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バトンをつなぐために 1

1日の終りにミーティングをやってました。

その日に行った活動が完了したのか、それとも継続して行わないといけないか?という報告が主でしたが、気づいた事なども報告し議事録としてまとめた記録も残してました。例えば、こんな風に書かれています。

阿部(和男)さん宅 (6人)継続

2階の部屋の押し入れに入ってた布団も全て水が浸かってたのと、透明の衣裳ボックスにも全て水が入っていて、とんでもなく重たくなってました。1日では全てを出すことが出来ずに明日も継続です。避難所にいる阿部さんご夫婦が、お昼に自宅を見に来られたので少しお話をしました。すべて処分して欲しいと言われてたけど、大きな犬のぬいぐるみは津波の被害がなかったので、庭の石の上に座らせてたら、それを手にして、ものすごく喜ばれてお礼を言われました。自分たちにとっては水に浸かってダメになってしまった物かもしれないけど、阿部さんにとっては、家の中にある物は、当たり前だけど全てに思い出がある大切な物なんだと思いました。

そういったお宅が、たくさんありました。
ちなみに、石巻では「阿部さん」や「遠藤さん」という苗字が多くて、隣近所「阿部さん」だらけという事があるので、下の名前も括弧書きしてました。

次の日も同じチームで継続の場合は、そのままスムーズに活動に入れるのですが、帰る人がいてチームが代わったり、工場など長期間に渡っての継続する場合など別のチームが入る場合に、この報告が大事になってきます。

そして・・・横書き台本です。

バトンをつなぐために 1


脚本・福島カツシゲ

飯田「1日の活動を終えると、その日にあったことを伝えるミーティングがありました。その日、自分たちが行った活動が完了したのか?まだ継続してやらなければいけないのか?継続する場合の注意点はなんなのか?なるべく細かく書き込むためのノートもありました。ミーティングもノートも、次のボランティアに、スムーズにバトンを繋げるためで、ノートは10冊を越えていた。最初の頃のノートには、まだバトンを繋ぐためのコトバではなく、すごく短い言葉が並んでいた」

「今動かなければ、いつ動く?」
「なにが起きたのかピンとこなかった」
「何をどうすれば、復興なのか、想像が出来ない」
「なんとかなる!なんとかする!」
「この状況が意味するものを想像できなかった」
「見る、聞くだけでは分からない、ニオイ、感触」
「あまりに現実離れしていて、驚かない自分に驚いた」
「自分の出来る行動を、意味あるモノにする」
「自分の勝手な行動を応援してくれた妻に感謝したい」

飯田「自分を鼓舞するような、決意のようなコトバもあったけれど、この頃、石巻に限らず東北地方にボランティアに向かった人たちは、とても強い人たちだと思った。ゴールデンウイークが終わっても、いろんな葛藤が文字になって残されていた」

「まだ行方不明の人が早く見つかりますように祈りました」
「もう、これ以上頑張れとは言えないよ」
「今も、どこかで生きていると信じて子供を探してる人に、掛ける言葉がなかった」
「喜怒哀楽が激しくなって、すごく涙を流してるかも」
「2ヶ月以上経って、この状態なんだ」
「感じていないと思っていたけど、心の中に入っていた日和山からの光景」
「住民さんと話す会話が見つからない」
「良く分からない事、整理できない想い、言葉に出来ない事を、抱え続ける強さを持ちたい」
「こちらが元気をもらうことの方が多いくらいだ」
「日本中、世界中から集まってくる支援を無駄にしたくない」
「来年、観光に来れたらいいな」
「地元の人たちと、話す中で見えたからできる支援がある」
「家族はボランティア活動を認めてくれてはいるけど、そろそろお金になることもしなさいと」

飯田「夏休みに入った頃から、次に繋げるコトバが、いくつも残されていた。それは、バトンを繋ぐためのコトバでもあり、また来るつもりの自分へのコトバだったりもした」

「東京に戻ったら、災害支援をする人の支援をすること。それが私の支援」

「炎天下での側溝清掃は、ホントにしんどい。次に来る時には、そういった対策を考えて来る」

「石巻では阿部さん、遠藤さんという苗字が多い。苗字だけでなく名前もしっかり覚えてお話したい」

「ハエが多いのと粉塵がかなり舞ってるので、正直ボランティアも危険だ。マスクとゴーグルは必須!」

「この暑さとハエ、まず避難所をなんとかしてあげないと肉体的にも精神的にもキツイ。避難所を快適に過ごせるようにするのは急務だ」

「元の仕事に戻った時、同じ時間を何かに使うなら、石巻に行きたい」

「今しかできない事をする。という思いを会社が理解してくれて石巻にいる。また来れるように会社で話したい」

「初めてあの場に立った時、お墓だとは思わなかった。そしてお墓と知った時、何をどうすればいいのか考えられなかった。機械で出来る場所ではないが、正直、人が出来る場所でもないと思った。けれど、なんとかお彼岸までには、お参りできる足場を作ってあげたい」

「半年が区切りではない。もちろん1年でもない。本人が区切りを付けられるまで待ってあげるべきだと思う」

 飯田「ボランティア活動をして、充実して、満足して帰れる人は少ないと思う。もう少し休みが取れれば、もう少しお金があれば、もう少し体力があれば、もう少しココに残れるのに。という思いで溢れていた気がする。たくさん共感することがあった中で、こんなコトバが目に止まった」

「ボランティアに行く前の自分は、被災地に行っても、何も出来ないだろうと思ってテレビを見ていた。でも、そんなことはなかった。出来ることはいくらでもある。やるべきことはたくさんある」

 飯田「僕と同じように思ってる人がいた。なんだか勇気をもらえた気がした。僕は、うまくコトバを伝えることが出来ないので、毎回短く書き残しています」

「また、来ます」

つづく

 

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