日曜日授業参観事件と映画「十戒」と映画「炎のランナー」 第7回
これまで、日曜日授業参観事件の判決を読んできました。
僕の感想を2回に分けて書きます。今回は2回目です。
感想2回目
キリスト教が定めた規則Aと世俗の行政機関が定めた規則Bが衝突した場合、どちらの規則を優先すべきか?
世俗の行政機関が決めた規則Bを優先するべし。
僕はそう思います。
「安息日をおぼえてこれを聖とすべし。」これはキリスト教が定めた規則Aです。
「日曜日に授業参観を実施する。」これは小岩小学校が定めた規則Bです。
やはり、世俗の行政機関・小岩小学校が定めた規則Bを優先すべし。
日曜日授業参観事件は、法の抵触の問題だと思います。
法の抵触 (ほうのていしょく) conflict of laws
内容を異にする複数の法律が,同時に同一の問題について適用されるようにみえる事態をいう。抵触のあり方は多様であるが,国家法相互の間でこれをみると,一夫一婦制をとる日本の国法と多妻婚を認めるインドネシア・イスラム法との関係などがその例となる。
※コトバンクから引用しました。
※「法の抵触」よりは、「法と法との衝突」と言ったほうが分かりやすい。
「法の抵触」という用語は、国際私法の分野で使われます。でも、同じような問題は憲法でも民法でも生じていると思うのです。
・国会が作った法律と都道府県の議会が作った条例が衝突した場合、どちらのルールを適用すべきか。都道府県が作った「上乗せ条例」は許されるのか? 「横出し条例」ならOKなのか?
・民法と借地借家法が衝突した場合は、借地借家法が優先します。
民法は一般法。借地借家法は特別法。特別法は一般法に優先する。
キリスト教も宗教団体です。宗教団体は団体内部のルールを作ります。
宗教団体が作ったルールと世俗の国会・行政が作ったルールが衝突した場合、どちらのルールを優先すべきか?
これが日曜日授業参観事件のテーマだと思います。
政教分離の「政」は、世俗の国会と世俗の行政機関です。
政教分離の「教」は、宗教団体です。
憲法の教科書では「憲法20条は政教分離を定める。」と書いているけど、
世俗の国会・行政の作ったルールと宗教団体の作ったルールが公立の小学校で衝突した場合、どちらのルールが優先するのか。憲法20条には解決法が書いてありません。
こんなことも考えてみました。
日本が全体集合。日本キリスト教団は部分集合。
公立の小学校の教室で、部分社会が出来上がっても良いのだろうか?
原告の澤正彦牧師さんが「公教育の宗教教育に対する特別配慮義務」をこの裁判主張しました。判決ではその「特別配慮義務論」を一蹴しました。しかし、その後の剣道実技拒否事件では、「公教育の宗教教育に対する特別配慮義務」が認められてしまいました。
「日曜日授業参観事件と剣道実技拒否事件では、場面が違う。
だから、結論が違って当然。」こんな解説をよく見かけます。
本当は、場面は同じなのです。
エホバの証人が何度も訴訟を繰り返し、最高裁が根負けしてしまった。
それが真相だと思います。
憲法の教科書、伊藤塾の憲法の入門講義テキスト、憲法判例百選(第7版)で日曜日授業参観事件をどのように説明しているだろうか。もう一度読んでみました。旧約聖書、モーゼの十戒、安息日について言及がありません。僕は、原告の澤正彦牧師さんの主張には賛同できないのですが、澤正彦牧師さんが訴訟を起こした理由を知りたい。せめて、憲法判例百選(第7版)では、モーゼの十戒、安息日について、説明が欲しいです。
そこで、もう一本、映画を観ましょう!
炎のランナーです。英語の原題は“Chariots of Fire”。
1981年公開のイギリス映画です。
実は、この映画は、安息日がテーマなのです。
次回、紹介いたします。
