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第六章 「決断」

密は倉庫の暗がりで息を潜め、床に伏せたまま身を低くした。

薄い服越しに伝わるコンクリートの冷たさが、じわじわと体温を奪い、皮膚の感覚を研ぎ澄ませる。

天井は低く、白色灯が不規則に瞬き、揺れる光は壁に伸びる影を生き物のように変化させる。

埃と油、錆びた鉄の匂いが鼻腔を突き、頭の奥で警告のようにざわめく。

耳を澄ますと、向こう側から男たちの声が届く。

「荷物は今晩中に船に積み込む、明日の朝には出港だ!」
「急いで全員に注射しとかないとな…」




密の心臓は早鐘のように打ち、血の巡りが逆流する感覚に包まれる。

目の前の倉庫には、自分と有愛以外に二十人以上の女性と子供たちが、順番に注射を打たれるために並ばされている。

女たちは震え、子供たちは嗚咽をこらえて目を閉じている。

もし援軍が突入しても、この人数を一度に救出することはほぼ不可能だ。焦りと慎重さが密の胸を引き裂く。

                   有愛の背景
有愛は施設出身で、身寄りがなかった。孤独を埋め、心を認めてくれるホストクラブの男に心を寄せ、夜を共にしていた。しかしその男はJDC第4課の工作員であり、有愛にこっそりGPSを仕込み、人身売買組織に意図的に誘拐されるよう仕向けた。しかしそのGPSは組織に発見され、作動しなかった。救助は間に合わなかった。密はこの事実をまだ知らない。


注射器を手にした男が、密の前に立ちはだかる。先端の液体が光を受けて揺れ、冷たく光る金属が目に刺さる。

床に並ぶ女性たちは固く目を閉じ、子供たちは小さく震える。

男たちの手元で金属トレーが微かにぶつかり合う音が響く。

全員の命は、自分の判断にかかっている。

ついに密の順番が回ってきた。注射器を載せたトレーを持った男が、ゆっくりと距離を詰める。呼吸が重く、冷たい汗が背中を伝い、筋肉は緊張で固まる。

もし打たれてしまったら、何もできないまま運命に身を委ねるしかない。



その瞬間、青いスーツを着た男が低く不快な笑い声を響かせながら現れた。

「おい!ちょっと待て!その女、俺にもう一回やらせろよ。言いなりになった女はつまらないからな、へへへ…」

密の視線は注射器に、そして青いスーツの男に固定される。床の冷たさ、空気の重み、影の揺れ――あらゆる感覚が奥歯を噛む決意を後押しする。

身体の奥から、“正解”だと囁く声が響いた。これ以上待てば、全員の命が危険に晒される――その覚悟が、密の心を貫いた。

密は奥歯に仕込まれたGPSを噛み締める。

全身に電流が走るような感覚が瞬間的に広がり、遠くで援軍が動き出すかもしれないという期待と恐怖が交錯する。

倉庫内の埃が舞い、微かな物音ひとつで神経が研ぎ澄まされる。

床に伏せたまま、影が揺れるたびに視界をチェックする。

子供たちの小さな息づかいも、女たちの微かな震えも、密の心に刺さる。

胸の奥で、ただ一つの声が絞り出された。



――早く来て!




「本編の裏側を描く外伝シリーズ、Talesにて毎日更新中です!」
https://note.com/leal_ixia120/n/nef76a4d3a9d0

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