ことばは生きもの、からだもまた。川上未映子の文学の衝撃
読んでいると、息が切れる。
言葉がからだの奥へと流れ込んできて、頭ではなく内臓が反応するような文章。
そんな“体感型の文学”を生み出す作家が、川上未映子(かわかみ・みえこ)です。
■歌手から小説家へ、そして現代文学の先端へ
1976年、大阪生まれ。関西弁の響きが残る語り口と、目が離せない言語感覚。もともとは音楽活動をしていた彼女ですが、2007年に発表した『わたくし率 イン 歯ー、または世界』で芥川賞候補に、翌年『乳と卵』で第138回芥川賞を受賞し、一躍注目を集めました。
“人間が何かを考えるとき、その根っこにはいつもからだがある。”
― 川上未映子
この言葉のとおり、彼女の文学にはいつも「身体」がある。
それは肉体であり、生理であり、性であり、そして生きるということそのものです。
■『乳と卵』『夏物語』『ヘヴン』――からだと社会のあいだで
『乳と卵』は、女性の身体にまつわる葛藤を大胆に描き、賛否を巻き起こした話題作。
豊胸手術を望む姉と、思春期に沈黙する娘。その姿を語る“わたし”の語り口は、大阪弁の濁流のように奔放で、鋭くて、どこかユーモラスです。
そして、その続編ともいえる長編が『夏物語』。
女性が自ら子を持つ、持たないを選択すること、生殖技術、社会制度、孤独と連帯…。
そこには、現代の女性が抱える「語られにくい問い」が、豊かな小説世界に昇華されています。
“母になるとは、からだだけのことか、こころだけのことか、それとも――”
― 川上未映子『夏物語』
また、『ヘヴン』ではいじめを題材にしながら、「暴力を受ける側に、言葉は何ができるのか」という問いに真正面から向き合います。
読むたびに、「言葉にできない」ことと、「それでも書く」ことの距離に立ち尽くしてしまう一冊です。
■音楽的な文体と「語り」の革命
川上未映子の文章は、リズムがある。
もともとミュージシャンだった彼女だからこそ、文体はただの文章ではなく、「声」として響きます。
とくに一人称の語りは、独特のスピード感と息継ぎの位置を持っていて、読者の読むテンポを支配するような力がある。
まるで小説が、身体に入り込んでくる音楽のようなのです。
■女性を書く、社会を書く、未来を書く
川上未映子は、しばしば“フェミニズム文学”とも称されますが、彼女の作品は思想を物語に封じ込めるのではなく、物語を通して世界のあり方を問い直すものです。
翻訳者としても活躍し、マギー・ネルソン『アーガイルの子ども』などの重要な文芸作品も手がけています。
また、詩人としての顔も持ち、エッセイや対談でも言葉を尽くすことの大切さを語り続けています。
■いま、川上未映子を読むということ
世界がざらざらしていて、うまく言葉にならない日々。
そんなとき、川上未映子の小説は“書かれなかったものに名前を与える”ような力を持っています。
心ではなく、からだから響いてくる文学。
あなたの中の「まだ言葉になっていない何か」に、そっと触れてくれるかもしれません。
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