彼女は、父だった ~愛と罪を超えて、ひとりの女が生まれる~ ⑥
※この作品は18歳以上を対象としています。
※成人向けの内容が含まれています。
※全てフィクションです。実在する団体・個人・事件等とは一切関係ありません。
第6章:終焉、そして始まりへ
雨が降っていた。空までもがすべてを知っているかのように、静かで、冷たく。
「… …パパ?」
玄関に立つ娘――美琴の声は、震えていた。
濡れた傘を手にした“麗香”は動けなかった。睫毛の先から雫が落ちる。それが雨か、涙か、本人にも分からなかった。
ほんの数分前。何も知らずに帰宅した美琴の目に飛び込んだのは、寝室から現れた化粧を施した女――麗香の姿。
そしてその背後に立っていたのは、彼女の恋人、圭人だった。
「… …これは、どういうことなの?」
声は冷たく、怒りと困惑が滲んでいた。圭人が何か言おうとしたが、先に麗香が口を開いた。
「美琴… …ごめんなさい。私が… …あなたの“父親”よ」
沈黙。世界が凍りついたような数秒。
「… …は?」
笑うしかないほど滑稽な言葉。だが、美琴の表情は引きつり、目は見開かれたままだった。彼女の視線が、ドレス、化粧、香りを纏った“女の姿の父親”をなぞる。
「どうして… …そんな格好をして… …どうして圭人と… …そんな関係に… …」
麗香は目を逸らさなかった。逃げれば、すべてが嘘になると分かっていた。
「美琴… …私はね、ずっと男として生きてきた。でも心の奥では、ずっと“女性”として愛されたいと願ってたの。それを思い出させてくれたのが… …圭人だった」
「でも… …彼は、私の… …私の彼氏よ!? パパ!」
美琴の声は震え、涙に変わった。混乱と怒り、悲しみと嫌悪がないまぜになり、彼女の表情を歪ませた。麗香は言葉を失い、ただ立ち尽くすしかなかった。
そのとき、圭人が一歩前に出て、美琴に深く頭を下げた。
「… …俺は、麗香さんが誰かを知ったうえで、好きになったんです。でも、こんな形であなたを傷つけてしまったこと… …本当に申し訳ない」
しかし、その言葉は美琴の耳には届かなかった。
沈黙の後、美琴は低く呟いた。
「… …気持ち悪い。パパなんか、いなくなればよかったのに」
乾いた音を立てて、玄関のドアが閉ざされた。その響きは、麗香の心の奥に深く突き刺さった。
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数日後、麗香は圭人と別れた。
理由はただひとつ。『娘を失いたくなかったから。』
しかし本音を言えば、自分が失ったのはどちらなのか分からなかった。父としての自分か、女としての自分か。どちらを選んでも、すべてが手元から零れ落ちていく。
一人きりになった部屋で、麗香は鏡に向かった。涙はもう流れていない。ただ、乾いた笑みを浮かべる自分がそこにいた。
「ねえ、麗香……これが、私の結末なの?」
鏡の中の“女”が、黙って微笑み返す。
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そしてある日、インターホンが鳴った。ドアを開けると、美琴が立っていた。怒りではなく、疲れを滲ませた顔で、視線を落としている。
「……お父さん。今、少しだけ時間ある?」
麗香は何も言えず、ただ頷いた。
二人は無言のままソファに座った。やがて、美琴がぽつりと口を開いた。
「全部を理解するなんて、たぶん無理。でも… …パパが今の自分でいられるなら、それでいいって、ちょっと思ったの」
許しではない。ただ、ほんの小さな歩み寄り。
それだけで麗香の胸には熱いものがこみ上げ、震える声で答えた。
「… …ありがとう、美琴… …」
父でも母でもなく。ただ“人”として愛されたいと願った人生に、初めて光が差した瞬間だった。
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数か月後、麗香は小さなサロンで働いていた。鏡の前で客の髪を整え、化粧を施し、笑顔を交わす。胸を張って「女」として生きるために、過去も身体も痛みも、すべてを受け入れて。
決して“普通”ではない人生かもしれない。だがそこには、紛れもない“本当の自分”があった。
彼女の名は、麗香。もう、誰の仮面も必要ない。
——終焉のあとに始まる、新しい日々が、静かに幕を開けていた。
エピローグへ
壊れてしまった絆の中にも、愛は確かに生きていた。
許されなくても、赦したくなる瞬間がある。
それが、親であり、人であるということなのかもしれない。
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