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【短編】Black×Black

「世界に黒があるのなら、そこに呪いが存在する」

俺の隣に座った女は、ジントニックを飲みながらそう言った。
薄暗いバーの店内には、俺たちしかいない。妄想的な誇張ではなく、他の客やバーテンダーの姿が本当に消えている。辺りを見回す俺を見て、女は微笑む。

「……あなたの瞳は、黒いのね」
「ああ。あんたは……青い瞳なんだな」
「ええ。どこか異国の血が入っているのよ、きっと」
「他人事みたいに言うんだな」
「自分事なんて存在しないもの」
飲んでいたスコッチウイスキーの氷が、からん、と音を立てた。女は「ふふふ」と笑って、俺の右手に左手を添えた。その肌の質感に、なぜだか寒気を覚える。
「あんた、化け物か何かか?」
「人はみんな、化け物のようなものよ」
「そういう意味じゃない」
「知ってるわ」
女はそう言うと、ジントニックを飲み干して立ち上がる。
「行きましょう。ここは、居心地が悪い」
女は俺の手を引いて、店を出た。会計のことが気になったが、得したと思うことにした。
この女のことを、もっと知りたい。酒に浸った脳髄は、欲求にどこまでも正直だった。知りたい。何者か、何を思っているのか。
たとえ、それが絶望のかたちをしていても。

街にも、人の影はなかった。
「誰もいない……のか」
「誰かがいると思ったの?」
女は、振り返らずに言う。その声はどこか楽しそうで、その足取りは軽い。
「普通は誰かがいる」
「普通って何?」
「『一般的』あるいは『常識的』」
「くだらない」
「否定はしない」
「肯定するべきよ」
「会ったばかりの化け物をか」
「化け物にときめいているくせに」
「……否定はしない」
そう、俺は楽しんでいた。不可解で、薄気味悪い今の状況を。そして、この女との会話を。

「どこまで行くつもりだ」
「どこまでも」
「……おい」
「どこまででもいいと、あなたも思っているでしょう?」
「まあな」
「私を抱きたい?」
「……否定はしない」
「肯定するものよ」
「はぐらかすな。どこまで連れて行くつもりだ」
「あなたと溶け合える場所まで」
女は、一向に振り返らない。笑っているのか、泣いているのか。本心なのか、虚構なのか。何もわかりはしない。
それでよかった。どうせ、現実も嘘ばかりだ。

女は不意に立ち止まり、雑居ビルを見上げる。
「上りましょうか」
「このビル、廃ビルだぞ」
「だめかしら」
「エレベーターが停止してるだろ」
「非常階段があるわ」
女は俺の手を離して、非常階段を上り始めた。

屋上まで上ると、女はぼろぼろの柵を乗り越えた。
「……おい! やめろ!」
「どうして?」
「……死んでほしくない」
「会ったばかりの化け物に?」
「……そうだ」
「お人好し。偽善者。童貞」
「童貞ではない」
「他は否定しないのね」
「……いいから、こっちへ戻って来い」
夜風が、頬を撫でる。パチンコ屋の看板の明滅、満ちる手前の月。女は、ため息をつく。
「あなたは、黒を黒だと認識する。だから、黒もまたあなたを認識する」
女はそう呟いて、音も立てず飛び降りた。

駆け寄ろうとした俺の腕を、誰かが掴む。
「何を見てたの?」
振り返った俺に、先程の女が微笑む。
「……あんたが、飛び降りるのを」
「可能性のひとつ」
「可能性のひとつ……?」
「あなたが見ているのは、可能性。あなたと、私の」
「……意味がわからない」
「わからなくていいの。世界とは、そういうもの。恋とは、そういうもの」
女はそう言うと、俺と唇を重ねた。
俺たちは、いつまでも、いつまでもそうしていた。
これが絶望でも希望でも、今はただこうしていたかった。

ネオンの明滅が、次第に弱くなっていく。月明かりが、雲に隠される。
世界は黒一色になった。唇に、気味の悪い愛しさだけ残して。


あとがき

少し前に公開した『ナイト・ハイキング』、あんまりにも人気がないので、ジャンル変更の上で「夜にまつわる短編集」にします。これは、そこに収録したうちのひとつです。

最初は『目印』に入れようと思ったんですけど、書いてるうちにテイストが違うなーって思って、こういう着地にしました。ちなみに、酒を飲みながら書きました。こういうミステリアスな人好きよ。僕のことも振り回してほしい。ジャイアントスイングとかじゃなくてね。
イメージ夏鈴ちゃんなのよね。振り回してほしい。人生を破滅に追い込んでほしい。何言ってるんだろう僕。

最近、同時連載と言いつつも更新に偏りがあるのが悩み。
がんばろうぜ、僕。
気軽に感想とかくれると嬉しいです。酒の肴にします。僕は好意的な感想を主食にしている化け物です。
酒が入っていると、あとがき止まらないな。ちょっとマジで誰か話そう。酒はこっちで支度するから。

あとがき、あと10000字書ける。

#なんのはなしですか
#なんのはなしです怪
#Tales
#Tales連載中
#賑やかし帯
#いつきさん

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