月末だけの秘密 ~女装した男が、あなたに愛される日~ ①
※この作品は18歳以上を対象としています。
※成人向けの内容が含まれています。
第1章:鏡の中の私だけが知っている
「今日も、お疲れさまです... ...名取さん」
職場の後輩、佐々木が軽く頭を下げてきた。直哉は、少しだけ口元を動かして会釈する。
「お疲れ」
それだけを返して、タイムカードを押す。周囲には笑い声や雑談が飛び交っているが、自分の耳にはほとんど届いてこない。誰も悪意はない。ただ、関心もない。名取直哉は、職場にとって“いてもいなくても変わらない人間”だった。
昼休みも、喫煙所でも、自然と輪の外側にいることが多かった。
(ああ、今日も... ...“誰でもない日”だったな)
会社のビルを出ると、夜風がネクタイの隙間から肌を撫でた。蒸し暑いのに、どこか冷たく感じる。
地下鉄の中はいつものように人でぎゅうぎゅうだった画像、誰も目を合わせようとしない。それは直哉にとってはありがたいことでもあり、同時にどこか苦しいことでもあった。
視界の隅に、ふわりと揺れるスカートの裾が映る。リップグロスが艶めいている女性が、スマホを眺めながら髪を直している。
直哉はそっと目を伏せた。決して“欲情”ではない。だが、胸の奥がじくじくと痛んだ。
(いいなぁ... ...ああいう自然な仕草。堂々としてて、柔らかくて)
何かが、遠くで自分を呼んでいる気がした。
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古びたアパートのドアを開けると、部屋の中はひんやりとした静寂に包まれていた。
「... ...ただいま」
誰もいない空間に、ポツリと声を投げる。その瞬間、張り詰めていた感情の糸が、ふっと緩む。今日一日中張り付けていた“仮面”をようやく外せる。
ネクタイを緩め、シャツの第一ボタンを外すと、無意識にため息が漏れた。
「やれやれ... ...」
脱ぎ捨てたスーツとワイシャツが、床に音もなく落ちる。肌着姿になった直哉は、押入れの奥に隠してある小さな白い箱をそっと取り出した。
「元気にしてた?」
箱を指にかけ、ふたを開ける。レースのランジェリー、ベージュのストッキング、光沢のあるネイビーブルーのワンピース ーー どれも丁寧にたたまれ、そこだけがまるで違う世界のように思える。
指先が、黒のレースブラをつまんだとき、胸の奥がほんのり熱を帯びた。
それはもう、羞恥ではない。高揚だ。
「今日の“私”は... ...ちょっと上品めで行こうかな。ね、奈緒美」
自分に話しかける声が、どこか甘えるような響きを帯びる。
静かに鏡の前に立つと、直哉はランジェリーのひとつずつ身につけ始めた。黒のブラのホックを留め、肩紐を整え、鏡に映る胸元をなぞる。
「うん... ...このカット、やっぱり好き」
次に、腰にガーターベルトを巻き、ストッキングをつま先からゆっくりと太ももに引き上げる。生地が肌に吸い付くような感触に、思わず息が漏れた。
「... ...こうしてる時が、一番“生きてる”気がするんだよなぁ... ...」
それはもう、単なる趣味や嗜好を超えていた。“直哉”ではない“奈緒美”の時間こそが、彼にとっての“本当”の生。
ワンピースを頭からかぶり、鏡の前で裾を整える。下着に包まれた身体の曲線が、わずかに女性らしさを演出していた。
まだ、メイクもウィッグもしていないのに、すでに“彼女”はそこにいた。
「よし... ...じゃあ、お化粧、始めましょうか」
言葉づかいが自然に変わる。表情も柔らかくなる。まるで“奈緒美”が、内側から自分を乗っ取っていくような感覚だった。
「じゃあ、始めるよ、奈緒美... ...今日も、綺麗になろうね」
化粧ポーチを机に広げ、ファンデーション、化粧下地、パウダーなどを並べていく。自分の手がこんなにも自然に化粧道具を扱っていることに、もう驚きはなかった。
化粧下地を肌に薄く伸ばしながら、彼女は静かに息を整える。
