要求しているわけではない。
ここから先は、
管理組合自身が、自らの規模、課題、役員交代の状況に応じて設計するガバナンス
である。
国土交通省自身も、マンション標準管理規約を各マンションが管理規約を作成・変更する際の「ひな型」と位置付けている。
だからこそ私は、監事在任中、
制度に書いてあることだけを見るのではなく、
制度が求める業務執行を、本当に継続して機能させるためには何が必要なのか
という視点で監査していた。
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おわりに
理事は替わる。
しかし、
課題までリセットしてはいけない。
重要なのは、記録を残すことだけではない。
課題を見えるようにする。
現在地を示す。
責任主体を明らかにする。
対応を決める。
進捗を追う。
未完了事項を識別する。
そして、
次の理事会へ渡す。
役員を一度に全員交代させないことも、一つの対策になる。
しかし、人の記憶だけでは足りない。
だから、
人がつなぐ。
記録が支える。
仕組みが残す。
この三つを組み合わせる。
私はこれを、
管理組合の「組織の記憶」をつくる仕組み
だと考えている。
人が替わっても、
意思決定の経緯が残る。
課題の現在地が残る。
改善活動が続く。
それが、
継続性のあるガバナンス
である。
そして、この仕組みがあれば、監査も変わる。
監事は、
「問題がありました」
と指摘するだけではなく、
その問題がその後どう扱われ、解決するまで管理されているか
を見ることができる。
次回は、ここをさらに掘り下げる。
第8話 監査は「指摘して終わり」ではない
監査所見を出した後、理事会はどう判断するのか。
改善しないという判断は許されるのか。
未解決事項を誰が追い続けるのか。
そして、監事が退任した後にも改善を継続させるには何が必要なのか。
フォローアップ監査と説明責任
という視点から考えてみたい。
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HI(Human Intelligence)
上場企業の公認内部監査人(CIA)|公認不正検査士(CFE)
企業で培ったガバナンス・リスクマネジメント・内部統制の知見と、マンション管理組合法人の監事として得た実務経験をもとに、「マンション管理組合にふさわしいガバナンス」を研究・発信している。
連載
『内部監査人が見たマンション管理組合ガバナンス論』
制度的参照
国土交通省「マンション標準管理規約」
マンション標準管理規約は2025年10月17日に改正された。改正区分所有法の主要部分は2026年4月1日に施行されており、本稿執筆時点では令和7年改正版が最新の標準管理規約である。
※本稿で述べた進捗管理表、未完了課題一覧、半数改選等は、それ自体が区分所有法又はマンション標準管理規約によって一律に義務付けられているものではない。管理組合の継続性と説明責任を高めるための実務上のガバナンス手法として論じたものである。
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