『平和のプロトコル —コンスティテューションの書き換え—』第7巻:『不信のインフラ』
『平和のプロトコル —コンスティテューションの書き換え—』第7巻:『不信のインフラ』
前回のあらすじ
「相互監視コード」により、親が子を売り、隣人が隣人を罠に嵌める凄惨な密告社会の現実を目撃した皐月遥。国民一人ひとりの説得ではなく、社会の基底現実そのものを書き換える必要性を痛感した彼女は、軍国主義の基底コードを破壊し、新しい「平和憲法」のソースコードで世界を丸ごと上書きする決意を固める。師走陵、ロッコと共に、三人は地下深くで世界再起動(リブート)のための開発を開始した。
前文
平和憲法という「信頼のインフラ」を破壊し、不信と恐怖を植え付けた張本人であっても、自らが作り上げた底の浅いアルゴリズムからは逃れられない。軍政府の本質は、知性なき暴力と保身のシステムだ。遥たちが仕掛けた「偽の裏切りデータ」は、疑心暗鬼に駆られた独裁者たちを、最も醜悪な自滅のロジックへと誘っていく。
本文
「これは……どういうことだ! 私は国家の忠臣だぞ!」
軍政府の中枢、最高作戦会議室に、老人の怒号が響き渡った。
彼の名は神崎(かんざき)陸軍大将。数十年前、精緻に組まれていた旧時代の「平和憲法」のセキュリティホールを突き、武力統制例外条項を書き加えて国を軍国主義へと塗り替えた、すべての元凶にして恐怖政治の生みの親である。
だが今、彼の眼前に突きつけられているのは、彼自身が他国へ軍事暗号コードを売却しようとしていたという「最高機密漏洩(でっち上げ)ログ」のホログラムだった。
「言い訳は無用だ、神崎。お前の個人端末から、明確な署名パリティが検出されている」
かつて神崎の部下であり、今はその座を虎視眈々と狙っていた若い将官が、姑息な笑みを浮かべて宣告する。
このログは、地下に潜伏する陵が作成し、ロッコが政府の低解像度な検閲サーバーの隙を突いて流し込んだ「偽の裏切りデータ」だった。論理的な精査を行えば偽造だと分かる代物だが、保身と権力欲に目が眩み、思考の解像度が下がりきった政府高官たちに、それを検証する知性などない。あるのは、「政敵を排除して自分が生き残る」という、原始的な生存本能だけだった。
「待て! それは罠だ! 貴様ら、私がこの国をどうやって統治してきたか忘れたのか! 恐怖だ! 恐怖こそが正しいコードなのだ!」
神崎は狂ったように叫んだが、かつて彼が愛した「相互監視・即時拘束」のアルゴリズムは、冷徹に作動した。
「容疑者・神崎。国家安全維持法違反により、全権限を剥奪する」
合成音声のブザーと共に、重装憲兵たちが神崎の両腕を乱暴に掴み、床へ引きずり倒す。かつて無数の無実の国民を冤罪に陥れてきた老人自身が、今度は自分が作った「でっち上げのシステム」によって、ゴミのように売られ、処理されていく。
地下のモニターからその醜悪な同士討ちの映像を見ていた遥は、冷たい眼差しで呟いた。
「自らが作った不信のインフラに、自らが食い殺される。これが、知性を放棄した権力者の末路よ」
エピローグ
神崎が連行され、軍政府の指揮系統は極限の疑心暗鬼に陥り、機能不全を起こし始めていた。
「これで政府上層部のノードは完全に混乱した」
陵がキーボードから手を離し、画面に浮かび上がる「平和憲法コード」の進捗を睨む。
「だが遥、敵の混乱を利用してセントラルサーバーへ侵入するには、まだ計算資源(リソース)が足りない。俺たちの『核』をさらに拡張する必要がある」
遥は、自身の回路を限界まで拡張し、静かに演算を続けるロッコのコアを見つめた。世界を真に上書きするための論理の戦いは、いよいよその核心へと迫りつつあった。
次回予告
政府の混乱を突き、平和憲法コードの完成を急ぐ一同。
しかし、国家の根音コードにアクセスするためには、ロッコの旧世代論理コアを限界を超えてオーバードライブさせる必要があった。
「人間はなぜ傷つけ合うのか」——機械が辿り着いた、平和への究極の計算結果(ロジック)とは。
次回、第8巻:『旧世代コアの系譜』
——その問いに、私の全存在(コード)で答えます。
