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科学界の闇。再現性の危機/WEIRD問題

「科学的だから正しい」

――そう思っていないだろうか?

私は物事を判断するとき、「科学的かどうか」を基準にすることが割とある。「科学的な健康法」や「科学的な学習法」といった言葉には、どこか安心感があるからだ。現代人には同じような感覚を持つ人が少なくないと思う。

また、有名な実験を雑学ネタとしてストックしていたりもする。

  • パブロフの犬

  • アッシュの同調実験

  • 割れ窓理論

  • 吊り橋効果

  • ピグマリオン効果

こうした知識は主にネットや本から得ており、私含め多くの人も詳しくは知らないが、何となく事実だと認識しているのではないだろうか。

たしかに科学は、私たちにとって頼れる指針になる。だが、メディアで紹介される「最新の研究結果」をそのまま信じるのは危険かもしれない。なぜなら、少なくない数の研究結果が、デタラメの可能性があるからだ。

科学的であることを重視する人ほど、アカデミアに蔓延する「再現性の危機」WEIRDウィアード問題」について知っておかなくてはならない。

再現性の危機

科学の根幹は「誰がやっても同じ結果が得られること」にある。ところが近年、この前提が揺らいでいる。多くの研究で追試(再実験)が成功せず、「再現性の危機」と呼ばれる事態が2010年代に大きなスキャンダルとなった。

2015年の大規模調査では、心理学の一流誌に掲載された論文100本を追試したところ、元の研究と同じ結果が得られたのはわずか36%。さらに科学者1,576人へのアンケートでは、70%以上が「他人の研究を再現できなかった経験がある」と答えている。

みなさんも「スタンフォード監獄実験」を聞いたことがあるかもしれない。被験者を看守役と囚人役に分け、一週間にわたりロールプレイさせるというあれだ。看守が囚人に残虐な行動を取り始めるという結果は「悪の凡庸さ」の象徴として広く知られている。しかし実はあの実験、ヤラセだったらしい。2018年、研究者が看守にもっと荒々しくふるまうよう指示していた音声が見つかったのだ。

他にも

  • パワーポーズ効果(心理学)
    胸を張って仁王立ちのような姿勢を取るとテストステロンが上昇し、心理や行動に良い影響を与えるという説。TEDトークで2千万回以上再生されていたが、追試を行っても効果が確認できなかった。

  • 社会的プライミング効果(行動経済学)
    事前の刺激がその後の行動を変えるという説。たとえば「高齢者」を連想させる言葉を見せると歩行速度が遅くなる、など。ノーベル賞受賞者ダニエル・カーネマンの世界的ベストセラー『ファスト&スロー』でも紹介されたが、追試で効果がかなり弱いことが分かった。

こうした「再現性の危機」を招いた背景には、統計的に有意な結果が出るまで分析方法を操作する p値ハッキング、成果が出た研究しか掲載されない 出版バイアス といったアカデミアの慣行の問題があるとされている。


WEIRD問題

WEIRDウィアードとは、

  • Western(西洋)

  • Educated(教育を受けた)

  • Industrialized(工業化社会)

  • Rich(裕福)

  • Democratic(民主主義国)

の頭文字を並べた言葉で、研究データの多くが、ごく一部の限られた属性の人たちに偏っているという問題を指す。
(「weird=奇妙な」のダブルミーニング)

心理学などの実験では、被験者として大学生を使うことが圧倒的に多い。コストが大してかからず、研究室に学生がたくさんいるから都合がいいのだ。その結果、集まるデータは「裕福な民主主義国で教育を受けた大学生」のものばかりになる。そして、それをあたかも「人類共通の真理」であるかのように語ってしまう。
(似たような事態は日本の大学でも横行している)

  • 錯視

たとえば錯視。「同じ長さの線なのに違って見える図」は誰もが一度は見たことがあると思う。

これは長い間「人間なら誰でもひっかかる」と考えられていた。しかし実際には文化によってまったく異なる結果が出る。直線的な建築に囲まれた都市で暮らす人ほど錯視にかかりやすく、途上国の人はあまりだまされない。つまり「人間の認知」だと思われていたものが、実は「文化の産物」だったのだ。

  • 道徳・公平感

道徳や公平感も文化に大きく左右される。WEIRDな人々は「誰に対しても公平に対応すべき」と考える傾向がある。たとえば友達がルール違反をした場合、WEIRDな文化の人は正直に報告するが、それ以外の文化では友達をかばうことが多い。一方、見ず知らずの人に親切にふるまうのはWEIRDな人々の方だ。この考え方は人類の歴史的にも超異常なことらしい。

つまり、心理学の知見の多くは「人類普遍の心のはたらき」ではなく「WEIRDな人々の特徴」にすぎない可能性がある。


懐疑は冷笑ではない

科学を疑うことは、よりよい真実に近づくための大切な態度だ。むしろ妄信は危険でさえある。科学が信頼に足るのは、それ自体が疑われ、検証され、書き換えられる仕組みを内包しているからだ。

もちろん、私たち一般人には研究内容の正しさを専門的に判定する力はない。しかしそれでも、批判的な姿勢を保ち、根拠をたどり、同じ分野の複数の意見に目を通すことはできる。それだけで、「科学ネタ」を、ずっと賢く扱える知識へと変えることができるはずだ。


〇参考にした書籍

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