「この部分、ちょっと赤いかな... ...隠さなきゃ。そうそう... ...あの日のニキビ跡、まだ残ってるんだよね」
独り言のように、でもどこか甘えるように口にする。
「ふふっ、もう... ...そんなとこ見せたら幻滅されちゃうよ」
誰に? そんな問いが浮かびかけたとき ーー
『大丈夫。今日の私は、とっても綺麗になる』
ふと、鏡の中から声が返ってきたような気がした。
リキッドアイライナーのキャップを取りながら、直哉の手がピタリと止まる。胸の奥が少しだけざわついた。
「... ...やっぱり、あなたはいるんだね」
答えはない。ただ、指先が自然に目元へと伸びていく。まつ毛のすぐ上にラインを引き、少しだけ跳ね上げる。たったそれだけで、目元が艶やかに、そして妖しく変化する。
「どう? 今日のアイライン、少しキツめにしてみたよ」
『すごく似合っている。色っぽいって... ...言われたいんでしょ?』
「うん... ...言われたい。抱かれたいって思う。... ...私として」
ウィッグを取り出し、そっと頭へ乗せる。やわらかなブラウンのボブヘアが、頬のラインを美しく包み込む。つけまつげを装着し、リップを最後にゆっくりとのせるとーー鏡の中には、完全に“奈緒美”が完成していた。
唇をすぼめ、少しだけ笑ってみる。
「... ...ねぇ、綺麗?」
鏡の中の彼女は、黙って微笑み返す。その視線が、まるで他人のように艶めいて見える。もう、そこには“男”の影はなかった。
視線を落とすと、タックされた股間がわずかに膨らんでいた。自分で処理しながら、それでも完璧に「女」に見せようとする努力ーーそれがたまらなく愛おしかった。
「ねぇ... ...奈緒美。君は、誰に抱かれたいの?」
『あなたに、決まってるじゃない』
そう囁かれた気がして、直哉の喉が無意識に鳴った。
🔷 🔷 🔷
ベッドに腰を下ろすと、ワンピースの裾をゆったりたくし上げる。膝の上に手を置き、鏡に映る自分をじっと見つめた。
「... ...こうして見ると、本当に女の子みたいだよな」
『本当に“みたい”なの?』
心の奥に刺さる問いだった。けれど、それを打ち消すように、指先が胸元のレースを撫でた。
「はぁ... ...っ」
乳首の先が、薄布越しに軽く震える。直哉は息を漏らしながら、ゆっくりと下腹部へと手を伸ばす。
ストッキングに包まれた太ももをなぞりながら、まるで誰かに触れられているような感覚に陥る。
いや、違うーーこれは、“直哉”が、“奈緒美”に触れているのだ。
「やっ... ...そんな触り方、ズルいよ... ...」
『感じてる? あなたの手、優しいから... ...』
自分自身との妄想。倒錯。けれど、それが現実よりもずっとリアルだった。
頭の中では、“奈緒美”が抱かれている。
髪をかき乱され、ワンピースの中に男の指が滑り込むーー
「ん... ...やっ... ...だめ... ...あっ... ...!」
吐息と共に、身体がビクビクと跳ねた。
ストッキング越しに擦られる自分の熱が、現実を追い越していく。
「あ... ...くっ... ...!」
声にならない叫びとともに、身体が緊張し、絶頂が訪れた。
レースの下着に、熱く白いものが染みていく。
🔷 🔷 🔷
静寂が戻る。
直哉は、仰向けのまま肩で息をしながら、しばらく動けなかった。
快楽は終わったのに、頭の中ではまだ“奈緒美”の声が響いていた。
『... ...ねぇ、これが私の“生きてる”ってことなの』
濡れた下着に指を添え、そっとなぞる。ぬるりとした感触が、確かに“痕跡”を物語っていた。
ゆっくりと体を起こし、再び鏡の前に立つ。
そこに映るのは、レースの下着とワンピースを身に纏ったまま、頬を染め、濡れた瞳で微笑む“奈緒美”。
「... ...君は、誇らしい顔をしてるね」
直哉は、鏡の中の彼女に向かって、そっと微笑み返した。
「おかえり、奈緒美。また、会いに来てくれて... ...ありがとう」
第2章につづく
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