私という名の女性 ~秘密の女装が教えてくれた本当の自分~
※この作品は18歳以上を対象としています。
※成人向けの内容が含まれています。
第1章 秘密の発覚
「... ...やばい、完璧すぎる」
鏡の前で、神崎悠斗は思わずつぶやいた。
ウェーブがかったミディアムヘアのウィッグが自然に肩に流れ、丁寧に引いたアイラインが涼しげな瞳を際立たせている。シフォン素材のブラウスに黒のタイトスカートーまさに「できる女」の装い。
鏡に映る姿は、もはや神崎悠斗ではなかった。そこにいるのは“ユウ”。もう一人の自分。
「今夜も、誰にもバレませんように」
自分に言い聞かせながら、彼は夜の街へと向かった。
ーーーーー
都会の片隅、看板のない小さなBarは今宵も静寂に包まれていた。扉を開けると、ほの暗い照明の中のジャズが流れている。木のカウンター、革張りのソファー席ーー時代から取り残されたような、どこか懐かしい空間。
「いつものカクテルでよろしいですか?」
「はい、お願いします」
マスターとの簡素な会話を交わしながら、ユウは奥のソファー席に腰を下ろした。スカートの裾を整え、足を上品に揃える。この一つ一つの仕草が、彼にとっては大切な儀式だった。
27歳、中堅広告代理店の営業職。昼間はスーツに身を包み、取引先に頭を下げ、上司の顔色を伺う毎日。そんな息苦しい日常から解放されるのが、この週末に一度の“女装”の時間だった。
「今日も一日中、お疲れさまでした」
グラスを傾けながら、一人で乾杯する。琥珀色の液体が喉を通り、心地よい緊張感が全身を包んだ。
ーーその時だった。
「素敵な服装ですね。よくお似合いです」
背後から響いた低くツヤのある声に、ユウの手が止まった。振り返ると、そこにはスーツ姿の男が立っている。
整った輪郭、鋭い目元、背筋の通った立ち姿。
見覚えがあるーーいや、毎日見ている顔だった。
「... ...早瀬、さん?」
声が震えた。会社の上司、早瀬匠がそこにいた。
「やはりきみか、神崎」
早瀬は微笑みながら、当然のように隣の椅子を引いた。
「い、いえ、これは、その... ...」
「落ち着け。逃げる必要はない」
早瀬は腰を下ろすと、バーテンダーに手を上げた。
「ウィスキー、ストレートを一つ」
「... ...なんで、ここに?」
ユウの声は掠れていた。
「偶然だよ。この店は昔からよく来る。まさか部下に会うとは思わなかったが... ...」 早瀬はグラスを受け取りながら続けた。「ユウ、でいいのかな?」
心臓が跳ね上がった。
「そ、それは... ...どうして?」
「SNSを見ていればわかる。きみのアカウント、案外見つけやすかったよ」
血の気が引いた。バレていたーー完全に。
「... ...クビ、ですか?」
「なぜそうなる?」 早瀬は首を振った。「きみの私生活に口出しする気はない。ただ... ...」
彼は琥珀色の液体を一口含んでから、じっとユウを見つめた。
「驚いたな。こんなに... ...完璧だとは」
「完璧って... ...」
「初めて写真を見たときは冗談かと思った。だが、実際に見ると... ...」 早瀬の視線が熱を帯びる。 「本当に美しい」
頬が熱くなった。軽蔑されると思っていたのに、その言葉は予想外だった。
「きみ、自分がどれだけ彼女に似ているかわかるか?」
「彼女?」
「昔、好きだった女性だ。中学のとき転校してきた子でな... ...名前はもう忘れてしまったが」
早瀬はグラスを回しながら、遠い目をした。
「冷たそうで、どこか寂しげで、それでいて目が離せないーーまるで今のきみみたいなこと表情をしていた」
「そんな... ...」
「偶然にしては、出来すぎている」
ユウは混乱していた。恐怖と羞恥、そして奇妙な高揚感が胸の奥が渦巻いている。
「早瀬さん、私... ...どうしたら... ...」
「どうもしなくていい。ただ... ...」 早瀬は立ち上がりながらいった。「来週も、この格好で僕に会ってくれ」
「え?」
「拒否するのは自由だ。だが... ...」
彼はデーブルに名刺を置いた。裏にはLINEのIDが書かれている。
「きみの“本当の顔”を、僕は知っている」
振り返らずに、早瀬は店を出て行った。
残されたユウは震える手でグラスを持ち上げた。カクテルは、もうすっかり薄くなっていた。
「これから... ...私、どうなっちゃうんだろう」
期待と不安、羞恥と高揚ーー混ざり合った感情が喉の奥に甘い熱を残した。
名刺を手に取ると、早瀬の体温がまだ残っているような気がした。
第1章 終了
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