#68 休むと決めた朝の、あの電話
目を開けたら 7:30。
終わった、と思った。
いや、終わってる。
私の朝は、もう完全に敗北していた。
布団の中で固まったまま、
昨日のお局様の顔が脳内に浮かぶ。
あの、眉間にしわを寄せた“呆れ”の表情。
「これ、もう終わっててもおかしくない仕事よ?」
その声が、朝の静けさの中でやけにクリアに響く。
胃のあたりがきゅっと痛む。
あ、これ、ストレスのやつだ。
社会人の胃って、ほんと脆い。
布団の中で、私は考える。
休もうかな……。
休みますって電話しようかな……。
この“かな……”の余韻が、
自分の甘さをよく表していると思う。
本気で休む気はないくせに、
休むという選択肢をチラつかせて、
自分を慰めようとしている。
「だって昨日怒られたし」
「精神的に無理な日ってあるし」
「そもそも8時間労働が長すぎるんだよ」
「私みたいなタイプには向いてないんだよ」
夜に積み上げた言い訳が、
朝の布団の中で再生される。
まるで“自分を守るための自動再生機能”みたいに。
スマホを握りしめて、
会社の番号を開く。
親指が「通話」ボタンの上で止まる。
押せない。
押したら終わる気がする。
押したら“逃げた私”が確定してしまう。
でも押したい。
押してしまいたい。
押したら今日は救われる。
明日の私は地獄を見るけど、
今日の私は救われる。
この“今日だけ救われたい”という甘さが、
私の中にずっと住んでいる。
そして、私は決めた。
……休もう。
決めた瞬間、
体がふっと軽くなる。
布団が私を歓迎してくれる。
「よく戻ってきたね」と言わんばかりに。
でも、
決めたのに、
電話はかけられない。
「今かけたら迷惑かな」
「始業前はバタバタしてるだろうし」
「もう少し落ち着いてからのほうが……」
言い訳が、また増える。
そして、気づいたら 始業時間を過ぎていた。
スマホが震える。
画面には会社の番号。
心臓がドクンと跳ねる。
胃がさらに痛くなる。
布団の中で、私は小さく丸まる。
ああ、ついに来た。
出なきゃいけないのに、
出たくない。
出たら怒られる。
出なかったらもっと怒られる。
どっちに転んでも地獄なのに、
布団だけが天国みたいにあたたかい。
私は、
スマホのバイブ音を聞きながら、
ただただ布団の中で身を固くしていた。
