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日曜日授業参観事件と映画「十戒」と映画「炎のランナー」 第4回

ここからは、日曜日に授業参観事件の判決文に戻ります。
被告の江戸川区立小岩小学校の校長先生の主張を見てみましょう。

(2) 日曜日授業の妥当性
 昭和30年代中頃までの授業参観は、もつぱら平日に行われていたが、勤務の都合その他の理由から授業参観に父親が参加することはほとんどなく、母親のみが授業参観に参加する家庭がほとんどであつた。そのため、数多くの母親から学校側に対して授業参観に父親も参加できる日曜日に授業参観を実施してもらいたいとの要望が寄せられた。

これは初めて知りました。昭和30年代中頃までは、授業参観は平日に行われていた。平日だから授業参観に参加するのは母親だけ。多くの母親から、父親も授業参観に参加できるように、授業参観を日曜日に実施してほしいという要望が学校側に寄せられた。なるほど。

そこで、日曜日に父親が授業参観に参加できる可能性があるかどうかを検討するに、・・・小岩小学校の通学区域は、・・・同校の児童の家庭は、大多数がいわゆる勤労所帯に属している。・・・そのため、日曜日以外の平日に授業参観を実施した場合には、勤務を有する父母の大多数の参加が困難になり、日曜日なら参加が可能となるのである。

昭和30年代当時は、週休1日です。月曜日から金曜日までは9時から17時まで働き、土曜日は午前中だけ働く。「土曜日は半ドン」と言っていました。丸一日空いているのは日曜日だけだったのです。
そこで、小岩小学校の校長先生は、父親と母親の双方が参加しやすいように、授業参観を日曜日に実施することにしたのです。納得しました。
さらに、小岩小学校の校長先生の主張を見ましょう。

(二) 小岩小学校における日曜授業参観は、昭和39年から毎年実施されている恒常的行事である。

小岩小学校では、昭和39年から授業参観を日曜日に実施して、それがずっと続いている。父母から好評だったのでしょう。昭和40年代、昭和50年代と小岩小学校では、授業参観を日曜日に実施し、何の問題も生じていませんでした。
そこへ、昭和54年10月にキリスト教4人家族が江戸川区に引っ越してきて、原告児童2人が小岩小学校に編入します。

原告児童らが昭和54年10月に米国の小学校から小岩小学校に第3学年及び第1学年として編入した・・・
原告両親が原告児童らが小岩小学校に編入して以来、日曜日の午前中に授業を行うことには宗教教育の自由との関係において問題がある旨の主張をしてきており、昭和57年度の本件授業に対しては、原告ら主張の内容の書簡が各担任教諭に送られてきた

小岩小学校の校長先生から見ると、「この4人家族は何者なんだ?」と思ったことでしょう。昭和39年からずっと授業参観を日曜日に実施して、保護者から好評だった。ところが、昭和54年10月に編入してきた原告両親は、「日曜授業参観はケシカラン」と言う。「困ったもんだ。」と校長先生は思ったと思います。
 
被告の小岩小学校の校長先生の主張は分かりました。
次回は、東京地方裁判所の判決を見ましょう。



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